101話 毒の支配者
相手の団長、バロン。さっきまでは弱々しい雰囲気とは一変して顔つきが変わり私たちを見据えている。魔力の感覚も違って感じる。厄介なのはあの糸。細い糸ならアルバでも切れるけど、糸の束は私特性の毒でしか溶かせない。なら団長の相手は私がするしかないわね。
「私があの団長をやるわ。その間、アルバはあの鎧の子を引きつけておいて」
「分かりました。必ずやローザ様のお役に立ってみせます」
「それじゃあよろしく」
厄介なのは団長の糸だけじゃない。あの鎧の子の魔法。無詠唱なのに魔法の発動の速さに魔法の練度。近づこうとすれば地魔法で距離を取られるし近づいたところであのハンマーを振られる。私より身軽で手数が多いアルバの方が相性がいいかもしれないわ。
「下よ!」
「はい!」
足元から岩が生えてきて飛び上がって避ける。アルバはそのまま風魔法で宙を飛んで鎧の子の方へ向かっていく。私はバロンに向かっていく。
「スレッドトラップ!」
「毒の飛沫」
行手を遮る様に張り巡らされた糸、触れれば切れる糸ね。魔力の感じでなんとなく分かる。鎌を一度液体に戻して飛沫をあげる。毒を浴びた糸がたちまち溶けていく。行手を阻むものがなくなって再び歩き始める。
「やっぱりこれくらいじゃ…!もっと頑丈な糸を編まないと……」
「さて、覚悟はできたかしら」
「!スパイダーネット!」
「これくらい…っ!?」
蜘蛛の巣状の糸を目の前に張られて鎌で切りつける。だけど、鎌が蜘蛛の巣に絡みとられる。さっきまではこの毒で溶かせたのに、強度がさっきよりも上がってるってこと?まさかこんな短時間で…!なんて考え事をしていると蜘蛛の巣が形を変えて私に襲ってきて咄嗟に鎌を手放して後ろに飛び退く。
「逃げられた…」
「(糸の強度が上がったのならまた毒を調合し直さないと。時間が掛かるわね)」
「逃がさない!スレッドウィップ!!」
「毒のベール」
襲いかかってくる鞭を毒の幕で咄嗟に防ぐ。だけど毒で完全に溶かしきれない。完全に破られる前になんとか避ける。幕を破った鞭は地面に強く打ちつけてヒビが入ってる。凄い威力ね…。
「ガハッ…!」
「アルバ!まったくなにをしてるの。ほら、立ちなさい」
「申し訳ありません…」
吹っ飛んできたアルバが私の足元で倒れ込んだから手を貸して立ち上がらせる。見た感じ大きな怪我はないみたいだけど口元から血が出てる。あのアルバがここまでやられるなんてやっぱりあの鎧の子も只者じゃないわね。
「お手数かけて申し訳ないです。ですがローザ様に託された役目はきっちりと果たしてみせます」
「いい心がけね。私の方も少し手こずりそうだけど、まぁ問題ないわ。それとこれ、御守り。やられるんじゃないわよ」
「もちろんです。必ずしやローザ様に勝利を」
アルバに”御守り“を渡すと再び鎧の子の方へ向かって行った。あの鎧を突破するのは至難の業だろうけどアルバならきっと大丈夫ね。私は団長の方に集中しないと。まずはあの糸を溶かす毒を再調合しないと。あの糸をどうにかしないと近づくことすらできない。
「はぁっ!!」
「っ!?」
再び鞭が襲いかかってきてそれを横に転がって間一髪なんとか避ける。糸を溶かせない以上とにかく避けるしかないわね。
私の毒は体内で生成する。人間の姿になっても毒を生成する器官はあるからその器官で毒を作る。だけど新しい毒を作るのには時間がかかる。最初に糸を溶かした毒を生成した時は繭の中で安全で多少時間があったから集中して作れた。だけどこの状況じゃ毒に集中なんかできやしない。あの鞭を喰らったら流石の私もひとたまりもないもの。それと作った毒が必ずしも効くとは限らない。何回も試さないと。
「とりあえずこれで…」
