第2話 魔法がある世界
今日はもう休もうと、プライベートスペースであろうカーテンを少し開けると、壁沿いにL字型に取り付けてある階段が現れた。
ロックの家は二階建てで、知り合いが来た時に寝泊まりが出来る様、ゲストルームがあるらしい。
ゲストルームは三部屋あったため、そのうち一番手前の一室を俺の部屋として使っていいと言われ、有難く使わせて貰う事にした。
扉を開けると、部屋には手作りらしいベッドとサイドテーブルがある。
「誰か来た時の寝泊まり用だから、部屋も狭いし物も何も無くてすまないな」
「いや、個室が貰えるなんて思ってもなかったし、ベッドがあるだけで充分有難いよ」
「一応ゲストルームだからな、客が部屋の前をウロウロされると嫌かもしれんから、手前の部屋を充てがったんだが、良かったか?」
「構わないよ。ありがとう」
なるほど、手前の部屋だった理由は来客者への配慮からだったのか。確かに住人に部屋の前をウロつかれるのは嫌かもな。
「じゃあな、おやすみ」
「あ、ロック。ちょっと待って!」
「ん? どうしたルース?」
「悪いんだけど、何か寝られそうな服貸してもらえるか? この格好だとちょっと……」
俺はスーツ姿のままだった。流石にそのまま寝られる様な他の服に着替えたい。
「そうか。悪いな、気が付かなくて。ちょっと待ってろ」
そう言うとロックは一階に降りていった。暫くすると戻ってきて、数着の服を渡される。
「服を持ってきたから、暫くはそれで頼む。明日にでも町に買い物にでも行こう」
「ありがとう。じゃあ、おやすみ」
「おう、おやすみ」
挨拶し合うと扉が閉まり、一階へと降りていく足音が聞こえた。
服を見ると、長袖の綿シャツが二枚、麻のシャツが二枚、それから綿と麻のズボンが一枚づつあった。
その中で、綿素材のシャツとズボンを寝間着変わりにして着替え、ベッドに横になると疲れていたのか直ぐに眠りについた。
❇︎ ❇︎ ❇︎
朝になり目が覚めると、一階に降りていった。一階では調理場で朝食を作っているロックがいる。
「おはよう、ロック」
「おはよう、ルース。顔洗ってこいよ。外に出て家を左回りに行けば井戸があるから」
そう言いながら手ぬぐいを渡してきた。
「あ、ありがとう。行ってくる」
手ぬぐいを受け取ると、俺は外の井戸に向かって行った。
外に出るととてもいい天気で、雲ひとつない青い空に太陽が燦々と輝いている。
左側には昨日歩いた森があり、右側に広がる草原と、奥の方に町が見えている。
言われた通り家を左回りに歩いて行く。家の入り口を正面とすれば、左後ろの角に井戸があった。家の裏手には畑もある。
井戸には桶に穴をあけ縄で結んだものが置いてあり、この世界では水を汲む作業も大変だなと思った。滑車付きの井戸にして、水汲みが楽できる様リフォームしたいなと思いながら桶を落とし、縄を手繰って桶を引き上げて水を汲むと、冷たい水で顔を洗った。
手ぬぐいで顔を拭きまた家の中に戻ると、竈の前にいるロックに「何か手伝える事はある?」と聞いた。俺が手伝うなら多分、道具の使い方から教えてもらわないと何も出来ないからな。
「それじゃ、窯に火を入れてくれるか? 新しく火おこしていいから」
「え? 新しく火おこしって、どうやるんだ?」
「ここに付いている窯用の魔石に魔力を通すと窯に火がつく仕組みだ。竈の火を移すよりは安全だろ?」
それを聞いて驚いた。この世界は魔法が存在する事を、この時初めて知った。そして同時に、魔法や魔力という物が全然分からないため、自分が火おこしに関して全く役に立たない事を理解した。
「すまない。俺に火おこしは出来そうにない。竈の火を移す方を教えてもらえるか?」
「え? ……ああ。竈の横にあるそこのスコップで炭を移動させてくればいい」
「分かった」
言われたスコップを手にして竈の炭を掬うと、窯に入れた。炭を少しだけ足して火を強くすると、「ロック、火力はこの位でいい?」と聞く。
「いいぞ。じゃあ窯でパンを焼いてくれ。パンはこれだ。温めるだけだが、焼き加減は好きにしていいからな。俺の分は三つで頼む」
パン焼きを任されてしまった。せっかくだから色々やろう。
三つのうち直接乗せるパン、小さなコップに水を入れて蓋のある鍋にパンとコップを入れ蒸し焼きにした後に軽く炙るパン、単純に表面を少し濡らして水分確保し焼いたパンをそれぞれ作ってみた。
簡単に切れ目を入れて、それぞれどのパンか分かる様にしてみた。どれかはロックに気に入って貰えるといいけど。
その間、ロックはベーコンと野菜を炒めた物、ソーセージ、目玉焼きを作っていた。
お互いのプレートにそれぞれのパンと飲み物も乗せて、テーブルに座る。
両手を合わせ、小声で「いただきます」と言うと、食べ始める。
「それ、昨日もやってたな。その『いただきます』って、なんか意味があるのか?」
ロックは不思議そうに聞いてきた。
