93話 馬車
「うぅ……」
「キューン…」
「大丈夫だよ。ありがとう」
あの薬を勢いよく飲み込んだ瞬間にあの時よりも何倍もの酷い味が口いっぱいに広がった。あまりの味に一瞬戻してしまいそうになったけどなんとか堪えて飲み込んだ。ローザさんに鏡を見せてもらってちゃんと髪の色が黒に変わったのを確認できた。今回の薬は1日もつみたい。…明日も飲むのか。
「さて馬車乗り場へ向かいましょうか。出来るだけ目立たないように、ね」
「は、はい。そこまではぼ、僕が案内します。出来るだけ人通りのない場所をと、通りましょう」
アルバさんを先頭に街中を歩き始める。ヴァイスは小さくなって私の鞄へ入ってもらった。目立たない様にって言うけどアルバさんは身長が190センチはあるからどうしても目立ってしまう。すぐに路地裏の方へ入って目的の場所へ向かう。
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「おじ様。大人3人分大丈夫かしら」
無事に馬車乗り場へ到着し、フォーメン街へ向かう馬車の馬に乗っているおじさんにローザさんが話かけて乗れるかどうか尋ねている。他にお客さんもいなかったみたいで無事に乗れるみたい。おじさんにお金を3人分払って馬車に乗り込む。
「ヴァイス出ておいで」
「キャン!ブルルルッ」
キャビンの席に座って鞄からヴァイスを出してあげる。少し狭いからサイズはそのままでいてもらう。キャビンは4人乗りで屋根付きだし扉もついてるからいい馬車に乗れてよかった。これなら途中で雨が降っても大丈夫だね。
「さて、これから2日間この馬車に乗ってフォーメン街へ向かうわよ」
「ぶ、無事に着くといいですけど…」
「不吉なこと言わないの。それに、もしなにかあっても私がいるもの。平気よ」
「そ、そうですね。そ、それにこの馬車にはなにか魔のものを寄せつけない魔法、魔除けの魔法がかけられてるみたい、なので…うぅ……」
「ちょっと大丈夫?顔色悪いわよ」
アルバさんは真っ青な顔で口に手をあてて少しえずいている。確かにこの馬車には何か魔力を感じる。もしかしてこの魔力が原因でアルバさんの体調が悪いのかも。
「この感じ…聖魔法、かしら」
「聖魔法?」
「教会の人間、聖職者のみが使える神聖な魔法よ。私たち魔族に対して強力な効果を発揮する魔法よ。私はこれくらいなら平気だけど、聖魔法と凄く相性が悪いアルバはこれでも少し体調が悪くなっちゃうみたいね」
「だ、大丈夫ですか?アルバさん?」
「は、はい…少しすれば慣れると思い、ます。し、心配してくれてありがとうございま…うぅ……」
「少し休んでなさい。多少は大丈夫とはいえ日光に長時間浴びたんだもの。それもあって聖魔法に対して過剰に反応しちゃうのよ」
「は、はい…少し、休みます……」
アルバさんはマントのフードを深く被って出来るだけ日光を浴びないようにしてうずくまってしまった。アルバさん、吸血鬼が元気になる方法、か。そういえば吸血鬼は血を飲むと元気になるって本に書いてあったはず。…私の血を飲めば多少は元気になるかな。
「アルバさん。よかったら私の血を飲みますか?吸血鬼は血を飲むと元気になるって……」
「ダメよ!!!!」
「ロ、ローザさん?」
私の提案を途中で遮ったローザさん。あまりの声に馬車の馬も驚いて馬車が大きく揺れる。咄嗟にバランスを保って席から落ちない様に必死になる。ローザさんはなんであんなに必死で拒否したんだろう。アルバさんなら分かるんだけど…。
「ダメよリリィちゃん。アルバに血を飲ませちゃ」
「で、でも。顔色が悪いから少しでも楽になればと思って。それに私少し血が有り余ってるくらいなので」
「それでもよ。アルバに血を飲ませる時は本当に緊急事態のとき、自分かアルバの命が危ない時だけにしなさい」
「そこまで……」
「リ、リリィさん…僕は大丈夫です。ぼ、僕はローザ様の命令で緊急事態の時以外の吸血は禁止されてるので」
「でも、大丈夫なんですか?」
「は、はい…。休めばよくなるので」
なんでそこまでして血を飲むのを嫌がるんだろう。血が苦手なのかな。でもローザさんがそこまでして飲ませたがらないのはなんだか変な感じ。なにかあるのかな。
