第19話 ライバル?
給湯器を無事取り付けられた翌日。
いつもの様にユリアさんの店に行って仕事をしていた時のことだった。
カランコロンとドアベルが鳴り、店の扉が開いた音でカウンターに向かうと、一人の女性が驚いた顔でこちらを凝視して立っていた。
「いらっしゃいませ。ご所望の品をお伺い致します」
いつもの様に声を掛けたのだが、女性の顔は更に強張る。
「お客様、どうかなさいましたか?」
なるべく優しく、にこやかに声を掛けると、その女性は俯き、何かをぶつぶつと呟きだす。
そして突然キッと俺を睨むと、「アナタ、誰?」と聞いてきた。
「こちらの店で従業員をしております。どうぞよろしくお願い致します」
そう言うと、突然「はあ? 冗談じゃないわよ! そんなのアタシは認めないわ!」とカウンターに飛びかかってきた。
「あ、お客様!」
危ないと言う前にカウンターの防犯機能で電流が流れて、女性が倒れる。
久々に防犯機能に引っ掛かった人を見たが、さすがに女性は初めてだったため、大慌てでユリアさんの所に向かう。
「ユリアさん、ちょっと来て! 防犯機能で女性が倒れちゃった!」
その声にユリアさんも慌てて出てきたのだが、倒れた女性を見て眉を顰める。
そして一言。
「また厄介な子が来たわね……」
ユリアさんが魔法を使い、女性を商談スペースのテーブルに突っ伏す形で移動させた後、カウンター奥の部屋に戻ってくる。
防犯機能のスイッチを入れてしまうと、カウンターから先には入れないため、これで彼女が気がついた後も奥には来られない。
「ごめんね、ルース君。迷惑をかけたわ」
「いえ、俺は防犯機能のおかげで無事でしたから。それで、あの女性はユリアさんのお知り合いですか?」
「ええ。彼女はパントさんとハンナさんの娘さんで、エレンって言うの。王都で魔導士見習いをしていたのよ。帰ってきたって事は、無事に一人前になったのかもね」
「パントさんとハンナさんの娘……」
ユリアさんがエレンさんの事を教えてくれるが、まずパントさんとハンナさんにお子さんがいる事に衝撃を覚えていた。
「エレンは元々、両親の作った服や靴にエンチャントを付けるために魔導士になりたがっていたの。それで私の所に弟子入りを志願していたけど、ストーカー気質の変な人が店に数人来ていたから女の子を弟子にする訳にもいかなくて断ったのよね。」
「あー、それで王都まで行って見習いをしていたんですね」
「そう。それでエレンが魔導士になるためにどうしたらいいかを色々と話してるうちに、ハンナさんと仲良くなったのよ」
確かに、ハンナさんと話す時のユリアさんは、町の他の人よりも気安く接している気がする。
ユリアさんは基本、誰に対しても敬語を使っている。
それは、気安く接客した事によるストーカー行為をする人が出てからなのだとは思うが、仲が良さそうな冒険者ギルドのギルドマスターであるアベラルドさんにも敬語を使っていた。
だから敬語を使わず話しているのは俺が見た中では俺とロック、そしてハンナさん位だ。
まだ他にも居るのかもしれないが、一線を引いているユリアさんの態度は、基本的に男女問わず距離を置いた接し方だ。
その事に気が付いた今、ハンナさんはユリアさんにとって大切な存在なのだと知った。
「そんな訳で、私がルース君を雇っている事に逆恨みするかもしれないわ。ごめんなさい」
「いや、ユリアさんのせいじゃ無いでしょ。でもこれ以上はエレンさんが起きてからしか分からない事なので、とりあえず起きるのを待ちましょう。俺、そのままカウンターに居ますから仕事の続きして下さい」
俺はカウンターに椅子を置くと、飲み物を持ってきて座る。
「ありがとう。じゃあ、エレンが起きたら教えてね」
ユリアさんはそう言って作業部屋へと戻って行った。
一時間程経った頃、気絶していたエレンさんが目を覚ました。
「あ、気が付かれましたね。大丈夫ですか?」
エレンさんにカウンター越しに声を掛ける。さすがに俺に敵意を持っていると分かっていて、のこのこと出て行くつもりはない。
「アナタ……」
「今、店長を呼んで来ますので……」
「軽々しく店長とか呼ばないで!」
「はい。じゃあユリアさんを……」
「気安くユリアさんなんて呼んでんじゃないわよ!」
……じゃあどうしろと?
ちょっと困った所に、ユリアさんが作業部屋から出てきた。
「あ、店長。無事に起きられました」
「ええ。声が聞こえていたわ」
そう言ってユリアさんがカウンターまで出て来た途端、エレンさんの態度が変わる。
「ユリアお姉様!!」
えっ、お姉様!?
