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十話

 電車に揺られ、家に帰宅した俺達は新しく買ってきた物を沙希の部屋へと運び、ついでにゲームの設定をしていく。


 女子の部屋に入るのは初めての俺はドキドキと心臓を鳴らし、女の子特有の匂いで肺を満たしている。


 性別が違うってだけで、どうしてこんな良い匂いがするんだろう。沙希の匂いは心地良い。ギャルのこいつにこんな気分に陥るのは甚だ不本意だが。


 部屋は見た目が派手な沙希には想像がつかないほど女の子の部屋だった。既に段ボールから片付けられたものは少女趣味の内装だ。


 本棚には少女漫画がずらりと並び、ベッドにはヌイグルミが飾られている。


 デスク周りはごちゃごちゃしていて、モニターが二台に高性能のマイクやヘッドホンが置かれていた。


 沙希にゲームを起動してもらい、最適な設定を施す。それから訓練所に行って、沙希の横に立って感度調整も行った。


 ハイセンシでは棒立ちの的なら簡単に当てれるようだが、リコイルコントロールと追いエイムを重視するなら感度は落としたほうがいいと手解きする。


 色々試してみると、沙希はローセンシよりのミドルセンシ。


「あとは練習のみだ。落ち着いて弾を敵に当てれば勝てるゲームだから。壁とか置物を利用して被弾も抑えてな」


「ありがと。きゃぱいけど、めっちゃ助かった」


 きゃぱいって何だよ。知らない言葉だ。


 俺は日本語を話さない沙希をスルーして部屋から出ることにする。もうすぐ飯だろう。一階に下りて、今日こそは夕飯の支度を手伝うつもりだ。


「じゃあな。他に分からないことあれば聞いてくれ」


 扉を閉めて俺は飯を作っている深雪さんの元へ行き、コミュ障を遺憾無く発揮しながらも手伝いを申し出た。





 飯を食べ、少し時間が経ってから風呂でも入ろうと洗面所に寄る。


 ツムギの配信まであと一時間ぐらいである。見ようか見ないか迷いつつ、考え事をしながら扉を開けた。


「え」


「あ」


 洗面所でばったり会ったのは沙希だ。


 素っ裸ではないが、バスタオル一枚でドライヤーを手に持とうとしているところだった。


「え、ちょ、み、見ないで」


「あー、アイム、ノット、のぞき」


 固まった体は動かず、沙希の艶やかな肢体を見ながら口だけを動かす。


 FPSでも稀にあるお見合いが発生した。お互いに敵が居ないと思っていたところで、バッタリと出会した時のアレだ。


 二人とも硬直してしまう。


 銃を手に持っていないため、敵を殺して硬直状態を打破することはできない。


 ど、どうすればいいんだ。


 この場合の最善の選択肢が浮かばない。ゲームでは弾切れだったら勇敢に特攻して殴りにいくが、現実でやれば犯罪だ。


 脳がパニックになる。とりあえず、沙希の挙動を見詰めるしかできない。


 落ち着こうと視線をさ迷わせてみても、バスタオル一枚の沙希が目の前に居て、どうしようもなく俺のエイムボットのような吸い付きは沙希へといってしまう。


 艶のある金髪に瞳を目開いた沙希は風呂上がりで、当然ながら化粧を落としている。素の顔は綺麗という率直な感想が浮かぶが、どうしてあんなに派手なギャルっぽさを押し出しているのか謎になるぐらいだ。


 白い肌は水滴が付いており、胸元の谷間に吸い零れていく。色っぽく蒸気した肌は僅かに赤い。


 首から上も段々と同じように真っ赤に染まっていっている。


 なんだ、のぼせたのか?


「でてって」


「ん?」


 ぽつりとこぼした言葉は聞こえず、俺は小首を傾げる。


「でてって。いいから、早く出てけ!」


「oh」


 そうだなと思い、目を吊り上げた沙希から視線を外し、痺れが取れた体を慌てて反転させる。


 見事な反転は高感度のようだった。


「信じらんないっ。なんで、ガン見するわけ!?」


「……いや、すまん。なんか思わず、綺麗で」


「変態っ! バカっ!」


 扉越しに罵倒してくる沙希にそこまで言わなくてもと思うが、全面的に俺が悪いのは事実である。


「……本当に悪い。確認しなかった俺の落ち度だ」


「分かったならどっか行ってよ」


「おう……」


 冷たい言葉に背中を丸めながら猛省する。同居しているのだから、こういう事態も予測しなければいけなかった。


「……バツとして、今日の配信は絶対に見てよね」


 という声が聞こえた。


「……わかったよ」


 俺はドライヤーの音が鳴ったのを聞きながら、自室に戻っていく。


 時間を潰し、結局は沙希の後に風呂に入るのが気まずくて椅子に座ってゲームをしていた。


 そして、定時のツムギの配信が始まる時間となり、俺はスマホをタッチする。


 沙希とツムギが同一人物なのは複雑だ。頭では分かっているが、同居人となった馬鹿にしていたギャルが俺の初恋の相手なのだ。


 バーチャルのイラストに恋をするのは周りからすればアホなのだろうけど、気持ちは本物だった。恋愛は自由というだろう。


 いいじゃないか。vtuberに恋をしても。


 厄介なファンになるわけではない。誰にも迷惑をかけない。ただ、俺の中で好きで応援するだけだ。


 だけど、最も嫌う陽キャのやつが好きなvtuberだった。


 ツムギのことは今でも好きだ。愛してる。ポスターに平然とキスできるぐらい好きだ。妄想して結婚式までやった。


 目を閉じれば、『おはよー起きて』って起こされながら朝食を作ってくれるぐらいには朝飯前だ。


 この気持ちは本物。俺は割り切るしかない。


 沙希は沙希。ツムギはツムギだ。


 応援しよう。俺の人生をかけたFPSも頑張って始めようとしているのだから。


『こんツム~。ニーテンゴジ所属、自称清楚担当のツムギだよ~。今日はね、ゲームの設定を弄ったから昨日よりも強くなってると思う! さっそく、やってくよ~』


 やっぱり、ツムギの声は良い。しゅき。

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