108話 月夜に4人と1匹
「完全に日が落ちたわね。決行の時よ」
太陽が沈んで月が上り始めた。雲ひとつないいい天気で満月がよく見える。月明かりが辺りを照らして夜でも少しは視界がいい。
「まず里に侵入して里の奥の浜辺を目指すわ」
「で、ですが、流石に里の入り口には見張りがいるのでは?」
「そしたら私の睡眠ガスで眠らせるわ。なるべく騒ぎは起こしたくないもの」
「お前相変わらずだな」
「なによ。簡単に解決出来るならそれに越したことはないでしょ。それに私知ってるのよ。アンタヒスイ街ってところに侵入する時に昔私が作った催眠ガス使ったのでしょ。アンタも変わらないじゃない」
「俺は仕方なくだな…」
「人のこと言えないじゃない!」
「ま、まぁまぁ2人とも一旦落ち着きましょう」
熱くなっていたローザさんを一旦落ち着かせて話を元の方向に戻そうとする。
「と、とにかく一気に浜辺を目指せばいいんですよね」
「そ、そうです。も、もし何かあってもクロード様だけでも精霊の森に送り届けなければいけません」
「ふぅ…そうね。つまりはヴァイス、貴方の脚にかかってるわ」
「ウァン!!」
任せて!と言うようにローザさんに向かって元気よく返事をする。勢いよく鳴いたせいで上に乗ってるクロードさんの身体が少し揺れる。
「それじゃあ行くわよ!」
ローザさんが先導して私とアルバさん、ヴァイスが後ろを着いていく。ローザさんに教えてもらって魔力を隠せるようになったけどずっと隠し続けるのはやっぱり難しい。凄い気を張る。
「ちょっとここで待ってて」
ある程度歩いたところでローザさんが足を止めて私たちに隠れてるように言った。私たちは木の陰に隠れて、ローザさんは1人で向こうへ歩いて行ってしまった。
「お、おそらく門番がいたのでしょう。き、きっと毒で眠らせに行ったのでしょう」
「なるほど!確かに奥の方で2人の魔力を感じますね」
ローザさんが1人で行ってから数分、ローザさんが笑顔でこっちに来て「もう来ていいわよ」と言いながらこっちに手招きしてる。私たちはローザさんの方へ向かうと大きな木製の門の前に女の人が2人倒れていた。寝息を立てていてぐっすり眠ってるみたい。それにこの人耳が長い。この人たちがエルフなんだ!目筋がはっきりしてて凄い綺麗な人だ…。
「弓を背負ってますね。それにこの人たちがエルフなんですよね。初めて見ました」
「エルフは弓を得意とする種族で、私の様な美形が多いのよ。弓の腕もさることながら魔法の腕も一級品。油断してたらコロっとやられちゃうわ」
「弓、ですか。確かに厄介そうですね」
「それじゃあ里に侵入するわよ。バレない様に気をつけていきましょ」
ローザさんが門を少しだけ開けて僅かな隙間から里に侵入する。門の奥は夜だからか人の気配はほとんどなくて凄く静かだ。沢山の大きな木が生えててツリーハウスみたいに枝の上に建物が建てられてて、建物と建物の間を吊り橋で繋がってる。今までの街と違って石やレンガの建物がなくて全部が木で作られて、自然と一緒に暮らしてるみたい。
「わ、僅かですが複数の魔力を感じます。ちゅ、注意していきましょう」
「えぇ。ほとんどの住人は寝ている様だけど夜の見回りがいるのかしら」
「ヴァイス、誰かの匂いがしたら教えてくれる?」
「ウァン」
恐る恐る里の中を歩き始める。先頭を暗闇でも目が利くアルバさん、その後ろを順にローザさん、私、1番後ろをヴァイスが歩く。時々里の巡回にくるエルフを建物の陰に隠れてやり過ごしながら順調に進んでいく。
「あとどれくらいですかね?」
「そう遠くはないと思うのだけど…。里の中のことは私も分からないの。でもそう遠くはないと思うのよね」
「!み、みなさん止まってください」
アルバさんが私たちに声をかけた瞬間に見回りのエルフが木の向こうから出てきた。あまりの一瞬の出来事ですぐに隠れることができなかったけど、ローザさんがすぐに口を塞いで門番にやったように毒で眠らせてくれた。
「危なかったわね…」
「す、すみません。も、もっと早く気づいていれば…」
「仕方ないわよ。私も魔力で気づくべきだったわ」
「そうだな。私ももっと早く気づくべきだった」
知らない声がして声のした方に顔を向ける。声の持ち主を探してると、木の上に金色の髪をしたエルフが私たちに弓を構えていた。まさかバレてたなんて…!
「エルフ…!」
「何故お前たち魔族がこの里にいるのかは知らないが、里に立ち入ったからには無事で帰れると思うなよ。皆の者!!侵入者だ!!!!」
周りに私たちのことを知らせた瞬間に矢を数本私たちに放ったきた。咄嗟に防御魔法で矢を防ぐ。いきなりのことだったけど、うまくできてよかった…!
