97話 蛇と吸血鬼
「日光…キツイ……」
遂に家を飛び出してしまった。家族からも使用人からも陰口を言われる毎日。そんな生活に耐えられなくなってしまって家を飛び出した。でも昼に飛び出したのは失敗だった…。日差しに身を焼かれる。純血の吸血鬼の癖にこんな日の光にも耐えられないなんて…。だから僕は落ちこぼれなんだ。
「はぁ…日陰……日陰に入らないと…」
フードを深く被って日陰を求めて街中を彷徨う。それにしてもこんなところまで来るのは初めてで道がよく分からない。屋敷は山を越えて日の光も届かない森の中だからこんなに日の光を浴びたのは初めてだ。そうやってふらふらと街中を歩いているとある看板に目がとまる。
「さ、酒場…ちょうどいい…。ここで休ませてもらおう……」
弱りきった体で酒場の中に入る。入った瞬間に一斉に僕に視線が向けられる。きっと顔色が悪いから悪目立ちしてるんだ…。
「はぁ…す、すみません。お、お水を頂けませんか?」
「は、はい…。お客さん随分と顔色が悪いですね」
「す、少し休んだら良くなるので…こ、心遣いありがとうございます…」
「そうかい。ならいいが…」
カウンターに座って店主に水を頼んでカウンターにグラスを置かれる。氷の入った水のグラスを傾けて乾いた喉を潤す。いや本当の渇きは血液でしか潤せない。もう何年も吸血をしてないんだろう。落ちこぼれだからという理由で血液も渡してくれなかった。はぁ……血が飲みたい。
「おいお前!!」
「………はぁ…疲れた…」
「おい、聞いてんのか!!!」
「へっ!?ぼ、僕ですか!?」
「そうだよ!!」
「ぼ、僕に何か用、ですか?」
ゆっくり水を飲んで休憩していたら急に男の人に声をかけられた。頭に2つの角、魔人の人だ…。この時代に綺麗な洋服。それになかなかの魔力…。そんな人が僕に一体何の用なんだろう…。
「お前、フォリック家の吸血鬼だろ」
「な、なんで…」
「純血の吸血鬼なんて今時フォリック家くらいだ。だがその反応やっぱりフォリック家の吸血鬼だな」
「そ、それが何でですか…」
「フォリック家は魔王ヴィルクに使えることを拒否した。それは何故だ!」
この人魔王軍の人か。それもヴィルクにかなり心酔してる人だ。確かにフォリック家は魔王ヴィルクの下につくことを拒否した。でもそれを判断したのは当主だ。僕には関係ないことなのに…。
「ぼ、僕には関係のない、ことなので…」
「なんだと…?何故あのお方に下につくことを拒否する!」
「え、ぁ……」
ただでさえ日光で弱って頭が回らないのに大声で怒鳴られたら眩暈が…。あぁ目の前の人まだ何か言ってるけど意識が朦朧としてなにを、言ってるのか……。
「ちょっとぉ。あんたさっきからうるさいのよ!!」
「何だと女!」
「はぁ…?なぁにその言い方?随分と偉そうじゃない」
女の人が僕たちの会話に割り込んできた。もしかして…僕を助けてくれた…?って訳ではなさそう…。この女の人顔赤いしきっと酔っぱらってる。
「人がせっかく気持ちよ〜くお酒飲んでたのに台無しじゃない!」
「なんだこの酔っぱらい…少し黙っててくれないか。俺はこの男と話が……」
「うるさーい!!」
「ガハッ!!」
「え、えぇーー!!!」
女の人が急に僕に絡んできた人に蹴りを与えて男の人が思いっきり吹っ飛ぶ。翻した身体に靡く綺麗で長い青い髪。あまりの綺麗な身のこなしに見惚れてたけどすぐに男の人がテーブルに突っ込んだ音に正気を取り戻す。テーブルに突っ込んだ男の人は女の人をじっと睨んでる。凄い怒ってるよ…。
「いい気味ね!」
「テ、テメェ!!ふざけんじゃねぇぞ!」
「ま、まずいですよ!あの人は魔王軍の関係者なんですよ。そんな人に手を出したら…」
「知らないわよそんなこと。なんかあったらその時に何とかするわよ。こんなことで慌てるほど私は弱くはないわ」
そう言ってカウンターに置かれてたジョッキをあおる。なんて強い人なんだろう…。実力そのものだけじゃなくて精神的にも強くて素敵な人だ。僕にはない強さだ…。
