27 清算
「こ、これ程だなんて……し、信じられません」
ヴォルフ部隊長はこの少年のことを高く買っていたのだけれど、私にはそれが過剰評価に思えて仕方がなかった。
しかし、今目の前で繰り広げられている光景は紛れもない事実だ。
模擬戦の舞台に少年が立ち、なぜかフェリクス団長との勝負が始まってしまった。そして、見事な剣さばきで互角に渡り合っているのだ。
「ブリギッテ……すごいだろう?」
「は、はい。でも、理解できません」
先程の試合で痛めた脇腹を手で押さえながら、苦悶の表情で「私もだ」とヴォルフ部隊長が頷く。
そう、なぜこの2人が戦っているのかを理解できる者はこの場にいないだろう。
どうしてこの少年は真剣勝負に割って入ったのか?
そして、どのような訳でフェリクス団長は少年を必死に攻撃しているのか?
イグナーツでさえも腰を下ろしたまま、あっけにとられた表情で2人の決闘を眺めている。
「……す、すげえな」
「あ、ああ……とんでもねえ」
「な、なんなんだ。あの少年は……冒険者か?」
舞台を取り囲む騎士たちも、驚きでほとんど声を発することができない様子だった。
「部隊長、これって……」
「ああ、イオリ殿の勝ちだな」
私の見る限りでは、少年は一度も自分から攻撃を仕掛けていなかった。先ほどから一方的に攻撃をしているのはフェリクス団長だ。
しかし、明らかに団長の表情には疲労と苦悶の様子が見て取れた。
「今は互角に見える勝負が続いているが、イオリ殿が攻勢に出れば団長に防ぐ手立ては無いだろう」
2人の攻防は目で追うのも難しいが、おそらくヴォルフ部隊長の言う通りなのだろう。
「どうして!? なぜ君は騎士の真剣勝負を邪魔するのだっ!?」
信じられないという表情でフェリクス団長が叫んでいる。
私も同じ気持ちだったが、驚きが勝って声を上げることができなかった。
「もう一度言います。イグナーツさんと話をさせてください!」
「必要ありません。真剣勝負の敗者に語る言葉など無いのです!」
2人の大声での会話は周囲にいる私たちの耳にも届いている。騎士たちもそれを聞いて騒然としていた。
「この勝負、そこまでだ!!」
その時、唐突に訓練場の入り口の方から大きな声が響いてきた。
皆が驚いて何事かとそちらに目をやると、そこには騎士鎧を身にまとった美しい女性が立っていたのだった。
◇◇◇
「ゼア!? どうしてここに……」
僕の存在に気付いたゼアヒルトが優しい笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。
「イオリ、助かった」
何が“助かった”なのか、理解できない僕は首を傾げた。
それが可笑しかったのか、ゼアヒルトは「ふふっ」と少し声を出して笑った。
そんな彼女のすぐ側には僕の知らない小さな女の子がいる。
「ネーナ!!」
「お父さん!!」
大きな叫び声を上げたイグナーツ団長が転がる様にゼアヒルトの下へ駆け出した。
そして、肩を震わせながらその少女を大事そうに抱きしめる。
「良かった……本当に良かった……」
「……お父さん……」
突然の出来事に皆が状況を理解できないでいた。
「ゼア、一体どういうことなのか聞かせてもらえるかな?」
「それは私に尋ねるよりも、フェリクス殿に説明してもらう方がいいのではないか?」
ゼアヒルトの言葉の意味が分からず、僕を含む一同がフェリクス団長に目を向けた。
皆の視線を集めた彼はやや青ざめた表情をしているように見えた。
「ゼアヒルト殿、一体どういう事でしょうか? 私にも事情が飲み込めないのですが……」
「……その少女は貴殿の邸宅の地下に囚われていた。それはなぜなのか、納得できる説明をしてほしいということだ」
ゼアヒルトの言う“囚われていた”という表現を受け、周囲の騎士たちが一斉にざわめき立った。
「それって……もしかして……」
「ああ。どうやら、私たちの目は節穴だったのかもしれない」
ヴォルフ部隊長とブリギッテさんが悲しそうな表情を浮かべている。
「この少女はイグナーツ殿の大事な一人娘。貴殿もそれはよくご存じのことだと思うのだが?」
ゼアヒルトの発言により周囲はさらに騒然となる。一方、フェリクス団長は端正な顔を大きく歪めていた。
「フェリクス、すべてはお前の仕業だったのか? 一体なぜこんなことを……」
