100話 番外編:分岐点
皆さんのおかげで100話目を迎えることができました。なんとなく書き始めたお話をまさか読んでくれる人がいるなんて最初は思ってもいませんでした。どうかこれからもよろしくお願いします。
今回は100話記念で番外編みたいなもので現代のお話から2000年前のお話を書きました。一応本編と繋がるお話ですが読まなくても大丈夫です。
「僕と結婚してください!!!」
「無理」
「ど、どうして!?」
「お前これで何回目だと思ってるんだ」
「700と14回目です」
「なんで数えてるんだよ……いいか、何回も言っているがな。私は魔を統べる魔王で、お前は魔を滅ぼす選ばれた人間、勇者なんだぞ!!立場をわきまえろ!馬鹿たれ!!!」
私の目の前で膝をつき真っ赤な薔薇の花束を差し出している人間の男、勇者アナベル・ペンドラゴン。本来宿敵である魔王である私とは争うはずの存在。それが何故今こうして私に求婚しているんだ……!それも諦めずに何回も。いくら私が断っても、近衛騎士に追い返されようとも何度も私の目の前に現れこうして求婚してくる諦めの悪い男。いい加減諦めてくれ……。
「僕が勇者だから結婚を受け入れてもらえないと…」
「だからそう何度も…」
「なら勇者やめます!」
「はぁ!!??」
「僕が勇者をやめても僕には弟がいるので弟に勇者を継承して貰えばいいですし。あぁ…でもそしたら教会で勇者の紋章の譲渡をしなきゃいけないか。先代勇者が死んだら自動的に紋章が引き継がれるけど死ぬ前だったらちゃんと儀式をしなきゃいけないんだっけ。でもそれくらいのことでノエルさんと結婚できるなら僕、なんだってします!」
コイツ、相当な馬鹿だ…!馬鹿だと前々から思ってはいたがまさかここまでだとは…。
「いいかよく聞け!!」
「はい!」
「まず、勇者が魔王と結婚すると聞いたお前の国民はどう思う」
「えーっと…祝福してくれると思います!」
「阿呆が!」
「えっ!?」
「正しい反応はこうだ!勇者が魔王と結婚するなんて洗脳かなにか操られてるに違いない。勇者を解放するために魔王を倒さねば、だ」
「そんなことにはならないと思いますけど…」
「なる。これだけは確実に言える。そもそもお前の国の王が許しはしないだろ。勇者は国王に代々つかえる騎士なんだろう?そんな奴が魔族、ましてや魔王と結婚すると聞いたら烈火の如く怒り、お前は地下牢行きだ」
「だからそうならないように勇者をやめようと…」
「いいか。肩書きはそう簡単に消えはしない。勇者なんて大層な肩書きはきっとお前が死んでもついてまわる。もう十分だろう…。今日はもう帰れ」
「……分かりました。また来ますね!!」
「はぁ!?」
「今度は流行りのスイーツでも持ってきます!!ルルシェさんもまた!」
「おい、そういうことじゃ…ってもういない…」
懲りもせずまた来るという勇者を止めることはできずに移動魔法で城を後にしてしまった。
「はぁ……」
「あの、ノエル様」
「あぁ、お前か。いつもすまないな」
長らく私につかえてくれているルルシェ。もはや私の右腕とも言える存在だ。勇者の事情も知っていて他の者にもそのことを漏らさない優秀な奴だ。コイツにはいっつも迷惑をかけていて申し訳ない。
「少し疲れた…部屋で休んでくる……」
「はい。後のことは任せてください」
「あぁ頼む…」
気疲れしてなんだか疲れた。移動魔法で自室まで一瞬で戻る。着替えるのも面倒でベットに飛び込む。アイツ、悪い奴ではないんだけど、いかんせん諦めが悪いというかなんというか…。
「結婚、ね………」
私もいい歳だ。私と同じくらいの歳の魔人は結婚して子供を産んでいる。私も民から「結婚はしないか」とか「お世継ぎはいつ産まれるのですか?」とかよく聞いてくる。たまに貴族の奴から見合いを迫られるが正直興味ないし、当分結婚はしないな。
****
私と勇者の出会ったのは今から2年前。それは本当に偶然だった。私が窮屈な城を抜けだし国境付近の森を散歩していた時だった。
自然の風を感じ、鳥の囀りに耳を傾けていた。その時に茂みの向こうから急に何かが飛び出してきた。あまりにも突然で勢いよく飛び出してきたもので思わず魔法を放ってしまった。だがよく考えると飛び出してきたのは人影だった。まずい!もし怪我でもさせてしまったら…!
「おい!大丈夫か!?」
「わ〜びっくりした!」
「に、人間…!」
「ん?魔族?角があるから魔人か」
相手の状態を確認するために近づくとそこにいたのは尻餅をついた男の人間だった。金色の髪に紫の瞳。それに私の魔法を喰らっても傷ひとつついていない。この人間、ただものではないな。
「えーっともしかしてここってサナティクト王国じゃない感じですか?」
「ここはウォルトカリアだ。人間が迷い込むような場所ではないはずだが」
「もしかして僕迷っちゃった?」
「そうとしか考えられないが、どうやって迷い込んだんだ」
「うーん…散歩してただけなんだけどなぁ」
「はぁ…まぁいい。この国に人間がいることがバレたら騒ぎになる。こい、国境まで案内する」
「ありがとうございます!」
コイツ、私が魔族だと知っているのに随分と呑気だな。そんな簡単に人間が魔族についていくなんて危機感が足りてないんじゃないか?
「僕人間なのに随分優しくしてくれるんですね」
「私は正直言って人間はそこまで嫌いではない」
「そうなんですか?」
「私は種族で人を判断しない。差別なんてもってのほかだ」
「…素敵な考えですね」
「そうか?」
「はい。こっちの国では魔族は恐ろしいもの、討伐するべきだとよく言われてるので」
「お前は違うのか?」
「僕はそういうのは馬鹿らしいと思うんです。だって実際に貴方は人間である僕に優しくしてくれてるじゃないですか」
「……ははっ!!お前面白いな!人間がお前みたいな奴ばっかりだったら楽なのにな」
「……………」
「どうした急に黙って」
さっきまであんなに饒舌に喋っていたのに急に私の顔を見て黙りこんでしまった。ずっと目が合ってなんだか気まずいな。
「好きです!!」
「………はぁっ!!??」なんだいきなり!気でも狂ったか!?」
「僕貴方みたいな素敵な人今まで会ったことないです!きっとこの先貴方以上の人と出会えない。だから僕と結婚してください!!」
「いきなり結婚だと!?アホか!そもそも名前も知らないんだぞ!?」
「あ、そうでした。僕はアナベル、アナベル・ペンドラゴンです」
「ペンドラゴン…?お前まさか勇者か!!」
「あ、そうです」
ただものではないと思ってはいたがまさか勇者だったとは。…このままコイツを逃してもいいのか?だがここでコイツを始末すれば最悪戦争に…。
「そういえば貴方は誰なんですか?」
「知らずについてきてたのか…。はぁ…ノエルだ。この名を聞いたことはないか?」
「ノエルって魔王の名前と同じですね」
「同じも何も私がその魔王だ」
「へぇそうだったんですか」
「反応薄いな」
「魔力の感じとか銀の髪でなんとなくは察しはついてたので。でもやっぱりそうだったんですね」
「はぁ……勇者としてそれはいいのか?」
「うーん、別に危害を受けた訳でもないしいいかなって」
「呑気なもんだな。ほらここが国境の境だ」
「いやーここまで案内してもらってすみません。今度お礼持ってきますね」
「もう来るな。お互いのためにも」
「また来ますね!今度は告白オッケーしてもらえるよう頑張ります!」
「人の話聞いてないな……」
これが私と勇者の出会い。これからアイツは度々城に忍び込み私に求婚をしてくる。毎回断られるのに諦めの悪い奴だ。この出会いは偶然なのかそれとも運命によって仕掛けられた必然なのか。この出会いが後々世界を揺るがす事態に発展するとはこの時私もアナベルも思いもしなかった。
****
「ここが人間の街……」
変身魔法で姿を人間に変えて人間の街を視察に来た。頭の角もなくなり、いつもは銀色の髪も黒に染まっている。魔力もできるだけ抑え目立たないようにローブも着てフードを被る。
それにしても昔と違って随分と発展している。人間の技術力はめざましいな。人間は私たち魔族よりも魔力も少なく魔法を使える者も少ない。だが、人間には私たちにはない技術力を持っている。人間は力も弱いから他の者と手を合わせ、力を合わせて生きている。魔族にも見習って欲しいが、それは難しいだろうな。何せ魔族は力を持ち過ぎている。だから自分が1番だと思い他の者と手を合わせたがらない。
「さて、目的を果たそうか」
そう私がわざわざ人間の街に来たのはとある目的の為だ。ここ最近、魔族が行方不明になっている事件が頻発している。行方不明になった魔族は全員国境付近に住んでいた魔族ばかりだ。それにここ最近奴隷オークションといいう悍ましいものが人間の街で横行しているらしい。もしかしてと思い私が直接確認にしに来たのだ。
「さて、オークション会場がありそうな場所は…だいたい裏路地とか人通りが少ないところだろう」
それにしても人間が多いな。まぁ人間の街なんだから当たり前なんだが。場所を知っている人間がいれば無理矢理にでも話を聞きだせるのだが。仕方ない、地道に探すしか……。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今日は珍しい魔人が揃っているよ!」
「なんだと…?」
道なかで店を開いている人間の声に反応して寄ってたかっている人間を押しのける。そこにはみすぼらしい格好で首輪を繋がれている魔人たちの姿が。まさかこんなことが…!こんなにも堂々と人身売買など!!
