第7話 戦闘練習と魔物避け
今後一人で町まで行く事になった時に魔物が出る可能性があるので、俺はロックに魔物との戦闘を教えてくれないかと頼んだ。
魔物は道を使えばほぼ出ないとはいえ、もし出会わせた時に何の抵抗もなくやられるつもりは無い。
ロックもそれを引き受けてくれて、俺の仕事がない日には森に入って戦闘を教えてくれる事になった。
「俺の手持ちだが、この剣を使ってくれ」
ロックはそう言って一本の剣を渡してきたので、俺はその剣を受け取った。剣は少し重くて、当たり前だが本物だと感じた。
ロックは初日に山の中で会った時と同じように短剣を腰に差していて、ブーツの中にズボンの裾を入れた格好だ。
俺も山へ行く時用にと買ったブーツを履き、剣帯を使って剣を装備すると、ロックと一緒に家の左側にある山の方へと向かって行った。
山には最初にこの世界に落ちてきて下山して以来、入っていなかった。状況を全く知らなかったとは言え、魔物もいる森の中にずっといて、よく平気だったなと改めて思う。
少しだけ山の中に入ると、道を外れる。そのままちょっと進むと、茶色いネズミの様な生き物が草むらの中にいるのが分かった。
「まず今日は、剣の取り扱いと魔物のスピードに慣れてもらう予定だ。このヤマネズミは素早い動きが特徴だ。攻撃されないと襲ってこないから練習にもちょうど良いだろう。仕留められる様なら殺ってもいいからな」
そう言うと、お手本の様にヤマネズミに近づき、腰の短剣を素早く鞘から引き抜き突き刺した。手慣れた感じがサマになっていてとても格好良かった。
「こんな感じで、今日は当てるのが目的だ。構えとかも気にせず好きな様にやってみてくれ」
そして短剣を抜くと腰にある布で軽く拭いて鞘に仕舞い、適当な場所に腰を下ろす。
俺も剣を鞘から抜くと、早速近くにいるヤマネズミに対して剣を振り下ろした。
それから二時間ほど剣を当てようと頑張っていたのだが、結論から言おう。全く当たらなかった。
ロックの言う通り、ヤマネズミは動きがかなり素早く、剣を刺そうとしても当たる前にその場から逃げてしまうのだ。まあヤマネズミからすれば、自分の命がかかっているので必死に逃げて当然なのだが。
ただ、あんなにあっさりと仕留めたロックと違って俺はかなりこの辺を剣で耕したと思う。
少し休憩をしようと、ロックのそばに行くと隣に腰を下ろした。
「どうだ、ルース。少しはヤマネズミの早さに慣れてきたか?」
ロックは俺に飲み物を渡しながら聞いてきた。
「ありがとう。うーん、どうかな。まだ一匹も掠りもしないからね」
飲み物を受け取って、そう答えると一気に飲み干す。かなり喉が渇いていた様だ。
「ヤマネズミは動きが俊敏だからなぁ。じゃあちょっと違う所に行ってみるか」
そう言うと、ロックは立ち上がり奥へと歩き出すので、俺も慌てて立ち上がりついて行く。
ヤマネズミのいた場所からさらに奥に十分程歩くと別の魔物を見つけた。
「次はこの魔物だ。走りウサギって言うんだが、あいつは人を見つけると逃げる。だけら気付かれずに倒すか、逃げるスピードより早く動かないと駄目なんだ。ヤマネズミよりは動きが遅いけど、それなりに早いし逃げるから、気配にも気遣う分難しいかもしれん。それからこの辺には走りウサギに似ている角の付いた一角ウサギっていう魔物も出るが、そっちは見つかると襲ってくる魔物だから気を付けろよ」
見つけた魔物は走りウサギといい、名前のとおり走るウサギらしい。
ロックは慎重に走りウサギの後ろから近づいていき、短剣を鞘から音を立てない様ゆっくり抜き取り間合いを詰めると、走りウサギが気付く前に攻撃をして仕留めた。
近くにいた別のウサギがロックに気付き、四足歩行の動物の様に走って逃げていく(跳ばないので違和感が凄い)のを見ながら、このウサギの方が仕留めるのは難しいなと感じた。逃げられたらまた暫く次のウサギを捜し回らないといけないのだ。ヤマネズミの様に何度も練習する事が出来ない。
「だいたい今みたいに後ろから間合いを詰めて狩る感じなんだが、気付かれると即逃げるからヤマネズミ程狩りの練習は出来ないな。だが走りウサギを見付けるのも狩るのもそれなりに鍛練になるだろう」
俺の方に向かって歩いて戻ってきたロックは、そう言って隣に座る。
「暫くは戻って来ないだろうから、今のうちに休憩しよう。ヤマネズミの時にゆっくり休憩してないからな」
そう言われて、休憩もそこそこに走りウサギの場所まで来たのはそのためだったのかと納得した。
それからこの辺りに走りウサギが戻ってくるまでゆっくりと休憩していた。
走りウサギが戻ってきたのを見付けたのは、それから三十分程経ってからだった。
休憩と言うには充分休んだので、早速剣を鞘から抜いて、走りウサギの背後からゆっくり近づいていく。
