最悪のオークションへようこそ!
「いやはや、あなた様は本当にお目が高い!」
最悪の魔王、カネガス=ヴェーテは両手を広げ、この場に訪れたあなたを褒め称えた。
「おっと失礼、会場にお集まりの皆々様! 幸運にもこの場を見つけたそちらのお嬢さん! 瞳の奥に隠しきれぬ知性を湛えたこちらのお兄さん! 酸いも甘いも噛み分けてきた違いの分かる老紳士! モノの値段も分からぬようなお子ちゃまは……いませんね。いやぁ、良かった! ここはR15ですので! こっそり見ちゃう悪い子は、この魔王が連れ去っちゃうぞー!?」
会場に笑いが起きる。
「さぁさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 見るだけならお代は無料! 隅の広告はご愛敬。ああ、ここに来るのに掛かった交通費は各自負担でお願いしますよ?」
魔王は会場を見渡し、およそ了承が得られたことを見て取った。
「このオークションでは、『どんなものでも』お取り扱い致します。え? たとえば、どんなって?」
初めての参加者の質問にも丁寧に答える。
「そうですね、印象深いものとなると……元王族の麗しき女奴隷、千年も行方が分からなくなっていた聖遺物も良い値が付きました。ああ、大量破壊兵器も値段はそれなりでしたが、数は捌けましたねぇ……」
倫理観や道徳心はないのか! そう、怒ったふうな声が響く。
「倫理観? 道徳心? ああ! 勿論ありますとも! すみません、あんまりにも安かったので、ついつい忘れちゃってましたよ! 思い出させてくれて、ありがとうございます!」
会場が笑いに包まれた。
「しかし、皆様は大変な博識でございますからね。いやいや、ご謙遜されずとも! 高貴な身分から転落した女性? 千年前のガラクタや、ただ不格好なだけの死の花火? そういうものが出品されるのは、もうどこかで見たことがあるでしょう? 分かりますとも、皆様の声が聞こえるようです……そんな話はもう飽きた、と」
ちらほらと、頷き返す観客たち。
「そうでしょうとも! ですので、今宵は皆様がこれまでただの一度も見たことのない珍品をご用意致しました!」
魔王が片腕を伸ばす。すると、魔王の手は虚空より真っ赤な薄布を掴み取り、ばさりと広がった。観客の意識がそちらに向いた瞬間には、いつの間にやらテーブルと、その上に鎮座する美しき装飾品。大した奇術、あるいは魔術だろうか?
「さて……ここに取り出しましたのは、とある高名な宝飾師が技術の粋を尽くして製作した逸品! デザインのセンスもさることながら、土台は純金、ちりばめられた宝石も大変希少なもの! え? それがどうしたのかって?」
魔王は肩をすくめた。
「ええ、当然ながら、それだけではございません。とびっきりのいわく付き、でございます。お話致しましょう。実はこれは『決して売り買いができないアクセサリ』なのです!」
そんな馬鹿なと、観客がどよめいた。
「……話を続けましょう。これを作るように命じたナニモノカは、その費用を捻出するためにありとあらゆるものを競りに掛けたのです。具体的に何かって? 持ち物であれば有形無形を問わず。血液であれば、1滴残らず。心臓、肺、肝臓、腎臓、眼球、内臓は全て。良い値段になりました。ああ、もちろん毛髪や皮膚、血肉の一片さえ残さず売り払いました……が、その程度ではこの無数の宝石の半分も購うことはできないでしょう」
魔王は含ませるように間を置いた。
「名前を売りました。海馬を売りました。大脳皮質を売りました。大脳基底核を売りました。扁桃体を売りました。戸籍に国籍、家族のつながり、友情、愛。合意に基づき、面白いように売れましたよ? 面白半分に買われていきましたとも!」
魔王の哄笑が響く。
「過去や未来、経歴、夢と希望。栄光と挫折。遺言。心、そして命。魂の一片に至るまで。一切合切売り払いました。魔王カネガス=ヴェーテの名に誓って保証致しましょう。当オークションにて、市場最高値を提示した方に売り払いました! そのナニモノカの値段は、僅かたりとも失われることなく、このアクセサリに注ぎ込まれているのです!」
首をかしげた観客が1人。魔王はそれにすかさず反応する。
「何故、これが『決して売り買いのできないアクセサリ』なのか? お答え致しましょう。そのナニモノカは全てを引き替えにして、このアクセサリを遺しました。今となっては、このアクセサリは、ナニモノカそのものなのですよ。それ以外、何もありませんから。このアクセサリを売って欲しければ、このアクセサリに同意を得なければなりません。これを所有しているのは、これ自身なのですから」
魔王はアクセサリに耳を澄ます……当然、なんの返事もない。
「ナニモノカはもう国籍がないから税として取り上げられることもない。家族のつながりも、友情も愛も売ったのだから、相続させる相手も居ない。遺言さえ売ってしまったのだから、手がかりは何ひとつ存在しない。これは最早、決して売り買いができない……ふふ、ふはは、あははははははははっ! 許せるかい? ねぇ? これ、許せるかい?」
魔王は聴衆に訴える。
「市場の全能性を信じる同志たち! 放任された自由を愛する我らが友人たちよ! さぁ陵辱の時間だ、売り買いできぬなどと言う傲岸不遜の輩を競り堕とそうじゃないか!」
魔王は鬨の声を上げ、そして息つく。
「いやはや失敬。我としたことが、つい声を荒げてしまったな。値付けのときは、誰よりも冷静にならなければならないのに……そうだ、このアクセサリ、アクセサリ、と阿呆のように連呼するのも疲れてきた。競りをするのに名前がないのも不便である……が、我はこのアクセサリの命名権を持っていないのでな、勝手に名付ける訳にもいくまい?」
大仰に、わざとらしく、魔王は嘆いてみせる。
「おや? このアクセサリ、裏面に文字が彫られているようだな? 遺言ではないはずだが、一体何が書かれているのだろう?」
『オークション参加権~この持ち主をオークション参加者と認める~』
「……この持ち主は、これ自身。手にしたところで、それは決して覆らない。そもそも、こんなものがなくとも、このオークションには誰だって参加できるのだ。ルールはたったひとつだけ。市場最高値を付けたものがそれを手にする。それだけだ」
果たして、これは何のために作られたのか?
何もかもを売り買いできるこの場所で、誇るべくして作ったのか?
それとも、憎み嫌っていたからこその、命懸けの抵抗なのだろうか?
もしも、あるいは、それだったら。いくら言葉を並べても、答えは出ない。
答えはもう、売り払ってしまったのだから。
あるのはただ、事実だけ。
オークション参加権と刻まれた装飾品が残るのみ。
「それでは、これより入札を開始する!」
あなたなら、これにいくらの値を付ける?
経済リドルストーリーにチャレンジしました。本日(8/6)誕生日を迎える、ほんの未来と申します。
そんな日なのに、あの魔王が再び現れてしまいました(ガクブル ※初出は短編『最悪の魔王、カネガス=ヴェーテ』より。
下のところから、誕生日プレゼントを頂けると作者のテンションがぶち上がります。是非よろしくm(_ _)m
魔王「ほう? それはいくらで――」
作者「絶対に売らないからなっ!?」
魔王「……では買うのか?(わくわく」
作者「それじゃ意味がないだろう?」
この魔王、てごわい。