106話 忘れた頃に
「クロード、迎えにきたわよ」
トレイダ街に着いてからすっかり夜になった。トレイダ街を出発する為にクロードさんを迎えに部屋までローザさんたちとやってきた。クロードさんはさっきまで寝てたのか眠そうに目を擦っている。
「ん…もうそんな時間か」
「寝てたのに悪いわね」
「いや…眠気が酷くてな…。これも後遺症の影響かは分からないが…ゲホッ…!」
「考えられるわね。さ、外に出るわよ。満月に間に合わなかったら無意味になっちゃうわ」
「あぁ…だが俺は今身体なんてとても動かせないが」
「それに関しては大丈夫です!ヴァイスがクロードさんを運んで行きます!」
「ワン!!」
任せて!と言うように自信満々に鳴き声を上げるヴァイスにクロードさんが頭を優しく撫でる。頭を撫でる時に腕の動きがぎこちなかった。やっぱり後遺症で身体が動かしにくいんだ。
「ヴァイス、ちょっと大きくなって。クロードさん少し立てますか?」
「あぁ、少し身体をかしてくれないか?」
「もちろんです!」
ベットから辛そうに立ち上がるクロードさんの身体を支えながらヴァイスにゆっくり乗せる。身体を大きくしたヴァイスはクロードさんを余裕そうに乗せてる。これなら長距離も移動できそう。
「ロ、ローザ様そろそろ出発しましょう」
「そうね。満月は四日後、歩いてエルフの里までちょうど四日ぐらいね。少し余裕がないから急いで行くわよ」
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屋敷の人たちにローザさんたちが惜しまれながら見送られてから数時間。トレイダ街を出てからエルフの里へ向かっている。夜の外は何だか異様な雰囲気を感じる。なんだか視線を感じるっていうか視線よりも魔力を沢山感じる気がする。
「やっぱり夜だと魔物も魔獣も蔓延ってるわね」
「そ、そうですね。で、ですがこちらに襲ってくる気配はないですね」
「多分、私とアルバ、それとリリィちゃんの魔力に怯えて出てこないのね。でもありがたいわね。わざわざ相手するのも面倒だし」
やっぱり勘違いじゃなかったんだ。私が感じてた魔力は魔物や魔獣のものだったらしい。でも襲ってこないならよかった。
「クロード、身体の調子は大丈夫かしら?身体は冷えてない?」
「あぁ大丈夫だ。心配かけてすまないな」
「調子が悪くなったらすぐに言いなさい。毒を取り除いたとはいえ毒の後遺症がどんなものかよく分からないんだから」
「分かってる。ヴァイスも乗せてもらってすまないな」
「ウァフッ!」
気にしないでと言うように鳴き声を上げるヴァイス。何時間もクロードさんを乗せて歩いてるけど全然疲れを見せてない。本当に凄い!
「精霊の森まで結構距離あるわよ。頑張りなさい」
「ウァン!」
「で、ですがそろそろ休憩しませんか?こ、ここら辺は人里もないですしこの先も歩くんですから少し休憩しないとこの先持ちません」
「それもそうね。体力使いすぎてエルフの里で戦えなくなったら意味ないもの」
トレイダ街を出発してから数時間、ようやく休憩になった。お昼の疲れも完全にとれてなかったから正直ありがたい。
「クロードさん降ろしますね。よっと…!」
「色々すまないな」
「謝らないでください。悪いのはクロードさんじゃないんですから」
「ワン!」
クロードさんをヴァイスから降ろして地面にゆっくり座らせると木に背中を預けて体重を全部預ける。
「お前、兄の行方はどうなんだ?何か手がかりは掴めたのか」
「それが…全然ダメで……」
「キューン…」
クロードさんに尋ねられて首を横に振る。トレイダ街にもフォーメン街にもそれらしい人は見つけられなかった。トレイダ街とフォーメン街は時間がなくてちゃんとは調べられなかったけど…。
「リリィちゃんのお兄さんのこと詳しく聞いてなかったわね。いつ頃いなくなったの?」
「大体10年ぐらい前です。家を飛び出したっきり帰ってこなくて」
「じゅ、10年ぐらい前というともしや大戦に巻き込まっ…!」
「キリア〜?貴方空気読めないのかしら〜??」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
ヒスイ街でルイさんがお兄ちゃんのことを調べたけど、何も出てこなかったって言ってた。だとしたら大きい事件に巻き込まれてないってことだと信じたい。どこかで平穏に暮らしてると信じたいけどだとしたらなんで私に会いに来てくれないの?
「きっとすぐに会えます。だから心配してくれてありがとうございます」
「そうか…案外世間は狭いもんだ。その内見つかるだろう」
「そうですね。そうだと信じたいです」
「へぇ〜…あのクロードがねぇ……」
「なんだよ……」
「べっつに〜」
ローザさんがクロードさんの方を見つめて口角をあげて嬉しそうに笑っている。それを嫌そうな顔で手で払うクロードさん。2人って本当に仲がいいんだなぁ。
「あ、あの何かこっちに近づいて来てませんか?」
アルバさんが空を指差した方を目を凝らして見ると確かに何かがこっちに向かって飛んでくる。あれは鳥、かな?まさか魔獣!?ローザさんも確認したと同時に大鎌を構える。
「ウルルルル……!」
「魔獣かしら。にしては魔力が妙な感じね」
「こ、こちらを襲って来る気配もないですしね。も、もう少し様子を見ますか?」
「うーん…見た感じ強そうには見えないし」
「ん?ん〜??」
「どうしたんだお前」
「いや、どこかで見たことがあるような…」
近づいてくる鳥をよく見てみると何処かで見たことあるような鳥な気がする。鳥、鳩っぽいかも。うーん…何処かで見た気がするんだけど…。
「まぁ変なことされる前に仕留めておいた方がいいわね」
「そ、それもそうですね」
「う〜ん………あっ!!!思い出した!!ローザさん、クロードさんストップです!」
「え、なに?リリィちゃん」
「あれ、私たちの知り合いです!」
「知り合い?」
今にも攻撃しそうだったローザさんとアルバさんを静止する。そのままゆっくりとこっちに降りてくる鳩を受け止める。暗闇で確信はできなかったけどやっぱりこの子って…。
「クロードさんこの子って!」
「あぁ…あの魔石工房の…」
私の腕におさまっている機械仕掛けの鳩。ヒスイ街の魔石工房で会ったノアさんの機械仕掛けの鳩だ。確か髪の毛を取り込んだクロードさんの元へ飛んできてくれるんだっけ。ノアさんがクロードさんの元へこの鳩を飛ばして来たってことは!
