第8話 魔道具と錬金道具
一人でラムダの町まで行き来出来るようになって、一か月ほど過ぎた。
魔物避けの効果も抜群で、何度も一人で町まで往復したが、魔物に出会う事はただの一度も無かった。
町ではパントさんの靴屋で作ったスリッパが大当たりして、今は作業が間に合わないと予約待ちまで出ているらしい。スリッパの提案をした俺はもちろん、ロックやユリアさんも制作初期に購入してスリッパを愛用している。
俺はユリアさんの店に仕事に行って、今では約束通りユリアさんに少しずつ魔道具や商品作りを教えて貰っている。と言っても初期の初期で、ポーション作りをやっている訳だが。
店の奥に引っ込んでいても、人が来たらドアベルが鳴って来客を教えてくれるので重宝している。
ポーションは、森で取ってきた薬草に蒸留水を浸し、十分程してすり鉢で薬草をすり、水に薬草のエキスを出すと魔力を込めて(魔力は指輪から出る魔力を利用可能)、布などで濾すと出来上がりなのだが、これが結構難しかった。
まず、薬草をする時に水が溢れないように丁寧にすると上手くエキスが出ず、力を入れすぎると中の水が溢れてしまう。
そして魔力を込めると液体が淡く光るのだが、エキスが充分に出ていないと魔力を込めても光らず、一度魔力を込めてしまったらその分は全て失敗作となってしまうのだ。
この失敗作は全てポーション茶にしてしまうのだが、ポーションの失敗作なので普通にポーション茶としてお茶を淹れても美味しくならない。
だから失敗作の水ごと沸かしてお茶を淹れたら美味しくなったので、俺が最近飲む自分の分はこの失敗ポーション茶がメインだった。
そしてポーションの失敗作は、使い道が無くて基本捨てられていたらしいので、この再利用方法の開発はユリアさんに喜ばれた。
失敗した物でも有効活用したいという思いがあるらしく、使えるならば失敗じゃないからどんどん使っていいと言われている。
おかげでポーション作りはコツを掴み、一人で失敗せず作れるようになった。
今日もユリアさんの店に行くと鍵を開け、開店準備のため軽く掃除をしていると、二階からユリアさんが降りてきた。
「あ、おはようユリアさん」
「おはようルース君。今日もよろしくね」
お互いに朝の挨拶をして、ユリアさんは作業場に行き、俺は掃除を終わらせてからコーヒーを淹れて二つのカップに注ぐと、ちょうどユリアさんが作業場からやって来た。
「コーヒー入れたので、ユリアさんもどうぞ」
「ありがとう。ねえルース君、今日は別の薬を作って欲しいの。頼めるかしら?」
「別の薬……?」
ポーション以外、特に作っていなかったんだけど、いいのだろうか?
「ポーションは作れるようになってるから、そろそろグレードアップしようかと思って。次は解毒薬で作り方は一緒よ。ただ使う薬草が毒消草に変わるだけ」
そう言うとユリアさんは毒消草を渡してくる。
「分かった。やってみる」
俺は毒消草を受け取ると、かわりにコーヒーをユリアさんに渡した。
ユリアさんもコーヒーを受け取ると、「じゃあ、よろしくね」と言って作業場に戻っていった。
早速同じ手順で解毒薬を作る作業に取り掛かる。
魔力を流すと淡く光り、後は濾すだけという所で、ドアベルの音がした。
客の来店だと思いカウンターに向かうと、この辺りでは見慣れない男性客が立っていた。
「いらっしゃいませ。ご所望の品をお伺い致します」
「ああ、すまない。こちらは道具の修理を受けたりしているだろうか?」
いつもの接客用語を使って声をかけると、修理を希望のお客様のようだった。
「この店で販売した商品でしたら修理を承っておりますが、それ以外だと店長の判断が必要になります。失礼ですが、その道具はここで購入された品でしょうか?」
「いや、ここの商品では無いんだが、錬金道具で直せる人に心当たりがなくて困っていてね。見てもらえないだろうか?」
「そうでしたか。それではあちらの椅子に掛けてお待ち下さい。ただいま店長を呼んで参りますので」
店内の商談スペースを手で示すと、男性客はそちらに向かっていったので、俺もユリアさんを呼びに奥の作業部屋へと向かった。
ユリアさんに修理を希望のお客様が来ている事を伝え、いつもの様にポーション茶を作って持って行く。
「そこをなんとかお願いします。もう他に修理を受けてくれる所が無いんです」
「ですから、魔道具と違って錬金道具は専門外なんですよ。多少遠くても錬金道具屋のある店へ持っていく事をお勧めします」
修理の事で少々揉めているようだ。
錬金道具は魔道具と違って錬金文字を使用すると聞いている。
そもそも魔道具を作る際、魔法術式を道具に組み込み、その術式を発動する事により望んだ効果を出すのが魔道具なのだが、その術式はこの世界で使われている文字だ。
その魔道具が故障しているという事は、道具自体の動作不良か魔法術式の異常が原因である。
