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プロローグ

 今日は朝一からツイてなかった。


 まず、目が覚めてから顔を洗おうと蛇口を捻るけど、水が出なかった。

 朝から申し訳ないと思いつつも大家さんに電話して話を聞くと、老朽化で水道管が破裂したらしく、付近は断水になったそうだ。


 仕方なくストックしていた飲料水でとりあえず顔を洗い、次に朝食用のパンを焼こうとすると、トースターが壊れているのかいつまで待っても焼けなかった。


 焼けないままの食パンを食べながら、ふと家の目覚まし時計を見ると時計の針が進んでいない事に気付き、時間確認のためにスマホを見る。

 すると、出勤時間どころか既に仕事の始業時間になっているではないか。

 これはまずいと思った俺は、慌ててスーツに着替えて家を出た。


 駅に向かって走っている途中の交差点で信号に引っかかり、焦りつつも信号が変わるのを待っていると、歩道に向かって減速もせずに突っ込んで来る一台の車。


 当たる!と思ったその瞬間、足に衝撃が来て頭から車のフロントガラスに突っ込んだ所で、俺の意識は無くなった。




  ◆◇◆




 気が付けば、俺は白い空間にいた。


(あれ、ここは何処だ? 何でこんな所に居るんだ?)


「……あ、気が付いた?」

「うわぁっ!!」

 誰もいないと思っていたので、突然の声に驚いた。


 よく見てみると、俺の目の前には真っ白い大きな狐。

 その狐は競走馬位の大きさで、透き通った赤と青の綺麗な瞳を自分に向けていた。


 そんな大きな狐を見た事も無かった俺はさらに驚いたが、不思議な事に狐に対する怖さは全く感じなかった。


(あーびっくりした。白い空間に白い狐とかやめてくれよ……同系色じゃすぐに居るの分かんねーよ……)

「あはは、ごめんごめん。驚かせるつもりじゃなかったんだよ」

 間髪入れずに返事する白狐。どうやら思考も読めてしまうらしい。


 怖がらせるつもりがないからか、白狐の大きな身体はおすわりの状態で動かず、とても毛艶のいい体毛にこれまた大きくてモフモフの九本の尻尾が揺れている。


(うわ、九尾の狐……。やばい、あの尻尾めちゃめちゃ触りたい!)

「尻尾は触っちゃ駄目だよ。それよりも少しは落ち着いた?」


 いや、めっちゃ興奮しています。


 九尾の狐と言えばお伽噺や伝説上の生き物で、まさかそれをこの目で見れる日が来るなんて考えた事も無かった。

 そんな伝説上の生き物がまさに目の前に!

 大きな九本の尻尾がそれぞれに意思がある様に、俺を誘惑する様にワサワサ揺れていて……これを興奮するなってほうが無理でしょう!!


「……うん。何か大丈夫そうだから話を先に進めさせてもらうけど。実は君はもう、死んじゃったんだよね」



 そう冷や水を浴びせられると同時に思い出した。


 確か、交差点で信号待ちしてたら車に轢かれて……轢かれて?

 フロントガラスに頭が当たった所までは覚えているんだけど、そこから先は全く思い出せない。


「……あれっ、まさか即死?」

「そう。あー良かった。死んだ瞬間って記憶が混濁して、覚えて無かったりする人も多くてさ。話が早くて助かるよ」

 つい呟いた一言に律儀に返答してくれる白狐。


(うわー、事故って死んでたよ俺。

なんか朝からツイてないなとは思ってたけど、まさか自分が死んでしまう程運がなかったとは……)


「そうなんだよ。本当ならその時間、あの交差点には誰もいなくて、あの車の単独事故で済んでたんだ。それなのに君が運のせいだけで死んじゃうのは、あまりにも可哀想だからさ。流石に日本では無理だけど、今ならある程度の記憶があるまま異世界に転生させる事も出来るから、魂の浄化前に本人に確認しておきたかったんだ。でも、死を自覚した瞬間から魂の浄化が始まるから、実は浄化完了まであまり時間がないんだよね。それで、どうする?」


 突っ込み所がありすぎる……。


 何だよ、自分の運が無くて遅刻したから死んだって。報われないにも程があるだろ。

 何か相手の運転手さんにも申し訳ない気持ちになってしまったよ。


 そして死んだって自覚したら、魂の浄化?がすぐ起きるから、時間がないって酷いな。

 せめてもう少しゆっくり考える時間位は欲しかった……。


 でも仕方ない。多分それも含めて今日の俺の運のなさなんだろう。

 気持ちを切り替えて考えよう。


 と言っても、異世界転生と言えば、今や日本の小説や漫画、アニメの定番中の定番。

 魂を浄化された後、記憶もないまま生まれ変わるよりは、このまま転生して第二の人生を楽しんでみたいかもとすぐに思ってしまった。


(ていうかこんなチャンス、普通は絶対にないよな。これは経験しとかないと損だろ!)


「あ、じゃあ転生に承諾って事でいいかな?」

 本当に時間がないからなのか、さっきからずっと思考を読んで話を進める白狐。


「実は既に浄化が始まってるんだよね。だから転生するなら急いだ方がいいと思う。詳しい説明は後にしてまずは転生場所まで連れて行くから、行くなら背中に乗ってくれる?」


 そう言うと白狐は伏せの格好をして背中に乗りやすい様にしてくれる。


 後で説明してくれるなら……と、とりあえず白狐に跨ると、白狐はゆっくりと立ち上がってくれた。


 白い世界だから分かりにくいが、とても高い。

(うわぁ、たっか……。景色が真っ白じゃなかったらもっと怖かったかも……)


「あ、そうだ。あなたの名前を教えて貰えますか? 俺は……」


 高さからくる恐怖心を紛らわせるために名前を聞こうとして、先に名乗ろうとした所で自分の名前が分からなくなっている事に気づき、ゾッとした。


「あ、多分もう君の名前は浄化作用で分からなくなってるよね。怖がらせてごめんね」

 そして白狐は「とりあえず『セイ』でいいよ」と言った。



「じゃあ、行くよ。ちょっと急ぐからしっかり捕まっててね」

 白狐はそう言うと、突然ものすごい勢いで走り出した。


 自分が思っていた以上の揺れと勢いに、しっかり捕まっていたつもりだったのに、二、三歩分の揺れとともに、そりゃあもうあっさりと落ちてしまった。


 はあ、やっぱり今日はツイていない……。



 かくして、俺の第二の人生はスタートした。


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