とある貴族の話
「おお、可愛いアベラよ…おお…」
今日も私は嘆く。可愛いアベラを思って。
アベラはこの国の王妃。私はその実の父。名をルーセル・テオフィル・セヴランという。
愛する妻そっくりの銀の髪と、私そっくりの紫の瞳を持つ娘。
政略結婚こそさせたが、きっと娘は幸せになると信じていた。
神秘的な美しさを持つ娘を、大切にしない男がいるなどとは思っていなかった。
「なのに…ミカエルの小僧…」
国王は、あの小僧は、娘を裏切った。
たかだか踊り子の、なんの後ろ盾もない小娘を事もあろうに側妃に召し上げたのだ。
それだけでも信じられないのに、その女との間に子を作った。
恥知らずな女はその子を産んだ。
その後、すぐ亡くなったが。
「亡くなったから、許されるとでも?」
許すわけがない。本当は、すぐにでも暗殺をしてしまいたかった。だが、第三王子は生まれてすぐ離宮に隔離された。粗末な離宮だが、警備だけは厳重で。
「私が手を出さないように画策しおって…」
なんて男だ。
娘をあんな奴に渡すんじゃなかった。
人からドラゴンのようだと恐れられる赤い髪を掻き毟る。鏡がふと目に入れば、娘と同じ紫の瞳。
娘のことを思うと、本当に切ない。あの男に裏切られて、娘はどう思っただろうか。
可愛い可愛いアベラ。お前を世界一幸せにしてやりたかったのに。
「私はまだ、諦めていないぞ…」
アベラのため、第三王子を消すことは決して諦めない。
アベラを脅かすものは、何であっても許さない。
亡き妻に誓ったのだ。
あの子をよろしくお願いしますと言った妻に、任せろと言ったのだ。
妻との誓いは、誰にも邪魔はさせない。
「憎き第三王子め…」
離宮のメイドたちに小遣いをくれてやり得た情報によると、最近第三王子は新しい世話係を迎えたらしい。
そして小賢しいその娘は、第三王子の健康に気を遣っているのだとか。
自然死すら狙っていたというのに、余計なことをしてくれる…!
とはいえその娘、ディオール公爵家の娘らしくそう簡単には手出しはできない。
歯痒いが、今はあまり邪魔しない方が得策だろう。
「あんな子供が、アベラを差し置いて幸せになるなど許さぬぞ…」
…可愛い孫たちは、何故かあの第三王子を気にしているらしいが。
だからこそ、可愛い孫たちが変に情を移す前に、さっさと消してしまわねば。
何か良い策はないものかと、私は今日も頭を悩ませる。
全ては愛おしい妻と可愛い愛娘のために。
そして、孫たちが王位を脅かされることのない平和な日々を送ることができるように。