「お前の魔石が完成したんだろう。足に何か括りつけてある」
「なになに?なんなのこの鳩は」
「ローザさんたちと会う前にいた街で魔石の加工を頼んだ人がいたんです。魔石が完成したらこの鳩をクロードさんの元に飛ばしてくれるっていう約束をしてたんです」
「み、見たことない魔道具ですね…なかなか高度な魔道具なようですが」
「流石人間の技術、相変わらず発展が早いわねぇ。10年前にはこんなものなかったから、たった10年でこんなものを作っちゃうのね」
「クロードさん宛に手紙もありますよ!」
「俺に、か?」
「はい。これです」
クロードさんに鳩に取り付けられていた手紙を手渡す。震えた指先で手紙を受け取るとゆっくりと手紙を広げる。読み始めたクロードさんの隣でローザさんとアルバさんが覗き見る。
「えっと私の方はこれ、か。わぁ…綺麗…!見てヴァイス!」
「キャン!!」
鳩の片足に括り付けられていた風呂敷を解くと包まれていた翡翠色の魔石が月光に照らされて輝いている。ノアさんに渡した手のひらにおさまっていた魔石は、銀色の指輪のリングに嵌め込まれている。指輪と一緒に風呂敷の中にメモの様な紙が入っていて、手に取るとノアさんからのメッセージが書かれていた。
『リリィさんへ。頼まれていた魔石の加工と魔法を込め終わりましたので現物を送ります。引き寄せの魔法はクロードさんのタイループに反応する様にしています。魔石は身につけやすい様に指輪に加工しました。
そしてトレイダ街でのこと本当にありがとうございました。今は故郷のカシワ村に戻り心身ともに身を休めています。そのうちヒスイ街へ戻りまた仕事を再開します。そしたらまたお店に来てください。沢山サービスをしますので!』
ノアさん今はカシワ村にいるんだ。確かにあんなことがあったんだから休んだ方がいいよね。早速指輪を右手の中指にはめる。指にピッタリと嵌って緩みもキツくもない。サイズ測ってもらってないなのになんでピッタリなんだろう。指を見ただけでサイズが分かったのかな。
「…そうか」
「ふーん…なるほどねぇ」
「クロードさんどうしたんですか?」
「アイツ、俺が魔族で四芒星だってこと知ってたみたいだ」
きっとあの時だ。ノアさんのお店にルイさんが襲ってきた時。私が初めてクロードさんがアイリスさんの右腕だったてノアさんから聞いた時にノアさんもいた。ならノアさんもあの時にクロードさんの正体を知った。当たり前だよね。でもトレイダ街でノアさんは言ってくれた。クロードさんはいい人だって。
「だがアイツは騎士団に俺を売るつもりはないらしい。この手紙はそういう内容だった」
「ノアさん言ってましたよ。魔族だって知ってもクロードさんはいい人だって」
「そうか…」
「なによ。嬉しそうな顔しちゃって」
「うるさいぞ」
「照れちゃって〜ってリリィちゃん、その指輪って」
「はい!頼んでもらった魔石です。指輪に加工してくれたんです」
「なかなかいいデザインね。よく見せて」
ローザさんに手を近づけると指輪をまじまじと見つめる。顎に指を添えて何か呟いている。
「これって…もしかして引き寄せの魔法?クロードのタイループの魔石の魔法と同じじゃない」
「クロードさんのタイループ…あぁ!!!!」
「な、なんですか!?」
「クロードさん!ノアさんから預かったクロードさんの魔石返すのすっかり忘れてました!!!」
ノアさんから魔石を預かったあと色々ありすぎてすっかり頭の中から消えていた。急いでカバンの中からクロードさんの魔石を取り出してクロードさんの手ににぎらせる。
「すみません!!返します!」
「あぁ…そんな勢いよく渡さなくたっていいが。アルバ、魔石に魔力を込めてくれ」
「あ、は、はい!」
クロードさんはアルバさんに魔石を手渡すと魔石に魔力を込め始めた。アルバさんが持っている魔石が強く光り始めた。
「完全に直っているな。腕は確かみたいだな」
「クロードの魔石の魔法は確かピアスに反応するのよね」
「あぁ。お前の魔石は……」
「クロードさんのタイループに反応する様になってるみたいです」
「早速やってみてよ、リリィちゃん」
ローザさんに言われた通り指輪に魔力を込めると指輪が強く光り始めた!
「わっ!光り始めた!」
「ワン!」
「これでもしクロードと逸れても場所が分かるわね」
「これは便利ですね!」
「えぇ。クロードもよくアイリス様がいなくなった時にこの魔法を使って居場所を探してたわ〜」
「そういえばクロードさんの魔石はピアスの魔石に反応するんですよね。でもピアスとタイループを一緒に持ってたら意味ないんじゃ…」
「このピアスは元々俺のものじゃない」
「えっ?」
「このピアスは本当はアイリスの物なんだ」