イグナーツ団長が少女を抱きかかえたまま彼に歩み寄り静かに問いかけた。
「……全部……全部あなたのせいだ……」
「俺のせいだと!? 一体どういうことだ?」
「あなたが……貴様が私から何もかも奪っていくから!! くくくっ、もういい……すべて終わりにしてやるっ!!」
まるでこれまでとは別人のような形相と声でフェリクス団長が叫んだ。
「皆殺しだっ!!」
フェリクス団長が胸元から小さな光玉を取り出し左手を掲げる。
「くらえっ!!」
そして彼が光玉を握り締めて砕いたその瞬間、訓練場全域にキラキラと光が降り注いだ。
紫色に輝くその光は≪ロストエナジー≫という弱体化魔法だった。
「ぐうううっ……ち、力が……」
「な、なんだこれは……」
「く、苦しい……」
突然放たれた強力な魔法により、この場にいるほとんどの者が地面に膝をついて苦しんでいる。
「ふふっ、万一に備えて魔道具を準備しておいたのですが正解でしたね」
勝ち誇った表情でフェリクス団長は笑みを浮かべていた。
「秘密を知られてしまった以上、皆を生かして帰すわけにはいきません」
そう言ってフェリクス団長が合図を送ると、一部の騎士たちが次々と周囲の者を攻撃し始めた。
「ぐはっ!!」
「なんだお前たちは!?」
「やめてくれぇ!!」
魔法に耐性のない騎士たちが抵抗することもできずに傷ついていく。
「耐魔の外套。まったく、これも高い買い物でしたねぇ」
一部の騎士たちは予め魔法耐性のある黒い外套をまとっていた。
弱体化の影響を受けない彼らは、間違いなくフェリクス団長の子飼いの部下なのだろう。
「魔道具の効果が切れるまで残り15分といったところですか。それだけあれば十分ですねぇ……」
悪魔に支配されたかのような表情でフェリクス団長がイグナーツさんに近づく。
「イグナーツ、あなたとその娘は私がきっちりと殺して差し上げましょう」
「ぐううっ……やめろっ!! 娘だけには手を出さないでくれっ!!」
強烈な弱体化の魔法に加え、肩からの流血に苦しむイグナーツ団長は必死の体で娘を庇っていた。
フェリクス団長はそんな彼を見ながら愉悦の表情を浮かべ、右手に剣を握り締めてじわじわと2人に近づいていく。
「もうやめてください!! フェリクス団長!!」
「くそっ!! 身体に力が入らないっ!!」
ヴォルフ部隊長やブリギッテさんも必死に呼びかけるが、フェリクス団長の耳には全く届いていないようだった。
「さてイオリ、当然だがこれを見過ごすわけにはいかないな?」
「ゼア、ようやくこれで悪者が誰なのかがはっきりと分かったよ」
イグナーツ団長を見殺しにすべきではないという僕の直感は当たっていた。
そしてフェリクス団長がなぜこうなってしまったのか理由まだ分からないが、彼が狂気に完全に支配されている点は疑いようがなかった。
「よし、それじゃあ僕が――」
「――ねえイオリちゃん、私、ちょっと頑張ってみてもいいかな?」
突然、ジルヴィーナがいつものおっとりした口調で僕に声をかけてきた。
阿鼻叫喚の地獄絵図の状況で、なぜか彼女の周りだけはのんびりと時間が流れているように思えた。
「……そうだね。それじゃあジルヴィ、お願いできるかい?」
僕の返答にジルヴィーナが花が咲いたような笑顔で頷く。
「まかせといて! さあ精霊ちゃん、対話の時間だよ!」
そう言ってジルヴィーナが魔法の詠唱を始めると、彼女の周りに渦を巻くように綺麗な金色の光が集まってゆく。
「……願うは強く猛き鋼。生命の根源を司る金の精霊アウラよ。汝我が魔素を糧に契りを結び堅牢強壮な躯体を顕現せよ! ≪リーンフォース!(身体強化)≫」
膝をついて苦しそうにしている騎士たちに一斉に黄金の光が降り注ぐ。それは魔道具による弱体化魔法を遥かに凌ぐ素晴らしい強化魔法だった。
当然だがジルヴィーナは敵味方をしっかりと区別して強化しており、その器用さには舌を巻くほどだった。
「ジルヴィ、流石だね」
「えへへっ、イオリちゃんに褒められちゃった♪」
やはり彼女の強化魔法は人並み優れており、これで一気に形成が逆転することになった。
「動ける! 動けるぞっ!!」
「ち、力があふれ出る!!」
自由を取り戻した騎士たちが次々と立ち上がり敵に立ち向かっていく。
「な、なんだ!?」
「急にこいつら!!」
