死霊遊戯へようこそ
夕実のピンチに何処からともなく現れ、華麗な銃撃で救ってくれたヒーローの名は堀越正孝。
東京都北区赤羽に本社を置く動画配信会社ケルベロス・ムービーズのアドバタイズ担当にして夕実の上司、ついでに現在の恋人でもある。
「堀越さん、ひどいよぉ! あたし放り出して、何処へ行ってたの?」
「ゴメン、ゴメン。すぐ戻るつもりだったんだが、ちょい、向うで手こずって」
「……向う?」
小首を傾げた夕実の背後、倒れたゾンビの一人が蠢く。正孝は素早く反応し、右手に握る拳銃の引き金を引いた。
再び轟く炸裂音。
でも、冷静に耳を傾けたなら、それは安っぽい電子音に過ぎず、ゾンビの頭で瞬く真っ赤な光もLED付きバンダナから発している事がわかる。
「んがあ」
「がぁじゃね~よ、ゾンビ君。こういう時、潔く宣言する言葉があるだろ?」
「う~、ヒットぉ!」
一人のゾンビがうな垂れ、「ヒット」を口にすると、残りの二人もノソノソ起き上がり、きまり悪そうに同じ言葉を吐いた。その足元には、正孝の銃から撃ち出された丸いプラスチック製のBB弾が転がっている。
「お前らなぁ、彼女、サバゲー初心者なんだから、寄ってたかって脅かすな」
「あ、脅かすとは人聞きが悪い」
「楽しませてあげようと思っただけっスよ」
「きゃ~、きゃ~、イイ感じで怖がってくれたんで」
「……え~と……あたし、空気読んだの」
「え?」
「ゾンビさん、追いかけてて気持ちよかったでしょ?」
頭を打ったショックで前後の記憶がすっ飛んでいたとは言えず、夕実は腕を組んで胸を張り、余裕の表情を作って見せた。
ドキドキ脈打つ胸の動悸は未だ収まる気配無し。あたかも、水面下で必死に足ひれを動かす優雅なハクチョウの如く……
「ま、今日は、俺達が待ちに待った一大イベント。これだけのスケールで夜討のサバゲーなんて、まず無ぇから」
顔を見合わせたゾンビ三人組は、夕実の苦労に気付かない。
いや、気づいてもらっては困るのだが、かなり本格的な特殊メイクによる醜い口元を歪め、垂れた肉片を揺すって如何にも人の良さそうな笑みを浮かべる。
そう、これはサバイバルゲーム、略してサバゲー。
森や山間部を競技用フィールドとして使用、柔らかいプラスティック製BB弾を撃ち合い、各自の陣地中央に置かれるフラッグを争うのが通常の形だ。
着弾した者は自ら「ヒット」を宣言し、ゲームを離れる事になっているが、今、行われているのは少々特殊なルールである。
参加者を「ゾンビ」と「人間」に分け、ゾンビ側は人間を襲ってフラッグ型ワッペンを奪う事によりポイントアップ。
対する人間側は、ゾンビ役の頭部を正確に撃ってポイントを重ね、終了時にその合計ポイントを競う。
主催のケルベロス・ムービーズは、アブノーマル系アダルト動画の配信がメインで、業界のキワモノ的立ち位置だが、大手サイトがそっぽを向く米ケーブルテレビのカルト作を流して妙に受けた結果、今や劇場用映画への進出を企てている。
ここ南房総の山地を借り、ネット公募した200名の参加者を一堂に集める大規模なサバゲー・イベントを企画したのは、そのプロモーションの為だ。
言いだしっぺは屈指のホラーマニア、ネットじゃインフルエンサー気どりの堀越正孝であり、彼の趣味が大いに反映されているのは言うまでもない。
それ故、全ての参加者は正孝に一目置いているようだ。
「堀越さん、このバンダナねぇ、いまいち着弾した時の感度が悪いンすよ」
旧知の間柄らしきゾンビ役の一人が、夕実の横を素通りして正孝へ歩み寄り、親しげに話しかけた。
「そうか? タイアップした玩具メーカーの提供なんだけどな。発売前の試作品で、まだ受光部の精度が低いかも」
「俺達、実験台すか?」
「フフ、名誉に思いたまえ。極秘の生体実験と言えば、ゾンビ物じゃ定番だぞ」
正孝がバンダナのセンサー部へ夜間用の蛍光BB弾を撃つと、同時に赤外線が放たれ、LEDとスピーカーが作動した。
余程、正確に当らないとセンサーは反応せず、隠れてターゲットに忍び寄るしかないゾンビ側の、人間側に対するハンディキャップとなっているらしい。
良くできているけれど、武器でも何でもない。単なる玩具である。
あ~、もう……ホント、怖がって損しちゃった。
夕実は、三人と談笑する正孝の横顔を見つめた。
もう四十代手前だが、お洒落でスマートな彼は非常に若く見える。二十代と言っても違和感無い位で、妻帯者にも見えないが、現実は常にシビアなもの。
正孝には結婚五年目になる妻・典江がおり、夕実とは不倫の関係なのだ。
夕実が新入社員として彼の下へ配属された三年前、夫婦仲は既に冷え切っていたそうだが、それにしたって正孝の自己申告である。
もうすぐ離婚なんて言われても、残業明けに立ち寄ったバーで夕実をくどく最中に放った言葉だから、信憑性は薄い。
もうペラッペラに薄い。それ位、夕実だってわかる。
かと言って、別れるという方向へは気持ちがいかず、惰性でダラダラつきあう夕実にも相当問題あるのだが……
「おい、お前ら、そろそろベースへ戻れ。山で夜間のゲームを長く続けるのは、リスクが高い。適当な所で切上げよう」
「それ、仕掛け人の堀越さんが言う台詞と思えないなぁ」
「俺達、ようやくゾンビの本能が目覚めてきた所なんす」
「もっと人を狩ってポイント上げなきゃ。ランキング上位、狙ってるんで」
やる気満々、若きゾンビは実に活き活きと目を輝かせ、舌なめずりした。
少々、悪乗り気味のゲームメイトに閉口し、正孝は「まぁ、ほどほどに」と声を掛けて、夕実の方を見る。
「おい、行くぞ」
「何処へ?」
「ついて来い。歩きながら話す」
夕実の耳元へ口を寄せ、小声で囁く正孝の顔は、ゾンビ三人組に対する軽妙さをかなぐり捨て、妙な緊張感をはらんでいた。
こちらを見る目が怖い。『ゾンビ』を狩っていた時より、よっぽど殺気が感じられるのは何故だろう?
いやいや、下手に詮索すると、大体ロクな事ないのよね、あたしってば。
不倫のルール、その一、男の顔は潰さない。
いつものルーティン通り、それ以上さからわず、こわばり気味の笑顔を作って夕実も彼の後から坂道を登り始める。
相変わらず、不吉な予感と胸の動悸は治まらないまま……
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