とある長兄の賭け
「…」
覚悟を決める。私は今から、父上に…国王陛下に、サミュエルの処遇の改善を直訴する。
緊張を隠して、一歩一歩父上の私室を目指して足を進める。
緊張からか、汗が流れるのも今は気にしない。
「父上、少しお時間よろしいでしょうか」
部屋のドアをノックして、声をかける。
「入れ」
「はい」
父上はゆったりと寛いでいた。そんな父上にさえ、吐きそうなほど動悸がする。
父上は、サミュエルを庇う私をどう思うだろうか。しかし、弟一人守れない男に国を守るなど無理だ。だから…。
「今日はどうした?」
「お願いがあって参りました」
「お前から甘えに来るなど珍しい。いいだろう、聞いてやる」
ごくりとつばを飲み込む。カラカラの口を無理矢理動かす。
「サミュエルの処遇を改善していただきたい」
「…ほう」
「サミュエルは我が国の第三王子。それに相応しい教育を施すべきです。また、一人だけ離宮に留めるなどありえません」
「そうか。そうだな」
「…」
父上の淡々とした言葉に、これは上手くいったのか悪く伝わったのかわからない。
「…少し、考える時間をくれ」
「父上」
「お前としても、不利な賭けだっただろう。もしかしたら、私の顰蹙を買うかもしれないのに。王位継承権を理不尽に奪われる可能性も、考えたんだろう?」
「…はい」
「それほどの覚悟でお前が私を諌めるというのならば、こちらもきちんと考えねばならぬ。お前という素晴らしい後継者を、みすみす手放すわけにはいかない」
…それはつまり、サミュエルの処遇を改善してくれるということだろうか。
「時間はもらうぞ。考える時間も、実行に移す時間も」
「…はい。わがままを聞いてくださりありがとうございます」
「わがまま、か。為政者としても、一人の人間としても正しい言葉だと思うがな」
そう思うのなら、何故。
「何故サミュエルを冷遇したか、と考えておるのだろう」
「…はい」
「私は王だが、実際のところ失敗した。…わかるだろう?」
「ええ。あの時の父上の変わりようは凄まじかったですから、よく覚えています」
「そう。私は変わった。やらかした。であれば、あの子を不用意に可愛がれば却ってあの子が色々言われかねない。そうは思わないか」
…父上なりに、サミュエルを思っての行動だった。そうおっしゃるのか。
「…納得していない顔だな」
「私には多分、一生わからないのでしょうね」
「そうかもしれん。…その方が良いだろう」
納得など出来るはずもない。幼いあの子は、本来与えられるべきものをいくつ失ってきたと思う?
「…ラジエルよ」
「はい」
「婚約者を、大切にな」
…経験者は語る。ならば、肝に銘じよう。
「父上と同じ失敗は致しません」
「口が回るようになったな、さっきまでは緊張しっぱなしだったのに」
痛いところを突かれた。むっとする私に、父上は大らかに笑う。
「ははは!お前は私のせいで一足早く大人になってしまったのかと思っていたが…やはりまだ若いな」
「まあ、必死に大人ぶっているのは否定しません。私には守るべきものが多過ぎる」
「そうか」
話は終わった。退席しようとすれば、父上は私に言った。
「お前は、良い国王になる」
「…」
「その、家族を愛する心を忘れない限りは」
経験者の言葉は重い。私は分かっていると頷いて、部屋を出た。