「お前…俺が誰なのか知らないのか?」
「知らないわ。貴方みたいに器の小さい男には興味ないもの」
「何だと…?もう一回言ってみろ」
「あんたみたいな弱っちい男こっちから願い下げだって言ったのよ」
「言わせておけばこの女…!そもそもなんだ!お前は魔族の癖して人間の姿をして。魔族としての誇りはないのか!!」
「私は私のしたい姿をするわ。誇りとか関係ないわ」
「くっ…!」
「あら、いい負かされたら黙っちゃうの?可愛いわね〜」
「あ、あの…そのへんにしておいた方が……」
あまりに相手を煽るものだから相手の顔が怒りで真っ赤になってる。流石にマズイと思って女の人を静止する。
「あんたももう少しシャキッとしなさいよ。折角背が高くて顔も悪くないんだから。身体を丸めて縮こまってちゃ勿体無いわよ」
「え、ぁ…」
「それに顔色も随分と悪いわね。吸血鬼ってだけじゃこの顔色の悪さは説明できないわよ。ちゃんと血液をとってる?吸血鬼は定期的に吸血をしないと調子が悪くなるんでしょ」
「あ、え、えっと…その……」
僕の顎をそっと持ち上げて顔をじっと見つめられる。アメジストの様な深い紫の瞳に見つめられて身体が固まってしまう。暫くすると手を離されて近かった身体が離れていく。
「許さんぞ…。この俺をコケにしやがって!!表に出ろ…決闘だ!俺が勝ったら俺に対しての数々の無礼を詫びて貰うぞ!」
「ふーん…いいわよ。負ける気がしないし。それじゃあ私が勝ったらこの子に謝って貰おうかしら」
「ぼ、僕、ですか?」
「いいだろう!!さぁ表に出たまえ!」
****
「大口叩いた割には大したことなかったわね」
「うぅ……この、俺が…!!」
あれから2人は酒場を出て戦い始めた。それからあっという間だった。女の人は紫の液体…おそらく毒で作りあげた大鎌と魔法で相手を圧倒しあっという間に相手を地に伏してその上に足を組んで優雅に座っている。もの凄い強さだった。きっと僕の家の人でも、当主でさえも敵わないかもしれない。
「それじゃ、あの子に謝って貰おうかしら」
「す、すまなかった……」
「声が小さいわよ〜」
「申し訳、なかった!」
「それでよし!さ、飲み直そうかしらね〜。貴方もどう?」
「ぼ、僕!?」
「そ、何が好き?あ、お酒は飲めるかしら」
「た、多少は…」
「よっし!それじゃ今日は私の奢りよ。飲み明かすわよ〜!!」
****
「ぷは〜!うま〜い!!」
「す、すみません…ご馳走になってしまって」
「いいのよ!金は絡んできた奴らから巻きあげて沢山あるから心配しないで」
「…そ、そのずっと気になってたんですけど…人間の姿にずっと化けてて魔力は大丈夫なんですか?へ、変身魔法をずっと使ってるなんていつか魔力切れを起こすんじゃ…」
「大丈夫よ。この変身は魔力によるものじゃなくて能力によるものだから」
「の、能力ですか?そ、そういえば貴方ってなんの種族なんですか?そ、そもそも名前も知らないですし…」
「そーいえば言ってなかったわね。順番がおかしくなっちゃったけど私はローザ。ナーガの種族よ」
「ナ、ナーガ……能力ってそういうこと…。ぼ、僕はアルバ、です。一応これでも吸血鬼です」
「さっきの男がフォリックって言ってたけど。貴方のファミリーネーム?」
「ま、まぁ…そう、です」
「フォリックって名前有名なの?」
フォリックの名前知らないんだ…。でもナーガ…魔物だったら知らなくてもおかしくはない、か。できればあんまり知られたくないけど仕方ない、よね。
「フ、フォリック家は純血の吸血鬼だけの家系なんです。僕も一応、これでも純血の吸血鬼なんです」
「純血以外の吸血鬼もいるの?最近人里に降りてきたもんだから詳しいことはよく知らなくて。吸血鬼の存在は知ってたのだけど」
「き、吸血鬼は吸血行為で吸血鬼を増やせることは知ってます、よね?」
「えぇ。そこまでは流石に」
「き、吸血行為で生まれた吸血鬼は混血の吸血鬼、紛いものと言われるんです。に、日光にあたればたちまち灰になり、聖なるものを見るだけで力が抜ける…。じ、純血の吸血鬼は日光にも聖なるものにもある程度耐性があるんです」
