とある少年の話
アルテュール王国。大陸でも最も広大な土地を持ち、経済的にも豊かなこの国では当然王家も華々しい生活を送っている。
一人を除いて。
豪華絢爛な王宮、それとは比べ物にならないほど粗末な離宮でたった一人暮らすのは、病弱な第三王子。つまり、この僕。
「こほっ、こほっ」
ひとりぼっちの僕は、乳母に育てられてなんとか生きてきた。
もちろん離宮を維持するためのメイドはいたが、彼女たちは僕に対してどこか冷たかった。
乳母は最近、そろそろ職を外されそうだと嘆いていた。
ただ、幸運なことに今日、新たなお世話係が決まったという。
明日から来てくれるそうで、しかし代わりに乳母は引退させられるという。急なことだったが、乳母には別れの挨拶だけは出来た。まだマシだろうか。
「これからどうなるんだろう」
ぽつりと溢した僕、しかし答える者はいない。
「…誰でもいいから、側にいてよ」
そんな切実な願いを叶えてくれる存在は、僕にはまだいない。
「こほっこほっ、ごほっ」
咳き込む僕は、涙目になりつつもベッドの端に備えてあるお薬を吸い込む。これを吸うと、少しだけ良くなると教えられていた。実際、咳は少しだけ落ち着く。
「はぁ、はぁ…」
咳き込みすぎて少し呼吸は浅いが、そんなのはいつものことだった。
けれど、なぜかいつもと違い涙が頬を伝う。
僕は、その理由すらも理解出来ない。
「新しいお世話係…か」
どんな風に振る舞えばいいだろう。ちょっとだけ恥ずかしいけれど、甘えてみても良いだろうか。
たとえば、ずっと一緒にいて欲しいとおねだりすれば、一緒にいてくれるだろうか。
それこそ…一生。
「…優しい人だといいなぁ」
そうしたら、きっと、おいては行かれない。
「お母様…」
亡き母のことは、乳母から教えてもらったことくらいしか知らない。
大した後ろ盾もない母は、しかし父にその見た目を気に入られて側妃となった、らしい。
その母は自分を産んですぐに亡くなり、兄達と違い側妃の子である自分は離宮に押し込められた。
母は優しい人だったと、乳母は言っていた。栗色の髪と瞳で、顔立ちの整った人だったらしい。
「…似てたりしないかな」
もし、新しいお世話係がそんな人だったなら。亡き母の、代わりになってくれはしないだろうか。
「…眠い」
ようやく、眠気が回ってきた。ぐっすりと眠る。
顔も知らない母に、頭を撫でてもらう夢を見た。