「魔人てのは魔法を使うんだろ?危なくないのか?」
「この首輪は特別性で魔法を封じる力があるのさ。だから安心して買っておくれ」
「おい、人間」
「ん?なんだいお姉さん?」
「この魔人は何処から連れて来たんだ」
「とある筋から仕入れてるのさ」
「その筋ってのは誰だ」
「それは企業秘密さ」
「答えろ!!!」
のらりくらりとかわす人間に痺れを切らして首もとを掴んで脅しをかける。睨みをきかせればガクガクと震えてばっかで話にもはならない。クソッ…!なんとかして話を聞き出したいのに!
「お姉さん。その人離してあげて」
「あぁ?なんだお前って……」
「あれ?ノエルさ…むぐっ!」
後ろから声をかけられ後ろを振り向くとあのアホ面の勇者が立っていた。コイツが私の名前を言おうとしたのを手で塞ぐ。勇者の口を塞いだせいで掴んでいた人間を手放してしまった。それにしてもなんでコイツが…いや、ここは人間の街。勇者であるコイツがここにいてもなんもおかしくはない。むしろ私がここにいる方がおかしいんだ。
「(ノエルさん情熱的!)」
「ちょっと付き合って貰うぞ。お前に聞きたいことがあるからな」
「おい女!その人は勇者アナベル様だぞ!口の聞き方に…」
「ぷはっ!いいのいいの。僕は全然気にしてないから。それじゃ行こっか!デートだね」
「違う」
手を離した途端に戯言を。はぁ…取り敢えずここを離れよう。私が騒ぎを起こしたせいで人間が集まってきてしまった。これ以上目立つのはマズイ。
****
「それでなんでノエルさんここにいるの?」
「さっきも見ただろう。あの魔人たちを」
場所を移動して酒場に来た。目立たない様に端の方の席に座るが流石勇者、他の客の視線が集まって噂されている。結局ここでも目立ってるじゃないか。
「おい、あれ勇者じゃないか?」
「女連れてるぜ」
「しかも結構美人だぞ」
「(聞こえてるぞ)」
小声で話してるつもりなんだが普通に聞こえている。私に聞こえているのなら勿論勇者にも聞こえている。勇者の顔は満足げの様な顔で頷いている。少し気色悪いな。
「ノエルさんのこと分かってるね。でも1番好きなのは僕だけど!」
「うるさい。それよりも本題だ」
「本題?」
「魔人の人身売買のことだ。お前も知っていたのか?」
「……ノエルさんには申し訳ないけど、実は知ってた」
「そうか。まぁお前を責めるつもりはない。それならなんでお前はあそこにいたんだ」
「最近国全体で人身売買が横行してるんだ。僕は誰が人身売買の首謀してるのか調べてたんだ」
「国王に頼まれてか?」
「ううん。僕個人が気になってね。それで今日はたまたまあそこを調べてたんだ」
「なるほどな。それで何か手がかりでも掴めたのか?」
「実は掴めてるんだ」
「なに?」
いつもの感じからは考えられないがコイツは一応勇者なんだ。流石といったところか。まぁ本人に言うつもりはないが。
「うーん…でもなぁ……」
「なんだ。早く教えろ」
「僕が頑張って集めた情報をたとえノエルさんでも簡単に渡すのはなぁ」
「…何が望みだ」
「別に見返りが欲しいって訳じゃないんだけどノエルさんがそう言うんならお言葉に甘えようかな。そうだなぁ……じゃあ僕とデートしてくれない?」
「な、はぁ!!??」
「ノエルさん声大きい」
な、何を言い出すと思ったらふざけたことを!!まさかコイツ最初からこれが目的で!だ、だが情報は欲しい。魔族の為にもこれ以上犠牲者は出したくはない。……仕方ない。
「……った…」
「え?」
「分かった…デート、してやる」
「ほんと!?嘘じゃないよね!?」
机に手をついて身をこっちに乗り出してくる。勢いが凄いな。熱意があり過ぎて少し気味が悪い。
「本当だ。嘘はつかない。それこそお前も嘘じゃないよな」
「嘘じゃないよ。分かった。教えてあげる」
不本意ながらも魔王である私が勇者と取引をするなんて…。これ以上犠牲者をださない為にも致し方ない。
「調べて分かったことは人身売買にかけられてる人の殆どは魔族ってこと。人間はそこまで多くはなかった。売っている人たちも戦いが出来そうにない人たちばっかり。共通点は何処からか仕入れているってこと。でも、誰から仕入れているのかは教えてくれなかった」
「さっきの人間の男もそうだったな。お前でもその仕入れ先は分からないのか」
「実は分かってるんだ」
「なんだと!?」
「仕入れ先の人間、いや魔族が国の外から取引してる。多額の金と武器で魔族を売り渡してたんだ」
「魔族、だと?嘘だ…そんなはずは……!」
「それが本当なんだよね。見た目は人間に化けてるけど魔力は魔族のものだった。間違いないよ。でもなんの為にそんなことをしてるのかは分からないんだよね」
そんな…まさか魔族が自分の同胞を人間に売り飛ばしていた?何故、何故そんなことを。どんな理由でそんなことをしたのか。話を聞かなければいけない。
「それでノエルさんはどうするの?」
「魔王として同胞を裏切る様なやつは見逃すことはできない。必ず犯人を捕まえる」
「ま、そうなるよね。僕も協力するよ」
「…勇者であるお前には関係のないことだろ」
「関係あるよ。だってノエルさんが困ってるなら力になりたいんだもん」
「………はぁ勝手にしろ」
「ちなみに犯人に心当たりはあるの?」
「いや、全くないな。そもそも人間に魔族を売り渡していたのが同胞である魔族だったなんて思ってもいなかった」
「そっか……地道な犯人探しになりそうだね」
「いや、1つだけ気になることがある」
「なに?」
「ウォルトカリアの国境の端には衛兵を常駐させている。それも腕ききのな。その衛兵を掻い潜って魔族たちを連れて人間と取引できるとは考え辛い」
行方不明になっている魔族たちは国の端、国境付近に住んでいた。国の中心地から外れれば外れるほど貧民街と言われ治安も悪く、住んでいる魔族も訳ありでなかなか人が寄りつかない場所だ。人が1人や2人いなくなるのはよくあることだが、最近は10人単位で失踪しているらしい。魔族たちを攫うのも難しいが誰にもバレずに大勢の魔族を連れ国境を出るのは至難の業だ。そんなことをできるのは限られてくる。
「なるほど…つまり犯人は誰にもバレずに国境を出られる程の凄い人だと」
「そうなる。衛兵の死角を知っているなんてよっぽどの者だが…」
「それじゃ各自いろいろ調べてみようよ。僕は人間側から、ノエルさんは魔族側から。2つの視点から調べれば新しいことも分かりそうじゃない?」
「それもそうだな。今日は解散するか」
「うん。それじゃ次はいつにしようか」
「一週間後、ここで集合にしよう」
「分かった。それじゃまたねノエルさん!」
そうして私たちは店を出て解散した。アイツの情報を信じるなら犯人は魔族…。考えたくはないがアイツはあんな面白くもない嘘はつかない男だ。常駐の目を掻い潜り国境を抜け人間と取引できる者…ルルシェにも相談してみるか。
****
「お兄様最近楽しそうですね」
「そう?」
「そうですよ。毎日嬉しそうな顔で外出なされるじゃないですか。なにかあったのですか?」
僕の弟サザンカ。僕よりもちゃんとしてて優秀な子だ。歳が離れてるからか僕を凄い慕ってくれる。国王も僕よりもサザンカの方に期待してるみたい。僕としてもサザンカが勇者を継いでくれればいいんだけどな。
「うーん…内緒!」
「そうですか…あ、そういえばまたきてましたよ」
「はぁ……相変わらずしつこいな。僕は見合いも結婚も今はしないって言ってるのに」
勇者の血筋を残すためにも現勇者である僕に沢山の見合いの連絡がくる。どれも貴族や王族ばっかでいい血筋を残したいとか魂胆が見え見え。正直嫌になる。僕は本当に好きな人と結婚したいのに。だから僕が初めて好きになったノエルさんと結婚したい。結婚できなくても一緒にいたいって思う。今は連敗中だけど。