「そうだな……。確か、動物や植物も生きているから、その命をいただきますって意味だったと思う。けど今じゃ挨拶と変わらないかな。俺はおはようとか、おやすみと一緒の感覚で使ってる」
「なるほど、いい習慣だな。それじゃあ俺も……いただきます」
話を聞いてロックも『いただきます』をして食べる。
「そうだ。ロック、パンの焼き方をそれぞれ変えてみたんだ。ロック好みの焼き方があれば後で教えてくれるか?」
「へえ、凝ってるな。あ、美味い。これがいいな」
ロックが選んだのは、鍋で軽く蒸してから炙ったパンだった。
「じゃあ次からはその焼き方にするよ」
アルミホイルで包み焼き出来ない代わりの苦肉の策だったけど、上手くいった様だ。
「ルース、今日は町に連れて行って買い物でもしようと思っていたんだが、予定を変更してもいいか?」
「ああ、いいけど」
「すまん。朝の会話で分かった事だが、ルースには魔力が無いんだよな?」
と、真剣な表情でロックが聞いてきた。
「うん。実は前にいた世界では魔法とか無かったんだ。だから正直、魔力とか言われても分からなくてさ」
「そうだったのか。……実はその件について、俺が信頼できる知り合いに相談したいと思ってる。なるべく人目に付かせたくないから、悪いが今日はこのまま家の中で待ってて貰えるか? とりあえずそいつを家に連れてくるから、来たらお前自身が話して欲しい」
「分かった。じゃあ、待ってる間、何か出来る事はある? 無かったらちょっと井戸を使いやすい様に改良したいんだけど」
待つのはいいが、ただボーっと待つのも暇なので、何かやれる事はないか聞いてみた。無ければ井戸のリフォームで時間を潰すのもいいかと思って提案してみる。
「悪いがそれは却下だ。今は誰にも会わせられないから、万が一誰かが通って見られるのもマズい。暇だろうが昼頃には帰ってくるから、それまで待っててくれ。あと、誰か来ても応対しなくていいからな。じゃあ、行ってくる」
そう言うと、ロックは慌てて出掛けて行った。
とりあえず朝食の食器を片付けて、なるべく人の気配がしない様自室に戻り、麻のシャツとズボンに着替えて待つ事数時間、下の階から人の気配とともに「ルース、いるか?」と言うロックの声が聞こえた。
部屋を出て「いるよ。いま行く」と言って二階から降りると、黒い鞄を持ったロックと一緒に一人の女性が立っていた。
二十代後半位のその女性は、ウェーブした明るいピンクブラウンの髪を背中の中程まで伸ばした灰色の眼の美人さんで、黒いローブを着ていた。女性にしては背が高く、自分とあまり目線が変わらない。
「ルース、こいつは昔からの知り合いで、ユリアだ。ユリア、こっちがルース」
「初めまして、ユリアよ。よろしく」
「あ、ルースと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
これからお世話になる人だ。俺は丁寧な口調でお辞儀した。
「あら、そんなに硬く話さなくていい……ちょっとロック、一体どういう事? この人から、全く魔力が感じられないんだけど……」
ユリアさんは俺に気安い口調でと言いかけた様だが、俺の魔力の無さに気付いて固まり、ロックに詰め寄って行った。
「分かってる。その事についてはルース個人の事が関係してるから、本人から話が聞けるようにと思って連れて来たんだ。とりあえず買ってきた飯でも食いながら話そう」
ロックはユリアさんを宥めつつ、肉や野菜等の具材を挟んだパンを渡してきた。出かけたついでに昼食を買ってきてくれたらしい。
俺は皆で食事をしながら、これまでの事をユリアさんに話していた。
「なるほど、じゃあルース君はこの世界の人じゃないから魔力がないのね。だからロックは仕事道具を持ってこいって言ってたのか……」
「ああ、そういう事だ。俺は魔法の事はさっぱりだから、魔導士のユリアに、ルースにも魔力がある様に見える魔法とかがあればと思って相談したかったんだ。このままじゃ、ルースはどこにも行けないだろ?」
「確かにそうね。魔力を感知する人が見ればすぐ判るもの。……じゃあ何か魔道具を作ってみるわ。とりあえず魔力がある様に見えればいいでしょう?」
「ありがとうございます、ユリアさん。よろしくお願いします」
「ユリアでいいわよ。敬語も無しでね。ロック! 二階の部屋借りるわよ!」
「おう。一番奥の部屋を使ってくれ」
ユリアは「了解」と言うと、ロックが持ってきていた黒い鞄を持って二階へと上がって行った。
俺はロックに、「ユリアさん、ここに泊まるのか?」と聞くと、ロックは「魔道具の出来次第ではそうなるかもな」と言った。
ユリアさんは個人に何かを作る時、使用状況を見て調整する為に依頼者の近くに行くらしく、今回もここで作業をして状況確認をするだろうと言う事だ。
その魔道具が出来るまでは家から出す事が出来ないと言う事で、俺はまだ暫く外には出られないみたいだ。