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第1話 女が来た理由

恵梨香エリカは、ある目的があって、この場所に来ていた。

 目的の場所は、一応首都圏にあるとはいえ、いわゆるバブル時代に建設されたベッドタウンだから、交通の便は良いとはいえない。


 結局、住んでいる都心から、都合3回乗り換え、さらに最寄駅からバスで30分ほどかけて、ようやく恵梨香は、あとわずかなところまできた。

 バスを降りて、数分歩けば、目的の場所は見えて来るだろう。


 この場所は、その性質上、住宅街から離れていて、小高い山沿いにあり、遠くには海がボンヤリと見える。

 だが、それだけで、この場所は決して観光地というほどに景観が豊かではない。


 そんな何の変哲もない郊外にもかかわらず、目的地までの歩道には、多くの人々がいた。

 おそらく、彼ら彼女たちの目的地は、エリカと同じだろう。


 土日とはいえ、こんな何もない辺鄙な場所に、これほどの人間があの男のために、集まっている。

 事件から半年が経過したにも関わらず、まだ人々の関心はそれなりに高いようだ。

 

 ……わたしは何のために、こんな場所に来ているのだろう……

 

 多くの人と同じように野次馬根性・・・だったら、簡単に自分の気持ちの説明がついただろう。

 だが、恵梨香の場合はそうではない。

 恵梨香は、あの男と、知り合いだったのだから。


 いや……知り合いと言えるほどの関係だったのだろうか……

 たった一回寝ただけの関係の男に過ぎないのに……

 そう……たったそれだけの関係だった……はずの男だ。

 別に人生が変わるほどの大恋愛をした相手ではない。

 

 ……それなのに、わたしは、何故あの男のことをこうまで考えてしまうのだろう……


 そう……実際、恵梨香は、あの男に惹かれてしまっている。

 そうでなければ、せっかくの休みの日に、わざわざ半日かけてまで、墓参りになど来るだろうか。

 自分の祖父母の墓参りにだって行ったことがないのに。

 

 目的の墓の前には、数十人の人間がいた。

 友達同士で来ている者、一人で来ている者、様々だが、共通しているのは、とても、いわゆる故人を偲ぶという雰囲気が人々にはまるでないことだ。


「これが……例の……男の墓か……」

「案外……普通なんだな……」

「そりゃ……そうだろ……墓なんだから」


 大学生らしき男たちが、面白可笑しく話をしている。

 一人で来ている者たちの中には、おもむろにスマホを取り出して、自撮りをしている者もいる。


 墓地の管理者と思われる老人が、ウンザリした様子で、そんな人々を見ながら、注意をする。

 だが、老人がいなくなると、また同じことの繰り返しだ。


……きっと、わたしもこういう人たちと同じ、ただの野次馬だと思われているんだろうな……


 そんなことをぼんやりと思っていると、遠くでじっとしていた壮年の男が、いきなり大声を上げる。


「おい! この人は日本を救った英雄なんだ! そんな人の魂が眠っている場所なんだぞ! 少しは静かにしろ!」


 相変わらずスマホ片手に写真を取るのに忙しい大学生たちをそう一喝する。

 注意された大学生たちは、男の剣幕に圧倒されて、仕方がなしにスマホをしまい、墓から離れていく。


 しかし、男から十分に距離を取ると、

「なんだ……アレ?」

「さあ……ウヨク? ってやつじゃないの? いや……この場合はサヨクか?」

「どうでもいいけど……ひとりでアツくなって……ああいうのイタイな」

 と、ブータレている。


 恵梨香は、人がいなくなった墓の前で、手を合わせるでもなく、その場に立ちすくむ。


 ……英雄? そんなわけないじゃない……そんな動機ではないはず……でも……わたしだって……わからない……


 理由がわからないからこそ、惹かれているのかもしれない。

 でも……ただ一点、理解していることがある。

 あの男はきっと、孤独だった。

 恵梨香と同じように。


 そうそこらに履いて捨てるほどいる普通の孤独な人間だった。

 だから、そんな自分と同じ孤独な男が何故あんなことをしでかしたのか……

 そのことが恵梨香の心をどうにも捉えて離さないのだ。


 自分も同じ状況になったら、あの男がしたような行動をするのだろうか……

 いや、自分は、あんなことをするハズがない。

 だけど……


 そう思っているのは自分だけではないはずだ。

 未だに人々の感心を引いているのが、何よりの証拠だ。

 恵梨香のように、家族も、友達も、恋人も……そう定義できる存在はいるけれど、孤独な人間は多くいる。


 いや、むしろそちらの方が多数派だろう。

 だから、決して揺らぐことがない確固たる絆や愛をテーマにしたマンガ、アニメ、映画が流行る。


 それが、現実ではありえない虚構だと知っているからこそ、つかの間の夢を求めてしまう。

 あの男は……その行為は……そんな人々に……好きなアイドルがきっと清純潔白だと信じてやまない人間に……恋人とのラインのやり取りを暴露したようなものだ。


 ……いい気味だ……


 恵梨香は、そんな人々の動揺を見て、内心気分がよかった。

 ようやく世間の人間も自分と同じ場所まで降りてきた。

 そう思えたからだ。


 恵梨香は、墓の前で、もう一度、男のことを考える。

 この気持ちは、やはり、愛情や同情ではない。

 好奇心と、ちょっとばかしの共感だろう。

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