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第13話 ルースの身分証

 店の留守を任されていた俺は、ロックとユリアさんの二人が帰ってくるまでの間、来客の対応をする傍ら、アイテムバックで使われていた魔法陣を書いていた。

 というのも、財布を軽くするためにあの魔法陣を使ってみようと考えたのだ。


 この世界では全てのお金が硬貨であるため、稼げば稼ぐほど財布の中身は重くなる。

 両替さえすれば軽くはなるのだろうが、そもそもそんなに高価な買い物をする機会も無いし、百万リル以上の高額なお金を持った際、すぐに小金貨に両替等しないだろう事を思うと、大量の硬貨をジャラジャラ持っていないといけないのだ。


 考えてもみて欲しい。常に十数万円分の硬貨を持って買い物している様な物なのだ。

 硬貨を大量に持ち歩くのが慣れない上に、俺はお金持ってますよと周りに示す状態で外をうろつく心理状況。被害妄想かもしれないが、俺には無理だった。

 だからこそ、この状況を解決するには少しでも硬貨の持ち歩きを減らして、周りにあまり持っていないと思わせたいのだ。


 俺は魔力伝導プレートを使って、アイテムバックで使われていた魔法陣を描いている。財布に使う魔法陣なので、自動収納の機能は付けない三つ用の魔法陣だ。

 文字は『空間魔法』『空間収納』そして容量を表す『壱立法米』の三種類を使う予定でいる。

 財布の容量で考えると大きい気がするが、これ以上小さくするには文字数を合わせられないので、この大きさにしたのだ。

 プレートに魔力を流すと、魔法陣が淡く光っているので、後は魔法陣をユリアさんに移してもらうか、移し方を教えてもらう事にしよう。


 そして、空間収納仕様の財布だと思われないために二重底にする。

 二重底にするのは少し面倒だけど、わざわざ財布を軽くしたのに他の人に目をつけられたくないのだ。

 口の部分を合わせて荒目に半分ほど縫って、後はダミー用に鉄貨を入れて全部縫うか、少しでも開けておくか位かな。




 カランコロン。

 魔法陣を書き終えて財布の方を細工していると、ドアベルの音がしてロックとユリアさんが店に帰って来た。

「二人ともおかえりなさい」

「ただいま。ルース君、ちょっといい?」

 帰ってきて早々、ユリアさんがカウンターの奥にと呼んだ。

 三人分の飲み物を用意してそれぞれに渡すと、ユリアさんが話を始めた。


「じゃあ、これから冒険者ギルドで話をした事を説明するわね」

 そう言って、冒険者ギルドでの事を聞く。

 それによると、冒険者ギルドで直して欲しいのは通信玉という錬金道具であるという事。

 通信玉とは地球でいう電話の様な物で、冒険者ギルド間でのみ使われているらしい。一般的に流通している物ではなく、発注すると数年がかりで手に入れるくらい貴重で、修理出来るならその方が早いためにユリアさんに依頼が来たという事だった。


「それを修理するための見本として隣にある村の冒険者ギルドを訪ねて、通信玉の魔法陣を見せて貰う事になったの。そこにルース君も一緒に行って見てもらいたいのよ。私が見てもきっと分からないから」

 初めてラムダの町じゃない所に行くのだと聞いて、俺は驚いた。

 他の所にはいつか行ってみたいと思っても、魔物のいるこの世界で戦闘もまともに出来ない俺が、一人で他の場所になんて行く事が出来ないから、まだまだ先の事だと思っていたのだ。

「俺は村までの往復に護衛として行くから、三人で行く事になる。心配なら荷物になるが、いつもの魔物避けを持って行ってもいいぞ」

「ロックが強いのは戦闘練習でなんとなく分かるから、護衛で来てくれるなら魔物の心配はしてないよ。それよりも、隣の村の事を教えてくれる?」

 三人で行くなら道中の心配はなかった。それよりも村の方が気になって、行く事になった村の話を聞きたかった。


「そうだな。まず向かう先はナナル村と言って、そう大きな村じゃないな。川の側にある集落で、ここで食べる川魚のほとんどははそこで取れた魚だ」

「そうなんだ。冒険者ギルドがあるって言ってたけど、村に冒険者とかも来るの?」

「ラムダからナナルまでは馬車で二日ほどかかるから、往復の護衛依頼とかもある。ラムダに来るまでのちょっとした小遣い稼ぎにはなるからな。まあ大きなギルドじゃないが、無いと不便なんだよ」

