第10話 依頼達成
男性のお客様から錬金道具をお預かりしてから三日が経った。今日は錬金道具をお返しする期限の日だ。
いつも開店準備のため、俺は開店時間の三十分程前にお店に行っていたのだが、今日は開店時間前にも関わらず、既に錬金道具を預けた男性客が店の前で待っていた。
「おはようございます。お客様、まだ開店時間ではないのでお店の中にご案内する事が出来ませんが……」
「ああ、おはようございます。居ても立っても居られずつい早く来てしまいましてね。準備もあるだろうし、どうぞお気になさらず」
「そうでしたか。すみません、なるべく早く準備致しますので」
挨拶をして開店時間まで入れない事を伝えた後、店の鍵を開けて中に入ると再び施錠した。準備中、中に入って来ない様にいつも施錠しているのだが、人が目の前にいる状況でするとこんなに気まずいんだなと思った。
だが、どんなに気まずくても準備はしないといけない。お湯を沸かしつつ急いで店内を掃除していると、ユリアさんが二階から降りてきた。
「おはよう、ルース君」
「おはようございます。店長、今日修理の品を受け取りのお客様が外にお越しになられています。時間前ですが、掃除が終わったらお呼びしてもよろしいですか?」
「あら、そうなのね。分かったわ。私も準備しておくから、入店されたら呼びに来てちょうだい」
「わかりました」
開店時間前の入店許可も頂いたので、急いで開店準備を終わらせると、お客様を招き入れた。
「お客様、大変お待たせ致しました。中へどうぞ」
「まだ時間前だよ、いいのかい?」
「はい、大丈夫です。どうぞ」
にっこりと笑ってお店の扉を開け中へ促すと、男性客は店の中に入ってきた。
「それでは店長を呼んで参りますので、あちらの席でお待ちください」
席に案内をしてカウンター奥へと向かうと、ユリアさんに声をかけてからポーション茶を作り、席まで持っていく。
ユリアさんはまだお客様に商品をお渡しせず、俺が来るのを待っていた。
俺はお客様とユリアさんへお茶を出す。
「では、全員揃いましたのでご説明させて頂きます」
そう言うとユリアさんは、アイテムバックを机の上に置いて魔法陣を見える様にする。
「まず、お預かりしていた品は魔法陣の劣化により錬金道具の機能が失われている状態でした。陣の書き直しにより錬金道具の機能は回復していると思います。まずは中身の確認をお願いします」
ユリアさんの言葉に半信半疑の様子を見せた男性客は、バックを開くとともに破顔した。
「おお! 確かに、修理出来ています。中も全く問題ない。素晴らしい、ありがとうございます。ありがとうございます!!」
顔を真っ赤にして興奮した男性客は、ガタッと椅子から立ち上がってユリアさんの手を両手で持ち、小さく上下させながら感謝の意を表している。
「落ち着いて下さい。まだ説明の途中です」
接客モード中のユリアさんは、表情一つ変えずに男性客を見ると、手を引いて座る様に促した。
再び座る男性客を見て、ユリアさんは続きを話す。
「ただ今ご確認頂いた様に、修理は何とか上手くいきましたが、現在ある場所に魔法陣があると、品物の出し入れでまた劣化する可能性があります。そこで、魔法陣の場所を移動する事を提案致しますが、いかがでしょう?」
「魔法陣の移動、ですか? そんな事が可能なんですか?」
「はい、可能です。今なら修理の一貫として場所移動も受け付けますが、後日となると別料金になりますし、今回たまたま上手くいっただけで、また修理をと言われても次は直るどころかお受けするかも分かりません。なので今のうちに陣を移動させておく事をおすすめ致します」
そう言われて暫く考えていた男性客は、結局魔法陣の移動もお願いしてきた。
ユリアさんは数か所の移動場所の候補を伝え、その中の一か所に決まると、錬金道具を持ってカウンターの奥に行った。
ユリアさんが魔法陣の移動をする間、お待たせする事を改めて伝えておこうと思った俺は、男性客に声を掛ける。
「魔法陣の移動自体はそこまで時間がかかるものではありませんので、今暫くお待ち下さい」
「とんでもない。時間前に店内に入れて貰ったうえに錬金道具の延命アドバイスまでして貰っているんだ。多少待つ位、なんて事ないよ」
そう言って笑う男性客にホッとすると、男性客の方からお礼を言われた。
「今回は君のおかげで修理を受けてもらえて本当に助かったよ。ありがとう」
「い、いえ。こちらこそ、錬金文字を見ることが初めてでついじっと見てしまい、その節は失礼いたしました」
