第3話 魔力を誤魔化す魔道具
ユリアさんが作る魔道具が出来るまで外出できないので、ロックにこれまで気になっていた事を聞いていた。
まず、この世界には個人差はあるが誰もが必ず魔力を持っているらしい。
それは動物や魔物も例外ではなく、魔法使いや魔導士には視認する事でその個体の持つ魔力を見る事が出来るという。
魔法使いは魔法を得意とする職で、魔導士はその魔法から魔道具を作る事もできる熟練の魔法使いという感じで区別されている。
ユリアさんは魔導士で当然魔力も見えるため、俺に魔力が無いのを文字通り見抜いたのだろう。
ロックは魔力を見る事が出来ないが、今朝の火おこしの会話で魔力が無い事に気付いて、このまま町に連れて行くのはまずいと感じ、ユリアに魔道具を作れる様に準備してもらって連れてきたという事だった。
そんな話をしていると、二階から「ルース君、ちょっと来てもらってもいい?」と言うユリアさんの声が聞こえてくる。
「はい、今行きます!」と答え、ロックにも「ちょっと行ってくる」と伝えると、二階に上がって行く。
奥の部屋に着いてノックすると、部屋から「どうぞ」というユリアさんの声が聞こえたので、扉を開けて「ユリアさん、来ました」と声をかけて中に入る。部屋には女性一人なので、扉は開けっ放しにしておいた。
中は俺の部屋よりも少しだけ広く、ベッドの他に机と椅子があった。
「ルース君、ちょっとこれを持ってくれる?」と石を渡されたのでその石を持つと、ユリアさんは二、三歩下がって見て、ちょっと悩んでから「その石を胸の真ん中に持ってきてみて」と言われた。
言われた通り胸まで持っていくと、また見ながら悩み、「ありがとう。また後で状況見せてね」と言って手を出す。
その手に先程の石を置くと、机に向かって座り、何かを書き始めたので、俺は部屋を出て扉を閉めた。
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ユリアさんと魔道具の微調整を繰り返すうちに、俺の敬語は取れていった。
全く家から出られない状況なので、俺は自然と魔道具作りに興味を持ち、調整で声がかかった時に少しだけ魔道具作成の手伝いをして打ち解けていったからだ。
お互いの呼び方も敬称付きが安定してきた頃、遂に魔道具が完成した様だ。それはユリアさんが魔道具を作り始めてから二日後の夕方の事だった。
ユリアさんが一階に降りてきて、三人で出来上がった魔道具についての話をする。
「まず、魔力を持っている様に見せるペンダントを作ってみたわ。このペンダントを首からかけて、ルース君の胸の真ん中辺りにくる様、革紐の長さを調整してね。このトップになっている魔石が少しずつ魔力を放出しているから、見える人にはこれで対応出来ると思うわ」
ユリアさんはそう言うと、俺にペンダントを渡してきた。
ペンダントは、黄色い魔石の上部に穴を開け、直接バチカンを付けて革紐に通されたシンプルな物だった。
俺はそれを受け取り言われた通りに首からかけて、紐の長さを調節する。
「ユリアさん、こんな感じでいい?」
「そうね、その長さでいいわ。あとはそれを服の中にしまって、ルース君の体内にある魔力に見える様にしてね。外側に出てると石から魔力が出てるのがバレるから、気をつけて」
服の中にペンダントをしまうと、少し状態を見ていたユリアさんは満足そうに頷く。
これでこのペンダントをしていれば、俺自身が魔力を持っている様に見えるらしい。
「じゃあ次はこの指輪ね。こっちは、魔力を流すと使用出来る魔道具用に作ってみたの。手から魔力を流して使う魔道具が多いから、手の内側に魔石がくる様に嵌められる様、デザインリングにしたわ。これを嵌めてもらえる?」
そう言って渡してきたのは、オニキスの様な黒い石が嵌まった少し太めの金色の指輪だった。
リングの輪の石の真下にくる所にも黄色い魔石が埋め込まれており、ぱっと見だけでは石があるのは分からない作りになっている。
そして、サイズがかなり大きかった。
「ユリアさん、この指輪、どう見てもサイズが合わないと思うけど……」
ちょっと困惑しながら聞いてみると、ユリアさんは「嵌めると自動的にサイズを調節してくれるから大丈夫よ」と言った。
試しに親指を入れてみると、ゆっくりと締まっていき丁度いいサイズで止まった。
逆に抜こうとすると少しだけ緩まり、指を抜ききったら徐々に先程のサイズまで大きくなる。
「へぇ、凄い! 面白いな」
「自動調節機能はお前の所には無かったんだな。こっちでは主流なんだが。後は靴や服なんかも自動調節機能付きがあるぞ。今のうちに慣れておけよ」
驚いて思わず漏らした独り言にロックが反応してくれる。
自動調節機能なんて便利な物があるんだな。これならサイズ要らずで気に入ったデザインの物をどれでも選べるじゃないか。
俺は町に連れて行って貰うのがより一層楽しみになった。
「じゃあルース君、利き手に指輪を嵌めて魔道具を使ってみてくれるかしら。おすすめは中指よ」
「分かった」
ユリアさんに言われて右の中指に指輪を通す。