「久しぶりですね、エレン。全然変わってない様ですが」
「はい。お姉様を敬愛する気持ちは永遠に変わりません。アタシ、王都で魔導士試験に合格して魔導士になれました!」
「そうですか。おめでとうございます。では、これからはライバルですね」
「……え?」
「魔導士になれたのですよね? 戻ってきたという事は、お店を持たれるでしょう?」
「そんな!! アタシはここでお姉様と一緒に仕事をしようと思って帰ってきたのに……」
「一人前の魔導士を雇う気はありませんよ。それに両親のお店の商品にエンチャントを付与するのなら、お店にいないと駄目でしょう」
ユリアさんはエレンさんを雇う気はないみたいだ。もっとも、エレンさんが商品に何らかのエンチャントを施すなら、確かにお店にいて購入した商品にかけるのが一番効率がいいのは確かなので、ユリアさんの言葉は何一つ間違っていないのだが。
でもエレンさんはそうは思わなかった様だ。
「アンタのせいよ!」
「……はい? 私ですか?」
「そうよ! アンタを雇ってるからアタシがこの店に居られないんじゃないの。今すぐ辞めてよ!!」
「エレン、私はたとえ一人で経営していたとしても断りますよ。さすがに田舎の魔道具店に魔導士は二人もいりませんから。それに彼は私が必要で雇っているのです。貴方に辞めさせる権限はありません」
エレンさんが俺に食って掛かり店を辞める様に言うのをユリアさんが止める。
「それに、ここで働きたいという意思をパントさんとハンナさんは知っているのですか?」
「そっ、それは……」
「お二人の店のために頑張っていたエレンが、感情的にそんな事を言ってはいけませんよ」
「……はい」
「エレンの気持ちはとても嬉しかったですよ。ありがとうございます。さあ、今日はもうお帰りなさい」
慈愛の表情を浮かべてそう言うユリアさんにエレンさんは力無く頷くと、「お邪魔しました」と弱々しく伝えて帰っていった。
「エレンさん、帰られましたね」
「慕ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと暴走気味になるのが厄介なのよねぇ」
「敬語、抜けませんでしたしね」
「仕方ないのよ。あの態度を増長させたくないから」
「あー、そうですね。誰にでもとなると流石にマズいですよね」
ちょっと困った様に笑いながらエレンさんの事を語るユリアさん。
エレンさんの行き過ぎた言動にユリアさんは手を焼いているようだ。
その日から毎日、エレンさんはユリアさんの店に顔を出す様になった。
「ねえ。アンタ、どんなコネでユリアお姉様の店に雇われたのよ」
ある日、ユリアさんの店に来たエレンさんは、作業中で手が離せないために終わるのを待つ間、俺を暇潰しの話し相手にして話しかけてきた。
「えっと、店長の友人であるロックは知ってますか? その人の紹介で……になるんですかね」
「何でロックさんを知ってるのよ」
「親戚なので」
「親戚!? なるほど、確かにロックさんとユリアお姉様は昔からお知り合いだった様だし、それは強力なコネだわ。……それで?」
「頼る人が他に誰もいないので恋愛感情抜きで頼った結果、雇って貰えた感じですかね」
「はあぁ!? お姉様に惹かれないなんて、どこに目ぇ付いてんのよ!!」
「いや、そこで惹かれてたら俺、ボッチ爆進じゃないですか! それにそんな人がユリアさんの側で働いているの嫌でしょう?」
「当たり前じゃない! そんなヤツ、即刻排除よ! 後、名前で呼ばないで!!」
「名前呼びは本人からも了承されていますから、諦めて下さいね」
こんな感じで雑談をしていると、カランコロンとドアベルの音が鳴る。
「あ、じゃあアタシ帰るわ」
来客の邪魔になるからか、小声で言うとエレンさんは帰って行った。
「いらっしゃいませ。ご所望の品をお伺い致します」
「冒険者ギルドですが、ポーション各種を受け取りに来ました」
「少々お待ち下さい」
カウンター奥の部屋に行き、今日の受け渡し分の棚を見て確認するが、ギルド発注のポーションが用意されて無かった。
「店長、すみません。冒険者ギルドが各種ポーションの受け取りに来られていますが、どちらに置かれていますか?」
「あ、そうだったわね、忘れてたわ。こっちに置いてあるから持っていってくれる?」
「わかりました」
そう言って指示された場所の箱を取りに行くと、色々なポーションが入った箱を持って再びカウンターに戻る。
「お待たせ致しました。こちらがご注文頂いたポーションになります。確認をお願いします」
暫く数を確認していたギルドの人は、満足そうに「確かに」と言った。
「では、こちらにサインを頂けますか?」
企業で受注した商品の受取証にサインを貰うと、ギルドの人は帰って行った。
企業から受注した商品は、こうして受取証にサインしてもらい、後日支払いをして貰う。でないとお金を持ち逃げされてしまうからだ。
持ち逃げされそうな商品は配達して直接代金を貰うが、ポーション類は使用期限があるために持ち逃げされにくく、売っても高額にならないため受け取りに来るというやり方を取っている。
これは今までユリアさんが出来た商品を全て配達していると聞いて変えたやり方だ。ユリアさんの店は個人経営なのに、配達までしたら店を空けなければならない。
人数の多い企業なら、受け取りに来てもらった方が早くて確実に納品できるので、両者にメリットがあると提案した。
それを採用したユリアさんは、今では企業からの受注は受け取りをメインに仕事を受ける様にしている。
この町にはまだ他にも魔道具の店があるとの事だから、やり方が気に入らないなら他の店に行ってもらえばいいからと導入したのだ。
だいぶ定着してきたなと思っていると、ユリアさんが出てきた。
「あ、店長。エレンさん帰られましたよ」
「いいのよ。それよりルース君に話があるの。ちょっといい?」
そう言うとユリアさんは作業部屋の方に戻っていった。




