第5話 アルバイト決定
初めて町に買い物に行った翌日、配達される棚や木材を待って、部屋の模様替えをしていた。
自分の使いやすい様に棚やラックを置いて、買ってきた服等を仕舞ったりと部屋を整えていった。
一日かからず作業を終えたので、裏の畑で農作業をしていたロックに声をかけ、畑の手伝いをしてからロックと家に戻ると、玄関側に脱いでいた自分のサンダルに履き替える。
すると、ロックから「なるほど、ここで履き替えるのか」と言われた。
「うん。特に畑仕事とかしてると土が付いたままだから、家の中まで履いたままだと後の掃除が面倒じゃない?」
「確かにそうだな。じゃあルース、俺のサンダルも奥にあるから持ってきてくれるか?」
ロックにそう言われて「分かった」と返事をすると、ロックのプライベートスペースであるカーテンを少し開け、サンダルを掴むと戻ってロックの目の前に置く。
ロックは「ありがとな」と言いながらサンダルに履き替えていた。
夕食を食べながら、明日はユリアさんにアイテムバックを返しに行こうと思っている事を伝えると、ロックも付いてきてくれると言う。
悪いと思いながらも、魔物がいるというこちらの世界では断る事も出来ず、素直にお礼を言った。
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翌日、俺達は揃ってユリアさんの家に行った。
扉を開けると、カウンターに座っていたユリアさんが「あら、いらっしゃい」と言って笑った。
「こんにちは、ユリアさん」
「よう。バックを返しに来たぞ」
俺達も挨拶をすると、カウンターから出てきてくれたユリアさんは、ロックからバックを受け取り、
「わざわざ届けてくれてありがとう。二人とも、時間があるならお茶でもどう?」
と言ってきた。
特に用事がある訳でもないので快諾すると、ユリアさんはお茶の準備をしに奥へと行ったので、俺達も座って待つ事にする。
ユリアさんと一緒にお茶をしながら話をしていると、店の扉が開いて人が入ってくる。
「いらっしゃいませ。ご所望の品をお伺い致します」
いつも明るいユリアさんが椅子から立ち上がり、無表情でとても事務的に話しかけているのにびっくりしていると、隣でロックが「ユリアは普段店に一人だからな。客に愛想よく相手して絡まれたりしない様、接客は基本無愛想なんだ」と小声で教えてくれた。
それに納得して見ていると、欲しい品物を聞いてカウンター奥から持ってきた物を売り、「ありがとうございました」と店を出る客に声をかけている。
客が店を出ていくと、ユリアさんが戻ってきた。
「よう、お疲れさん。ユリアの接客モードを見てルースが驚いていたぞ」
「そうよね……ルース君、ごめんなさいね。普段から仲良くしてる人ならまだしも、以前お客様に愛想よくして粘着された事もあるから、接客は正直言って面倒なのよね。従業員でも置きたい所だけど、店舗の商品を売るスタイルじゃ無いし、時間も定めず自由に開けてるから雇うに雇えなくって」
ロックの言葉に苦笑いしながらもユリアさんはそう話していた。
「そっか、女性一人だと大変だね。俺でよければ代わりに店番くらいする……とは言っても、俺一人で町まで来れないから無理……」
「えっ、本当!? 店番してくれるの!?」
ちょっと大変そうだから手伝おうかと思ったけど、町まで一人で行き来できないという現実を思い出したところで、ユリアさんがやたらと食いついてきた。以前よっぽど嫌な目にあったのだろう。
「おいユリア、諦めろ。ルースはまだこっちに来て間もないんだ。一人で移動させられないからな」
「嫌よ、これで諦めたら二度と店番してくれるなんて言ってくれる人現れないわ! 魔物避けは本気の奴作るから週三、いえ週二でいいからルース君に来て貰えない?」
ロックが説得してもユリアさんが食い下がり、話はずっと平行線だった。
「ルース、お前はどう思ってるんだ? 町まで手伝いに来るか?」
そう聞かれて、考える。ユリアさんを手伝う気はあるんだけど、一人で来れないからって毎回ロックの時間を奪うのは意味がない。
「一人で町まで往復出来ないならやらないかな。俺の手伝いにロックを付き合わせるのは話が違うからね」
俺がそう言うと、ロックも少し考えてからユリアさんの方を向くと「ユリア、魔物避けは全力で作るんだな」と尋ねる。
ユリアさんも「ええ、勿論よ」と答える。
それを聞いたロックは「よし、分かった。ルース、週二の店の手伝いやっていいぞ」と意見を変えた。
「えっ、一人で来てもいいの?」
「ああ。魔物避けを持ってならまず魔物と遭遇しないからな。その代わり、魔物避けが出来るまでは俺も一緒に来るからな。そこは譲れよ」
「うん、分かった。ありがとうロック!」
こうして俺は、ユリアさんのところで店番のアルバイトをする事になった。
店番をするからにはお金も取り扱うので、貨幣価値を教えて貰った。
まず、お金の単位はリルといい、貨幣には鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・白金貨の種類があり、大きさは大と小のニ種類あるらしい。小鉄貨が1リルで、10リルで大鉄貨、100リルで小銅貨に変わるという貨幣価値の様だ。