「お兄様が結婚なさらないと国王がお怒りになりますよ」
「いいんだよ怒らせといて」
「ですが…」
「そうだ!サザンカ、久しぶりに剣の稽古をつけてあげる」
「ほ、本当ですか!?」
「勿論。最近あんまり構ってあげられなかったからね」
「やったぁ!!ぼ、僕準備してきます!」
ああやってはしゃいでる姿を見ると普段は大人っぽいけどまだまだ子供なんだな。弟は大きくなってもいつでも可愛いもんだね。
****
「ルルシェ、少し相談があるんだがいいか?」
「はい。なんでしょうか?」
城に戻り早速ルルシェに相談する。ルルシェには国境付近の衛兵の配置を一任している。ルルシェなら衛兵の死角も分かるかもしれない。
「最近この国を無断で出国し、人間と取引をしている者がいるらしい。国境の駐在の配置を任せているお前なら何か分からないと思ってな」
「…それは誰から聞いたのですか?まさかご自身でお調べをしたんですか?」
「密告があってな。その密告が真偽を確かめる為に今調べている」
「そうですか。では駐在の者に確認をしましょう。ここ数日国を出国した者を調べさせます」
「助かる。私の方でも色々調べてみよう。何か分かったら報告してくれ」
「かしこまりました」
とにかく今はルルシェの報告待ちだな。私の方でもできることをしたい。実際に行方不明者が多発している村を調査しよう。何か分かることがあるかもしれない。
****
移動魔法で村までとんできた。相変わらずここは荒れているな。どこからか現れてくる魔物や魔獣がはずれの村をよく襲う。人が少なく私が離れているからだろう。私が近くにいる都市やその近くの街は私の魔力の影響や結界の影響で魔物たちは寄りつかない。ただこういう村はその影響が及ばない。何度か対策は練っているがどれもうまくいかない。
「魔物の気配…。またこの村を襲いに来たのか」
村の奥の方から魔物の気配がする。魔物自体はそこまで強くはないが、ここに住んでる者たちは多くが戦えない。私が行こう。
「魔物よ!!」
「逃げろ!」
悲鳴が聞こえる。うさぎの見た目に一本の角、アルミラージの群れだ。森に食べ物がなくなって村を襲いに来たのか?あれくらいなら朝飯前だ。早く片付けよう。
「全員下がれ。巻き込まれるぞ」
「魔王様…!」
「みんな下がれ!!」
全員が下がったことを確認して爆発魔法で一気にアルミラージを一掃する。数十匹いたアルミラージは全員地に伏せ倒れた。あっけなかったな。戦いにもならなかった。
「魔王様!助けていただきありがとうございました!」
「いい。ちょっと用事があってそのついでだったからな。それよりあのアルミラージ血抜きして捌いたらどうだ。食料の足しになるだろう」
「そ、そうですね!みんな手伝ってくれ!」
村人たちがアルミラージを集めどんどん捌いていく。それを遠くで眺めているとスカートの裾を引っ張られる。足元を見ると魔人の子供が私のスカートの裾を握っていた。何か用があるのかと思い屈んで声をかける。
「どうした?何か用か?」
「ま、魔王様…そ、その……」
「大丈夫だ。ゆっくり話せ」
「ママが…ママがいなくなっちゃったの…!」
「!!それは本当なのか?」
「う、うん…。一週間くらい前、ママが森に果物をとりに行ってから帰ってこないの!」
行方不明者…。まさか今回のことと関係があるか?この子から少し話を聞いてみてもいいかもな。
「他にも家族がいなくなった人はいるか?」
「私のお隣さんもお婆さんがいなくなっちゃったって」
「そうか…」
「お母さん、帰ってくるよね?」
「あぁ。必ず見つける。だから安心して家で待ってろ」
「うん!」
そう笑顔で私のもとを離れて解体作業の方を手伝いに行った。それにしてもあんな子供の母親がいなくなるなんてな。まだ小さい子供を置いてどこかに失踪するなんて考えられない。母親が向かった森には魔獣や魔物も潜んでいて危険だが今回は何かが違うような気がする。きっと今回のことと絡んでいる気がする。他にも失踪者がいるようだし他の奴にも聞いてみるか。
****
「ここ一ヶ月で9人の行方不明者…流石に多すぎる。もし魔物や魔獣に襲われたのなら死体が出るはずだ。なのに死体1つも出てこない。妙だ。やはり今回の失踪事件は人身売買に関わっているかもしれない」
この村の者が攫われて人間の街で人身売買にかけられている。そう考えるのは不自然ではないな。だが何故わざわざ魔族を狙うんだ?この私が治める国でそんなことをしたらただではすまない。それを分かっているのか?
「あの、魔王様」
「ん?なんだ」
情報を頭の中で整理していると後ろから声をかけられた。私よりも少し背の低い青年だ。痩せ細っている…まだ若いのに。食料の配給料をもう少し増やしてもいいかもな。
「その、関係ないと思うのですが気になったことが…」
「今はなんでも情報が欲しい。言ってみろ」
「実は最近、この村の近くで見慣れない人が…」
「どんな奴だ」
「顔はよく見えなかったのですが男の人です。この村に人が来るなんて滅多にないので覚えてたんです」
「男…それだけじゃ絞り込めないな……。他に特徴は?」
「えっと…あっ!魔力、魔力が多かったです。それと夜なのに森の方へ入っていたんです。なんだか少し不気味で…」
「なるほど…ありがとう。有益な情報だ」
「…いなくなった人たちはきっと戻ってきますよね」
「あぁ。必ず連れ戻す。全員に森の方には近づくなと言っておいてくれ」
「はい!」
意外にもこの村で得られることは多かった。この村での失踪者は9人。年齢、性別は問わずいなくなっている。犯人と思われる人物は魔力が多い男。他の特徴がなかったことから異形型の魔物ではないだろう。いや、変身魔法で姿を変えている可能性もあるか。その男が向かったのは森。森の向こうは国境だ。おそらく連れ去った者を連れて国境を抜け人間と取引をしているのだろう。犯人はリスクを減らすために1人1人ではなく大勢攫った後にまとめて取引をするだろう。次の取引日さえ分かれば楽なんだが…。
「森の方も調べてみるか…」
「ノエル様」
「ルルシェ、どうした。こんなところまで来て」
移動魔法で現れたルルシェ。わざわざルルシェが私を呼びに来るとは何かあったな。それも相当な。森の方を調べてみたかったが今回はお預けだな。
「実は城の方で少々トラブルが」
「なんだ」
「城に反乱軍の連中が攻めてきています」
「数は」
「30人ほどです」
「はぁ…またか。分かった、すぐに戻るぞ」
「分かりました」
反乱軍。私が人間に対して危害を加えない、友好関係を築こうとしているのを気に入らない奴らだ。反乱軍のほとんどが私の前の魔王の信奉者だ。よく城を襲撃したり街を巡回している兵士を襲ったりして問題行動ばかり起こす。まったく何回懲らしめれば気が済むんだ。
****
あれから一週間。勇者との約束の日になった。城を襲撃してきた反乱軍の対処とその後の後処理のせいで少し疲れてるがまあ大丈夫だ。前と同じように変装をしてから酒場へ向かう。あの村での出来事以降、役にたちそうな情報は手に入らなかった。ルルシェの方もこれといった手がかりが見つからなかった。ルルシェは警備の見直しをしてくれたそうだ。これで防げればいいのだが。
「あ、ノエルさん!」
「あぁお前か。頼むからもう少し声量を抑えろ。あまり名前を聞かれたくない」
「そうでした。すみません」
2人とも席についてアイツが適当に注文をする。何も頼まないのは不自然だからな。
「早速本題に入ろう」
「ノエルさんの方はどうでした?何か収穫ありましたか?」
「少しだけな。だが決定的な証拠はない」
「ノエルさんもですか。僕の方も決定的な証拠はないって感じですかね」
