とある少年の話2
ぱっと目が覚めた。呼吸は落ち着いている。
見回してもアンナはいない。当たり前だ、二十四時間働きっぱなしなんて倒れてしまう。休んで当然だ。
けれど、アンナが目の前にいないと苦しい。
アンナは優しい。すごく優しい。だから僕は、アンナがいないと苦しくなる病気になってしまったんだ。
「…アンナ」
呟いたって返事はない。
…が、今日の出来事が一気に頭を駆け巡った。
「お初にお目にかかります、第三王子殿下。これから私…アンナ・ミラ・ディオールが専属のお世話係となります。よろしくお願いします」
「『専属の』お世話係…?」
「はい。第三王子殿下だけのお世話係ですよ」
「本当?ずっと一緒にいてくれるの?」
「はい」
『専属』『ずっと一緒』ただそれだけで満たされた。しかもアンナは、亡きお母様と同じ栗色の髪と瞳。期待するなという方が無理だ。
「じゃあ、じゃあ甘えていい?」
「もちろんです。ハグしますか?」
「する!」
「第三王子殿下。今までよく頑張ってきましたね。偉い偉い」
「えへへ…」
ハグをされ頭を撫でられて、母の温もりとはこういうものだろうかと想像する。
「第三王子殿下、もしよかったら一緒に絵本でも読みましょうか」
「うん!」
二人で絵本をめくるのはとても楽しかった。こんなにも満たされたのは初めてだった。
「ほら、第三王子殿下。ここがお庭ですよ。これがお花です」
「わあ…!すごい!」
「ねえ、アンナ。アンナはどれが好き?」
「そうですね…この白い薔薇ですね」
「ふふ、綺麗だもんね!匂いもいいなぁ」
「それもありますが…」
「?」
「…なんとなく、第三王子殿下のイメージにぴったりな気がして」
庭に連れ出してもらった。嬉しい言葉をもらった。
「じゃあ、第三王子殿下。よかったら私があーんして差し上げましょうか?」
「え?いいの?」
「はい。そのかわり完食してくださいね。大丈夫ですか?」
「…うん!頑張る!いただきます!」
あーんしてもらったご飯は、苦手なものでも完食できた。
「じゃあ、今度は僕がアンナにあーんしてあげるね」
「え」
「はい、アンナ。あーん」
「…いただきます」
「美味しい?」
「美味しいです、ありがとうございます」
「これから毎日こうして食べさせ合いっこしようね」
僕の言葉に嬉しそうなアンナを見て、余計に嬉しくなった。
「おおー、マッサージってこんな感じなんだね」
「はい、痛くないですか?」
「んー…痛いけど、なんか効く感じがする。嫌な感じじゃないからもっと続けて欲しいな」
「わかりました」
マッサージもしてもらえて、なんだか身体の調子が良くなった気がした。
「ふぁ…お風呂は温かくてほっとするね」
「そうですね、第三王子殿下」
「アンナは洗い方も優しいね。なんだか眠たくなっちゃうな」
「あ、お風呂で寝ちゃダメですよ」
「うん、気をつける」
そう言いつつ、僕が万が一にも溺れないよう支えてくれるアンナが可愛くて。嬉しくて。
「では、第三王子殿下。そろそろ寝ましょうね」
「うん」
「…その、第三王子殿下」
「なあに?」
「もしよろしければ…もう少しだけ側にいてもよろしいでしょうか?」
寂しさに気付いてもらえて嬉しかった。その後咳き込んだ自分が恨めしかった。夜になるといつもこうなのだ。でも、眠れるまではアンナが側にいてくれたから…それだけは、よかった。
「…ふふ」
いつのまにか、苦しいのは取れた。アンナはこの場にいないけど、アンナは僕を見捨てたりしないってわかってる。僕にはわかる。
だから、苦しむ必要なんてない。
「はやくアンナに会いたいな」
苦しいのが取れたら、今度は早くアンナに会いたいというワクワクが止まらなくなってきた。早く寝て朝を待とう。




