26 楽園
団長同士による戦いは苛烈を極め、大きな熱量が辺り一帯を包んでいる。
その理由の一つが、“真剣”を用いた勝負になったということだろう。
本来は木剣を用いての模擬戦のはずなのだが、2人の団長は当然のようにお互いの剣を抜いて戦い始めた。
おそらく事前に知らされていたのだろう。どちらに所属する騎士たちも反対の声を上げなかった。
「その調子です! フェリクス団長!」
「やっちまえ! イグナーツ様!」
周囲の騎士たちは2人の真剣勝負に大きな歓声を上げている。その声援は必死さと悲壮感を含むものであった。
「フェリクス様……死なないで下さい……」
ブリギッテさんが手のひらを組み合わせて強く握り締めている。
騎士が真剣で勝負しているということは、勝った方が新生王都騎士団の団長になり、負けた方は最悪の場合は死ぬこととなる。
(応援に熱が入るのも当然か……)
負けた方が死ななければならないという感覚は僕にはあまり理解できない。しかし、それがこの世界の常識であり貴族(騎士)の常識なのだろう。
2人の技量は伯仲しているが、僕の見立てでは若干だがイグナーツ団長の方が秀でているように見えた。
(このまま戦いが長引けば、やがてフェリクス団長は厳しい状況に追い込まれそうだが……)
永遠に続くかと思われた2人の決闘だったが、意外なほど早く終局の時を迎えた。
攻撃を避けようとしたイグナーツ団長がわずかに体勢を崩し、フェリクス団長の鋭い突きが彼の左肩を貫いたのだ。
「イグナーツ様!!」
“王の剣”に所属する騎士たちから悲鳴が上がった。
(これは一体!?)
周りの人たちにはどう見えたか分からないが、僕にはイグナーツ団長が“わざとバランスを崩した”ように見えた。
自身の名誉と命、そして団員の未来を賭けたこの戦いで、なぜ彼があえて負けを選ぼうとしているのか。
僕にはイグナーツ団長の行動が理解できなかった。
「ぐううっ……」
彼が苦悶の表情を浮かべると辺りは騒然となった。一方でフェリクス団長は驚いた表情をしている。
「俺の負けだ! さあ、止めを刺してくれ!」
イグナーツ団長が名誉ある死を求めると、周囲の騎士たちは一斉に静まりかえった。
「イグナーツ、君はどうして……」
「ふんっ! 俺の方が弱かっただけのことだ」
「私にはあなたを殺すことなどできない」
「……俺に生き恥を晒せというのか! お前も騎士ならわかるだろう?」
フェリクス団長はしばらく躊躇っていたのだが、やがて意を決したように頷くと、右手に持っていた剣を大きく上段に構えた。
「団長!!」
「イグナーツ様!!」
それを見て“王の剣”の騎士たちが悲痛な叫び声を上げる。
「すまん。お前たちにもつらい思いをさせたな……これからはフェリクスの指示に従ってくれ」
イグナーツ団長の最期の言葉に多くの騎士たちが泣き崩れる。
(これ程までに部下たちに慕われている男がなぜ……?)
僕の胸中で違和感が増すのだが、その理由をうまく説明することができない。
ただ、イグナーツ団長をここで死なせてはならないという気持ちを抑えることができなかった。
「友よ、さらば!!」
フェリクス団長の気合を込めた一撃が放たれたその瞬間、僕は舞台の上に慌てて飛び出し、ギリギリの所でその攻撃を防ぐことに成功した。
「イオリ殿!? 真剣勝負の邪魔をしないでいただきたい!!」
フェリクス団長はそう言うが、僕は何としてでもイグナーツ団長の命を救いたかった。
「イグナーツさんと話をさせてもらえませんか?」
「それは出来ない相談ですね。勝負の邪魔をするというのならば……」
そう言うと、フェリクス団長は鬼気迫る表情で僕に攻撃を始めたのだった。
◇◇◇
私は男爵家の次男として生を受けたが母は妾の立場だった。
政略結婚など珍しいことではなく、騎士である父は母に対して一片の愛情も持ち合わせていないようだった。
正室(義母)には嫡男がおり、私より5歳年長のひ弱な男だった。
義母と兄は私たちを疎んでいた。どうやら家督を奪われることを恐れていたようだ。
「妾は犬の餌でも食べていればいいのよ!!」
「弟は黙って兄に従っていればいいんだよ!!」
事あるごとに私たちは義母や兄から罵声を浴びた。
遠征で父がいない日は食事を与えられないことが当然で、時には暴力を振るわれることもあった。
何より厄介だったのは、父の前では彼女たちはその本性を隠していたことだ。
私は母に対して父にすべてを打ち明けるよう何度も提案したが、母は自身が妾の立場であり父に迷惑をかけたくないとの思いからそれを拒否した。
