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28 問答


「ありがとう、ヨゼフィーネ様!」

「どういたしまして」


 救護院の孤児たちが花の咲くような笑顔を見せています。


 私は自由になれるこの時間と空間が大好きです。


「またお菓子を持ってきますからね」

「うん! バイバイ!」

「聖女様、またね!」


 夕刻を迎え、辺りは薄暗くなっています。


 私は手を振り子どもたちと別れ、馬車に乗ると「ふぅ」と小さくため息をつきました。


「ヨゼフィーネ様、どうかなさいましたか?」


 隣にいる侍女が小声で尋ねましたが、私は「何でもありません」と答えました。


(私の世話係であるこの侍女も信用できるのかどうか……)


 大聖堂では多くの者たちに囲まれ、まるで監視・監禁されているような状況にありました。


 そして誰もが決まったように私に「猊下、どうか侯爵閣下をご支持ください」と嘆願するのです。


 今朝も司祭のユリウスが執拗に迫るので、大聖堂を飛び出して救護院を訪ねました。


 ユリウスたち聖職者は孤児たちをひどく嫌っていて救護院には近づきません。


 彼らに言わせると、孤児たちは女神アリューシャ様に見放された汚らわしい存在なのだそうです。


(馬車が大聖堂に着けば、またユリウスたちは私の部屋に押し掛けるのでしょうね)


 そう考えると気分はますます憂鬱となり再びため息が漏れてしまいました。


(世間の人々は次の王位に興味があるようですけれど……)


 はっきり言うと私にとっては次の王が誰だとかはどうでも良いことでした。


『あなた、その男の子と一緒に行動しなさい。きっと、あなたの生きる意味を見つけられるわ』


 女神アリューシャ様に告げられたこの言葉は鮮明に私の記憶に残っています。


(私は使徒様……いえ、イオリさんのために何ができるのでしょうか?)


 イオリさんは暇を見つけては私の下を訪ね、楽しそうに様々な興味深い話をしてくれました。


 王女殿下と魔導学院、シャルウッド樹海(死の樹海)、騎士団と剣聖エルガー様、領都オルデンシュタイン……


 どの話も私にとっては未知のもので、とても面白くて興味は尽きません。


 他方、この国の人々が苦しんでいる状況も手に取るように分かりました。


 貧困、飢饉、人身売買、麻薬、誘拐、盗賊、魔物……私が聖女として豊かな生活を送る一方で、多くの国民が苦難に遭遇しています。


 私もかつて貴族に売られそうになったことがありました。


 苦しむ人々の話を耳にする度に、聖女の身としての自分の至らなさを痛感させられます。


「それにしても、イオリさんの周りには魅力的な女性がたくさんいらっしゃるのですね」


 べルティーナ王女殿下、剣聖の娘ゼアヒルト様、アレグリア辺境伯、ギルマスのアイーネ様……話の中に次々と出てくる素敵な女性たち。


 彼女たちが話の中に登場すると少しだけ胸が痛み、ついついイオリさんに意地悪な言葉を投げかけてしまいます。


(私だって聖女でなければ大聖堂を飛び出してイオリさんについていきたい!!)


 馬車に揺られながら、私はぎゅっと手を握り締めました。


『あなたはこの国で2番目に偉いのよ! 周りの連中に唯々諾々になるんじゃなくて、ビシッと自己主張しなさい!』


 これも女神アリューシャ様に告げられた大切なお言葉です。


 握り締めた手を見つめながら、私は何度もこの言葉を頭の中で反芻しました。


(私は…………この国の人々の笑顔が見たい!)


 私は決心を固めました。


(人々を救済するために聖女としてできる限りのことをします!)


 大聖堂に華美な装飾など必要ありません。


 聖職者が奢侈品に囲まれている必要ありません。


 教会がお布施を集める必要はありません。


(教会は抱えている莫大な財を貧民のために放出するべきなのです!)


