第17話 通信玉の修理とは
ナナル村から三日掛けて、乗り物酔いに悩まされつつも、俺達は無事にラムダの町へと帰り着いた。
貸し屋に馬と馬車を返すと、俺達は旅の荷物を置くためにユリアさんの店に向かった。
店に入るとすぐに鍵をかけ、カウンターの奥の部屋に荷物を置く。
そして部屋にある椅子に座り作業台に突っ伏すと、乗り物酔いによる気分の悪さをなんとか逃がすため目を瞑る。
「ルース君、お疲れ様」
暫くそのままじっとしているとユリアさんが声を掛けてきた。声のした方を見ると、ユリアさんが俺の側にカップを置く。
お礼を言って受け取ると、カップの中ではハーブティーの優しい匂いがした。一口飲むと、ハーブの清涼感で癒される。
爽やかな香りとスッキリとした味わいで、それを飲み干す頃には気持ち悪さも無くなっていた。
「ありがとうユリアさん。おかげで落ち着いたよ」
「それなら良かったわ。それじゃあ、冒険者ギルドに行く前に、一度魔法陣を確認しておきましょうか」
そう言うとユリアさんは、保護魔法を掛けた箱を取り出し、「ワード、〝乗り物酔いの成果〟」と唱えて保護魔法を解除する。
「ユリアさん、解除ワードが酷いよ。もっと他にいい言葉無かったの!?」
「あら、解除ワードはバレそうにない言葉こそ役に立つのよ」
特に悪気なく言われつつも、ユリアさんの悪戯が成功したような満足げな顔が憎らしい。
ちょっとジト目でユリアさんを睨むが、本人はどこ吹く風で箱を開けて紙を取り出している。
知的でクールなイメージを持っていたんだけど、ユリアさんもこんな風にふざけたりするんだなと思った。
魔法陣の紙を取り出すと、ユリアさんは俺に紙を渡してきた。
「え、俺が見るの?」
「それはそうよ。私が見ても錬金文字わからないもの。はい」
そう言って折り畳まれた紙を受け取ると、広げて見てみる。
紙にはナナル村の通信玉から写した魔法陣が描かれていて、その魔法陣にこの世界では錬金文字と言われている漢字が使われている。
魔法陣に書かれた漢字は、『通信魔法』『相互通話』『個体識別』『佰拾伍番』『一斉送受』となっていた。っていうか、『通信魔法』とかあるの?
『相互通話』は、電話の様に音声通話が出来る通話の機能の事だろう。
『個体識別』と『佰拾伍番』は、通信玉の個体識別番号の識別ナンバーが115番って事なのだろうと思う。
『一斉送受』は、緊急時に送受信する対応策っていう所かな。
「どう? 少しは分かる?」
「えーっと、ユリアさん。質問なんだけど『通信魔法』とかある?」
「『通信魔法』? いいえ、聞いた事が無いわね」
「そうなんだ。一応書いているのを読むと、『通信魔法』『相互通話』『個体識別』『佰拾伍番』『一斉送受』って書いてあるんだけど」
「へえ、錬金文字を読めるとは聞いてたけど、本当に読めるんだな」
ユリアさんと話しているとロックが感心した様に呟いた。
「まあね。一応元いた世界で漢字って言って、普通に読み書きされている文字だから」
自分の事が何も分からないのに、日本の事は色々と覚えているのが我ながらかなり不思議なんだけどね。
「まあそんな感じで書いてある文字は分かるけど、115番はナナル村の冒険者ギルドが使う通信玉の識別番号だと思うから、ここが分かればラムダの冒険者ギルドが使う通信玉の修理は可能だと思うよ」
「そうなのね。通信玉がどんな風に壊れているのか見ていないから何とも言えないけど、一応気にして見る場所は分かったわ。ギルドマスターが確認の時その場にいるかもしれないから、いたらそれをルース君に教えながら見る感じにしましょうか。教えて貰った物を本人に言うのも気が引けるけれど」
「でも、文字が読める事がバレればそれこそ色々と酷い目に合いそうだから、俺としてはやって欲しいかな。ユリアさんには悪いけど」
ひと芝居やらなきゃ誰の都合でどこに連れて行かれるか分かった物じゃない。流石にそれは嫌だからな。
ユリアさんも分かっていると言って頷く。
「とりあえずは帰った事を知らせに冒険者ギルドに行くか」
「そうね。嫌な事はさっさと終わらせましょう」
そう言ってユリアさんは紙を取ると、箱に入れて保護魔法をかけ直した。
「あ、解除ワードはちゃんと変更してるから。お楽しみに」
そう言ってにっこり笑うユリアさんを見た俺は、ユリアさんを怒らせない様にしようと思ったのだった。
ラムダの町の冒険者ギルドは、俺達が普段使う門の方向にある。
冒険者ギルドがあると知った帰り道にロックに場所を聞いて、わざわざ外観を見に行ってきたりしたのだ。
