第4話 ラムダの町
町の門前には門番らしき兵士がいた。魔物等を町の中に入れない様に見張っているらしい。
町に入る時に何か通行処理的な物があるのかと思っていたが、特に何事もなく素通りで門を通る事が出来た。
「ちょっと身構えてたんだけど、町に入る時に身元確認とか荷物検査とかしないんだね」
「別に国境越えとかじゃないからな。城下町なら厳しいから多少あるかもしれんが、まあ小さい町じゃこんなもんだろ」
そう話しながら町の中に入ると、木造や煉瓦で出来た建物が道沿いに並んでいた。
「買い物の前にユリアの所に荷物置きに行くか。ユリアも買い物に付いてくるか?」
「ええ、私も行くわ。ルース君の服は私も選んであげるからね!」
ロックの問いにユリアさんが答え、さらに俺の服のコーディネートを宣言した。
「ありがとう。お手柔らかに」
デザインや色、着心地など、自分の好みが反映されてないと困るので、俺は無難にそう答えておいた。
ユリアさんの家は、門の付近に密集した家並みから外れ、まばらになってきた所にぽつんと建っていた。商売に本腰を入れている風ではない事が分かる。
一階を煉瓦で、二階は木で作られた少し変わった家は、ここの大家さんがリフォームする時に値段と時間がかからないからという理由でこうなった様だ。
ユリアさん曰く、「仕事で家を空ける事も多いから立地は二の次で、店舗と居住スペースを分けられて、安い家賃で借りられる家が良かったの」という事らしい。
家の鍵を開けて一階に入ると、カウンターと少しの商品が並んだ店舗になっていた。店の隅には商談用なのか、テーブルセットも置いてある。
奥に作業スペースがあるのか、店自体はかなり手狭に感じる。
おそらく商品を置いて販売するのではなく、受注生産を主にしているのだろうなと思った。
「ロック、荷物ありがとう。置いてくるから、ちょっと待っててね」
ロックから鞄を受け取ると、ユリアさんは二階に上がって行った。
そしてすぐに二階から降りてくると、「お待たせ。それじゃあ、行きましょうか」と言って、店舗から出る。
俺とロックも店舗を出ると、ユリアさんは家を施錠した。
靴を履き替えたい俺は、まずは靴を買いたいと伝えると、服と靴を買いに行く事になった。
日用品の殆どが先程の家並みにある店で揃うとの事で、来た道を戻って服と靴を売る店に行く。
軒下にある籠の中に、麻のシャツやズボンが入っている服屋さんに連れて来られた俺は、店の中に入って行くと、「いらっしゃい」と女性に声をかけられる。
店内には色々な服が置いてある棚があり、見本になる服も壁に飾ってあった。
声をかけた女性はカウンターに座って縫い物をしていた様で、手に持っていた縫い物を置いて立ち上がる。
「こんにちは、ハンナさん。男性用の靴を見たいのだけど、パントさんは居るかしら?」
「あら、ユリアちゃん。旦那なら奥に居るからゆっくり見ていっとくれ」
「ありがとう。後で服も見せて貰うから、また後で声かけるわね」
どうやら夫婦で服と靴を売ってるお店で、旦那さんのパントさんが靴、奥さんのハンナさんが服を担当している様だ。
軽く会釈をしてそのまま奥に進むと、奥には靴やブーツが色々と置いてあった。
「おーいパント、居るか?」
今度はロックが声をかけると、のっそりと職人気質な男性が出てきた。この人がパントさんの様だ。
「パント、こいつはルースだ。このルースの靴を探しているんだが、おすすめはあるか? 靴やブーツをいくつか見繕って出してくれ」
「あ、ルースです。よろしくお願いします」
ロックの紹介に俺も挨拶すると、パントさんは棚の側からサンダルを取り出し、「これに履き替えてくれ」と言って椅子も出してくる。
言われた通りに座って靴を脱ぎ、サンダルを履こうとした時、「あ、靴下も脱いで」と言われ、靴下も脱いでサンダルを履いた。
黙って履き替える動作を見ていたパントさんは、少し足を見てから奥に引っ込むと、靴やブーツを数個持って戻ってきた。
普段履きに出来そうな紐なしスニーカーや紐のあるスニーカー、編み上げブーツ等がある。
「足を見た感じ、この辺りがお客さんの足に合う靴だな。色々試し履きして選ぶといい」
「ありがとうございます。そうさせて頂きます」
そう言って一つのスニーカーを選んで履いてみると、サイズは丁度良くフィット感も良くてびっくりした。
他の靴も履いてみたが、どれも日本で履いていた靴よりも断然履き心地が良く感じる。
きっと一つ一つがとても丁寧に作った良い品物なのだろうと思った。
「ねえロック、どれも履き心地がいいから、使用用途で選ぼうと思うけど、どう思う?」
「そうだな……。じゃあまず山に入る時用にブーツは確定として、町とかに出て行く普段履き用と、畑作業とかの作業用は最低でもいるな。あとはルームシューズがあればいいかな」
そう言われて、俺は編み上げブーツ(黒)とスニーカーの紐付き(黒)、紐無し(茶色)を一個ずつ選んだ。
後はルームシューズを選ぼうとしたのだが、どれも靴の形しかなく、スリッパの形の物が置いてない。
