110話 誘惑の霧
振り返った先には金髪の髪を風に靡かせて私がずっと探してた人。お兄ちゃん……ずっと会いたかった。でも、でもどうしてこんなところにいるの?ううん、今はそんなこと関係ない。だってようやく会えたんだもん。
「お兄ちゃん!!会いたかった!!」
「僕もだよ。リリィ」
「今までどこにいたの!?どうして家に戻って来なかったの!?」
「あはは!話したいことが沢山あるみたいだね」
「当たり前だよ!だって12年もどこに行ってたの!?」
「色々あったんだ。全部話すと長くなっちゃうな」
「私、私…ずっと待ってたの…」
「ごめんねずっと待たせて。さぁここは危険だ。あっちへ行こう」
「うん…」
お兄ちゃんが歩き出して霧で見失わない様にすぐに後ろをついて行く。お兄ちゃん、お兄ちゃん…。ずっと待ってたずっと探してた。もう離れ離れは嫌だ。だってもうたった1人の家族なんだから。
「…ォーン」
「遠吠え?」
「どうしたんだリリィ」
「なんか遠吠えが聞こえて」
「そんなの今は関係ないよ。さぁ行こう」
「うん…そう、だね」
なんだか全部どうでもいい気がしてきた。そもそもなんで私ここにいたんだっけ。なんの為にここにいるんだっけ。何か忘れてるような気がするけどどうでもいいや。
「ねぇお兄ちゃんどこに行くの?」
「うん?ここから遠くの場所だよ」
「遠く?」
「そう。ずっと遠くだ」
「そっか……」
「ヴァイス!!」
「ヴァァアアン!!!」
突然男の人の声がしたと思ったら獣の鳴き声が聞こえて目の前にいたお兄ちゃんが青い炎に燃えていく。あまりの突然のことで脳が理解を拒んで動けずにいたけどすぐに情報が脳に猛スピードで刻まれていってようやく身体が動きだした。
「お兄ちゃん!!」
「ゴホッ…お前どこに行ったのかと思ったら何やってんだ」
「だってお兄ちゃんが!!クロードさんもヴァイスもなにやってるんですか!」
「クゥーン……」
「一回落ち着け。ゲホッ…さっきまでお前と一緒にいたのは幻影だ」
「げ、幻影…?」
「おそらく霧の影響だ。魔力に満ちてる土地の影響かそれとも何者かの攻撃かもしれない」
「そ、そうですよね…よくよく考えればお兄ちゃんがここにいるはずないし」
でもさっきの幻影、本物そのものみたいだった。声も姿も私の思い出の中のお兄ちゃんそのものだった。あんなに本物そっくりな幻影だったらまた騙されそう。
「おそらく俺らをこの島から追い出すのが目的だろうな。さっきの幻影はお前を島の外に誘導していた」
「確かにお兄ちゃん…幻影は私をどこかに行かせたがってた」
「相当俺らを島から追い出したいみたいだな。ヴァイス辺りを警戒しておけ」
「ウァン!」
「でもこの霧じゃ前も後ろも分からないです。迂闊に動けば危険ですよ」
「あぁ…確かにそう…!!」
「クロードさん?」
クロードさんが突然一点を見つめて目を見開いて固まってしまった。クロードさんの目線の先を見るとローザさんの屋敷の地下で見たアイリスさんの姿が。でもその時に見た姿と違って身体はちゃんとあるし角もちゃんとついてる。アイリスさんはクロードさんの方を見て優しく微笑んでる。
「クロードさん、あれって……」
「ウァフッ!?」
「……分かってる。あれは幻影だ」
「クロード!」
目の前のアイリスさんがクロードさんの名前を呼ぶ。元気で明るい声だけど優しさもある。姿やどんな人かは知ってるけど声は初めて聞いた。声を聞くだけでどんな人なのか明確になってくる。
「もう!こんなところでなにしてるの!早くみんなのところに戻ろ!」
「クロードさん……」
「……胸糞悪いな。おい縄外してくれ」
「え」
「頼む」
「わ、わかりました」
クロードさんの言う通りにヴァイスとクロードさんを繋いでた縄を解く。縄を解いた途端クロードさんはゆっくりと立ち上がってアイリスさんのもとへ歩き出す。毒の後遺症のせいで歩きにくいのかふらふらと足元がおぼつかない。
「クロード?どしたの?」
「……こうしてまた話せるなんてな」
「うん、私も嬉しい。さ、みんなが待ってるよ!早く行こ!」
「だがな…こんなところにお前がいるはずがない」