「フェリクス、必ず女神様が助けてくれますからね」
「お母様……本当に女神様はいるのでしょうか?」
生き地獄の中で、私たちにできることは神に祈ることだけだった。
こうして針の筵のような日々が続き、私が13歳のときについに母は自ら命を絶った。
母をここまで追い詰めた義母と兄、そして家庭にほとんど興味を持たなかった父。
「お母様の無念は必ず晴らしてみせます」
私は亡き母の墓前で義母たちへの復讐を誓い、その日から計画の実行に向けて動き出したのだった。
「フェリクス、お前は愚兄と違って実に優秀だな」
「まだまだ若輩ですので研鑽に励まなければなりません。それに、お父様のような立派な騎士になるのが私の目標ですので」
私の返答に父は満足そうな表情をして頷いている。
「ふむ、お前には期待しているぞ。さて、明日は盗賊どもを皆殺しにせねばならん。早めに寝るとするか」
父は口ばかりで軟弱な兄よりも私の方を高く評価するようになった。
(そう、私はクズの兄とは出来が違うのです。ようやく理解してもらえたようですね)
母が死んで以来、私は常に父好みの息子を演じるようにしていた。
父の厳しい要求に応え、我慢と節制を続けることで歓心を得る努力を続けた。
16歳になると父の推薦ですぐに試験を受け、トップの成績で騎士団に入隊することができた。
「フェリクス、お前を我が男爵家の正式な跡取りとする」
騎士を引退した父は私を後継者に指名した。つまり、兄を差し置いて私が当主となったのだ。
兄と義母は狼狽して猛烈に抗議していたが、父はそれを頑として受け付けることはなかった。
父は冷静かつ合理的に物事を判断できる男だった。家運の隆盛のためには兄よりも私を選ぶべきだと考えたのだろう。
(あなたのその冷徹さが母を殺したのだ……)
当主に選ばれたが私に喜びの感情はまったく芽生えず、逆にますます心が冷えていくようだった。
そして、実権を握った私は義母や兄の過去の悪行を徹底的に追及した。
「うるさいっ! 子が親に生意気な口を利くな!!」
「お、弟が兄に逆らうのか!!」
当然のことだが、母に救いの手を差し伸べなかった父も許すことはできなかった。
「フェリクス、やはり下賤の血は争えぬというわけか。お前には期待していたのだがな」
最初は気丈に抵抗していた彼らだったが、私が本気だと知ると義母と兄は身体を震わせて命乞いを始めた。
一方、父は仏頂面で最期まで押し黙ったままだった。
(くくくっ、貴様らは地獄で後悔するがいい……)
こうして私は父・義母・兄を処断して、亡き母の恨みをようやく晴らすことができた。
死ぬ間際の3人の様子を思い返すと今でも自然と笑みがこぼれてしまう。
そしてしばらくすると、私は騎士団長に選ばれることになった。どうやら歴代最年少での団長就任らしい。
(そう……この頃からだろうか)
これまでの抑圧の反動からか、それとも生来の性格なのか、私は自分の欲望を抑えることが難しくなってしまった。
騎士団長という地位は私の心を満たすのにとても都合が良かった。
犯罪組織に一定の便宜を図り、その見返りとして金や女を融通してもらった。
嫌なことがあれば犯罪者や奴隷を殺して血を浴びた。
(人生とはこんなにも楽しいものだったのかっ!!)
表向きは誠実な騎士団長を演じ、裏では欲求に忠実でいられるという”地上の楽園”を手にすることができたのだ。
これは幼い頃から苦労続きだった私に対する女神様からのご褒美に違いなかった。
「……フェリクス、少し話がある」
そんな私の平穏な日常を壊したのが副団長で友人のイグナーツだった。
イグナーツは見事な剣術だけでなく判断力にも優れ、その快活な性格から多くの部下に慕われていた。
以前から騎士としてお互い切磋琢磨する中で、私が唯一劣等感を感じ、そして警戒していた男がイグナーツだった。
「フェリクス。この前の盗賊の連中だが……どうして殺した? あいつらにはもう抵抗の意思はなかったはずだ」
「イグナーツ、その考えは甘い。彼らを生かしておけば再び民衆が被害に遭う可能性がある。断腸の思いだが処断するしかなかったのです」
私の返答に対して、イグナーツは何ら表情を変えることはなかった。
「……なぁフェリクス。お前さん俺たちに何か隠していることがあるんじゃねえか?」
突然のイグナーツの問いかけに、私は心臓をつかまれたかのような錯覚を覚えた。
(この男……まさか私の秘密を知っているのか!?)
