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24 誘拐


「どうした! お前の力はそんなものか!?」

「くっ!!」


 イグナーツ団長の木剣が鋭く弧を描きながらヴォルフ部隊長の鼻先をかすめた。


 ぎりぎりで避けたヴォルフ部隊長は苦しそうな表情を浮かべ、大きく肩で息をしている。


 荒々しい言動とは対照的に、イグナーツ団長の剣技は精緻で美しく熟練の域にあった。


 ヴォルフ部隊長も相当な実力者なのだが、残念ながら彼の攻撃は全く通用していない。


「ねぇ、イオリちゃん。何だか変じゃない?」

「……うん、そうだね」


 目の前の光景……イグナーツ団長の洗練された剣技と、噂に聞いた彼の悪評のイメージとが重ならない。


 ヴォルフ部隊長を簡単にあしらうほどの技量は、決して一朝一夕に身につくものではない。


 それは暴力と悪知恵によってではなく、日々の真摯な自己研鑽の下で培われるものだ。


 目の前の光景に対し、ジルヴィーナが違和感を感じるのは当然のことだった。


「これ程の力がありながらどうしてこの男は……」


 僕の隣でぼそりと呟いたのはブリギッテさんだった。


「彼について教えてくれませんか?」

「奴は……以前はフェリクス団長の腹心の部下でした」


 ブリギッテさんは激しく戦う2人を見つめたまま過去の出来事を語ってくれた。


「今は2つに分かれている王都騎士団ですが、5年前まではそうではありませんでした」


 ブリギッテさんの話によると、かつての王都騎士団はフェリクス団長・イグナーツ副団長という体制で運用されていたらしい。


「当時からイグナーツは騎士団でも有数の実力者で、粗野な振る舞いが目立つ一方で部下思いの優しい面もあり……多くの騎士に慕われていました」


 そんな彼の評判が王国の上層部の耳に入り、王国再建政策の一環として王都騎士団が2つに分割されることが決定した。


 それが、王都の内部を守護する“王の盾”と、王都の外敵を排除する”王の剣”というわけだ。


「新設された”王の剣”の団長に抜擢されたイグナーツの活躍は目覚ましく、王都周辺15Km圏内の盗賊や魔物は一掃されるほどでした」


 ところが現在の“王の剣”はその面影を失い、今や王都のすぐ近くにも盗賊や魔物が跋扈する有様だ。


「腐敗する“王の剣”の悪影響を受けるように、やがて”王の盾”も規律を失い……」


 こうして再び王都騎士団を1つに合併する計画が持ち上がり、新生王都騎士団の団長を決める対決をここで行っているわけだ。


「“王の剣”が変わってしまったのはいつ頃なのですか?」

「……2年ほど前からでしょうか?」


 2年前と言えば王女殿下が襲撃を受けたのと同じ頃だ。


(イグナーツ団長が変節する理由が2年前にあったのだろうか?)


 それについてはブリギッテさんも「わからない」とのことだった。


「ぐはっ!!」


 イグナーツ団長の横薙ぎを脇腹にまともに受け、ヴォルフ部隊長が苦痛に顔を歪めている。


「ヴォルフ、勝負ありだ。残念だったな……」

「……くそっ!!」

「前々から脇の甘さを指摘していただろうが。その悪い癖を早く直せ」


 圧倒的な実力差でイグナーツ団長が勝利し、“王の剣”に所属する騎士たちが歓声をあげている。


 一方で“王の盾”の面々は彼の想像以上の強さに驚いたのか、水を打ったように静まりかえっていた。


「肋骨が折れてるはずだ。しっかり治療しておけ……さぁ、次の相手はどいつだ!!」

「私が相手よ!!」


 大きな声で返事をしたのはブリギッテさんだった。しかし、彼女の横顔は極度に緊張しているように見えた。


 ヴォルフ部隊長でさえ赤子の手をひねるようにやられてしまったのだ。彼女が戦いを挑むのは明らかに無謀に思える。


「ブリギッテ、あなたは不戦敗ということにして、次は私が参りましょう」


 そう言ってブリギッテさんを引き留めたのはフェリクス団長だった。


「そういう訳には……」

「今のあなたでは彼に勝つことはできません」

「でも、少しでも奴の体力を減らすことができれば……」


 ブリギッテさんは涙を浮かべて抗議するが、フェリクス団長は首を左右に振るばかりだった。


「……わかりました」

「いい子ですね。応援をよろしくお願いしますよ」


 フェリクス団長は優しい声でそう言うと、ブリギッテさんの頭を優しくなでた。


「……はい……必ず勝ってくださいね」

「ええ、任せてください」


 フェリクス団長は穏やかな笑みを浮かべ、決闘の舞台へと足を進めたのだった。


◇◇◇


 フェリクスと一緒に野盗や魔物の討伐に明け暮れていたのが、まるで昨日のことのように思い出される。


(戻れるならあの頃に戻りたいものだ)


 今、俺はかつての仲間たちと相対峙している。


(俺は今から真剣でフェリクスと戦い、そして敗れなければならない)


 生き延びてこれ以上罪を重ねるわけにはいかなかった。


(どうしてこんなことになっちまったのか……)


 あれはちょうど2年前の出来事だった。


 俺はいつものように“王の剣”を率いて盗賊の討伐に向かった。


 作戦はすこぶる順調で、予定通り夕刻には盗賊の首領を追い詰めることができた。


 しかし、そいつは息も絶え絶えに笑いながらこう言った。


「うへへ……イグナーツ……今頃、お前の娘はどうなっているのやら……」


 その言葉を聞き、俺は全身の血の気が引くような思いだった。


 後の処理を部下に任せ、全力で馬を走らせて家路を急いだ。


(ネーナ!!)


 俺には一人娘がいる。妻には早くに先立たれ、唯一残された娘だけが俺の生きがいだった。


 騎士団長という立場は恨みを買いやすい。だから、普段から自宅の警備は厳重にしていた。


 雇っている使用人は身元の明らかな信用できる者で、そしてそれぞれが戦闘に長けた者ばかりだった。


 万一にも娘が傷つけられるはずがない……そう思いながらも胸騒ぎが収まらなかった。


「どけっ! どいてくれっ!!」


 王都に入っても馬の速度を落とすことなく、俺は全力で大通りを駆けた。


 必死の形相の俺を見て、人々が何事かと驚いているがそれにかまっている余裕はない。


 ようやく自宅に着いた頃には、馬は完全につぶれてしまっていた。


「ネーナ!! どこだっ!!」


 転がるようにして俺は家に駆け込み、大声で愛する娘の名前を叫んだ。


「ネーナ!!」


 しかし、娘からの返事はなく、あるのは遺棄された使用人たちの死体だけだった。


「くっそおぉぉぉぉ!!」


 俺は血を吐くほどの思いで叫び、こぶしを握って全力でテーブルを打ち付けた。


「…………これは!?」


 その時、殴られて大きく振動したテーブルの片隅に、薄汚れた1枚の紙が無造作に置かれているのに気付いた。


『お前の娘は預かった。返して欲しければ我々の指示に従え』


 無機質な字で書かれたその一文を読み、俺は怒りで震えると同時に娘がまだ生きているということに安堵していた。


 しかし、この日から俺の日常は一変したのだった。

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