2人ともこれといった収穫はなし、か。なかなか尻尾を掴ませてはくれないか。
「とにかく情報交換しましょうよ。2人の情報が噛み合えばなにか分かるかも」
「それもそうだな。それなら私から報告しよう」
それから私は得られた情報を全部話した。犯人は男、そして魔力が多い。おそらく種族は異形型ではないこと。その全てを話した。
「うーん…確かにそれだけじゃ犯人は特定できないね」
「そうだろう。お前の方も教えてくれ」
「もちろん。僕の方はこれ」
「これは…取引のリスト?」
「そう」
「よく手に入ったな」
「ちょっと情報通の人がいてね」
目を逸らしたな。どうやって手に入れたのかはなんとなく想像がつく。脅したか、それとも勇者の名前を使ったのだろう。
「1番最近取引されたのは3週間前、その前の取引も3週間前。つまり3週間周期で取引されてる」
「おい、待て。つまり次の取引は…」
「そう。もうすぐってこと。リストの最後の欄を見て。この日付明日になってる。取引はいつも夜に行われてるから取引現場を抑えれば一網打尽にできるんじゃないかな」
「そこまで分かってるなら私の情報は要らなかったな」
「そ、そんなことないですよ!」
「いや、お世辞はいい。やっぱりお前は凄い奴だな」
「ノエルさん……」
「なんだ」
「それって愛の告白ってことですか?」
「違う。なんでそうなるんだ」
「まぁ冗談はさておき、一網打尽にする作戦どうします?」
「ふっ愚問だな。私とお前なら作戦など立てなくても簡単に制圧できるだろう。だが肝心なのはその取引の場所だがそれは分かってるのか?」
「もちろん。場所はサナティクト王国の国境付近の森。確かにここなら人もこないから隠し事をするならうってつけだね。えっとここら辺」
地図を取り出して端の方を指差す。ここは…前に行った村の近くの森だ。やはりあの森には何かあるな。あの森で人を攫い監禁。そして森で取引を行う。合理的だな。
「ここか。それなら当日はその場で合流するか?」
「そうですね。あまり2人で一緒にいると魔力でバレちゃいそうだし」
「それもそうだな。それじゃあ明日の夜にまた」
「はい。それじゃあまた」
****
結局村の者を攫った犯人を特定はできなかったな。特徴を聞いた後は反乱軍の対処に追われて結局犯人を探すことができなかった。まぁ今日で犯人も一緒に捕まえればいい話だ。
「ノエル様、どこに行かれるのですか」
「ルルシェ、ちょっと散歩だ」
「こんな時間に、ですか?」
「別におかしなことじゃないだろ」
「確かにそうですね。ではお気をつけて」
「はっ!誰に言ってる」
取引の夜。城を抜け出そうとしたところでルルシェに見つかった。だが簡単に言いくるめて無事に抜け出すことができた。散歩自体はよくするから怪しまれなかった。早くアイツと合流しないと。
「眠い…最近眠れてなかったからな。だがこれが終わったらやっとゆっくり寝れる」
****
「ノエルさん。待ってました」
「待たせたな」
「いえ。僕も来たところですし」
嘘だな。森に長時間潜んでいたから寒さで顔が少し赤らんでる。気を使わせてしまったな。
「それで取引の相手は現れたか?」
「ううん、まだ。人間の方も来てないしもう少し待たないとって、ちょうど来たね。運がいい」
「あれか」
木の上で魔力を潜め隠れているとちょうど3人組の人間がやって来た。黒ずくめで目立たないようにしている。アイツらが私の仲間を酷いめに合わせていると思うと怒りが湧いてくるが必死に抑える。ここで暴れたら諸悪の根源を叩けない。今はまだ我慢だ。
「3人だね。1人だけ魔力を持ってる」
「護衛だろうな。まぁあれくらいどうっとことない」
「このまま見張ってよう。その内取引相手がくるはず」
「あぁ。そうだな…」
人間3人が立ち止まりあたりを見まわし始めた。あたりに誰かいないのか確認しているのだろう。魔力と気配をさらに潜める。あの程度の人間なら気づくはずもない。
「来た…!」
「アイツか……」
闇から黒いローブを羽織った男が現れた。背格好からしておそらく男だ。背には9人の魔人が縛られていて気を失っているみたいだ。話に聞いていた通りなかなかの魔力だ。一般人レベルじゃない。国の衛兵、いや幹部レベルじゃないか?そんな奴が人身売買など愚かなことを。
「要求のものは持って来ただろうな」
「もちろんだ。金に最新の魔法兵器だ」
人間の魔法士が空間から見たこともない武器を取り出す。なんだあれは?人間が作った武器か?最近の人間の技術は本当にめざましい。だがなんであの男はそんなものを要求しているんだ?まさか戦争でも起こすつもりなのか?
「取引成立だ。後は好きにしろ」
縛られた魔人たちを人間に引き渡し金と武器を空間にしまう。コイツをここで逃したら次に何をするのか分からない。確実にここで捕らえなければ。
「行くよノエルさん」
「分かってる」
木から飛び降りて襲いかかる。私は魔族の男をアイツは人間を襲う。人間の方は慌てふためているが魔族の男はすぐに戦闘体制に入る。コイツ戦い慣れてるな。
「ゆ、勇者様!なぜここに!!」
「ちょっとね。3人ともちょっと話を聞かせてくれるかな?」
「ひぃ!!」
「炎の第三呪文;ヘルフレイ…」
「ストップ!」
「ガハッ!」
アイツの方はすぐに片付いたみたいだな。呪文を詠唱しようとした人間の魔法士を詠唱をさせる前に蹴りをいれて気絶させた。流石の身のこなしだな。さて。私の方だがコイツやっぱり強い方だな。上級魔法を無詠唱で放ってる。剣で捌きながら近づいていくがなかなか近寄らせてくれないな。この剣の恐ろしさを知っているのか、それとも接近戦が苦手なのか。だがコイツの戦い方に魔力の感じどこかで…。
「ドラゴンストーム…」
「竜巻…だがこれぐらい」
指を鳴らして同じ魔法で竜巻を打ち消す。呆然としている相手隙を見逃さずに距離を詰めて剣で斬りかかる。相手も咄嗟に攻撃を交わそうとしたが交わしきれずに右腕を負傷する。
「どうだ。まだやるのか?これ以上抵抗しなければ苦しめはしない。大人しく降伏しろ」
「………」
「そうか。まだやるのか。だが右腕に力が入らないだろう?その状態で私と戦えると?」
「………サンドストーム!」
「クソっ砂嵐か!前が…」
魔法で砂嵐を発生させて視界が塞がれる。咄嗟に魔力で防御し風で砂を晴らすが、視界が晴れた時にはもうあの男はいなかった。逃げられたか…!だが攫われた者たちは無事だ。それだけはよかった。あの戦いで犯人はなんとなく分かった。いや、分かってしまった……。
「……………」
「ノエルさん!」
「……っ!すまない。逃した」
「ノエルさんが無事ならいいよ。見たところ怪我もなさそうだし」
「私を心配するなんてお前ぐらいだ」
「お前は魔王!なんで勇者と一緒に…」
「ノエルさんコイツらどうする?」
「お前らの国で裁けないのか」
「人身売買をすること自体は違法じゃないからな難しいかも」
「私が手を出すと国際問題になる。どうしたものか…」
「おい勇者!」
「ん?なに?」
「お前が魔王といたことを国王に報告すればお前どうなるだろうな」
脅しか?今になってそんなことを。それにコイツ自身になんのメリットもないだろ。
「俺はなぁずっとお前が嫌いだったんだよ。ずっとにこにこして気味が悪りぃ。これでお前はおしまいだなぁ!ギャハハハハハハ!!」
「お前少し黙っててくれ」
「あっ……」
剣の柄で人間を全員軽く小突く。すると途端に眠ったように項垂れた。これで大丈夫だろう。
「ノエルさん、記憶奪っちゃったんですか?」
「今夜の記憶だけだ。これで私とお前が一緒にいたことは誰にもバレない」
「……ありがとうございます」
「礼を言われることはしてない。お前と一緒にいたことがバレて困るのは私もだからな」
