とある王妃の話
アベラ・ベアトリス・アルテュール。そんな大層な名前の私は、この国の王妃である。
王妃と言っても、国王陛下からの寵愛をいただいているわけではない。
私と国王陛下の婚姻は、政略的なものだった。
生まれながらに決まっていた婚約。けれど国王陛下は、愛はなくとも最大限私を尊重してくれた。
そんな国王陛下を支えることが、私の役目であり誇りだった。
「だって、あの頃の国王陛下は素晴らしい為政者だったもの…」
けれど、あの女性と出会ってから国王陛下は変わってしまった。
セシール・アルテュール。
第三王子の母で、側妃であった女性。
茶髪に茶色の瞳。美しい人だったけれど、それだけ。大した後ろ盾もない元踊り子なのに、側妃に召し上げられてしまった可哀想な人。
国王陛下からの狂った愛を受けてしまった彼女は、元々体は弱く子を産んですぐに亡くなった。
「可哀想な人だわ。むしろ、国王陛下の狂った恋の被害者よ。でも…」
彼女さえ現れなければ、国王陛下は狂わなかった。彼女さえ子を生まねば、父が目の色を変えることもなかった。
「父は、もう国王陛下を信じていない。私は、第三王子に恨みはないけれど…もしかしたら、消されるかもしれない」
その時、私は助けになってやれない。
だって、第三王子の母が王を狂わせたのだから。
たとえ非が国王陛下にあろうとも。
私は彼女を許せない。
その子である第三王子の助けには、なってやれないのだ。
「私も随分、醜くなったものね」
銀髪に紫の瞳の美人。神秘的な美しさとさえ言われるけれど、中身は結局こんなもの。第三王子には、もうどう接していいかもわからない。
国王陛下のことは、今でも愛していないが王妃として寄り添い支える気概はまだある。けれど、いくら彼が望んでも第三王子を受け入れることはきっとない。
「…第三王子は、私を恨んでいるかしら」
きっと、そうに違いないとは思う。自分が離宮に隔離された理由が私にあると、さすがに気付いているだろう。
私は何もしていない。けれど、私の父による暗殺を恐れた国王陛下は敢えて第三王子を離宮に隔離している。
だから、理由の半分は私にあるのだ。父は、ああ見えて私を大事にしているから。
ただ、信頼していた王が色に狂ったことを憂いたわけじゃない。
父は国王陛下に対して、私を裏切ったことを恨んでいるのだ。
「そうと知りながら助け舟は出さない。そんな歪んだ私が王妃で在り続けることは、果たして正しいのかしら」
とはいえ、一度色に狂い評判が地に落ちた国王陛下を支えることができるのは、私だけなのだけれど。