この貨幣で変わっていると思ったのは、丸と四角の硬貨があり、四角い硬貨は丸硬貨五枚分にあたるらしい事だ。この世界では紙幣など無く全てのお金が硬貨であるため、少しでも嵩張らなくて済む様にこの仕様らしい。
二桁ごとに貨幣がランクアップされていく様だけど、覚えるまではカウンターの裏に書いて置いてくれるとの事だった。
ユリアさんの店では直接魔道具を取り扱っていないので、魔道具は完全受注生産の様だ。
ただし、魔道具以外にもお得意先のお婆さんの薬だとか、頼まれた調味料の作成など、受注した品物を売るというスタンスでやっている様で、魔道具に拘らない分赤字もないらしい。
店にいくつか置いてある商品は売り物じゃなくて見本らしく、もし盗まれてもガワだけで実際に使う事が出来ない様にしているとの事だ。
ユリアさんは俺が店番をしている間、集中して生産作業も出来るからと本当に喜んでくれている。
今日はとりあえず後一件、受け取りの予定があるらしいので、俺はお試し的に店番としてカウンター内で待っている。ちなみにユリアさんは早速魔物避けの魔道具を作る為にカウンターの奥に行き、ロックは俺達のお昼ご飯を買いに行った。
暫くすると買い物を終えたロックが戻ってきたので、ユリアさんがカウンターに待機し、俺とロックは一緒にお昼ご飯を食べる。
食べ終わるとすぐユリアさんと交代し、二人が話しているのを聞きながらカウンターの椅子に座っていると、店の扉が開いた。
40代位の男性が店の中に入ってきて、俺を見ると首をかしげる。
「いらっしゃいませ。ご所望の品をお伺い致します」
「ああ、依頼した薬を受け取りに……」
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
にっこりと営業スマイルを浮かべてお客様に聞いてみると、少し驚いた顔をしながらも「ダンです」と答えてくれた。
「ダン様ですね。ありがとうございます。少々お待ち下さい」
カウンターの裏に行くと、ユリアさんは薬を準備して待っていてくれたので、薬を受け取るとカウンターに戻る。
「お待たせ致しました。こちらがご依頼頂いた薬になります。一週間分で2,800リル頂戴致します」
男は丸い大銅貨三枚、3,000リルを渡してきた。
「ありがとうございます。3,000リル頂戴致しましたので、200リルのお返しとなります」
レジ代わりの箱の中にある小さな丸銅貨二枚を持って、商品と一緒にお客様にお渡しする。
「ありがとう。こちらの店は女性の方が運営していなかったかな?」
「はい、ダン様がお会いしたのはうちの店長ですね。私はこの店の従業員となります。毎日ではありませんが、また顔を合わせた際にはよろしくお願い致します」
「そうだったのか。それじゃ、また来るよ」
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」
頭を下げてお客様をお見送りした後、カウンターの奥に行くと「どうだった?」と聞いてみた。
「凄く丁寧な接客ね。完璧だったわよ」
「ああ。向いてんじゃねえか、接客」
そんなに手放しで二人に褒められると思っていなかったので、俺は照れながら「ありがとう」と返す。
そもそもこの町の接客はこんなに丁寧な感じでは無いらしく、ダンさんが驚いていたのも接客態度のせいだった様だ。日本ではあの位の接客が当たり前だったから、特に気にしていなかった。さすがはおもてなしの国、日本って事かな……。
接客態度を見直した方がいいか聞いてみたけど、あのままでも構わないそうだ。
それから、ドアベルやお金の受け渡しトレーの文化も無かったので、取り入れていいか聞いてみたらユリアさんに喜ばれた。
どうもお金の受け渡しの時に、偶然を装って手を触ってくる人もいるらしく、トレーに乗せての受け渡しなら触られる事も無いからとの事だ。
早速良さげなトレーとベルを見に町をうろついて、小さな木のトレーを二枚と音色のいいベルを買ってきた。
一枚のトレーをカウンターの上に、もう一枚をレジ箱の隣に置き、お客様にはカウンターの上にあるトレーにお金を置いて貰いトレーごと引いて、お釣りがある時はレジ箱の隣のトレーにお釣りを置いて、トレーごとカウンターに置きお渡しする。手間はかかるけど一番間違いも起きにくい方法だ。ユリアさんも次からこの方法でお金の受け渡しをしてみると言っていた。
それからドアにベルをつけて、扉の開け閉めでベルの音が鳴る様にした。
「それにしてもルース君、なかなかいい案を色々と出してくれるわね。ルームシューズ代わりのサンダルも凄く良くて、暑い時にはきっと重宝すると思ったもの。これからも思いついた事があったらどんどん言ってね」
日本で日常的にされている事を言っただけなんだけど、意外と喜んで貰えて嬉しかった。
「うん。でも、常識が絶対に違うから、変な事言ったりしたら二人とも止めてよ。」
「わかったわかった。じゃあ今日のところは帰るか。ユリア、とりあえず明日また連れて来る」
「あ、明日は特に店の予定無いから、明後日はどう?」
「そうか。暫くは俺も予定無いからいいぞ。じゃあ明後日な」
俺の言葉を皮切りに、二人はしっかり次にくる日を話し合っていた。