「な、なに言ってるの?」
「偽物如きががアイリスの名を騙るな」
そう言うとクロードさんは目の前のアイリスさんを殴りかかった。アイリスさんはクロードさんの拳が当たった瞬間に周りの霧に溶け込んで消えてしまった。
「クロードさん…」
「幻と分かっていてもキツイな…ゲホッゴホッ!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ウァフウァフ!!」
「ゲホッ…だ、大丈夫だ」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「お、お兄ちゃん?だ、誰??」
今度は女の子の声が聞こえて声のした方を振り返る。そこには心配そうにクロードさんを見つめる黒髪の女の子の姿が。でもその女の子は人間じゃなくて頭に小さな角が生えてる。それにお兄ちゃんってもしかして…。
「ク、クロードさん、あれって…」
「モ、モネ……」
「お兄ちゃんそんなに咳き込んで大丈夫?風邪ひいたの??」
「モネ…モネ…!ゴホッ…!」
「クロードさんいったん落ち着いてください!まずは呼吸を整えて…」
明らかに動揺してるクロードさんをいったん落ち着かせて背中をさすりながら咳を落ち着かせる。徐々に落ち着いてきたのかゆっくりと呼吸を整え始める。やっぱりクロードさんの妹さんなんだ。同じ黒髪によく似た目元。クロードさんによく似てる。
「モネ……」
「クロードさん…」
私も幻影とはいえお兄ちゃんに会えたのは凄い嬉しかった。だって本当に目の前にいると思うぐらいにそっくりだったから。それにクロードさんは妹さんに会えたのは何百年振りなんだ。動揺もする。だけどこれは幻影なんだ。いくら似てたって本物じゃない。
「クロードさん、私が言うのもアレですがあれは……」
「あぁ分かってる。あれは幻影だ…。分かってる、分かってるはずんなんだ!!ゴホッ!ゲホッゲホッ!ガハッ……!」
「血が…!」
「はぁ……大丈夫だ…」
クロードさんがしゃがみ込んで咳き込んだ勢いで口から血を吐き出してしまった。クロードさんの隣にしゃがんで口から吐き出した血を私のハンカチで拭う。そのままクロードさんはゆっくりと立ち上がって咳き込みながら幻影の方へ向かっていく。
「クロードさん!!」
「ゲホッ…はぁ…はぁ……」
「お兄ちゃん、一緒に帰ろ?私ねお兄ちゃんとやりたいことがたくさんあるんだ」
「モネ…ゲホッ…すまない。俺のせいで…俺がもっと上手く生きられたらモネがあんな目に遭うこともなかった……」
「…………」
「ごめんなぁ…お兄ちゃんを許してくれ…」
クロードさんが幻影の前で膝をついて大粒の涙を流して目の前の幻影に許しを乞う姿は私が今まで見てきたクロードさんの姿はなかった。許しを乞うクロードさんの姿は見てるだけで心が痛くなってくる。
「お兄ちゃん…私……」
「ごめんなさいクロードさん!!」
幻影がクロードさんに手を伸ばそうとしたところで私が幻影目掛けて魔球を放つ。魔球は幻影にぶつかると思ったら通り抜けて霧に紛れて幻影が消えてしまった。幻影が消えたことを確認してからすぐにクロードさんのところに駆け寄る。クロードさんは酷い咳をしながら肩で息をして凄く辛そう。クロードさんの背中をさすって落ち着かせる。
「ゆっくり深呼吸してください。吸って、吐いて…そう、その調子です」
「はぁ…はぁ…ゲホッゴホッゴホッ…」
「ごめんなさい…勝手なことして」
「いや、いいんだ…幻影だって分かってはいたができなかった……アイリスには出来たのにな…ゴホッゴホッ…」
「私だってお兄ちゃんを自分の手で突き放せって言われても出来ませんよ。それがたとえ偽物だとしても」
「……俺は」
「……て」
「なに?」
「…して」
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
「なんなの!?誰なの!?」
「グルルルル……」
どこからか沢山の声が聞こえてきてどうしてと私たちに言ってくる。四方八方から声が聞こえて何処にいるのかも分からない。やっぱりこの霧と幻影は誰かの仕業だったの!?