ただし、今は依頼の事で目をつけられている可能性があるから、ロックがいる時以外に見に行くなとは言われているから、見たのはその一度きりだ。
そのたった一度だけ見た冒険者ギルドにやってくると、中に入る。
広さの違いはあれど、ラムダの冒険者ギルドの作りはナナル村の冒険者ギルドの中とあまり変わりがなかった。
ロックが冒険者ギルドの受付に近づくと、受付にいた女性がこちらに気づいてロックに声をかけた。
「こんにちは、ロックさん」
「ティナ、ギルドマスターはいるか? 依頼の件だと言えば分かると思う」
「はい、伝えてきますのでお待ち下さい」
ティナと呼ばれた受付のお姉さんは、カウンターから出て二階へと向かう。
「お待たせしました。呼んでいいとの事なのでご案内します。どうぞ」
暫く待っていると、ティナさんが戻ってきて声を掛ける。
みんなでティナさんの後について行くと、重厚な扉の前で止まりノックする。
「ギルドマスター、お客様をお連れしました」
「どうぞ」という声を聞き、ティナさんは扉を開けて中へ促す。
中に入ると、ティナさんは扉を閉めて去っていった。
「ロック、ユリア、どうだった?」
「ギルドマスター、無事に戻りました。流石に挨拶もせず用件を話すのはどうかと思いますが?」
気が逸るギルドマスターに冷静に突っ込むユリアさんを見て、俺はあれっ? と思った。
敬語で無表情の感じは変わらないのに、ユリアさんが他の人に対する塩対応と違って、なんとなく知ってる人に対する戯れ合いのように感じたのだ。
ただ、冒険者ギルドで問いかけない、なるべく話さないという話はこちらでも有効で、俺はただ黙って成り行きを見守る。
「ああ、すまん。つい気持ちが焦ってな。二人とも、よく戻ってくれた。それから、こちらは?」
「ああ、俺の親戚でルースだ。今ユリアの所で従業員として世話になってる」
背中を軽く叩きながらギルドマスターに俺を紹介するロック。そして軽く頭を下げる俺。
「冒険者ギルドでギルドマスターをしているアベラルドだ。よろしく」
アベラルドさんが手を出してきたので握手をすると、爽やかに笑ってロックを見て「似てねぇな」と言った。
「どういう意味だ」
「顔の作りは勿論、色味や骨格も違うし。そして脳筋さが無いじゃねえか。愛想よく客に対応出来そうな感じといい、もう立派な他人だな」
「ほう、いい度胸だなアベラルド。ナナル村から無事帰った事で俺の依頼は終わったから、いつでもいけるんだぞ」
「……帰っていいかしら」
ロックとアベラルドさんが軽く口喧嘩を始め、ユリアさんは目を瞑り頭が痛いと軽く額に手をあてる。
この感じ、多分いつもの事なのだろう。
「ルース君、帰りましょう。考えてみれば私の依頼は失敗報酬あるんだし、真面目に来なくても良かったわ」
「ちょっ、ユリア!!」
「すみませんギルドマスター、依頼は失敗でお願いします。さ、帰るわよルース君。見ちゃいけません」
「ユリア〜!!」
……なんだろうこのコント感。
異世界の定番で、夢と憧れがあった冒険者ギルドの幻想がガラガラと崩れた瞬間だった。俺にとってはまさに見ちゃいけませんだったな。
それからユリアさんの説教が始まり、落ち着いて話せる様になったのはさらに十分後の事だった。
「それじゃあ、こちらの壊れた通信玉を見せて下さい」
「ちょっと待ってくれ、持ってくる」
アベラルドさんは通信玉を取りに行って、引き出しから出すと持ってくる。
「少し目立つから、仕舞い込んでるんだ」
そう言って持ってきた袋を見て、俺は少し嫌な予感がした。
「こんな状態だからすぐバレるしな。僕が何とかすぐに対応したからまだバレてないんだ。何とか修理を頼む」
そう言って袋から粉々に砕けた通信玉を出して、流石にみんなで唖然とした。
「ギルドマスター、もしかしてコレを直せと言ってます?」
「そう。比較できる魔法陣を見たら直せる見込みがあると聞いてさ。何とかなるかなーって」
「なる訳無いでしょう! 粉々に砕け散って魔法陣も見えないじゃないですか! これは直せじゃなくて作り直せと言ってるんです! 何でそんなに脳筋馬鹿なんですか! ここまで壊れてしまったならすぐに発注して下さい! いいですか、壊れてすぐ申請を躊躇しなければこんな余計な金と時間と……」
せっかく一度落ち着いたユリアさんの怒りに再び火が灯り、アベラルドさんへの口撃が止まらない。
今回の通信玉修理騒動は、対象物の破損状態が修復不可だったという予想外の結末で幕を閉じたのだった。