ひとまず作り上げた毒で鎌を作り直す。糸を溶かした毒をさらに強力にしたもの。これで上手くいくとは思えないけど試してみないことには分からないわね。
「はっ!!」
迫ってくる鞭を鎌で切りつけるけどやっぱり少しも傷がつかない。鞭を避けて体制を立て直す。あの糸は一本一本はか細いけど魔力の密度が高い。その糸が集まり紡いでいるのなら強靭な鞭にもなるわね。鋼鉄のように頑丈、だけどしなやか。だからあれほどまでの威力がある。
「次はこれね。毒の刃!」
鎌を振るって毒の斬撃をとばす。また調合し直した新しい毒だけど今回はどうかしら。
「ファブリックシールド!」
斬撃を布に阻まれて攻撃を防がれる。糸を紡いで布を織ったのね。まさに鋼鉄の盾。それに今回の毒も駄目だったわね。そもそも私の毒は物質を溶かし、身体を蝕む毒。でもあの糸は魔力から成っている。さっきまでの糸は魔力の密度が小さかったからなんとか溶かせたけど、今の糸は魔力の密度が何倍も大きい。私の毒とは少し相性が悪いわね。魔力そのものを溶かす毒…今までに作ったことのない毒ね。この状況でそんな毒を作れるのかしら。いや、大体の構造は理解してる。あとは形にするだけ。
「……やるしかないのよ。アイリス様の為にも」
アルバの方は…まだ苦戦しているようね。鎧の子になかなか近づけないみたい。アルバの手は借りられない。まぁ最初から手を借りられるとは思っていなかったけどね。
「毒の波」
足元から大量の毒を放出して地面一帯に毒を巡らせる。この毒は強力なものじゃなくて痺れる程度の弱い毒。あまり強い毒を出しすぎると体力を消耗し過ぎるからこの程度の毒でおさめる。それにこの毒は時間を作る目的。流石に足元までは糸で防げはしない。案の定団長は煙突にに巻きつけて建物の上へ退避した。
「あら、そんな高いところに逃げちゃって。可愛いわね」
「…今の貴女じゃ僕の糸を溶かせない。降参したらどうですか。そうしたら一緒に連れている吸血鬼の方もこれ以上傷つけません」
「それは無理な相談ね。私は貴方の左腕に用があるの。このまま逃げ帰る訳にはいかないのよ」
「!!アルバも左腕のことを言っていた。やっぱり貴方たちは身体のことを知ってる。一体誰から聞いたんですか?」
「…幽霊って言ったら?」
「クロードは本当は生きてる?でもそんなはずは……」
「まぁどう思うかは貴方の勝手よ。アイシクル!」
「!魔法まで!!」
魔法で頭上につららを出して隙をつく。まぁ簡単に避けられちゃったけど…。どんどんつららを出していって攻撃を避けさせるのに意識を集中させる。魔法と同時に体内で毒の生成を急ぐけど流石に同時にやるのは厳しいわね。毒の生成に全神経を回したいのに…!
「スレッドロープ!」
「しまった…!!」
いつの間にか身体に巻きついていた糸に捕えられて身体が宙に浮く。そのまま勢いをつけたまま地面に衝突する。
「あぁ!!!」
「ローザ様!!」
なんとか衝突する前に魔力で身体強化をして衝撃を和らげたけど腕の骨にひびが入ってそうね…。それに未だ身体に縄の様に編まれた糸が巻きついたまま。流石にマズイかもしれないわ。一度ならず二度までおんなじ様な手で捕まるだなんて、私もまだまだね。
「ゲホッ…はぁ…はぁ…」
「これでも降参しないんですか?」
「はぁ…もちろんよ」
「それなら少し気を失ってもらうしかないですね」
「ああああぁぁぁぁ!!!!!」
「僕の糸は電気もよく通すんです」
糸から電気が流れてきて私の身体を感電させる。魔力で咄嗟に身体を守ったけど身体の芯まで電撃が走る。意識がとびそう…ギリギリなところでなんとか意識を繋ぎ止めるけど長くは持ちそうにない……。なんとかしてこの縄を…!