「そうだ、リリィちゃん。少し魔法を練習しない?」
「魔法ですか?」
「そう。属性魔法は適応があるからそっちは無理だけど、無属性魔法なら魔力を持ってれば使えるから教えてあげる」
「無属性魔法?」
「防御魔法とか回復魔法。あとは私がよく使う空間魔法、移動魔法も無属性魔法ね」
「炎とか氷とかは属性魔法ってことですね」
「そういうこと。リリィちゃんはなにか魔法は覚えてるかしら」
「えっと、身体強化と魔球ぐらいですかね」
「基本中の基本じゃない!はぁ…まぁクロードは教えるのが壊滅的に下手だったし仕方ないわね。そうね…それじゃあ比較的簡単な防御魔法を教えようかしら」
ローザさんは手のひらをこっちに向けて魔力で円状の壁を作り出して、壁には八芒星の模様が浮き上がってる。壁は不透明であっち側が少し透けて見える。これが防御魔法…。
「最初からこのレベルを障壁を作り出すのは難しいけど、練習して低レベルまでの障壁は作りだせる様になろうか」
「うーん…コツとかってありますか?」
「そうねぇ。魔力で壁を作るイメージ、まぁ見たまんまね」
壁を作るイメージ……。魔力を練って壁を作る。さっきのローザさんの障壁をよく思い出して………。
「……!出来た!!」
「まぁ!まさか一発で出来るなんて思ってなかったわ。…リリィちゃん。貴女本当に魔法の経験はつい最近までなかったのよね」
「はい。クロードさんと出会うまでは魔法の存在すらも知らなかったので」
「よっぽどの才能ね。まるで忘れていた魔法を思い出してるみたい」
「でもローザさんみたいに障壁の模様は八芒星じゃなくて三角形です。まだまだ練習あるのみ、ですね」
「最初でそこまで出来るのは大したものよ。普通最初は障壁になにも模様はできないものよ」
「そうなんですか?」
「障壁を作り出すのも普通は数ヶ月かかるものだし、私もダメもとで教えたのよ」
「ダメもとだったんですか!?」
「えぇ。出来ると思ってなかったわ」
あっけらかんと言うローザさんに思わず口が開いてしまう。まさかダメもとだったなんて…。で、でも出来てよかった。
「さて次はなにを教えようかしら。覚えがいいから教えるのが楽しいわ」
「だったら私、空間魔法覚えたいです!」
「空間魔法…流石に無理ね」
「え〜…無理なんですか?」
「空間魔法は無属性魔法の中で難易度が段違いなの。あのクロードでさえ10年は習得にかかったわ」
「10年…あのクロードさんが…」
「あと、移動魔法も諦めなさい。移動魔法は空間魔法よりも難しい魔法。空間魔法を覚えてから習得する魔法だもの」
「そう、ですか…。便利だと思ったんですけどね」
「便利なものは簡単に手に入らないものよ。まぁ練習すればいつかは出来る様になるわよ」
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「う、うぅ…はぁ……おはようございます。ローザ様、リリィさんにヴァイスさん」
「おはよう。まぁもう夜だけどね。日が落ちてきて少しは体調が良くなってきたのかしら」
「アルバさんだいぶ顔色が良くなってきてよかったです」
「キャン!」
出発した時は日光が差し込んできたけど今じゃすっかり日光の代わりに月光が差し込んできてる。出発してからの間私は魔力の調整の練習をしたりして時間を潰してた。
「も、もうこんなに時間経ってたんですか」
「出発したのがお昼ちょっと過ぎだからもう4時間くらいは経ってるわね」
「そ、そうですか。道中トラブルとかはなかったみたいでよかった、です」
「そうね。ここまでは異常なし。外には魔物も魔獣の気配も魔力もないし馬車の魔除けの魔法が効いてるみたい」
「アルバさんはもう大丈夫なんですか?」
「は、はい…。夜が近くなってきたので体調も力も良くなってきました。そ、それに魔除けの魔法にもな、慣れてきました」
「それならよかったです。ローザさんは本当に大丈夫なんですね」
「えぇ。この程度の魔法で私を弱らせるなんて到底無理な話ね」
「か、かっこいい…」
「うふふ…美しいって言って欲しいわね」
私たちは話をしながら馬車でフォーメン街へ向かっていた。夜中のうちも馬車は街に向かい続け、そして翌朝私たちはフォーメン街に到着した。