「素直じゃないですねぇ。それにしても相変わらず凄い剣ですね。記憶を奪う魔剣、カルヴァロンでしたっけ」
「お前には聖剣があるだろ」
「なんかパッとしないんですよ。魔を滅する力ってなんかありきたりじゃないですか」
「そういうこというな。神話の時代から存在している剣なんだぞ。それに聖剣を扱えるのは勇者の一族だけだ。それに魔を滅する力なんて魔族にとっては天敵だぞ」
勇者だけが扱える聖剣ルクス。女神が作ったとされる伝説の剣の1つだ。魔を滅する力があり、人間が魔族に対抗する力だ。この聖剣がある限り私はきっとコイツには勝てない。今は戦うつもりもないがな。
「うぅ…ここは……ま、魔王様!」
「目が覚めたか」
「どこだここは…」
「私一体何を…」
縛られていた者たちが次々に目を覚まし始めた。見た感じ体調に異変はなさそうだ。だが念のため医者に見せた方が良さそうだ。何か盛られた可能性もある。
「魔王様…ここは」
「ここはサナティクト王国だ」
「サナティクト王国!?な、なんで人間の国に!」
「詳しいことは戻ってからしよう。取り敢えず今は医者に行こう。身体になにかあってからじゃ遅い」
「それじゃあ今日はここで解散ですね」
「あぁ色々世話になった」
「また来ますね!」
アイツに別れを告げてから私は全員を連れ城に戻った。城の医者に調べさせたがやはり異常はなかった。だが長時間監禁されていた影響で栄養不足らしい。確かに全員痩せ細っている。元々の生活の影響もあると思うがな。どうやら魔法で長時間眠らされていたようだ。誘拐されていた者たちに何が起こったのか聞いたが全員覚えていないみたいだ。大体は森に食料を探しに行った時、夜中に散歩をしていた時に誘拐されたらしい。犯人の顔は覚えていないみたいだった。だが、もう……犯人の見当はついてる。考えたくはないが…本人に聞いてみるしかない。
「ノエル様この方たちどうしますか?」
「ここにいさせることはできないか?栄養失調ならここで何か食べさせてやりたい」
「分かりました。そうしましたら厨房の方へ私から伝えておきます」
「ありがとう。私はまた少し出掛けてくる。頼んだぞ」
「かしこまりました」
病室を後にし、私はアイツの元へ向かう。おそらく自室だろう。私の勘が正しかったらきっとアイツが……。
****
「ルルシェ入るぞ」
「ノエル様!こんな時間になんのようですか?」
ルルシェの自室に入ると驚いた様子でこっちを見てきた。椅子に座り何かしていたみたいだ。だいたい何をしていたのかは予想がつく。
「起きていたんだな」
「…仕事がありましたので」
「お前に聞きたいことがあってな。いいか」
「なんでしょうか」
「ルルシェ、お前は国境付近の駐在の場所を把握してるんだよな」
「そう、ですが。何が言いたいのですか?」
「少し話がしたい。外に行こう」
「……分かりました」
ルルシェを連れ城の外に出る。今は真夜中。月が真上に登り月光が私たちを照らす。人がいない場所を選んだからここには私とルルシェしかいない。ルルシェも薄々気づいているのだろう。自分が疑われてると。
「ルルシェ、正直に言ってくれ。お前なんだろう」
「何がですか」
「惚けるのも大概にしろよ。もう分かってる。お前が村の者を攫い人間に売り渡しているんだろう」
「ノエル様なにか誤解されているようです。確かに私は常駐の位置を全て把握していますが、それだけで犯人にされるとは心外です」
「戦い方と魔力の感じがお前そっくりだったんだ。それだけじゃない。ルルシェ右腕を見せてくれ」
「ど、どうしてですか」
「犯人は右腕にカルヴァロンで斬られた傷跡がある。それとも右腕が動かないのか?」
「…………」
右腕を庇ったな。部屋に入ったときから右腕に力が入っていないような感じだった。あの瞬間から疑惑は確信に変わった。信じたくはなかった…。ずっと一緒にいた。私が魔王になってからずっと支えてくれた。だがもうここまでだ。同族を裏切ったコイツを放っておくはけにはいかない。ここで決着をつける。
「何故あんなことをした。何が目的だ」
「ずっと、ずっと気に入らなかったんですよ。魔族の王なのに人間なんかに媚び売って和平を築こうなんて。私たち魔族は人間なんかよりも優れた生物。だから人間の上に立つ存在なんだ」
「それと村の者たちを攫ったのは関係ないだろ」
「今更隠してももう手遅れなのでこのさいですから全て話ますよ。私の本当の目的は底辺の魔族を売り払い人間の最新の魔法兵器を手に入れ貴方を倒し私が魔王になることです」
「ふふっ…あははははっ!!!お前が私を倒すだと?笑わせてくれる!自惚れるのも大概にしろよ」
ルルシェの魔力が高まるのを感じる。バレたからにはここで私を殺すしかないと思ったのだろう。だがルルシェが私に勝てるはずもない。魔力も魔法の練度も違い過ぎる。
「これが人間が作り出した魔法兵器。人間も使いようですね」
空間から何か取り出した。全長160センチ。見た目は筒の様で片方に穴があいている。穴、というよりも砲口か?あそこから何かを発射するのだろう。見たこともない武器だ。これがルルシェが言っている魔法兵器。武器自体に魔力は感じない。使用者の魔力を流して使うのか?
「来い、カルヴァロン」
「その魔剣もお前には相応しくはない」
「この剣が私に相応しいかは剣が決める。来いルルシェ。手加減はしない」
カルヴァロンを呼び出し強く握り切先をルルシェに向ける。この剣でルルシェを殺す。もう覚悟はできた。
「人間が作った魔法兵器、その力を見せてもらおう」
ルルシェが魔法兵器を構えて私に向ける。魔力が兵器に集まって力が集まっていき砲口を私に向ける。防御魔法で障壁を張り防御に備える。兵器がキィインと音が鳴り砲口が光り魔力が放たれる。閃光のように放たれた魔力を障壁で攻撃を防ぐが徐々にヒビが入っていき障壁が破られる。咄嗟に回避するが左腕が焼け焦げる。
「ぐっ……!」
「流石のお前でも防ぎきれなかったか!流石最新の魔法兵器。少しの魔力でこの威力!」
「調子に乗るなよ」
完全に左腕が黒くなっている。動かないな…。だが片腕だけでも剣は握れる。
「ロッククリエイト!」
「ブラスト」
足元から生えてきた岩を爆破し破壊すると宙に石の破片が舞う。目眩しのつもりなのか?
キィイン…!
兵器のチャージする音!
距離をとったルルシェが再び魔法兵器をこちらに向け発射する。すぐに回避しなんとか避ける。避けてすぐに雷の竜をルルシェに向けるがルルシェは雷の竜を土壁で防ぐ。雷魔法に地魔法は相性が悪い。だが妙だ。あの魔法ならあの兵器で吹き飛ばせる筈だ。何故そうしなかった。
「メーティアライト」
隕石をルルシェの元へ降らせる。今度は兵器で破壊してきた。あの兵器にはきっと弱点がある。そもそも最初に私の左腕を焼いた時に連発すればすぐにでも仕留められた筈だ。1つだけ考えられるのは連発ができないということか?あの威力を連発すれば多分兵器自体が威力に耐えられない。クールタイムがあるから連発できない。そう考えると納得がいく。
「少し試してみるか」
ルルシェが隕石を破壊している隙に近づく。近づいてきた私に兵器を使わず魔法で牽制してきた。この感じ、私の考察はあたりだな。あの兵器は連発はできない。次に使えるのには時間がかかる。といってもそのクールタイムは約3分。短いな…。
「エアーバレット!」
どんどん近づいてくる私に対して魔法でどんどん牽制してくる。よっぽど近づかれたくないみたいだな。ルルシェは今右腕が使えない。現に今兵器を風で浮かせて使っている。ルルシェは元々接近戦が苦手だ。故に魔法で距離を詰められないよう牽制し上級魔法で敵を倒す。これがアイツの戦い方だ。私は接近戦が得意な方だ。つまり接近戦に持ってこれたら私が勝てる。兵器に魔力を貯める時間さえ与えない。
キィイン…!
