第14話 錬金財布
領主館を出るとすぐ、先程貰った身分証を取り出して確認してみる。
身分証に書かれている物は凄くシンプルだった。
ーーーーーーーーーー
ルース(男)
〔発行地〕クレメール王国ラムダ
〔身元保証人〕ロック
ーーーーーーーーーー
これだけだ。
この身分証の発行で、俺は初めて自分の住む国がクレメール王国という所だと知った。
そう言えば、自分のいる国の名前とか全く気にしてなかったなと今更ながらに気付いた。
「ここって王国だったんだね」
「ああ。首都からは離れてるから、すぐに連れては行けないけどな。行ってみたいか?」
「うーん、今はまだいいかな。今回初めてラムダの町を出て行くから、今はそっちの方が楽しみだよ」
「そうか」
この世界に来てから慣れない日々の生活に対応するのに精一杯で、この世界の事を積極的に知る事はしていなかった。
ロックやユリアさんはゆっくりと知っていけばいいと言ってくれていて、実際に知らない事を聞けばすぐに教えてくれている。
だからこそ、疑問に感じた事はもっとすぐに聞こうと思った。
それからロックと俺は、日持ちのする干し肉や穀物等、出掛ける時用の食料品を購入した。穀物は主に麦の雑食米の様な物だった。
パンは小麦粉の質が悪いからなのか、一日経つと固くなって食べられなくなるらしい。
そこで穀物をお粥状にし、量を増やして食べるという事だった。
移動だけでも大変だなと思いながら、俺達はそのまま家に帰った。
次の日。
昨晩から旅の支度をしていつでも出掛けられる準備をしてユリアさんの店まで行くと、ユリアさんとロックは冒険者ギルドに向かった。
ロックは護衛依頼の依頼書に、ユリアさんはギルドマスターの手紙を受け取りにだ。
俺はまたも店で留守番。
ロック曰く、「帰ったら一緒に連れて来いって事は、今はまだ会わせなくてもいいだろ」と意地悪そうな顔をして言っていた。
今回はそんなに時間はかからないだろうという事で大人しく待っている。
時間が経つと、カランコロンとドアベルが鳴った。
そして「ただいま」という二人の声と共に、カウンターから二人が入ってくる。
戻ってきた二人にお茶を出すと、早速これからの事を話し出した。
「まず、出発は早い方がいいと言われたわ。だからここで受けた仕事の分を家に持って行って、暫く休む事を伝えてから行こうと思うの」
「予定では明日にしようかと思っている。代わりに朝一で町を出ようと思っているが、どうだ?」
ユリアさんとロックから予定を聞いたけど、俺は特に予定も無ければ今からでも行くつもりでいたから、すぐに頷き了承する。
朝一で行く事になった為、後で二人で町を回ろうと話をする。
「あ、そうだ。ユリアさんにちょっとお願いがあるんだけど」
「何かしら?」
俺は昨日作った魔法陣が書かれたプレートを持って来ると、ユリアさんに渡す。
「これなんだけど、俺の財布に転写して貰いたいなと思って」
「お財布に? 何の魔法陣なの?」
「空間収納の魔法陣。財布に大量の硬貨がある状況には全然慣れないから、空間収納を使って財布を軽くしようと思って」
そう言いながら、細工した二重底タイプの財布を出す。
「二重底にしてるから、これなら一応お金が入っている様にも見えるけど、それ以上は増えないから重くもならないでしょ?」
にこにこしながら語る俺と違い、ロックとユリアさんは顔を引き攣らせて固まっている。
あれ? 何で?