家の中ならスリッパとかでいいんだけどなと思っていた俺は、「パントさん、すみません。スリッパはありますか?」とパントさんに聞くと、「スリッパとはどんな物なんだ?」と聞き返してきた。この世界にスリッパは無かったらしい。
簡単に、踵が無くて紐とかで締めつけず、ヒールもないルームシューズと答えたのだが、熱心に聞いてたパントさんはメモを取っていた。
スリッパが無いなら仕方ないと思って、「じゃあ、売り物のサンダルはありますか?」と聞くと、ユリアさんが「えっ、サンダルを履くの?」と聞いてきた。
「うん、家の中で履くなら靴じゃ無くていいかなと思ったから。サッと履けるし足も蒸れないし」
俺のその言葉に触発されたのか、ロックとユリアさんも自分用のサンダルを選んでいた。
ブーツ一足とスニーカー二足、サンダル三足を購入し、紐付きスニーカーはそのまま履いて行くと言うと、代わりに革靴を袋に入れて渡してくれる。
「はい、まいどあり。次からスリッパを少し多めに作って、新しいルームシューズとして薦めてみるよ。いい情報を教えてくれてありがとな」
「いいえ、こちらこそありがとうございました。スリッパが出来たらまた教えて下さいね」
俺はパントさんとそう挨拶すると、服屋さんの方に移動した。
服屋さんの方に戻ると、ハンナさんはカウンターに戻って縫い物を続けていた。
「ハンナさん、戻ってきたわ。色々見させて貰うね」
「はいよ。ゆっくり見ていってちょうだい」
ユリアさんとハンナさんが声かけし合っているうちに、とりあえず下着を数枚適当に選んで、靴の買い物袋と一緒にロックに渡しておいた。
それからはユリアさんの独壇場で、シャツやズボンだけじゃ無く、靴下から寝間着までしっかりとコーディネートしていった。
サイズや着心地は勿論、服の色や好みを考慮してくれながらもバンバン選んで行ったので、買い物が終わった頃には手荷物が袋四つ分にまで及ぶ。
両手に二つずつ袋を下げて店を出た俺たちは、少し歩くと人気のない場所に行って足を止める。
「よし、それじゃあアイテムバックに入れましょうか」
「ああ、頼む」
ユリアさんの一言にロックが答えると、ユリアさんは自分の持っていたバックを開けた。
どう見ても荷物より口の小さいそのバックにロックが手に持った靴の入った買い物袋を入れようとすると、荷物が吸い込まれる様に入っていった。
「うわ、空間収納……」
そう呟くとユリアさんが、
「うふふ、驚いた? 絶対に買い物の荷物が多いだろうって、ロックから私の持っているアイテムバックを貸してくれって言われていたのよ。あまり数が出回っていない物だから、盗まれたりしない様にこうやって隠れて使わないといけないけど、便利でしょう? はい、ルース君の荷物も入れてね」
と言いながら、アイテムバックの口をこちらに向ける。
俺の荷物もアイテムバックに入れると、ユリアさんは口を閉じる。手に持ってると普通のバックだから全然気付かなかったな。
その後、飲食店で簡単にお昼を食べてから、家具屋さんに行って小さめのクローゼットとラックを選んで配達を依頼し、金物屋で滑車とバケツ型の桶を買い、木材屋で井戸のリフォーム用の木材の配達を注文した所で日が傾く時間帯になっていた。
「よし、今日はこの位にして、食材でも買って帰るか。ルース、他に急ぎで何か欲しい物はあるか?」
ロックにそう聞かれたけれど、俺は特に思いつく欲しい物が無かった。
「いや、大丈夫だよ。ありがとうロック」
「そうか。じゃあユリアを送ってから帰るか」
そう言って俺達とユリアさんはそれぞれ食料を買うと、三人でまたユリアさんの家に行った。
「あー、楽しかった。二人とも送ってくれてありがとう。お茶でも出すからちょっとだけ寄って行って」
そう言って家の鍵を開けると、ユリアさんが中に入って行った。
ロックが大人しく中に行ったので、俺も続いて中に入ってドアを閉めると、カウンターにユリアさんの食材を置いて、店の隅に置かれた商談用らしいテーブルに向かうロックを追って奥に進み、二人で椅子に座る。
初めての町はとても楽しかったけれど、異世界の初めての町で何かやらかしていないかと思っていた俺は、素直にロックに聞いてみる。
「ねえロック、今日はどうだった? 俺、町で変な事言ったりしたりしてない?」
「いや、大丈夫だったぞ。なんだ、そんな事気にしていたのか?」
「まあね。だって俺の事情を何も知らない人に会って話するんだから、嫌でも気にしちゃうよ」
「気にしすぎると、かえって何も話せなくなるだろう。自然でいいんだよ」
ロックと話している途中からお茶を入れてくれたユリアさんも加わり、町の感想やお店の情報等を少し話して、俺たちは帰る事にした。
「じゃあまたな、ユリア。アイテムバック借りて行くぞ」
「ロック、帰る前に私のサンダル出してよ! 早速今日から履いてみるんだから」
「ああ、そうだったな。ほら」
ロックがユリアさんのサンダルをアイテムバックから出して渡すと、俺達は挨拶とともにユリアさんの家を後にして、日が暮れる前にロックの家へと帰っていった。