強化された騎士たちが一斉に反撃を始めると、数に劣るフェリクス団長の部下たちはすぐに制圧されて混乱が収まった。
「なっ……、ば……馬鹿なっ!! ど、どうして……こんな……」
無力化したはずの騎士たちに反撃されるという予想外の展開に、フェリクス団長は脱力して放心状態になっていた。
「フェリクス、観念して武器を捨てるんだ!!」
「イグナーツ……くそおおおおおっ!! 貴様だけでも!! 死ねえええ!!」
フェリクス団長が叫び声を上げながら斬りかかるが、ジルヴィーナの魔法で強化されているイグナーツ団長はそれを余裕でかわした。
「――フェリクス!!!!」
「ぐっはああああっ!!!!」
イグナーツ団長の体重の乗った左拳で腹を殴りつけられ、フェリクス団長は衝撃で後方へ吹き飛んで気を失ったようだった。
「イオリ、これで一件落着だな」
ゼアヒルトは笑顔でそう言うが、僕は彼女に尋ねたいことがたくさんあった。
「ゼア、知っていることを教えてよ」
「何か腑に落ちない点があったからこそ、わざわざ2人の勝負に口を挟んだのだろう?」
「そうなんだけれど、それは直感であって合理的に理由を説明できないよ」
「ふふっ、イオリにも分からないことがあるのだな」
いたずらっぽく笑うゼアヒルトに対し、僕は両手をあげて降参のポーズをする。
「端的に言えば、フェリクスはイグナーツ殿の娘を人質に取っていた。そして彼を脅迫をしていたという事だ」
「どうしてゼアはそれに気付いたの?」
「私はイグナーツ殿のことをよく知っている。最近の彼の様子は以前とはまるで別人のようだった。これは何か事情があるのではないかと思ったのだよ」
疑問を持ったゼアヒルトは単身で調査を進め、そしてフェリクス団長の邸宅にたどり着いたのだという。
「イグナーツ殿は騎士団長であるがゆえに恨みを買いやすい。それを彼自身も重々承知していた」
ゼアヒルトの言葉に僕は頷いた。彼は家族が狙われないよう十分に配慮していたはずだ。
雇われていた使用人たちは家族の護衛を兼務していたに違いなかった。
「ところがイグナーツ殿の邸宅は何者かの侵入を簡単に許し、そして娘はあえなく誘拐された。これは一体どういうことなのか……」
「なるほど。犯人は使用人たちの顔見知りで、完全に信用されていた人間ということだね」
「ああ、そういうことだ」
実直な彼はまさか身内(親友)に娘を誘拐されるとは想像だにしなかったのだろう。
それにしてもゼアヒルトの聡明さには恐れ入るばかりである。僕が魔導学院に通っている間に、一人で事件を解決してしまっていた。
「ゼアはすごいね」
「いや、それでもイオリがいなければイグナーツ殿を救うことができなかった」
「僕がここにいたのは偶然で……」
『――伊織!! 聞こえてる? 大変よ!!』
僕が事情を説明しようとすると、突然アリューシャの叫び声が脳内に響いた。
念話を通じて届いたその声は、明らかに緊急性を含んでいるように聞こえた。
『アリューシャ!? どうしたの?』
『聖女が……フィーネが!! 伊織、急いで大聖堂に向かって!!』
どうやら聖女ヨゼフィーネに危機が迫っているらしい。
大聖堂は王都の周辺部にあり、中央部にあるこの場所(騎士団本部)からはかなりの距離がある。
「ゼア、後のことは任せていいかい?」
突然の僕の問いかけに不思議そうな顔をしていたゼアヒルトだったが、すぐに神妙な表情で頷いてくれた。
「ジルヴィ、僕に強化魔法をかけてくれるかな?」
「うん……」
心配そうにこちらを見つめるジルヴィーナは、訓練場の出口に走る僕にぴったりと寄り添う。
『アリューシャ、すぐに行くから!!』
『頼んだわよ!! ちょっと……私だけじゃ厳しいかも……』
急いで建物の外に出ると、すでに辺りは薄暗くなりつつあった。
「イオリちゃん、くれぐれも気を付けてね」
「ありがとう。今日の埋め合わせは必ずするから」
本来ならば今日はジルヴィーナと楽しい1日をゆったりと過ごすはずだったのだが、いつの間にかこんな事態になってしまっていた。
「ううん、一緒に過ごせて十分に楽しかったよ」
笑顔を浮かべた彼女が強化魔法を唱えると、僕の身体から重力が消えたような気がした。
「それじゃ、行ってきます!!」
こうして手を振るジルヴィーナに見送られ、僕は全速力で大聖堂に向かって駆け出したのだった。