私は動揺を悟られまいと、必死に平静を装った。
「……何のことですか?」
「今は話せないならそれでいい。でもなぁ、何か悩んでいることがあるんだったら話してくれねえか?」
「……少し考えさせてください」
それから、私は怯える毎日を過ごすことになった。
イグナーツがどこまで私の裏の顔を知っているのか、疑心暗鬼になり仕事は全く手につかなくなってしまった。
一方、イグナーツは副団長として精力的に働き、彼を慕う者は日に日に増えていく状況だった。
そしてついに恐れていたことが起きる。
イグナーツを慕う者たちが中心となって新しい騎士団の創設を声高に主張し、騎士団は“王の盾”と”王の剣”に分裂することになったのだ。
しかし、私にそれを止める術はなかった。
(くそっ!! どいつもこいつも……)
歴史上初となる王都騎士団の分裂は私に大きな屈辱と羞恥心を与えた。
新団長となったイグナーツの活躍は目覚ましかった。あっという間に王都周辺の魔物や盗賊は一掃され、王都の人々によって”王の剣”は拍手喝さいを浴びていた。
一方、私はイグナーツに罪を追及されるのではないかという恐怖心に支配され、彼に対する劣等感も増幅する日々を過ごした。
(絶対に私の楽園を奪われるわけにはいかない。イグナーツを排除して私の地位と安寧を回復するためにはどうするべきか……)
あまりに卑劣な手段であるため少し迷ったが、私はイグナーツの娘を誘拐することにした。
自宅の地下牢に閉じ込めておけばまず見つかる心配はない。
そして。お人好しなイグナーツが私を疑うことなどありえないことだった。
その後、イグナーツに対して脅迫文を送りつけた。狼狽え、良心の呵責に苛まれながらも命令に従う姿を見るのは気分爽快だった。
こうして私は“王の剣”の評判を下げることに成功し、そして口封じのためにもイグナーツに止めを刺すことにした。
(イグナーツが私の秘密を知っている可能性があるのならば、もはや生かしておく理由は何もない)
娘のためとはいえ「一騎打ちでフェリクスを殺せ」という要求を、イグナーツが簡単に呑むとは考えられない。
イグナーツは余程のことでない限り犯罪者に対してさえも温情をかけるような男だ。
彼が仲間である私を殺すことなど出来るはずがなく、自死を選ぶか……もしくは私に殺されることを望むだろう。
そして先日、騎士団統合のための模擬戦の告知文が私の下に届けられた。
さらにイグナーツからの果たし状も添えられており、それには軍務卿の署名も記されていた。
(ふふふ……舞台は整ったということか)
真剣勝負でイグナーツを倒すことができれば、間違いなくそれは私にとって汚名返上・名誉挽回のまたとない機会となる。
そして、それは見事に現実となった。
今、私の目の前でイグナーツが右肩から血を流しながら両膝をついている。
「俺の負けだ! さあ、止めを刺してくれ!」
そう叫ぶイグナーツがあまりにも滑稽で、私は笑いを堪えるのに必死だった。
(安心しろ。お前を殺したらすぐに娘もあの世に送ってやる)
私は少し距離をとって上段に剣を構えると、イグナーツの首筋目掛けて鋭く剣を突き出した。
(最期は私の全力の剣で止めを刺してやろう!!)
こうして生涯最高の剣筋でイグナーツの首を刎ねた……はずだったのだが、私の目の前にはいつの間にか1人の少年が立ちはだかり、私の剣をしっかりと受け止めていた。
(なんだと!? 私の剣をいとも簡単に……)
ヴォルフからこの少年がBランクの冒険者だということは知らされていた。
だがいくら一流といえども、冒険者風情が私の渾身の一撃を簡単に阻んだことが信じられなかった。
「イオリ殿!? 真剣勝負の邪魔をしないでいただきたい!!」
「イグナーツさんと話をさせてもらえませんか?」
「それは出来ない相談ですね。勝負の邪魔をするというのならば……」
ここでイグナーツに余計なことを話させるわけにはいかなかった。
(全力でこの少年を排除せねばっ!!)
私は呼吸を整えゆっくりと剣を構えると、少年に向けて全力で振り下ろしたのだった。




