25 脅迫
『奴隷商の摘発を延期しろ。さもなくば娘の命はないと思え』
『盗賊団の討伐を中止せよ。さもなくば娘の命はないと思え』
『王国軍の機密情報を盗み出せ。さもなくば娘の命はないと思え』
『捕らえられた仲間を解放しろ。さもなくば娘の命はないと思え』
『違法薬物の密売を見逃せ。さもなくば娘の命はないと思え』
俺の下にはどこからか次々と命令書(脅迫文)が届くようになった。
騎士団長として決して許されることではないが、俺はその命令に唯々諾々として従うしかなかった。
「イグナーツ団長、娘さんを取り戻すまでの我慢です」
「ここは頑張って耐えましょう。必ず事態は好転します」
数名の腹心の部下は事情を知っており、進んで協力を申し出てくれた。
そんな部下たちと一緒に毎日毎日、俺は必死にネーナの行方を捜した。
俺に恨みを抱いていそうな連中をしらみつぶしにあたり、王都の外へも積極的に捜索に向かった。
しかし、娘の居場所は杳として知れず、その間にも“王の剣”は王都での信用を急速に失っていった。
「ここまで捜索して見つからないとなると、娘さんの居所と命令書の送付元は国外かもしれませんね」
「王都騎士団の……いや、王国の混乱を望むのはやはり獣人国か……」
娘が国外に連れ去られたのならば、今の俺にできることはほとんどなかった。
(そもそも……ネーナは無事なのだろうか……)
俺は絶望的な気持ちに陥ってしまい、もはや部下たちの励ましの声も耳に入らなくなった。
一方、何も事情を知らない他の騎士団員たちは俺の変節ぶりに困惑していた。
当然だが中にはどういうことかと詰め寄る者もいたが、俺はそれを無下にすることしかできなかった。
そして、ついに最悪の命令書(脅迫文)がもたらされたのだった。
『フェリクスを殺害せよ。成し遂げられれば娘は解放しよう』
“娘を解放する”という文言に俺の身体は震えた。いや、それはフェリクスを殺さなければならないからだったのかもしれない。
この文書は誰にも見せるわけにはいかなかった。
(フェリクスは俺の元上司で……仲間で……そして親友だ。しかし、娘の命が……)
しばらく悩みに悩んだが、俺は遂に決心をした。
だが、単純にフェリクスの命を狙えば、成功しようが失敗しようが部下も連帯責任を取らされるだろう。
最悪の場合“王の剣”は解団ということになるかもしれない。
今回の件でこれ以上仲間たちに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
(そういえば、軍務卿ら上層部が王都騎士団の再編を計画しているらしいが……)
最近そのような噂話が取り沙汰されていた。
(よし、それならばこちらから軍務卿に提案をしてみるか……)
フェリクスの殺害について、俺はこの機会を最大限に利用することにしたのだった。
◇◇◇
「軍務卿、騎士団再編についての進言があるのですが……」
俺はすぐに軍務卿に掛け合うと、王都騎士団を以前のように再び1つに戻すという提案をした。
「そのようなことはすでに検討しておる」
最近何かと評判の悪い俺の意見に、軍務卿は最初は明らかに渋い顔をしていた。
「……イグナーツ騎士団長、おぬしは王位継承争いについてどう考えている?」
突然の彼の問いかけに俺は一瞬戸惑ったが、すぐにその意図を見抜くことができた。
「お任せください。新生王都騎士団はレイノルド侯爵を支持する所存です」
俺の返答に軍務卿は満足そうに頷いた。
ヴォルフのように騎士団員にはべルティーナ王女殿下を信奉する者が多い。
その一方で、軍務卿は根っからの侯爵派だった。そもそも彼が軍務卿になれたのも、侯爵からの強力な推薦があったからに他ならない。
「しかし、私の一存で騎士団を再編して君を新団長に任命するとなると、“王の盾”の連中は猛反対するのではないのかね?」
それは当然のことだった。
フェリクスを慕う“王の盾”の面々がこの決定に異存を唱えないはずがなかった。
特にヴォルフやブリギッテなどは顔を真っ赤にして抗議することだろう。
「それでは“実力で決める”ということで如何でしょう? それそれの団員から代表を選出し、模擬戦の結果を持って新団長を決める」
騎士の世界は実力主義だ。フェリクスらが敗れたのならば“王の盾”の連中も逆らえない。
「勝てるのかね?」
「間違いなく」
「ふむ……」
軍務卿は逡巡しているのか、顎に手を当てて考え込んでいる。
「……期待を裏切るなよ」
こうして希望通りに騎士団の再編を賭けた模擬戦が行われることになった。
しかし、俺にはまだ軍務卿に依頼すべきことが残っていた。
「軍務卿、おそらく最後は俺とフェリクスの一騎打ちとなるでしょう」
「まあ、実力からしてそうなるであろうな」
「……その際は模擬戦ではなく真剣勝負とさせていただきたい」
俺の提案に軍務卿は驚きの表情を浮かべたが、やがて何か納得したように頷いた。
「負けて生き恥は晒せぬという訳か。おそらくフェリクスも同じであろうな」
「その通りでございます」
「分かった。軍務卿の特命によりそのように計らおう。むろん侯爵にも許可は取っておく」
「ありがとうございます!」
こうしてフェリクスを殺す舞台は整えられた。
だが、実際にはこれは俺が罪を償うための懺悔の場となる。
(フェリクスに勝利し止めを刺す。そうすればネーナは助かる……だが、それは出来ない)
娘のためとはいえ、これ以上の悪行を積み重ねるわけにはいかなかった。
そして何よりも俺にはフェリクスを殺すことなどできるはずがない。
いや、今の俺の精神状態であればまともに戦ってもフェリクスに勝つことは難しいだろう。
今回の件については当然ながらすべての責任は俺にある。
俺が死んで騎士団が再編されれば、きっと仲間たちの立場は守られるに違いなかった。
(ネーナ、救ってやれなくてすまない。何とか生き延びてほしいが……ダメならば天国で母さんと幸せに暮らしてほしい。父さんは地獄へ行くことになるだろう)
それからはずっと眠れない日が続き……運命の日をいよいよ明日に迎えた。
俺はこれまでの自身の罪と娘の救出依頼を遺書に書き記した。
そして、俺に似つかわしくない綺麗な花束を持ち、愛する妻の眠る墓地へと向かったのだった。