「来る…!」
放たれた魔力を避けている間にまた距離をとられる。これじゃあイタチごっこだ。なら上級魔法よりも上の最上級魔法でアイツをぶっ飛ばす。
「氷よ全てを凍てつくせ。魔法も命も全ては氷の下では無に帰す。氷の第十呪文:グレイシャーワールド」
全てが凍り始める。木も地面も氷に覆われていく。ルルシェは炎魔法で抵抗しているが関係ない。私の氷は炎すらも凍らせる。
「最初からこうすればよかった。何処かでまだ躊躇していたのかもしれない。なぁルルシェ」
足元から徐々に凍っていくルルシェに近づいていく。恨めしそうに私を睨んでいる。コイツはここまで私を恨んでいたのか。いつも笑顔で私の側にいて、この憎悪の感情を包み隠していたのか。やっぱりコイツは優秀な奴だ。
「私たちは一体何処で間違えたんだろうな」
「最初からだ…」
「そうか…。最初から私たちはこうなる運命だったのか」
「さっさと殺せ…。これ以上生かされるのは屈辱だ」
「そうだな」
胸元まで凍り始めたルルシェにカルヴァロンを向け突き立てる。口から鮮血が溢れ出し嫌な感覚が伝わってくる。
「さようならだルルシェ」
氷が割れルルシェが倒れこんでくる。その身体を支え地面に寝かせる。国の墓には入れられない。ならせめて私が火葬してやろう。
「炎よ…」
ルルシェの身体が音を立てて燃えていく。ルルシェ…お前と過ごした日々は全て偽りだったのか。お前と笑い合った日も全て…。
「帰ろう。これから忙しくなる」
****
「ノエルさん」
「お前か。本当にいつも何処から忍び込んでいるんだ」
全てを終えてバルコニーで風に当たっているとアイツが何処からか現れた。この城は外部の者が移動魔法で入れないように結界を貼っている筈なのにまったく何処から忍び込んでいるんだ。警備の見直しをした方がよさそうだな。
「ノエルさん!左腕どうしたんですか!?」
「あぁ…そういえば治すの忘れていたな」
真っ黒になったままの左腕。今はこれだけがアイツが生きていた証か。
「かして。僕が治してあげる」
「お前にしてもらわなくても自分で治せる」
「ノエルさんガサツだから傷跡残っちゃうでしょ」
私の左腕をそっととり手を合わせる。温かい何かを感じ腕がゆっくりと元の色に戻っていく。コイツの手、剣だこがあって意外と男の手をしてるんだな。女の私の手と違って骨ばってる。普段の感じからそんな男らしさを感じなかったが、コイツも男なんだよな。
「僕のギフトですよ。これでちゃんと治るはずです」
「ギフト…お前のギフトは回復、治癒なのか?」
「うーんと少し違うかな。僕のギフトは自分の生命力を相手に渡して傷を治すギフトなんです」
「生命力って、お前大丈夫なのか!?」
「少しだから平気。それに生命力っていっても少ししたら元に戻るので。それで、何処でこんな怪我したんですか?」
「少し、な…」
「例の犯人?」
「どうしてそう思ったんだ」
「こんなところで黄昏てるなんて珍しいから何かあったのかと思って。それにあの森で戦った後から何か様子がおかしいと思って」
「そうか…実のところお前のいう通りだ」
「やっぱり。結局犯人って誰だったんですか」
「お前の知らない奴だ……」
コイツに言ったところで覚えてない。カルヴァロンで殺されたやつは名前を奪われる。名前を奪われた者は人々からの記憶から消える。覚えていられるのはカルヴァロンの所有者の私だけだ。
「はい。終わりました」
「すまないな。お前には借りを作ってばっかりだ」
黒く焦げていた左腕がすっかり元通りだ。傷跡も1つもない。本当に綺麗に治ったな。治癒魔法じゃこうも綺麗に治らないだろう。
「僕がしたくてしてるんです。それに僕にできることがあったら相談してください。いつでも力になるので」
「………時間あるか?」
「え、まぁ」
「少し話をしたい。ここじゃ冷える。私の部屋に行こう」
****
「ここがノエルさんの部屋…」
「何もないところですまないな。座ってくれ」
アイツを私の部屋に招き入れてソファに座る様に促す。私は物欲がないから部屋には物が殆どない。そもそも買い物に行く時間も余裕もない。
「それで話ってなんですか?それってもしかして……!」
「もう会うのはよそう。国の為にも」
「なんでそこで国がでてくるんですか!」
「今回の犯人は私がお前とつるんでいることを気に食わなかった。それで人間と取引し魔法兵器を手にいれ私を倒そうとしていた。これ以上私とお前が会えば今回の様なことがまた起こりかねない。今回は大事になる前に片がついてよかったが次は分からない……」
コイツには沢山の借りがある。このまま何も返さないのは私の主義に反する。だが国のためにもこれ以上コイツと関わる訳にはいかない。最悪の場合はウォルトカリアとサナティクトで戦争になる。私たちの行動に沢山の命が関わってる。私の我儘でコイツと会い続けるのは危険だ。
「ノエルさん」
「なんだ」
「まだ約束守ってもらってないですよ」
「約束…?」
「デートするって約束したじゃないですか」
「あぁ……そうだったな…」
「デートしましょう。それで会うのは最後にしますから」
「……分かった。約束は守る」
「来週にデートしましょう。その間に色々よさそうなところ調べてみます。それじゃあおやすみなさい。風邪ひかないでくださいね」
それだけ言い残して部屋から消えた。アイツ、なんだか普段と雰囲気が違ったな。普段よりも大人しいというかよそよそしい。少し驚いた。あんなにも印象が変わるものなのか。来週……服でも見繕うか。いや!何考えてるんだ私!と、とにかく予定を空けられるように仕事をちゃんとすませとかないとな。
****
「お待たせしました!」
「遅いぞ」
来週のデート当日の日。私はなんとか抜けたルルシェの穴を埋めるための仕事をなんとか終わらせることができた。ルルシェの仕事は私が今までやっていた仕事よりもめんどくさい仕事をしていた。私が気づかない間にアイツは私よりも陰で活躍していた。そういうことに私が気づかなかったのも原因だったのかもしれない。
「ノエルさんいつもよりも可愛いですね」
「うるさい。ほらさっさと行くぞ」
確かにコイツのいう通り今日はいつもは着ない服を着ている。昔、一目惚れして買ったはいいものの着る機会がなくクローゼットの奥にしまっていたワンピースを引っ張り出してきた。なんだか気合いを入れているみたいで気恥ずかしい…。デートなど生まれて初めてでどうしたらいいのか分からない。
「それじゃあ行きましょっか!」
「!手……」
「人多いですし逸れたら大変ですから繋ぎましょ。それともこっちの方がよかったですか?」
「!!??」
手のひらで繋いでいたのが指を絡める様に繋ぎ直される。コイツ、手慣れているぞ…!!
「お前、女たらしだな」
「ノエルさんだけですよ」
「……そういうところだぞ」
「少しは意識してくれました?」
「いいからさっさと行くぞ」
コイツを引っ張って無理矢理歩き始める。コイツのペースに乗られるな…乗ったら負けだ…!
「ここ最近スイーツが流行ってるんですよ。ノエルさん好きなのありますか?」
「スイーツはあまり食べない。王である私が娯楽を楽しんでいては民に示しがつかないからな」
「じゃあ今日は王じゃなくて1人の女の子として楽しみましょう。ほらあそこ、最近人気のお店なんですよ。行ってみましょう」
「あ、あぁ…」
アイツが指差した店へ入っていく。店の中は女性やカップルばかりだ。雰囲気もなんだか甘くて気まずい…。
「ここはパフェが有名らしいですよ。頼んでみましょうよ」
「パフェ…」
私が何をしていいのか分からなく戸惑っているとアイツが店員に注文を済ませていた。待っている間何をしていいのか気まずかったが、アイツが積極的に話をしてくれて正直助かった。
「お待たせしました」
あっという間に店員がパフェを2つ持ってきて私たちの前におく。たっぷりの生クリームに宝石の様に輝いている真っ赤なイチゴにバニラとイチゴのアイスクリーム。これがパフェ…。なんて豪華な食べ物なんだ。人間たちは裕福な生活をしてるんだな。
「早く食べないと溶けちゃうますよ」
「そ、そうだな。いただきます…」
スプーンで生クリームとアイスを一緒に掬って口にいれる。生クリームの程よい甘さに濃厚なアイス。こ、これが人間の食べ物…!