だから魔道具は故障しても大体の修理は可能なのだが、専用の文字を使う錬金道具となると、そうはいかない。
何を書いてあるのか分からないため、錬金道具がどの様に壊れているのかも分からないのだ。
お茶をお出ししながらも、さすがに錬金道具の修理は厳しそうだなと思いつつ、壊れているという錬金道具の文字を見て俺は驚いた。
錬金文字と言われていたものは、前世の日本で見慣れた漢字が使われていたのだ。
まさか異世界で使われている文字に漢字があるとは思わなかった。
「君、文字が分かるのか? だったら君でもいいから修理出来ないか?」
思わずじっと見ていた俺に気付いた男性客は、チャンスとばかりに声を掛けてきた。
「い、いえ。申し訳ありませんが道具を作ったりとかした事が無いので、修理なんてとてもお受け出来ません」
「でも今じっと見ていたじゃないか。直る可能性があるのならぜひ頼む。どこの店でも断られて困ってるんだ。何日か預けるから、とにかく見てくれないか?」
必死に懇願してきた男性客に困って、俺は助けを求めてユリアさんを見た。
ユリアさんはため息をひとつ吐き、「分かりました」と言って男性客へと向き合った。
「とりあえず三日間、お預かり致します。ですが本当に錬金道具は専門外なので、直せるとはお約束出来ませんが、それはご理解くださいますね」
「ああ、ありがとうございます。これでやっと一歩前進しました。よろしくお願いします」
「では、こちらのお預かり証にご記入をお願いします」
預かり証に記入した男性客は、また三日後に来ますと言ってにこやかに帰って行った。
「すみませんユリアさん。つい文字を凝視してしまって……」
「いいのよ。それよりもルース君は、この文字が分かるの?」
「実はこの文字、前世で読み書きしていた漢字という文字なんですよ。まさか異世界で漢字を見るとは思わなくて、つい凝視してしまったんです」
「えっ! まさか本当に分かるの!?」
ユリアさんは、錬金文字がもの珍しくて見ていた程度にしか思っていなかったらしく、本気で驚いていた。
「そんなに驚く事ですか? 錬金道具を作れる人なら誰でも分かるんですよね?」
「何言ってるの? 錬金文字は錬金術師の始祖であるコウタ様が使った文字の一部が解読されているだけで、文字も繊細で起動させるのも難しい物なのよ。さらに魔道具はその性質に合った魔力を魔石に注入する事で発動する事に対して、錬金道具は魔力を魔法陣に当てるだけでどんな魔力でも発動するの。錬金文字で文字数が減って、しかもただ魔力を当てるだけでいいから、錬金術師は魔導士の上位互換とまで言われているんだけれど、錬金文字を完全に理解している錬金術師なんてどこにも居ないわ! ましてや文字が分かるなら新たな文字を使ってどんな錬金道具も作り放題じゃないの! 本当に凄いわ!!」
ユリアさんは興奮気味に俺に説明してくる。
なるほど、錬金術師の始祖コウタ様、か。漢字とかその名前とか、絶対日本人だろ、コウタ様。
なんだかとんでもないぶっ壊れ性能の道具だという事は、ユリアさんの反応でよくわかる。
俺がこの世界に来た様に、そのコウタ様とやらも俺の前にこの世界に来て、漢字を使って魔道具を作った結果、錬金術師の始祖と呼ばれる事になったって所かな。
それなら漢字の普及も一緒にしておけば良かったのにと思ったのだが、それはユリアさんが教えてくれた。
実はコウタ様が錬金道具を作っていた時代には、魔導士たちに錬金は邪道だと言われていて流行らなかったらしい。
そのために当時は錬金術師も少数しかおらず、錬金術が浸透してきた頃には錬金術師は全て居なくなっており、当時作成された錬金道具があるだけで、錬金文字も解読して少しずつ分かってきた程度で、基本的には当時の文字をそのまま使用して錬金道具を作成しているそうだ。
だから錬金道具は品が良い分大変高価ではあるが、故障しても修理を受けつける所はほぼないという事だった。
なるほど、それであんなに必死に懇願して修理を受けて貰おうとしていたのかと納得した。
つまり錬金道具は修理されないのが常なのだ。
錬金道具は手に入れた後、一度使えなくなったら二度と使えない道具として認識されており、直してまた使うなどどの錬金術師にも出来ないとされているらしい。
おそらく錬金道具屋には再三持って行き、ことごとく断られた後だったのだろうという事が簡単に予想出来た。
そんな大層な道具を、初期の初期であるポーションとか作ってる俺に直せるのか?
普通に考えて無理だろう。
こんな事なら請け負わなきゃ良かったと思いつつ、困った顔でユリアさんを見てみると、
「大丈夫よ、一人で修理させたりなんかしないわ。私も一緒に見てあげるから」
と言われたので、とりあえずは預った錬金道具の修理をするために、錬金道具を持ってユリアさんと共に作業場所へと向かうのであった。