ゆっくり締まって指輪が嵌ると、ロックが「これを使ってみろ」と魔道具のランタンを渡してきた。
それを受け取ってランタンの魔石に手を近づけると、二センチほど手前でランタンの明かりが灯る。
「よしっ! これも成功ね。良かったわ」
ユリアさんはとても嬉しそうににこにこしている。
「ユリアさん、ありがとうございました」
俺はユリアさんに頭を下げる。
「あらやだ、せっかく敬語が抜けてきた所だったのにまた戻るの?」
「さすがにお礼ぐらいは敬語を使うよ」
そうふざけあうと、俺達は笑った。
「あ、そうだ。最後にこれを渡さなきゃね」
ユリアさんはそう言うと、俺に小さな箱を渡してきた。箱の中には何も入っていない。
「ユリアさん、この箱は?」
「これは魔石が小さいから、魔力が無くならない様にする充填用の魔道具よ。放置していても指輪は三日、ペンダントは一週間位は保つと思うけど、一人の時はこれに入れて魔力を満たしておくのをおすすめするわ。この中に入れておけば勝手に充填されるから」
ユリアさんは俺に箱の使用方法を説明してくれた。
「悪いなユリア、色々と助かった。ありがとう」
「どういたしまして。ルース君が私を信じて事情を包み隠さず話してくれたもの。これでいい加減な仕事をしたら女が廃るわ。それにロックもこれを充填出来るかもしれないけど、二人が一緒にいない時もあるでしょうからね」
ロックがお礼をすると、ユリアさんも軽く受け流している。
俺は最後にもう一つ重要な話をユリアさんに持ちかけた。
「えっと、それでユリアさん、報酬の事なんだけど……」
「ああ、それはもちろん出世払いよ。ルース君はいきなりこっちに来たんだもの、手持ちが無いのは分かってるからね。たまに魔道具作成の手伝いに来てもらってもいいし」
俺が言い終わる前にユリアさんは自ら後払いの提案をしてくれた。
そして俺のそばに寄ると、小さな声で「私、あなたは大物になるって予感がしてるのよ。だから先行投資ってやつね」と言って笑った。
ユリアさんは俺に負担をかけない様、そう言っているのだと分かって心が温かくなった。
日が暮れてから帰るのは危ないので、ユリアさんは今日まで泊まって、明日俺達が町に出る時に一緒に帰る事になった。
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翌日、朝からとてもいい天気で、初めて町に行ける事が楽しみで仕方ない俺はずっとソワソワしていた。
ロックには「ルース、町は逃げたりしないから、ちょっとは落ち着けよ」と呆れた感じで言われ、ユリアさんには「あら、子供みたいで可愛いじゃない」とからかわれる。
分かってはいるんだけど、ずっと『待て』状態だったから、期待値が上がりっぱなしで落ち着かない。
朝食後、それぞれに外出準備を整えると、早速町に行く事になった。
ロックは家を施錠すると、ユリアさんの鞄を持った。
「ルース、今から、ここからでも見えてるそこの町に向かうからな」
そう言うと、家の前にある人や車が踏み固めた様な道を、町が見える右側に向かって歩き出す。
それに合わせて、俺とユリアさんもロックについて歩いて行く。
「まず、町までは歩いて一時間位はかかる。それまでに魔物が出る可能性もあるから、町に行く時は必ず道を歩いて行くんだ」
「そっか、この世界には魔物がいるんだ」
魔物がいるなんて、ここは本当にファンタジーな異世界なんだな。
魔物は人を見付けると襲ってくるが、人が移動する道等には普段近寄って来ないのだという。
「魔物の狩り方は近いうち教えてやる。それより今日は買い物がメインだな。身の回りの物を色々と揃えるから、そのつもりでいてくれ」
「分かった」
俺は何も持たずにこの世界に来てしまっているので、最低でも身に付ける物は揃えないといけないとは思っている。
服はロックから貰った物があるが、いまだに革靴を履いているから、履き替える靴は欲しかった。
支払うための手持ちも無く、ロックのお金に頼る事になるけど、ここでの生活に慣れたら少しずつでも返していかないとな。
「そうだ! ロック、滑車とかも買っていい?」
「滑車? 何に使うんだ?」
「井戸に滑車をつけて、水汲みをしやすくしようと思ってるんだ」
「あー、そう言えば井戸を改良したいって言ってたな。いいぞ」
「ありがとう」
よし、これで井戸が上手く改良出来たら水汲みも楽になるだろう。楽しみだ。
「これから行くのはラムダっていう町だ。ユリアもラムダに住んで店を構えているぞ」
「今回みたいな依頼仕事が入ってない時は、お店で生活魔道具を売ったりしてるのよ。家の下の階を店舗にして、上の階を住居として使っているわ」
「そうなんだ。じゃあユリアさんがいない間はその生活魔道具って買えないの?」
「そうね。うちじゃ買えないけど、生活魔道具店ってラムダには他に五店舗くらいあるから、客が他に流れるっていうだけよ」
いろいろな話をしながら、町に向かって舗装されていない道を一時間程歩くと、俺達は二メートル程の高さの木の塀に覆われた町の入口に着いた。