「美味しいですか?」
「美味しい!……はっ!う、美味いぞ…」
「よかった!ノエルさんの口にあって」
つ、つい取り乱してしまった。しかもコイツの前で…。だ、だがこれは文句のつけようがないくらいに美味い。サナティクト王国は随分繁栄しているのだな。こんな美味いものが作れるだなんて。娯楽が発展しているのは国が豊かな証拠だ。ウォルトカリアは土地の特性上どうしても魔物が湧きやすい。そのせいでよく畑を荒らされ食糧不足に悩まされている。どうにかしたいものだ。
「考えごとしてますよね」
「そ、そんなことはない」
「眉間に皺よってましたよ。今日だけは仕事のこと忘れて。たまには息抜きしないといつか限界が来ちゃいますよ」
「それもそうだが…」
「今日だけはただの魔族のノエルさんとただの人間のアナベルなんですから。今日だけは何にも縛られずに楽しみましょう?」
「……分かった。今日だけはお前と一緒に楽しもう。お前の言うとおり何にも縛られずにな」
なんだかんだ言って私はコイツに甘い、というか甘えているのかもしれない。よくよく考えれば私に近づいているスパイなのかも知れないのに何も対処せずにいるのは私もコイツを気に入っているからかもしれない。
「美味しいねノエルさん」
「そうだな」
****
「綺麗だな……」
先ほどの店を出て次は雑貨店に寄り道した。私が個人的に気になって寄らせてもらった。この店はガラス細工の専門店のようだ。やっぱり人間は器用だな。このガラス細工なんか凄く繊細で綺麗だ。ガラスで細かな花を作っている。それにしてもこの花、多分アナベルだな。よく見ると他の雑貨もアナベルを意匠したものが多い。
「ガラス細工ですか?それにこの花って」
「お前の名前と同じ花だな」
「多いんですよね。アナベルを意匠した小物とか雑貨って。僕と同じ名前だから聖なる力であらゆる災難から守ってくれるっていうおまじないみたいなのが流行ってるみたいなんですよね」
「へぇ…そういえば勇者の一族は皆花の名前だな。なにか意味でもあるのか?」
「どんな風に育って欲しいっていう願望を花言葉に当てはめて名前をつけるんです。なんか昔からの風習らしくて」
「じゃあアナベルはどんな花言葉なんだ?」
「ひたむきな愛、辛抱強い愛情です。力を持つ勇者は自分よりも弱いものを守り愛を与えなさいってことらしいです」
「へぇ…なかなか面白い風習だな」
「名前を考える時は大変らしいですけどね。僕も多少は花について詳しいんですよ」
「意外だな」
「ノエルさんこのガラス細工欲しいんですか?」
「いや、見てただけだ」
「欲しいものとかないんですか?」
「私あまり物欲がなくてな。特に欲しいものはないな」
「そうですか……」
他にも何かいいものがないか店内を見て回る。時計に花瓶、ブローチもある。どれも精巧な作りだ。
「これは……」
飾られているピアスに目を奪われる。雫の形が2つ連なっていてる。不透明な金色によく覗くとキラキラとラメの様なものが光っている。こういうシンプルなものが私は結構好みだ。金色なら普段の黒のドレスにも似合いそうだ。
「高いな……」
手が出せなくもないが正直躊躇う値段だ。ぱっと出せる感じでもない。それにガラスだと戦いですぐに壊れてしまいそうだ。
「ノエルさんそれ気に入ったの?」
「いや、なんでもない」
「そっか」
「次に行こう。他にも行きたいところあるんだろう」
店を後にしようとするとアイツが忘れ物をしたとか言いだした。店の外で待ってろと言われたのでアイツが戻ってくるまで待っている。
「忘れ物なんて…抜けているな」
「お待たせしました!」
「まったく…気をつけろよ」
「すみません…」
申し訳なさそうに頭を下げる。まぁそんなに待っていないから別に怒っている訳じゃないがな。
「それじゃあ行きましょ…」
「お兄様?」
歩きだそうとしたアイツを引き止める少年。お兄様?まさか弟か?話には聞いたことあるがコイツがそうなのか?
「サザンカ!ど、どうしてここに!?」
「買い物をしに街まで。え、えっとこちらの女性は…」
「ノエルだ」
「ノエル…?それに隠しているけどこの魔力、まさか!ま、まお、むぐっ!!」
叫び出す前に口をおさえる。弟なら私のことを知っていると思って名乗ったがまさか知らなかったのか?
「お前弟に何も言っていないのか?」
「あはは…まぁ…」
「はぁ…呆れた」
「そろそろ手、放してあげてください。息できてるのか不安なので…」
「そうだな。すまなかった」
「ぷはっ!ゲホッ…はぁ…お兄様なんで魔王と一緒に…!」
「ノエルさんはいい人だよ。人間に危害を与える訳でもないし」
「安心しろ。お前の兄には手をだしたりしない。勿論この国の人間にもな」
「……………」
「僕も一緒にいるからさ。ほらサザンカは早く帰りな。今日のことは誰にも言っちゃ駄目だよ」
「お兄様がそういうなら…魔王、少しでも怪しい動きをしたらお兄様がお前を成敗するからな」
「あぁ。肝に免じておく」
「それじゃあ!」
そう言い残して颯爽と去っていった。顔立ちはアイツに似ていて、瞳の色も同じ色だ。私には兄弟がいないからなんだか新鮮な感じだな。それにしてもアイツ、家族にも私のことを話していないのか。あの弟が他の人間に言いふらさないか心配だが、あの感じなら多分大丈夫だろう。
「なんかノエルさん。サザンカにだけ優しくなかったですか?僕にはいつも塩対応なのに」
「私は子供が好きだからな。未来がある若者は応援したくなる」
「なんかそれってお年寄りみたいな考えですね」
「失礼だな。私はまだ若いぞ」
「分かってますよ。でも僕にももう少し優しくしてくれてもいいんじゃないですか?」
「……嫉妬か?」
「え!?」
「私がお前の弟と話してるときいい顔してなかっただろ。まさか実の弟に嫉妬心を抱くとはな」
「…………」
「おい、どうした。顔が赤いぞって…お前まさか無自覚だったのか?」
「…はい」
「ははははっ!!お前にもそういう感情があるんだな!」
「だって…ノエルさんが僕以外の人間と楽しそうに話しているの正直嫌ていうかなんていうか…」
顔を赤くしてそっぽを向きながら癖ではねている髪をいじっている。コイツのこんな顔初めて見た。いつも私に好きだなんだと言っている癖にこんなことで顔を赤くして照れるだなんて。……なんかこっちの調子も狂うな。
「ほ、ほら!次!次行きましょう!時間は有限なんですから!!」
「分かったよ」
誤魔化すように私の手を引っ張る。いつも余裕そうなアイツが取り乱している姿は見ていて面白い。この時間がただ楽しい。だから今日で最後だと思うとなんだか寂しい気もする。
****
その後もアイツがおすすめする店を色々見て回った。面白いと噂の観劇、露店を見たりした。ウォルトカリアとは全然街並みも雰囲気も違って興味深かった。この国は過ごしている人間が皆幸せそうだ。いつか私の国も皆が平等に幸せになれる国にしたい。例え私の世代で叶わなくても次の世代が私の夢を引き継いでいって欲しい。
「最後にここに連れてきたかったんです」
「海…いい場所だな」
色々な場所を巡っていく内にすっかり夕方になり最後に来たのは海だった。白い砂浜に夕日の光で海がオレンジ色に染まっている。潮風も心地いい。
「ウォルトカリアにも海はあるんですよね」
「あるにはあるがここまで綺麗ではない。いつ海から魔物が出るか分からない危険な場所だからな。滅多に人が近寄らない危険地帯だ。だからここまで綺麗な海は初めて見た」
「気に入ってくれてよかった。僕もここ好きなんです。たまにここに来て考え事とかしたりするんですよね。」
「お前も考え事するんだな」
「僕だって悩みの1つや2つありますよ」
「まぁお前も立場のある人間だからな。何かとあるのか」
「まぁそうですね。あ、そうだ。渡したいものあるんです」
「渡したいもの?なんだ」
そう言うとポケットから包みの様なものを取り出し私に渡す。包みの封をそっと開けるとあの時の店で私が見ていた金色の雫のピアスだ。
「お、お前これ!」
「実は忘れ物したって言ってお店に戻った時、急いでこれを買っていたんです。ノエルさんの喜ぶ姿が見たくて」
「これ、高かっただろ!」
「僕、これでも一応たくさん稼いでるので大丈夫です」
「だが今日の会計は全部お前が払っただろ。私が払うと言っても聞きはしない」
「僕がお願いしてデートしてもらったんです。だからこれくらいはさせてください」
夕日に照らされながら照れくさそうにくしゃっと笑う。私はコイツの笑顔が好きだ。コイツの笑顔は勇者ではなくアナベルというただの人間だと感じる。私が魔王でなければ、コイツが勇者じゃなければ何かが違っていたのかもしれない。