「ゴホッゴホッ…ガハッ…!ゴプッ……」
「クロードさん!!」
「ゴホッ…!はぁ…はぁ…クソッ……」
「口からこんなに血が…!」
クロードさんがうずくまって口から大量に血を吐き出して地面に小さな血だまりが広がっていく。動揺や声を出したことでもともと弱ってた身体に限界がきたんだ。どうしよう、ローザさんもいない今クロードさんを治せる人がいない…。どうにかしてここを抜けて一刻も早く癒しの泉にクロードさんを運ばないと…!
「立ち去れ…立ち去れ…!」
「でていけでていけでていけ」
そこらじゅうから声が聞こえてくる。ここから立ち去るように警告の様に繰り返し訴えかけてくる。正直怖い。でもここで逃げたらローザさんたちに顔向けができない。行くしかない。元々後戻りなんて選択肢はないんだから。
「ヴァイス、クロードさんをお願い」
「ウァン!」
クロードさんをヴァイスに乗せて霧の中を歩き始める。正直右も左も分からないけど前に進むしかない。相変わらず辺りから声が聞こえてくる。濃い霧の中で得体の知れない声が沢山聞こえてきて物凄く気味が悪い。
「はぁ…はぁ…どのくらい進んだの?霧が濃くてどれくらい進んだか全然分からない…」
「ウァンウァン!!」
「ヴァイス?どうし……!!」
「引き返せ」
「引き返せ」
「引き返せ」
「引き返せ」
目の前にお兄ちゃんが現れて気づいたら私たちを囲むようにお兄ちゃんの幻影が取り囲んでいた。もう幻影で騙すつもりはないみたい。私を取り囲んで引き返す様に攻め立ててくる。お兄ちゃんの姿をしてるせいで攻撃ができない…幻影だって分かってるはずなのに…!お兄ちゃんの姿で私を責めてくるせいで頭がおかしくなりそう。
「引き返せ」
「引き返せ」
「引き返せ」
「引き返せ」
「引き返せ」
お兄ちゃんの幻影に囲まれながら頭を抱えてうずくまる。それでも幻影は責めるのをやめない。ずっと同じことを繰り返してくる。同じ言葉を繰り返す姿はさっきまでの幻影と違って生物の様なものを感じなくて気味が悪い。どうして私たちをこんなに追い出したいの?私たちがなにをしたっていうの?
「もうやめて!!私がなにをしたの!?」
「引き返せ」
「引き返せ」
「お願い…もうやめて……」
「みなさまおやめください」
「…だれ?」
声に怯えてうずくまってたら何処からか女の人の声が聞こえてきた。今までの幻影との誰とも違う声で思わず顔をあげる。幻影の声がピタリとやんで動きを完全に止めた。どうしていきなり動きを止めたの?
「その方たちは私たちの仲間です。お引き取りください」
「なんだ残念…」
「逃げろ逃げろ!」
「ティターニア様に怒られる!」
「幻影が消えていく……」
幻影が次々に消えていって声も次第に聞こえなくなっていく。女の人の声が聞こえたと思ったら幻影が消えた。それに女の人は仲間だって言ってた。どうして私たちのことを助けてくれたの?
「誰ですか!?でてきてください!」
「遅れてしまって申し訳ありません。本当はもっと早くなんとかしたかったのですが、ここだとどうしても魔力が探知しにくくて」
霧が徐々に晴れていってその向こうから黒いワンピースを着てショートカットの女の人がこっちに歩いてくる。なんだか怪しい雰囲気がして思わず警戒する。何故か私たちを助けてくれたけどなにが目的なのか分からない。警戒はしといた方がいいと思う。
「………」
「クロード様!大丈夫ですか!?あぁ…こんなにも弱ってしまって…。角はどうされたんですか?」
「ゲホッ…お前…」
「お久しぶりです。クロード様。分かりますか?私です、メイです」
「メイ…お前生きてたんだな」
「元気ですよ。クロード様は…その……」
「ゴホッ…!俺はこの有様だ…ゲホッ…」
「えっと…ちょっとすみません。もしかしてお知り合い、ですか?」
「あぁ!申し遅れました!私、魔王アイリス様の専属メイドのメイと申します。以後お見知り置きを」