「ローザ様!!貴様ぁ!!!」
「おりゃあ!!」
「ぐあっ…!!」
あの馬鹿!!怒りに任せてまんまと攻撃を喰らってるじゃない!致命傷じゃないみたいだけど…よくは分からない。電撃のせいで目の前が弾けてよく見えない…。
「あ、ぁ……」
意識が朦朧としてきた。はやく、はやくしないと……。
「これで、ローザは捕縛できる。あとはクリスタの方に加勢して…」
「………ゲホッゲホッ…ガハッ…!はぁ…死ぬかと思ったわ…」
「なっ!?ど、どうして!!縄が…!!」
「あ〜あ。服も焦げちゃって。これ結構お気に入りだったのに。どうしてくれるのかしら」
「縄が、溶けた……どうして…そんな、ありえない!!」
電撃を受けながらなんとか縄を溶かして自由の身になった。電撃の影響で上着も焦げちゃった。身体に痺れは残ってるけどなんとか動けそうね。焦げた上着を脱ぎ捨てて身体を伸ばす。やっぱり少しピリピリする。
「完成したのよ。魔力そのものを溶かす毒を」
「そんなものを、戦いの中で完成させたなんて…」
「これでも苦労したのよ。電撃を喰らいながら毒を作るなんて初めてのことだったもの」
魔法を使いながら挙句の果てには電撃を喰らいながら毒を作るなんて長い人生の中で初めてのことよ。それでも完成させたんだから流石私ね。でも一から作ったんじゃ絶対に間に合わなかった。クロードが喰らった毒を研究して、大元の構造は理解していたから良かったわ。クロードが喰らった毒は魔力を毒に変えるもの。魔力に関する毒ならもしかして利用できるんじゃないかと思ったけど正解だったわね。クロードが喰らった毒を少し細工して魔力を溶かす毒に改造した。急いで作ったからもしかしたら粗があるかもしれないけど、そこはお愛嬌ね。
「さて、本格的に反撃の時間よ。覚悟しなさい」
「……僕は絶対に負ける訳にはいかないんです。みんなの為にも絶対に…!」
毒で鎌を作って構える。相手も魔力を練っていつでも糸を出せる様にしているわね。もう、同じ手にはかからない。四芒星の名にかけて必ず倒してアイリス様を取り戻す。絶対に。
「クラフトマリオネット!!」
「団長の数が増えた…!」
幻覚魔法の類?いや、違うわね。糸で作った人形かしら。全部で5体。こんなものを一瞬で作るなんて…。なんて緻密な魔力操作なのかしら。
「行けっ!」
「毒の刃!!」
いっせいに襲いかかってきた人形たちを毒の刃をとばして2体の人形の胴を切断する。残りの3体の人形が鞭や糸を飛ばしてくる。それを毒をとばして糸を溶かし攻撃をいなす。
「まだだ!」
切断した胴が糸で繋ぎ合わされてまた動き始める。命を持たない人形なら胴を切断しても死にはしないわよね。動きを完全に止めるならドロドロに形もないほどに溶かさないと。
「毒の波」
毒の波を起こして人形たちを巻き込む。これで人形は全員溶けた。だけど流石に疲れたわね。ここまでの毒を作ると体力を大きく持っていかれる。
「そんな…!」
「さぁ、遊びの時間は終わりよ。大人しくしてちょうだい」
歩きながらゆっくりと近づいていく。行手を阻むように蜘蛛の巣のように糸を張ってきたりしてきたけど、今の私にはもうなんの意味もない。鎌で糸を切りながら距離を縮めていく。
「さて、これで終わり。もう、貴方に打つ手はないわよ」
「…!!スレッドコクーン!!」
糸が私の周りを覆って繭の様に編まれていって私を閉じ込める。最初に私を閉じ込めた繭、もうこんなもの意味ないのに。繭に手を触れてジワジワと溶かしていく。
「はぁ…はぁ……きっとこんなんじゃ駄目…なんだ?これ…霧?」
「わかってるんでしょ。もう勝てないって」
「そんなこと…」
「最後まで諦めない姿勢、私は好きよ。でも時には諦めが肝心」
「前が、見えない…!!なんだ、これ!?何か巻きついて…!」
「ふふっ…この霧は毒霧なのよ。麻痺毒の霧。段々力が入らなくなってきたでしょ」
「いつの間に後ろに…!それに巻きついているこれは、蛇…?」
「うふふ…私が蛇の魔物って知らなかったのかしら」
「上半身が人間で下半身が蛇、なんて…そんな魔物……」
上半身は人の姿のままで下半身だけを蛇の姿に戻して身体を締め付ける。あたりに充満しているのは麻痺毒の毒霧。毒だと思わずに沢山吸ったのかもう身体に力が入らずに抵抗もしてこない。蛇の姿は苦手だけど暴れられないようにするにはこうするのが1番なのよね。
「それじゃあ貴方の左腕、返してもらうわね」