婚約者との関係
私の婚約者は、クレマン・ヒューゴ・マルタン様。うちと縁のある公爵家の長男だ。私が嫁ぐ…予定なのだが、今から結婚が不安だ。
何故ならば、私達の関係は既に冷え切っているから。
クレマン様は銀髪に紫の瞳を持ち、神秘的な雰囲気のイケメンだ。年齢は十五歳で同い年。爵位を考えるとまあ釣り合いは取れるのだが、それ以外の部分では私では引き立て役にしかならないような相手。
だから、当然のように冷遇されている。でも、実はそれだけが冷遇される理由ではなくて。
…クレマン様は、病弱な幼馴染に恋してる。
「はぁー…」
ため息しか出ない。本当に、情け無いお話だ。正直とても辛い。
「それでも昔は…良かったんだけどな」
…昔は、好きではない私にもクレマン様は優しかった。むしろ、本ばかり読む引っ込み思案な私を外に連れ出して楽しみを教えてくれたのはクレマン様だった。
そんなクレマン様に、私は密かに惹かれていた。クレマン様を心から慕い、支え、ずっとそばにいるつもりだった。
けれど、やがてクレマン様は恋を知った。相手は私ではなくて、病弱な幼馴染さん。
「…うっ、ぐすっ」
そこまで思い返して、涙が溢れる。悔しくて悔しくてたまらない。本当に、悲しい。
クレマン様は、幼馴染を好きになると当然私が邪魔になった。幼馴染と結婚出来ないのは、私の存在があるから。そう思ったのだと思う。
次第に冷たくなる婚約者に、私は最初戸惑って縋り付いていた。けれど、彼は言ったのだ。
『正直、君の気持ちは迷惑だ。もう近寄らないでくれ』
…それ以降、怖くて彼に会いに行っていない。怖いのは、彼…ではなく彼にこれ以上拒絶されること。
「…いつかは、向き合わないといけないけれど」
そう。結婚するにしろ…あちらから捨てられるにしろ。いつかは向き合うべき問題だ。
でも、怖くて怖くて仕方がないのだ。
捨てられるのも辛い。でも、このまま結婚しても拒絶され続けると考えると…それも辛い。
どちらにしろ、私に待っているのは地獄だ。
だったら、少しの間現実から目を背けるのも許してくれたっていいじゃないか。
「…あの子さえ、いなければ」
ぽろりと落ちた言葉に、慌てて口を塞ぐ。嫉妬なんて、可愛くない。そんなこと言っちゃいけない。
…でも。
「…私が、病弱だったら良かった?そうしたら、こっちを見てくれた?」
溢れてくる醜い感情に、ぐっと唇を噛む。
だめ、良くない。可愛い女の子になりたいの。貴方に好かれるような、素敵な女の子に。
だからこんなこと、思っちゃだめ。
だめなのに。
「苦しいよ…」
涙はまだ、止まってくれない。