「ありがとうリリィちゃん!」
「お前ら走れ!!」
クロードさんが叫んだ瞬間に空から矢の雨が降ってきた。クロードさんが叫んでくれたお陰ですぐに矢の存在に気づくことができてなんとか避けられた。
「チッ…避けたか」
「みんなそのまま走って!!」
ローザさんの言う通りにそのまま走り抜ける。走る速さはヴァイスが1番速いから先頭を走ってる。後ろから沢山の魔力が集まってる気配がする。一瞬であんなに集まってきたなんて…!
「炎よ!!」
「スプラッシュ!」
後ろから迫ってきた炎をローザさんが水を出して相殺する。だけど何故かローザさんは足をとめて後ろを振り返る。すると息を大きく吸ってそのまま吐き出した。ローザさんが吐き出した息は紫の霧状になって辺りに広がっていく。
「あんまり吸っちゃダメよ。軽い麻痺毒だから。あれで少しは足止めができればいいんだけど」
「ロ、ローザ様海が見えてきました!」
「よし、そのまま走り抜けるわよ!」
そのまま海まで一直線だと思ったところに上からエルフの人が出てきた。先回りされてたんだ…!手をこっちに向けて魔法を放とうとしてる!防御魔法…駄目!間に合わない!!
「ここまでだ!風…」
「ボアァッ!!」
「きゃあ!!」
ヴァイスがエルフよりも先に炎を吐いて魔法の発動を防いでくれた。エルフの人は青い炎に包まれてるけど燃えてる様子はない。前に青い炎は燃やしはしないってクロードさんが言ってたからあの人は死にはしないと思う。ヴァイスは優しい子だから。
「ありがとうヴァイス!」
「後ろの霧ももう突破されちゃったわね。急ぐわよ!」
後ろを少し振り返ると確かにエルフの人たちがローザさんの霧を越えて私たちをまた追いかけて来てる。中には空を飛んで追いかけてる人もいる。凄いスピードだ。思いっきり走らないと簡単に追いつかれちゃう!
「アルバ!」
「わ、わかりました!!」
アルバさんが赤い液体を沢山の剣の形に変えてそれをエルフの方に投げつける。剣に怯んだエルフたちは一瞬動きを止めた。
「解放」
指を鳴らすと剣が爆発して液体が飛び散った。飛び散った液体が壁の様に道を塞いでエルフたちを足止めしてる。凄い!これは魔法って感じじゃなさそう。赤い液体、匂い的にもしかして血液かも。吸血鬼の能力なのかな。
「危ない!」
木の陰から矢が私たち目掛けて一斉にとんでくる。防御魔法で咄嗟に防ぐけど障壁の魔力がうまく練れなくて数本障壁を破って腕を掠めた。
「っ!!」
「大丈夫リリィちゃん!?」
「だい、じょうぶです!少し掠めただけなので!」
「もう少しで海に着くわ!もう少しだけ頑張ってちょうだい!」
「はい!」
林の向こうで砂浜が見えてきた。ローザさんの言う通り海まであと少し。腕も掠っただけで出血も大したこともないから大丈夫。フォーメン街の図書館で読んだ通りに傷に魔力の膜を覆わせると少し痛みも出血もよくなった気がする。
「逃すな!!必ず魔族共を捕えろ!!」
もうアルバさんの壁を越えて後ろからエルフたちが追ってきてる。このままじゃ海に着く前に追いつかれるし、海を渡る為に時間も稼がないといけない。少しでも私が時間を稼がないと!!
「リリィちゃん!?なにをするきなの!?」
「私が少しでも時間を稼ぎます!その間にローザさんたちは海を渡る準備をしてください!」
「……分かったわ!でも無茶はしちゃ駄目よ。準備ができたらすぐに来なさい!いいわね!」
「はい!!」
海を抜ける林の前で足をとめて後ろを振り返る。ローザさんたちは林を抜けて行った。私は魔力を身体中に巡らせてすぐに魔法を使える様にする。
「女が1人だ!捕えろ!」
「風よ!!」
「大地よ!!」
エルフが数人私の前に現れてそれぞれ魔法の詠唱をする。突風が吹き荒れて斬撃の様なかまいたちが襲ってくる。防御魔法を張って風を防ぐけど障壁の脆いところを抜けてかまいたちが頬を掠める。痛みに少し怯んでると地面に魔力が流れてるのを感じる。嫌な予感がして脚に魔力を集めて身体強化で木の上に飛び移る。飛び移った瞬間に私がいた地面に腕が生えてきた。もしあのままあそこにいたら簡単に捕まってたかも。
「危なかった…。きゃあっ!!」
突然私の後ろから木の枝が伸びてきて私の身体に巻きついてきた。地面の方に集中してて木にも魔力が流れてるのに気づけなかった…!