「早速つけてみてもいいか?」
「勿論です」
今しているピアスを外してもらったばっかりのピアスをつける。だが鏡がないとなかなかに難しいな。上手く針が穴に入らない。
「ちょっと失礼しますね」
そう言うと私が持っていたピアスを手にとり距離を縮める。耳に手が触れて少しくすぐったい。手が温かい…。手を繋いだ時にも思ったがコイツの体温は心地いい。人肌を愛しく思うのはいつぶりだろうか。それにその相手がコイツとは。
「はい、できました!うん、やっぱり似合いますね」
いつの間にか両耳にピアスをつけ終わっていたらしい。ピアスにそっと触れると雫が少し揺れる。似合うと言ってまたくしゃっと笑うアイツ。やっぱり私はコイツの笑顔が好きだ。愛しいとさえ思ってしまう。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
あぁ……私はコイツのことが、アナベルのことが好きになってしまったらしい。いや、少し前からそうだったのかもしれない。だが魔王としての立場がその気持ちをずっと押し殺していた。だが今日は魔王ではなく私はただの魔族のノエルだ。だから今日は、今日だけはこの気持ちを隠さなくてもいいのかもしれない。
「今日は凄く楽しかった」
「本当ですか!よかった〜!ノエルさんがそう思ってくれて嬉しいです」
「今日で別れだ。これ以上私たちが一緒にいればよく思わない奴らがそのうち現れてくる。それが争いの火種になるかもしれない」
「分かってます。でも今日が最後でよかったです。今日のことはずっと忘れません」
「……最後に少しいいか?」
「いいですよ?」
「もう少しこっちに来てくれ」
「?はい」
私からもアナベルに近づく。私たちの間は僅かしかない。今にも鼻先が触れそうなほどに近い。あまりの近さにアナベルは目を逸らし顔を赤く染めている。やっぱり変なところで初心だな。アナベルの頬にそっと手をあてて目を逸らすなと囁く。その通りにアナベルはこっちを向く。紫の瞳。淡い紫でグラデーションになっていて綺麗だ。
「えっと…ノエル、さん?」
「少し黙ってろ」
「はいっ……」
この気持ちはもう隠せない。私はやっぱりアナベルが好きだ。だから…今日で最後だと思うと寂しい。私から言い出したことなのにな。
「アナベル」
「はい…えっ…」
「好きだ」
初めて名前を呼ばれて戸惑っている間に私は言葉と同時に唇をそっと重ねる。キスなんて初めてしたが、こんな感じなのか…。なんだか照れくさくてすぐにまた距離をとる。
「……ちょ、ちょっと待ってください!!!」
「なんだ、うるさい…」
「な、なんで!?なんでキスしたんですか!」
「言っただろう。好きだと」
「え、あ…夢?」
「そんな訳あるか」
「痛い!」
夢だと言い出すアナベルの頬を思いっきり引っ張ってやると現実だと分かったみたいだ。
「そんなこと言われたら僕、本当にノエルさんを諦められなくなりますよ」
「諦めてくれ。私とお前じゃ何もかもが違いすぎる」
「それがなんですか!それはノエルさんが魔王で僕が勇者だからですよね。僕、前にも言いましたけどノエルさんのためなら勇者なんてやめます。何もかもを差し出しても僕はノエルさんと一緒にいたいんです」
「本気なんだな」
「僕はいつでも本気で真面目ですよ。この気持ちを偽ったことなんてないです」
「本当に私のことを忘れられないのか」
「はい。忘れられる訳ないです」
「私だってそうだ。だが忘れるしかないんだ。お前が忘れられないというならカルヴァロンで記憶を消してやる」
「!!」
「嫌だろう。私だって嫌だ。だからもう、これで終わりだ」
「ノエルさん…」
「さようならだ、アナベル」
****
あれから1週間。アナベルと別れてから1週間が過ぎ去った。ルルシェの穴を埋めるように息もつかないほど仕事をしていた。少しでも余裕ができてしまうとアナベルのことを考えてしまう。その考えを振り払うようにまた仕事をするというループを続けていた。アナベルともう会わないことは国にとっていいことだ。だが私はどうだ?本当にこれでよかったのか?あれからというもの心にぽっかりと穴が空いたような感じだ。なににも満たせないこの穴が酷く苦しく、悲しい。
「はぁ…仕事も一通り片付いてしまったし、散歩でもするか」
城を抜け出し国のはずれまで歩いていく。これからどうするか…。攫われていた魔族たちもサナティクト王国から戻ってきた。戻ってきた魔族たちと一緒に届いた書状の宛名はアナベルだった。きっとアナベルがあっちで働きかけてくれたのだろう。城の病室で匿っていた者たちも無事村に戻ることができた。これで今回の事件は完全に終わった。これからの目的は人間たちとの和平。民たちにはまだそのことを話していない。まだ内部のごく一部の信用できるものにしか話していなかった。だが、ルルシェが裏切った。これからのことは慎重に行わないと。
「いつの間にこんなところまで…」
考えごとをしながら歩いていると国のはずれの森まで来てしまった。この森はアナベルと初めて会った場所だ。無意識でこんな場所まで来てしまうとは。
「駄目だな私は…」
「何がですか?」
「いつまでも引きずってって…お前!!」
「久しぶりノエルさん。1週間ぶり」
どこからか聞こえた声に思わず返事をすると木の影からアナベルが現れた。ほ、本物だ…。魔力の感じも間違いなくアナベルだ…!
「どうしてここにいる!!何故来た!?」
「ノエルさんに会いに」
「何故だ…どうしてお前はいつも私の言うことを聞かない…!」
「ノエルさんは僕が勇者だからもう会わないんですよね」
「そうだ…私は魔王だ。生きる世界が…」
「僕、勇者やめました」
「や、やめた?」
「はい」
「勇者を…」
「そうです」
理解が追いつかない。勇者をやめた…?冗談、ではなさそうだ。顔を見れば分かる。この1週間でいったい何があったんだ。
「お前馬鹿じゃないのか!?お前の国の王が黙っていないだろう!」
「実は僕、弟に勇者の紋章を譲ったんです。だから今の勇者は弟です。弟は信頼できるし腕もたちます。勇者としてきっとやっていけます」
「そう簡単に勇者をやめられないと前にお前が言っていなかったか?教会がなんとか言っていた気が…」
「実は勇者の紋章自体は簡単に譲渡できるんです。教会云々は紋章を勝手に譲渡されないようにする建前なんです。現に僕は教会を通さずに弟に譲渡したので」
「だが、やめたと言っても簡単に出歩けるはずがない」
「僕はですね、サナティクト王国ではもう死んだことになってるんです」
「………は?」
「勇者の紋章は勇者が死ねば次の血族に受け継がれる。だから僕を死んだことにして弟のサザンカが受け継いだことにしたんです。サザンカも協力してくれて上手くいきました」
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか」
「はい。自分で決めたことです。後悔はありません」
「国にはもう戻れないんだぞ……」
「分かってます。それでもノエルさんと一緒にいたかったから」
「お前は…本当に……」
嬉しい。そこまでして私を選んでくれたと言う事実がただただ嬉しい。だが私のために自分を死んだことにして故郷にも帰れなくしてしまった申し訳なさもある。私のせいでコイツの人生を滅茶苦茶にしてしまったのではないのか。
「ノエルさん、泣かないでください」
「泣いてなどいない!」
「僕はノエルさんの笑った顔が見たいです」
溢れてしまった涙を指で優しく拭われる。相変わらず温かい手だ。
「では改めて…僕と結婚してください」
「無理」
「な、なんで!?ここはオッケーしてくれる展開じゃないんですか!?」
「その……あるだろう」
「え?」
「段階ってものがあるだろう…。いきなり結婚とかは、その……急だというか」
「ノエルさん!!」
「だから、まずはお付き合いからで…勿論、表立っては無理だが……」
「はい!!ノエルさんこれからは恋人としてよろしくお願いします!」
アナベルが思いっきり抱きしめてきた。私もアナベルの背中に腕をまわして少し力を込めて抱きしめる。私たちのこの結末が一体この先にどんな影響をもたらすのかは分からない。だが1つだけ分かる。きっとサナティクト王国にもウォルトカリア王国にとっても大きな影響をもたらす。それが吉と出るか凶とでるかは今はまだ分からない。だが今はただこの幸せな時間を噛み締めたい。アナベルとこの先を生きていきたい。魔族の王がまさか人間に恋をしてしまうとは女神も思わなかっただろうな。