二話
肌寒い季節。
俺は昼休憩に入ったので、屋上へ一人でやってきた。飯の時間である。
一緒に飯を食う友達はいない。欲しいとも思っていない。
そのため、屋上でのボッチ飯。
一人寂しく食べるのは普段から慣れている。癒しとなるのはツムギの動画だ。それを見ながら炭水化物を胃に送っていく。
寒い屋上では飯を食おうなどという奇特な奴は俺以外には見当たらず、スマホにイヤホンを差さずに音を垂れ流す。
ツムギの過去動画を流し見しながら、にやけながら弁当を摘まむ。
声だけで幸せだ。午後の授業も頑張れる。
顔も知らない配信者。イラストは可愛いが、現実ではない。だけど、こんな声をしている子と付き合うことができれば人生最高潮になれるだろう。
そうして、Vtuberであるツムギの動画に浸っていると屋上の扉が開いた。
錆び付いた扉が開いていく音に、慌てて動画の停止ボタンを押す。
誰だよ、俺の至福の時を邪魔するのは。
もう昼休みも半ば。飯を食べに来たわけじゃないだろう。こんな寒いところに時間を潰しに来るのは俺と同類のボッチはずだ。
どうか、俺の憩いの場を奪わないでくれ。便所飯でもしてたんだろ。そこで時間を潰してくれよ。
「あ、いた」
そういって、こちらを確認して寄ってきたのは隣の席に座っているクラスメート。派手な金髪に胸元が開いた制服。スカートは短く、日焼けもしていない素足が露呈している。名はクソビッチ。
カースト上位のやつがやってきた。
モデルでもやっていそうな整った顔が俺を見て、安堵したような表情を浮かべている。
「……俺に用?」
辺りを見渡すまでもなく、屋上には俺しかいない。
しかし、俺とこいつは真っ向から話した記憶は過去を含めても一切ない。ただのクラスメートっていう薄い関係。
こいつがオカルト系に強いのなら俺の背後霊が見えているのかもしれないが、そうではないだろう。
振り返って確認してもそんなものは居なかった。
だが、だからといって何用なんだ。
まさか、カツアゲでもしようってか。残念だな、金はないぞ。
少しでも威圧感を与えるために俺は鼻から息を吐き出す。
そんなこともお構いなしにやってきたクソビッチはツカツカと寄ってきて、目線がばっちりと合った。
数秒ほど見詰め合いを続ける。目力を強めて牽制だ。
俺の眼力が強すぎたのか、根負けしたのはクソビッチのほうで臨戦態勢に入っている俺に困惑しているようだった。
派手なギャルは俺との睨み合いを放棄し、視線を迷わせてから手元にあるスマホ画面に視線が移る。クソビッチの口角が僅かに上がった。
「それさ、ツムギの動画でしょ?」
「……え、ああ」
一瞬、微笑んだように見えたクソビッチは俺のスマホを指差し、画面に停止中で映っているツムギを名指しする。
いきなり、何なんだ。前後のない話に困惑した俺は生返事を返す。
というか、なんでこいつはVTuberの名前が分かるんだろう。
いや、こいつもファンなのか。VTuberとして活動している者は多いのでツムギ推しなのか分からないが、ツムギを見て軽く笑みを浮かべていた。
派手なギャルの見た目をしている割にサブカル知識がある万能型なのか。
まあ、VTuberは女性ファンも多いと聞く。クソビッチの見た目は一先ず置いとくとして、こいつは隠れファンというやつなのだろう。
取り巻きは馬鹿にしていたが、この名前も知らないクソビッチはVTuberが好きなのだ。
だから、どうしたっていう話になるのだが、VTuberについての話し相手が欲しかったとかで俺のところへやってきたか。
わざわざ一人で俺を探し、昼休みに訪れるぐらいだ。
うんうん。語れない趣味ほど辛いからな。分かるよ、その気持ち。
お前と友達になるかは別だけどな。
「それ、わたしなんだよね」
「……バカにしてんのか?」
一瞬で鼻で笑い飛ばし、即答した。
このクソビッチがツムギだって?
冗談でも糞過ぎる発言だ。せめて、程ほどにしてくれ。マジでさ、寝言は寝てから言えよ。
自称清楚担当のツムギちゃんだぞ。
声も似てないし、全くといっていいほどツムギ要素がない。つうか、こんなクソビッチがツムギなわけがねえ。
そんなんで騙されるのなら今頃の俺は詐欺にあって人生詰んでるよ。馬鹿にすんな。
「あれ、信じてない? 本人に会えて嬉しくない? 本当はこういうの身バレはご法度なんだけどさー、これから理解してもらわなきゃだし」
「信じるわけねえだろ。死んでから寝言を言え」
「辛辣すぎ……。もう、やりたくないんだけど、仕方ないなぁ」
「何がだよ」
「こんツム、こんツム、こんツム~。ニーテンゴジ所属、自称清楚担当のツムギでーす。リスナーの皆~、元気してるー?」
機嫌が良いときのツムギの挨拶が目の前から発生した。動画でも十回に一度ぐらいでたまにしか見れないやつである。
んなことより、声がツムギだ。クソビッチが発したとは思えないほど自然なツムギの生声だ。
録音したやつを流しているわけでもなさそうで、俺は固まってしまう。今のはどこからだ。
考えなくても明白だが、クソビッチの喉から発せられていた。まさか、喉に録音機でも埋め込んでいるのか。
そんな、まさか。
このクソビッチが……?
「ツムギ……?」
「納得してくれた?」
恥ずかしいのか僅かに頬を染めたクソビッチは俺を窺うように覗き込む。
「嘘だろ……」
俺はそんな表情の変化はどうでもよく、膝から崩れ落ちた。
「ま、そういうことだから。よろしく」
放心している俺を労りもせず、クソビッチが短いスカートをはためかせて屋上から出ていく。クソビッチはそれを言うためだけに、わざわざ昼休みの半ばに屋上にやってきたらしい。
どうでもいいが、パンツは白だった。
というか、あいつは俺の心をへし折りにきやがったのだ。何がしたかったんだよ。
……つうか、まじかよ。ツムギがツムギじゃなくてクソビッチだった件について。
死にたい。