「捕らえました」
「よし。そしたら尋問して里に侵入した目的を吐かせるぞ」
このままだとマズイ!胴体にキツく巻きついてる枝を動かせる腕に魔力を集めて思い切り引っ張ってみる。だけど少しもちぎれる様子がない。
「そうだ…ナイフだったら…」
うまく枝の隙間からナイフを取り出そうとする。キツく巻きついてるから隙間なんてない様なものだけどなんとかナイフを取り出せた。ナイフに魔力を集めて切れ味を増して枝に切りつける。
「切れた!!」
「逃げられた…」
「なにをしてる!」
切れた枝を取っ払って他の木に飛び移る。よし、この木には魔力は流れてないね。この数を私が全員倒せるとは思ってない。だけど時間稼ぎならできるはず。手のひらに魔力を集めて魔球を作って地面に放つ。地面に魔球がぶつかった衝撃で土煙が巻き起こって視界が遮られる。
「落ち着いて魔力探知をしろ!」
土煙でお互いに視界が遮られる。魔力探知で場所を探ろうとするのは分かってたから魔力をできるだけ抑える。この土煙を取っ払うには風が必要。さっきかまいたちを起こしたエルフの人の魔力は覚えてる。足音も魔力を抑えて距離を縮める。
「ぐっ…!!」
距離を縮めて背後に回り首に腕を回してキツく締める。しばらくすれば気を失って力が抜けて身体がだらんとして腕から滑り落ちる。昔にお父さんに狩りの仕方を教えてもらってよかった。狩りで動物にバレない様に足音と気配の消し方を教えてもらってたけどまさかこんなところで役に立つとは……。
「ここか!!」
「!!」
矢を手に持って私に襲いかかってきたのをなんとか避ける。やっぱり魔力を抑えたって言っても完全に隠せる訳じゃないしエルフは魔力に敏感って言ってたから仕方ないか。それに時間が経って土煙も薄くなってきた。もう一回木の上に戻った方がいいかも。これを何回も繰り返せば時間は稼げるかも……。
「リリィちゃん!!!!」
林の奥で私の名前を呼ぶローザさんの声が聞こえた。海に出る準備が出来たんだ!時間稼ぎができてよかった!ならすぐにローザさんのところに行かないと。土煙が晴れて視界がひらけたけどもう関係ない。近くの木に魔球を放って木を倒す。他にも木を沢山倒して行く手を木で塞いでいく。
「木で塞がれた!!」
「すぐにどかせ!」
脚を身体強化して一気に林を抜けていく。髪を通り抜けていく夜風が気持ちいいなんてこんな時に考えちゃった。少し走っていけばすぐに林を抜けて海が見えた。ローザさんたちはヨットに乗ってもう海に出てる。
「リリィちゃん飛び乗って!!」
「ウァンウァン!!」
「わ、分かりました!」
ここからローザさんとの距離は少し離れてるけど届かない距離じゃない。今よりも多くの魔力を脚に集めて地面を思いっきり蹴る。身体が宙に浮いて浮遊感を一瞬覚えながら舟に着地する。着地した瞬間に舟が少し揺れて海水が掛かっちゃった。
「無事でよかったわ…」
「よく生きて戻ってきたな」
「ローザさん、クロードさん…!」
「顔に傷があるじゃない!今回復魔法をかけてあげるから」
ローザさんが私の頬に軽く触れて魔力を流す。温かい魔力が傷を覆っていく。
「これでよし。さっき腕も怪我してたわよね。そっちも見せて」
「あ、はい」
「あら?腕は血が止まってるし、治りかけてるじゃない」
「こっちは自分でやってみたんですけど…」
「いつ回復魔法使えるようになったの!?」
「えっと、フォーメン街の図書館で見つけて」
「本で読んだだけでここまでできるなんて…。こっちも直しておくわね」
頬の傷にしたように腕に触れて魔力を流すと腕の傷もスッと消えていった。血もピタリと止まって痛みも全くない。完全に傷が治ってる。
「ロ、ローザ様、エルフたちが追ってきてます!」
「まぁ簡単に見逃してはくれないわよね。それに多分目的にも気づかれた。アルバ風を起こして!」
「は、はい!み、みなさん落ちないようにしっかり捕まっててください!」
アルバさんの言う通りに舟に捕まるといきなり後ろから強風が吹いて帆が風の力を受けて一気に舟が進んでいく。あまりのスピードと風で波が荒れて振り落とされそうになるのを必死に堪える。
「これでも振り切れそうにないわね…。アルバはそのまま風を起こし続けて!私はエルフたちをなんとかするわ」
ローザさんの言う通りでエルフたちは空を飛んでこっちに近づいてきてる。こっちも結構なスピードなのにそれでも振り切れそうにない。ローザさんは立ち上がって大鎌を作って構える。
「奴らの目的は恐らく精霊の森だ!神聖な地に魔族どもを近づけるな!!」
「魔族、魔族ってやっぱりエルフとは分かり合えないのかしら」
ローザさんが鎌を一振りすると鎌から毒の刃をとばしてエルフたちを牽制する。エルフたちも負けじと矢と魔法をこっちにはなってくる。ローザさんがそれを防御魔法で全部防いでくれる。
「さぁかかって来なさいエルフたち!!この舟を沈めるものなら沈めてみなさい!」