 きっと周りの者たちは様々な理由をつけて反対するでしょう。


 過去に同様の提案をしたことはありましたが、それが真剣に議論されることなどありませんでした。


(しかし、今回ばかりは私のわがままを押し通します。そうしなければ、私がイオリさんの隣を歩くに相応しいとは思えませんから……)


 私がそのような決心を固めていると、いつの間にか馬車が止まっていました。


(大聖堂に着くには少し早い気がするのですが……)


 御者に声を掛けましたが何も返事はありません。


「危険ですのでヨゼフィーネ様は馬車に待機して下さい」


 侍女は怪訝そうな顔をしながら、状況を確認するために私を残して馬車を降りました。


(一体どうしたというのでしょうか?)


 馬車には常に屈強な護衛がついており、これまでにトラブルに遭遇したことは一度としてありません。


 しかし、周囲には人の気配を感じず、異様な程に静まり返っていてとても不気味でした。


「――きゃあぁぁぁぁ!!」


 その時、突然耳をつんざくような悲鳴が聴こえました。これは侍女の声に違いありません。


 私が慌てて馬車から降りると、そこには首だけになった侍女と武装した集団がいたのでした。


◇◇◇


「囲いを崩すな! 絶対に逃がすなよ!」

「――ユリウスっ!?」


 一斉に私を包囲する兵たち。そしてその指揮を執っていたのは司祭のユリウスでした。


「猊下、このようなことになってしまい大変残念です」


 残念という言葉とは対照的に、ユリウスの顔は満面に喜悦の色を浮かべていました。


「実力行使……というわけですか。ですが、私は決してレイノルド侯爵を支持することはありません」

「理由をお聞かせ願えますか? レイノルド様は民衆からの評判も良く、この国を必ずや良い方向へ導いてくださる器量の持ち主です」


 ユリウスの言葉に私はまったく同意できませんでした。


「それ程の器の持ち主ならば、女性に対してこのように力で支持を迫ることはないでしょう」

「どうしても考えを改める気はありませんか?」

「……ええ。すぐに武器を収めて引きなさい。今ならば罪に問うことはいたしません!」


 なぜここまで私が頑なに侯爵の支持を拒むのか。ユリウスたちには理解できるはずもありません。


 使徒様を手助けすることが聖女である私に課せられた使命。そして使徒様……イオリさんはべルティーナ王女殿下の護衛任務に就いています。


 ならば、聖女ヨゼフィーネは王女殿下を支持することが自明のことなのです。


「はっきりと言います。私は王位継承についてはべルティーナ王女殿下に正当性があると考えます」

「……ちっ!!」


 憤怒の形相を浮かべるユリウスからはっきりと舌打ちの音が聞こえました。


「猊下、それではあなたにもこの侍女と同じ運命を辿ってもらうことになりますが……」


 そう言ってユリウスは地面に転がる侍女の首を蹴り飛ばしました。


「ユリウス、どうしてあなたはそこまでレイノルド侯爵に忠誠を尽くすのですか?」

「ふん、私が付き従うのは侯爵ではない」

「やはりそうですか」


 おそらくユリウスが忠誠を誓っているのは、法務卿補佐ルーカス・ヴァグナー子爵なのでしょう。


 司教を兼ねる若きエリートのルーカス卿。そしてその背後には侯爵の右腕たるブルーノ伯爵。


「貴族を総括するブルーノ卿、聖職者を束ねるルーカス卿。この2人がレイノルド侯爵の手駒ということですね」

「ルーカス様は決してただの手駒などではない!! 女神アリューシャ様の寵愛を受けた使徒様とも呼べるお方で、我々の希望となる存在なのだっ!!」


 ユリウスはルーカス卿に心酔しているようでした。


 聖女である私は女神様がルーカス卿を愛してなどいないことをよく知っています。


「女神アリューシャ様は人間族全体の繁栄を願っておられます。その愛が特定の個人に注がれることなどありえません」


 ユリウスに対してこう話しましたが実際にはこれは嘘です。


 アリューシャ様は人間族の興隆を願ってはいますが、その一方でイオリさんを溺愛しておられます。


 私にはイオリさんこそが人間族の希望、そして真の帝王たる人物に思えてほかなりません。


「これ以上ルーカス卿に従うのはお止めなさい。身の破滅を招きますよ」

「うるさいっ!! もはや問答は無用。従わないのならば殺すのみだ!!」


 そう言ってユリウスが右手を上げると、私を囲む兵たちが一斉に襲いかかってきたのでした。

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