「それにつけ込んで修理を押し付けたんだから、失礼はお互い様だ。そのおかげで道具も直ったんだし、得をしたのはこっちの方だ。謝るのはやめてくれよ」
苦笑してそう言われたので、思わず俺も苦笑してしまう。あの時俺が店員として失礼な態度を取ったのは確かなのだから。
そんな微妙な空気が漂い始めた時、ユリアさんが戻ってきてくれた。
「お待たせしました。魔法陣は打ち合わせ通りこちらに移動致しました。再度中を確認して頂けますか?」
男性客にバックを渡して、問題なく機能しているのを確認してもらうと、次は修理の料金の話になった。
「それでは修理料金の話になります。ご存知の通りこの店は魔道具屋で、錬金道具の取り扱いをした事がございません。そこで、まずは修理の料金を話し合おうと思います」
「あ、修理費用は以前、錬金道具屋で依頼しようとした時に聞きました。物質的な故障の場合は購入金額の100分の1、魔法陣の不具合の場合は10分の1から5分の1程度が妥当だそうです。ただし、魔法陣の不具合だとどこも修理を断るんですけどね」
そう言って男性客は苦笑する。やはり錬金道具屋には事前に修理を依頼していた様で、男性客は錬金道具屋に修理費を聞いてきていた。そして、魔法陣の修理は品物自体が壊れた時よりも高額らしく、しかも受けてくれない様だ。
「そうでしたか。相場が分かるのは助かります。それで、失礼ですがこちらの錬金道具はいくらで購入されましたか?」
「一千万リルです。なので相場は百万から二百万リルとなりますね。そしてこちらは魔道具屋で、錬金道具屋ではありません。その事を考慮して、私は相場の最高額を払うべきだと思って用意して来ています。こちらをどうぞ」
男性客はそう言うと、小金貨二枚を机の上に置いた。
俺の勝手な感覚なのだが、大体貨幣価値は日本にいた頃と大差ない様に思う。という事は、金額のまんま二百万が机の上に置いてある状態なのだ。
錬金道具って高いんだな、などと明後日な事を考えながら見守っていると、ユリアさんはそのまま代金を受け取る。
「確かに頂戴します。包装はよろしいですか?」
「ああ、修理で走り回っている事もバレているし、下手に包んでいると直ったとアピールする様なものだから、このままでいいですよ」
この会話に俺はついていけなかった。
後でユリアさんに話を聞くと、普通は購入や修理をした場合、盗まれたりしない様に包装して何を買ったのか分からない様にしているのだが、この男性客は錬金道具を直すため、修理依頼にあちこち行っていたので、包装する事によって錬金道具が直った事を周りに知らせるから断ったという事らしい。
でも俺は思った。そんなホクホク顔をしていたら、どっちにしろバレるのではないのか……と。
何度もお礼を言って男性客は帰っていった。
俺はテーブルに置いたお茶のカップを片付ける。
「ルース君お疲れ様。何とか無事に依頼をこなせたわね」
カップをカウンター奥に持って行くと、ユリアさんに声をかけられた。
「ユリアさんもお疲れ様でした。本当に、文字をじっと見てて修理を頼まれた時はどうしようかと思ったけど、何とか直せて良かったよ。手伝ってくれてありがとう」
「とんでもない。おかげで大きな収入も入ったし、私としては大収穫よ。こちらこそありがとう」
ユリアさんは明るく笑うと、お礼を言われた。
「それじゃ、この依頼は一緒に仕事をした物だし、収入は仲良く半分でいいかしら?」
「は? いやいやいや、それじゃ貰いすぎだよ」
半分って、百万リルじゃないか。貰いすぎだって!
そう思っていたが、ユリアさんは逆に捉えた様で、自分の取り分を減らそうとしてきた。
「じゃあ私とルース君で4対6? 3対7ぐらいの方がいいかしら……」
「何でユリアさんの取り分が減ってるの!?」
「錬金文字の価値はそれだけ高いからよ。ルース君が全額持って行ってもいい位よ」
この世界の錬金文字に対する扱いがおかしい。俺にとってはただの漢字なのに。
「分かったよ。じゃあ、今回の報酬は半々にしよう。そして、ユリアさんの借金に全額充てます。それでいいですか?」
「何でだんだんヤケになるのよ。私はルース君がそれでいいならいいわよ。じゃあ魔道具代から差し引いておくわね」
ユリアさんが引いてくれて良かった。さすがにいきなり百万もの大金を家まで持ち歩きたくない。
こうして俺は、何とか初めての依頼を無事に達成する事が出来た。




