わがままを言ってみる
私のお父様は、ガブリエル・アドン・ディオール。赤色の髪と緑色の瞳で、顔立ちはお兄様とそっくり。もう四十歳だ。家族を大切にしてくれるが、貴族として生きてきた人だ。私が仮に婚約の白紙化や解消をお願いしても、聞いてはくれないだろう。
お母様はミラ・ジュリエット・ディオール。栗色の髪と瞳で、私は多分お母様似だ。お父様と同い年の四十歳。クレマン様の様子を心配してくれているけれど、やはり婚約についてはどうこうしてもらえることはないだろう。
私はそんな両親にわがままをいうことに少し緊張しつつ、お父様とお母様の部屋のドアをノックする。
「入りなさい」
お父様とお母様は、私の顔を見ると優しく笑った。
「あらアンナ。どうしたの?」
「こっちに来なさい、ほら、座って」
お父様とお母様の座るソファーの向かい側に座る。
「お父様、お母様」
「どうした?」
こんな言い方をするのは申し訳ないが、他にいい言い回しが思い浮かばないので直球で聞く。
「お父様とお母様も、いい加減私と婚約者の関係が上手くいっていないのに気付いていらっしゃるでしょう?」
お父様とお母様の顔が強張る。
「すまないが、政略結婚とはそういうものだ。我慢してくれないか」
お父様は言いながら、辛い気持ちを押し込めているようだった。
「いえ、それは別にいいんです。そっちは頑張って我慢するので、別のおねだりを聞いてください」
「おねだりを…?」
私はずっと考えていた願望を口にしてみる。
「結婚するまでの間…病弱だとお噂の、今年で六歳になる第三王子殿下のお世話係をさせていただきたいのです。どうせまだ私は十五歳で結婚適齢期にはなっていませんし、結婚まではまだまだお時間はあるでしょう?」
「…私達としては、それはむしろ願ったり叶ったりだがいいのか?外で働くのは大変だぞ?」
「お願いします」
「わかった。なら、手続きを済ませておこう」
「ありがとうございます!」
だって、クレマン様を見ていると思うのだ。そんなにも異性の病気で弱っている姿というのは、甘美なものに見えるのかと。
だから、確かめてみたかったのだ。
不純な動機でお仕えすることにはなるが、その分第三王子殿下には尽くすつもりだ。だからどうか、クレマン様のお気持ちが一ミリでも理解出来るようになりますように。
…その上で、クレマン様にとって一番良い選択肢を選ぶことができますように。