 それもそうか。魔物がいるんだから襲われたらたまらないだろう。


「そこに行く準備もあるでしょうから、今日はもう上がっていいわよ」

 ロックと村の話をしていると、ユリアさんは唐突にそう言った。

「そんなにすぐ村に向かうの?」

「ああ。依頼には命がかかっている物もあるから、いつでもすぐに動ける様に準備するんだよ。護衛依頼とかはいつ出発するからそれまでにって期限が分かるけどな」

 なるほど。つまりいつ向かうかはまだ分からないから、今のうちにいつでも出られる様に準備するんだな。


「一応明日は冒険者ギルドに依頼書と村のギルドへの手紙を取りに行く事になっている。それでなんだが、今回一応ルースに身分証を作ろうと思っているんだ」

「身分証?」

「村に行っても検問は無いと思うが、一応な」

 この世界では基本、大人になるとどこかのギルドに入るので、ギルドカードを身分証として使っているらしい。

 でも俺がギルドカードを作れないって事は分かっているから、代わりに身分証を作っておこうという事だ。

 ただ、この身分証は子供用の身分証として作られているので、保証人が書いてあったりするらしい。

「今の年になってから身分証を作る事はしないから、嫌な思いをするかもしれない。それでも一回作っておけば、何かある時に困らなくなると思う。どうだ?」

「うん、いいよ。次から気にしないでいいなら作っておこう」

「そうか、ありがとう」

 こうして身分証を作りに行く事になった俺は、早退する事にした。



「じゃあユリアさん、また明日」

「お疲れ様。また明日ね」

 帰る支度をしてユリアさんの店を出ると、ロックにどこに行って身分証を作るのかを聞くと、領主館だと言う。

 この一帯を治める領主は、いつもこの町にいる訳ではないのだが、役人はいるので諸々の手続きは出来るらしい。いわゆる役場の役目を領主館がしている様だ。


 領主館はユリアさんの住む町のはずれとは逆の町はずれに建っていた。

 居住区になっている大きな建物の門は固く閉ざされているが、壁の端にある扉が開いていて、そこには役所の人らしき役人が忙しそうに仕事をしていた。

「こんにちは。どの様なご用件ですか?」

 女性の人が用件を聞いて来た。

「身分証を作りたいんだが」

「作られる方も一緒じゃないとお作りできませんが」

「作るのはこいつだから問題ない」

 身分証を作るのが俺だと分かった瞬間、女の人の俺を見る目が冷めていった。

「そうですか。ではこちらに必要事項を記入して下さい。書き終わったらまた声をかけて下さい」

 そう言うとすぐに去って行った。


 必要事項を書くと、言われた通り呼んだのだが、なかなか出てきてくれない。

 仕方なく何度か声をかけながら待っていたら、女性役人はやっと来たと思うと嫌そうな顔をして俺たちを見た。

「まだ居たのですね。では用紙を」

 そう言って片手を出してきたので、カチンときた俺は大きな声でロックに向かって質問した。

「ねえ、ロック。初めて来たけど、ここの役人さんって皆こんな感じなの? ちょっと感じ悪いよね」

「なっ!!」

 用紙を渡しながら俺が言った事に絶句している女性役人。

「身分証を持ってもいない犯罪者に愛想を振り撒くほど、こちらは暇ではないのです」

「確かにこんな年まで身分証を作ってないから色々と勘繰られるとは思ってたけど、逆にそれだけで犯罪者呼ばわりとは、役人さんって随分酷いんですね。しかも大きな声で人を貶めるなんて……」

「あなたこそ、それ以上侮辱するなら身分証を作るのを辞めてもいいんですよ!」

「仕事なんだから仕事して下さいよ。自分の思い通りにならないからって権力まで振りかざすなんて、本当に酷いな」

「その通りだ」


 突然第三者がやって来て、俺の言葉に同意した。女性役人は顔を青くして同意した人を驚愕した目で見ている。

「市民に自分の思い込みで対応を変えるなんてしてはならない。まして、仕事を盾に脅すなんて言語道断。奥に行って仕事に戻れ!」

 恫喝された女性役人は、涙目になりながらもお辞儀をして去っていった。


「さて、申し訳ない。私はここの責任者で……」

「ダンさん!?」

「あれっ、ルースさんじゃないですか。いやぁ、これは本当に申し訳ない」

 そう、さっき女性役人を恫喝したのは、俺がユリアさんの店で働くと決める時に、薬を受け取りに来たお客様だった。

 それ以来も、薬を頼んだり受け取りに来たりで顔を合わせている、店の常連さんの一人でもある。

「知り合いか? ルース」

「ユリアさんのお店の常連さんだよ。顔と名前は知ってても職業までは知らないから驚いた。あ、ダンさん。俺の親戚でロックです」

 聞かれて前半はロックに、後半はダンさんに向かって話しかける。

 ロックとダンさんはお互いに挨拶をしている。


「それにしても、ルースさんが接客口調じゃない所を初めて見ましたが、新鮮ですね」

「あはは、確かに店以外で会うのは初めてですからね」

 そう言って笑い合うと、それからダンさんが用件を聞いてきた。

 俺が身分証を作りにきた事を告げると、ダンさん自身が作業を請け負ってくれた。


「それじゃあ、こちらの用紙に必要事項を書いてくれるかな?」

「あ、先程書いた物がこちらに」

 そう言って紙を渡すと、ダンさんはそれを受け取りチェックしていく。

 それから、四角いプレートの角が一か所丸くなり窪んでいる、変わった形の物にカードを置くと、そのプレートを渡しながら説明する。

「はい、結構です。それではこちらに指を刺してこの窪みに血を付けて下さい。あ、血を見るのは大丈夫ですか?」

 机にある指に刺す針山の様なものを指差しながら、訪ねてくる。

 俺は頷くと、言われた通り針を指に刺してプレートの窪みに血を付ける。

 プレートとカードが淡く光り、やがて光が収まるとダンさんはカードを俺に渡した。

「お待たせしました。こちらがルースさんの身分証になります」

 そう言ってカードを受け取ると、ダンさんにお礼を言って、領主館をあとにした。


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