剣の間合いまで近づく事が出来た俺は、走りウサギを攻撃しようとした途端、俺に気づかれて走って逃げて行ってしまった。
がっかりしつつロックのいる所まで戻ると、ロックはロックで少し釈然としない顔をしていた。
「走りウサギは気配に敏感だから、普通は間合いに近づくのが難しいはずなのに、ルースには攻撃の直前まで無警戒だったな。それなのに攻撃する瞬間にはすぐに気づいて逃げて行くなんて、あんな反応は初めてだ」
不思議な事もあるもんだとロックは言いながら考えているが、俺もあんなに反応が無かったのに突然気づかれて逃げられたのが理解出来なかった。
別に武術の達人という訳でもないんだから、殺気が溢れ出たとかでもないだろうし。謎だ。
結局走りウサギチャレンジはその後二度ほどあったのだが、結果は全て同じで、近づく事は出来ても攻撃しようとすると逃げられてしまった。
仕方なく魔物との戦闘練習はそこまでにして、山菜と薬草を取って帰り、その日の戦闘練習は終わった。
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それからは、山に行って戦闘練習をするか、町へ行ってバイトするかという日々を繰り返していた。
ヤマネズミや走りウサギを何度も攻撃しようとするのだが、俺に戦闘センスがないからなのかいまだに掠りもしなかった。
ある日、ロックと町に来てユリアさんの店に行くと、魔物避けの魔道具が出来たと言われた。
最近はいつも店の前でロックと別れていたので、仕事終わりに迎えに来てくれるのを待ってから魔道具の説明を聞く事にした。
ロックが迎えに来たので、お茶を淹れた後、早速ユリアさんに説明を受ける。
「今回の魔物避けとして持ち歩いて貰うのは、このランタン型よ。ランタンなら、帰りが暗くなるかもしれないから持ち歩いていると言えば納得でしょう?」
そう言って一つのランタンをテーブルに置いた。
「まず魔物避けを仕掛けたのはこの上の蓋の部分になるわ。蓋を外すとここに魔石が入っているから、これを充填して中に入れてくれたらいいわ。当たり前だけど、ランタンとしてもちゃんと使えるからね」
ユリアさんがランタンの蓋を外すと、中から単一電池程の大きさの魔石が出てきた。この魔石が電池の役割で、蓋に施した魔物避けの魔法式に反応して魔物が近寄らない様にしているらしい。
ランタンの方は、火力を調節する所に魔力を流すと中の魔石に火が灯る仕様となっている。魔石のため油を使わず点灯出来、安全に持ち運べるように考慮してくれている。そしてランタンを使った後の中の魔石は、ユリアさんが店に来た時に補填してくれるという。ユリアさんはアフターサービスも万全だった。
「それで、肝心の魔物はどのランクまで避けられるんだ?」
「Aランクまでならいけるわね。この辺りならCランク位までの魔物しか出ないから、町に来るまでなら過剰なくらいの性能よ」
「そうか。でも万が一の時に備えて、ちゃんとした物を持たせておきたいからな」
「分かってるわよ。だからこそちゃんと作ったんだから」
ロックとユリアさんは、お互いにしか分からないやり取りで話している。
その横で俺は、ランタンに火を灯してみようと指輪を近づけたが、中の魔石が点灯しない。
「ねえユリアさん、ランタンが点かないんだけど」
「あ、ごめんなさい。魔物避け側の魔石が入らないと点かないようにしたの。これはあくまでも魔物避けがメインだからね」
ユリアさんがランタンの蓋に魔石を入れて蓋を閉めると、一歩下がってどうぞと促す。
俺はもう一度指輪を光の調節部位に近づけると、魔石に火がついた。
「ちゃんと使えるわね。これで次からはルース君一人で町に来る時、一緒にそれを持ってきてね」
「うん、ユリアさんありがとう。ロックも、ずっとついてきてくれてありがとう」
「俺に礼はいらねえよ。そもそもルースにちゃんと戦闘を教えられていないからな」
「そんな事ないよ。まず、俺に戦闘センスが無さすぎるだけだから」
「ははっ。まあとりあえずこれで一人で町に来る手段を手に入れたんだ。ルースも少しは自由に動けるな」
ユリアさんに魔物避けの魔道具のお礼と、ロックに町に来る度について来てもらっていたお礼を言う。ロックはお礼をきちんと受け取ってくれなかったけど、照れ隠しなのか話を逸らしてきた。
これ以上お礼を言うとお互いに引けなくなりそうなので、ロックの話に乗って頷くと、ランタン型の魔道具に目を向ける。
魔石が小さく燃えていて淡い光を放っている。これを持って次からは町まで一人で行き来できると思うと嬉しかった。
ロックと一緒に町まで来るのも楽しかったのだが、ロックの時間を俺に合わせて過ごしてもらっている事がずっと申し訳なく思っていた。
これからは仕事で町に行く間、ロックの予定を好きに決めてもらえるのは嬉しい。
俺はやっと町まで一人で行動出来る手段を手に入れる事が出来た。