「なるほどね。だからまだ日が昇ってるにも関わらず吸血鬼の貴方が出歩いてるのね。納得したわ。つまり純血の吸血鬼は吸血行為で繁殖したのではなく、吸血鬼同士で生まれた者を指す。元々純血の吸血鬼自体も少ないのにさらにそこから生まれる子供も少ない。だからこそ純血の吸血鬼だけのフォリック家は有名、そうね?」
「は、はい。そ、そうです」
「ふーん……そんなに凄いのにあんたはなんでそんなに弱気なのよ。もう少し自信を持ちなさいよ」
ワイングラスを片手に揺らしながら僕のことをじっと見つめる。僕はその視線に耐えきれずに視線を手元に落とす。手元のグラスのふちを指でなぞる。確かに僕に流れる血は凄いのかもしれない。でも僕自身は……。
「ぼ、僕は他の兄弟たちと違って吸血鬼の能力である血液操作も上手くないし、強くもない……。僕は落ちこぼれなんです…」
あぁ…自分で言っておいて落ち込む。心では分かってるのにいつまで経っても慣れやしない。
「貴方、最後に血を飲んだのは?」
「え、えっと…えっと……いつ、だっけ…」
「はぁ……吸血鬼に血は必要不可欠なんでしょ。ほら、飲みなさい」
「え、えぇ!?」
ローザさんは自身の腕を切り付けて僕の前に突き出す。腕から滴り落ちる血に目が離せない。鼻腔をくすぐる血の匂いに生唾を飲み込むとゴクリと喉が鳴る。口から涎が溢れ出しそうになるのを我慢する。だ、駄目だ。我慢、我慢しないと…。
「我慢しなくていいのよ。さっきも言ったけど顔色が悪すぎる。きっと血をとらなすぎなのよ。だからそんなに気が弱くなっちゃうの。ほら、遠慮しないで」
その言葉を聞いて必死に繋ぎ止めていた理性の糸がぷつりと切れた音がした。ローザさんの腕に噛み付いたところから記憶がぽっかりと抜け落ちた。
****
「………はっ!ぼ、僕はいったい…」
「はぁ…はぁ……あぁ、ようやく戻ってきた、のね…」
「ロ、ローザさん!な、何があったんですか!?ぼ、僕、記憶が…」
「はぁ……なるほど…まぁ覚えてないほうがきっと貴方の為よ」
「す、凄い汗だ。だ、大丈夫ですか?」
「えぇ…まぁ、平気よ。まさかあんなことになるなんて…」
意識が戻ってきたと思ったらローザさんがカウンターに突っ伏して息を切らしてるし耳も少しだけ赤い…。ここ数分くらいの記憶がまるっきり抜け落ちてるから何があったのかよく分からない。カウンター越しの店主の人も僕を不思議そうに見てる。あ、なんかおかしいと思ったらいつも前髪で隠してる右目が出てる。どうりで視界がいいと思った。変に落ち着かないから元に戻さないと。
「はぁ…まさかあんなことになるなんて思いもしなかったわ……」
「え、えっと、ローザさん大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ…。ふぅー……はぁ…なるほどね。貴方の家族がどうして貴方に血液を渡さなかったのか理解できたわ」
「ぼ、僕ローザさんに何をしてしまったんですか!?」
「気にしないで。たいしたことはしてない、から」
「き、気にしないでって言われましても…」
「まぁ簡潔に言うと貴方、私の血を飲んでからえーっと…まぁすっごく元気になっちゃって。元気になった貴方を宥めるのに気力を使い果たしちゃって」
「そ、そうですか……ぼ、僕は昔から血液を摂取した瞬間から記憶がすっぽりと抜けてしまうんです。な、何故かは分からないんですけど…」
「貴方、できるだけ血液の摂取は最低限にするか人前で摂取しないほうがいいわね」
血液をとらな過ぎると体調にも影響が出るから摂取しない訳にもいかないし、人前では摂取しないようにしよう。事実ローザさんに迷惑がかかっちゃったし。
「それにしても貴方面白いわね。さっきも言ったけど私最近人里に降りてきたからここら辺のこと教えてくれないかしら」
「は、はい…ぼ、僕でよかったら」
「決まりね!それじゃこれからよろしく」