「あのな、ルース。錬金道具はもの凄く貴重で、簡単に作ったり手に入れたり出来ない代物だぞ。それを自分の楽のためにって作られたらそりゃ引くわ」
疲れた顔をして錬金道具の魔法陣を見たロックは、それでもしばらく見た後決めた様に俺を見る。
「ルース、俺のも一つ頼む」
「ちょっと、ロック!!」
「ユリア、悪いが俺は別にルースのやる事自体を止めるつもりはないぞ。こいつがこっちの世界の常識と自分が合わないからって作った物だろ。だったら、それを許容するのは事情を知る俺の役目じゃないかと思ったんだ。そして、なるべく知られない様に二重底にしたり、ちゃんと工夫もしてるしな。それなら俺もルースの立場になってみようと思っちまった」
ロックの言葉を聞いて、俺は驚いていた。
確かに錬金道具を簡単に使うのは躊躇われたけど、小銭をジャラジャラと持って歩く様な感覚に慣れなくて空間収納を使おうとしたのは確かだ。
でも、人に押し付けたり共有してもらうつもりは全く無かったのだ。
俺の感覚的には、紙幣がある地球特有の感覚で、この世界では当たり前に大量の硬貨を持ち歩くのだ。気持ちを理解ってもらえると思わなかった。
だからこそ自動収納機能を外したり二重底にしたりと、それなりに考えて工夫したのだ。
そんな俺とロックを見ると、ユリアさんは苦悶のため息をつくと「じゃあ三人分作りましょう」と言った。
「私もロックの言葉に少し感化されちゃったみたい。ルース君の状況を知る一人として、私も共有したいと思ったのよ」
ユリアさんを見ると、少し苦笑した後そう告げる。
それからは急遽三人分の財布作りに取り掛かった。
ちょっと考えていた二重底の分は、お釣りを入れたりする為に開けて出す時のみ使う感じにする事にし、先に魔法陣を付与してから縫う事にしたりと、多少手順の変更はあるものの三つの錬金道具の財布を作った。
そこにお金を入れて使用具合を確かめながら微調整をし、無事に出来上がった財布を見て、これで気持ち的には楽に移動出来るかもしれないと思い喜んだ。
あとはロックに留守番してもらい、ユリアさんと二人で請け負った品を届けに回った。
ある家ではお礼を言われ、またある家では店を空ける事で愚痴を聞き、と反応は千差万別だったが、とりあえずお渡しと連絡は出来た。
最後に、依頼を受けた商品は無いが領主館に寄って、ダンさんにも店を空ける事を連絡した。
そうして帰ってくる早々、ユリアさんが突然財布の効果に喜んだ。
「この財布凄く良いわね! お財布の重さを感じないのがこんなに楽だと思わなかったわ」
今までは財布が重くなくても、集金で重くなっていくのが常だったのが、重さが変わらない事にその楽さを感じてくれた様だ。
それをユリアさんが喜んでくれたのが何よりも嬉しくて、俺はこの財布を作った甲斐があったと思った。
使い勝手を実感してもらったユリアさんと共に、改めて使い方を確認し合った。
このままユリアさんの家に泊めてもらうので、俺は初めてユリアさんのプライベートスペースである二階に上がった。
階段を上がるとすぐに扉があり、そこを開けると広々としたダイニングキッチンに、それぞれ個室へと続く扉が付いていた。
「この家の推しポイントは、一階と二階それぞれにトイレがある所よ」
と言うユリアさんの言う通り、二階にもトイレがある。
「ロックはそこ、ルース君はその隣のこっちの部屋を使ってね」
と言う並んだ部屋には、それぞれベットのみの部屋だった。
「殺風景でごめんなさいね。女一人だから人を長く泊める事をしないから」
と言っていたが、ベットのシーツは綺麗に洗濯された物で、掃除も行き届いた清潔感溢れる部屋だった。
元々、ユリアさんの信頼した人を泊める位で普段は使われていないらしい。
そこで俺は少し不思議に思った。
前々から思っていたのだが、この世界では家を用意する際、誰かを泊めるための部屋が必要なのだろうか?
ルースの家もユリアさんの家も、誰かが泊まれる様に客室を準備している事に疑問を覚え、早速聞いてみる。
すると、ちょっと意外な返答があった。
「ああ、実は知り合いに有名人が多くてな。下手に宿とかに泊めると騒ぎになっちまうから、家に泊める事が出来る様に元々客室を用意しているんだよ」
「そうね。宿帳に名前を書いて身元がバレると、町中ちょっとしたお祭り騒ぎになる程度には有名人の知り合いが居るのよね」
めちゃくちゃ有名人でしょ、それ!!
町に泊まるだけで町中お祭り騒ぎって、その人の知名度が凄すぎる。
とりあえずその有名人が誰かとかは聞かない事にしようと、俺はスルーする事に決めた。
訪ねてきたら絶対テンパる自信がある。
「まあそれ以外にも、今回みたいに町に居た方がいい時とかは役に立つんだよ。わざわざ宿を取って早朝出るとかよりはな」
ロックは、部屋に荷物を置くとすぐに戻って来てそう言った。
町から出掛ける時、宿を取ると宿帳に記帳して鍵を貰い、出る時に鍵を返す。
宿には他にも泊まる客がいて、早朝だと出る時の物音にも注意しないといけない。
それよりは泊めてもらった方が気を遣わずに済むという事だ。
他にも町にその有名人が来たのが知られた時には、町を出てロックの家に泊めているらしい。
町の外にロックの家がある理由はそういう事だったと知った。
そんな今まで知らなかった事を聞いて色々と話をした後、明日出掛けるために俺達は就寝した。




