9話 村の噂
「すみませーん!はぁ、はぁ……少し、お話、を」
「おう、大丈夫かいお嬢ちゃん。ちょっと兄ちゃん、お嬢ちゃんこんなに疲れてるんだから心配ぐらいしてやらないと」
「あぁ、すまない。少し話を聞きたいんだが」
「ドライだなー兄ちゃん。で、話って何だ?」
向かってきた馬車に追いつくと、中年ぐらいの男が馬車を引いていた。
「ここら辺で1番近い村はどこか知ってるか?」
「ここら辺の村か?お前たち旅人か?」
「えへへ、そんな感じですね」
「なる程なぁ。年頃の男女が2人で旅ねぇ」
「わ、私たちそんな関係じゃないですからね!」
人間の男がニヤニヤと下世話な反応を見せてくる。これぐらいの歳のやつは色恋の話が好きなのか。ローザもよくメイに絡んで、色恋の話を引き出していたな。メイは結構困ってたが。
「余計な詮索はやめろ。で、知ってるのか」
「すまない、すまない。ちょっとした冗談だって。俺は行商人だからここら辺の集落のことはなんとなく知ってるさ」
「じゃあ、近くの村教えてください!!」
「ああ、別に構わないよ。ここから1番近い村はカシワ村だけど、あまりお勧めはしないかな」
「なんでですか?」
「実は最近、この辺りの村はよく魔物に襲われててな」
「魔物?魔獣とか魔族とはまた違うんですか?」
「魔族の括りの中に魔獣と魔物、亜人がいる。
亜人は人に近い姿をしている種族で、魔物は人外の姿、簡単に言えば異形の姿をしているやつが多い。魔獣は魔法を扱う獣だ。魔獣は魔石を使って魔法を扱う」
俺は亜人系の種族、魔人。魔人は頭に魔力の元となる角を生やして魔法を扱うのに長けてる種族だ。魔族の種族は複雑だからな。いまだに解明されていないところもある。
「おー!よく知ってるな兄ちゃん。研究者かなんかか?」
「そんな感じだ。ここら辺には最近活発になってる魔獣や魔物について調査しに来た」
「ちょっとクロードさん。私たちそんなんじゃないでしょ」
「嘘も方便だ。ああ言って納得するならそれでいいだろ」
「でも嘘はよくないですよ」
「お前は聖人君主か」
俺たちは中年の人間に聞こえない様、耳元で会話をする。俺たちの身長差は20センチくらいあるから俺の腰が痛い。この人間は変なところで正直すぎる。正直なのは悪いことじゃないが、いかんせんこいつはついていい嘘と、ついてはいけない嘘の違いがわからないらしい。
「何ヒソヒソ話こんでんだ2人とも。でどうすんだ、その村に行くのか?言っとくが俺は責任は取らないからな」
「ああ、とりあえずその村に行くことにする。道を教えてくれないか」
「ああ、別に構わない。せっかくだから地図でもやろうか?」
「いいんですか!」
「ああ、1枚銀貨2枚でどうだ」
「お金取るんですか!?」
「当たり前だ。俺は商人だ。最近魔物のせいで不作が続いて商売あがったりなんだ」
「仕方ない。これから地図は必要になってくる。それくらいなら払ってやる」
「おお、太っ腹だねぇ兄ちゃん」
地図があるならこの先の旅もだいぶ楽になるだろう。もし金がなくなっても魔獣でも狩って魔石を売り払えばいい。
「せっかくだ。せめて近くまでなら送ってやるよ」
「やりましたね。クロードさん。これでカシワ村まで楽に移動できますよ」
「ん?クロード?」
「そうです。この人はクロード。私はリリィって言います」
「クロード、クロード…… どっかで聞いたことのある名前だな」
「気のせいだろ。俺とお前は初対面なんだから俺の名前なんて知らないだろ」
「うーん。そうだよなぁ。俺の勘違いか?」
俺は魔王軍の四芒星。魔王の側近となると指名手配もされる。こいつは行商人と言ったから噂話程度で俺のことを聞いたことがあるかもしれない。用心しないとな。
「さあ、2人とも乗った乗った。出発するぞ」
「はい。お願いします」
馬が引いてる荷台の部分に乗る。道が凹凸だから荷台がガタガタ揺れて乗り心地がいいとは言えない。
「いやー。偶然人に会えて、まさか村の近くまで送ってくれるなんて。親切な人ですね」
「おい、お前」
「なんですか?」
「あまり俺の名前を簡単に言うな。色々ややこしいことになる」
「そういえばさっき、行商人のおじさんがクロードさんのこと知ってそうな感じでしたけど」
「俺の名前は魔族で有名な奴と同じ名前なんだ。人間の中でもその名前を知ってる奴も多い。俺のことをそいつと間違えられたら面倒臭い」
「なるほど、大変ですね。でもクロードさんと同じ名前の人って何で有名なんですか?」
「かつて人間を襲った魔族だ。人間に俺の名前が知られたら、そいつと勘違いする奴も多いだろう」
嘘だ。俺はそのクロードと同一人物。いくらこいつだからといって簡単に俺の正体を明かすわけにもいかない。
「じゃああまりクロードさんの名前、人に教えない方がいいってことですね」
「ああ、そうしてくれ」
「わかりました」