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09 夏の星亭


 “夏の星亭”は小高い丘の上にあった。晴れた夜にはたくさんの星を見ることができ、値段はリーズナブルで料理も人気があった。外からやってきた冒険者だけでなく商人にも評判の宿で、空室が出ることはあまりなかった。


「残念だったね。偶然にも1室だけ空きが出るなんて……」

「満室だったから、あえてこの宿を弟君に提案したのにねぇ」

「あ~、イオっち捕獲作戦失敗だ~」


 Dランクパーティー“紅の乙女”の3人は肩を落としていた。彼女たちは“夏の星亭”が満室なのを知っていた。彼女たちもこの宿の評判を聞きつけ、ようやく2週間前に部屋を借りることができたのだ。だからこそイオリにこの宿を紹介した。間違いなく満室を理由に、宿泊を断られることを前提にして。そうすれば、流れでイオリとの相部屋に持ち込む腹づもりだった。しかし、確率の低い偶然がその野望を打ち砕いた。


「まぁ、同じ宿だからイオリ君とは何度も顔を合わせる機会はあるでしょ」

「そうね。情報交換を理由に弟君の部屋を訪ねてみてもいいわね」

「僕、どんな服を着ていこうかなぁ」


 女3人でDランクまでのし上がってきたのだ。この程度の不幸であきらめる3人ではなかった。ちなみに、彼女たちがイオリをパーティーに誘った理由は次の4点があげられる。


 1.イオリがとても可愛らしく、礼儀正しい少年だったこと。

 2.冒険者登録をしたばかりの新米で、どのパーティーにも所属していないこと。

 3.何らかの加護を持っている可能性が高いこと。

 4.空間魔法を使え、戦闘能力に秀でていると想定できたこと。


 彼女たちは偶然にも冒険者ギルドで、イオリの受付の様子を見ていたのだ。正確には、イオリの可愛い顔や美しい黒髪に見惚れていた。


 彼女たちにとって幸運だったのは、イオリの受付順が遅く、当時ギルド内にあまり冒険者がいなかったことである。3人の意見は瞬時に一致し、ライバルに取られる前に、イオリをパーティーに誘うことを即決したのだった。


「それにしても可愛かったね~、イオっち」

「お酒飲めないんですって。初々しいわね」

「周りが筋肉質の厳つい男ばっかりだから、イオリ君は本当に貴重な存在だよ」

「フード付きの服を着ていたということは、ディアナと同じ魔導士志望なのかな?」

「イオリ君は収納魔法を使えるみたいだから、たぶんそうだと思うよ」

「私と同じ魔導士……弟君、私のことお姉ちゃんて呼んでくれないかしら」

「「「……彼女いるのかなぁ……」」」


 こうして姦しい女3人の夜は更けていくのだった……


◇◇◇


「アリューシャ、よかったね! 偶然部屋が空いててさ」

「あっ、そう。良かったわね」

「1泊朝夕食事付きで銅貨4枚だって。食事、楽しみだね」

「あっ、そう。楽しみね」


 僕は綺麗な3人組と食事ができ、なおかつ人気の宿屋が空いていたという幸運にご機嫌だったが、アリューシャは完全に不機嫌モードだった。


「こっちは伊織が鼻の下を伸ばしている間、ずっと姿は隠しとかなきゃいけないし、お腹がすいても料理は食べられないし、とにかく暇だし……もう散々だったわ!」

「ええっと……」

「なによ、あんな小娘3人組。私の方がよっぽど可愛いでしょ!」

「この街の情報を得るために……」

「そもそも、あんたは冒険者ギルドの眼鏡女の時からデレデレしちゃって」

「眼鏡女って、エミリアさんのこと……」

「伊織は私のお願いなんか忘れて、異世界でハーレム生活でも送ればいいのよ! うううぅ……」


 アリューシャはぷんぷんと怒っていたが、最後には泣き出してしまった。そんなアリューシャを両手のひらに乗せ僕はアリューシャに囁いた。


「僕はアリューシャとの約束は守るよ。それに……アリューシャが一番綺麗で可愛いよ」

「ちょ、ちょっと、突然何言ってるのよ」


 アリューシャは顔を赤らめモジモジしている。そして次の瞬間、妖精の姿を解除して女神の姿になった。久しぶりに見る女神アリューシャの姿は、神秘的で優雅で艶やかだった。


「その姿に戻って大丈夫なの?」

「力は制限されたままだから問題ないわ。それより、何か言うことはないの?」

「うん、やっぱりアリューシャは美しいよ」

「それだけじゃ足りないわ」


 そう言ってアリューシャは目を閉じ、自分のピンク色の唇を指さす。僕は少しためらったが、意を決してアリューシャに顔を近づけたのだった。


◇◇◇


 翌朝、僕は冒険者ギルドに向かう準備をしていた。すでに朝食は食べている。ベーコン・目玉焼き・焼きパン・サラダ・スープなど、どれもありきたりな朝食だったがとても美味しかった。昨日から感じていたことだが、この異世界の食事事情は旧世界とかなり似ているようで安心できた。もちろんベーコンは兎の魔物クラインラビットの肉で、目玉焼きは鳥の魔物ファイゲチキンの卵という違いはあるが。


「伊織と食べた朝食は美味しかったな~、うふふふ」


 朝になると妖精の姿に戻ったアリューシャは、起きてからこの調子でずっとご機嫌である。昨夜はアリューシャと同じベッドで添い寝をした。ちょっと緊張したが、なんとか寝付くことができた。


「どうして妖精の姿に戻ったの?」

「以前話した通り、伊織についていくことを認めてもらう代償に、女神としての力を大幅に制限されているのよ。だから妖精の姿の方が身体を維持しやすいの。あ、安心してね。ここで寝るときは毎回ちゃんと元の姿に戻るから」


 というわけで、アリューシャは普段は妖精の姿で行動し、人目につかない時だけ女神の姿に戻るのだそうだ。とはいえ、妖精の姿も他人に見られると無用の混乱を招く恐れがるので、基本的には姿を消すらしい。


「伊織、今から大事なことを話すわ。心して聞きなさい!」


 妖精の姿で必死に威厳を出そうとする姿もまた可愛い。


「……本当に……本当に断腸の思いだけれど、伊織の男女交際……いや、ハーレムを認めるわ!」

「え?」

「この王国は一夫多妻が認められているわ。戦乱続きで男の数が圧倒的に少ないのよ」


 伊織にとっては寝耳に水の話だった。伊織自身は中性的な顔立ちということを自覚しており、この世界で自分が女性に好かれるとは微塵も思っていない。むしろ、この世界は完全に弱肉強食ゆえに、ひ弱に見える自分は敬遠されるだろうと思っている。


「だから、嫁を何人つくってもいいわ……くやしいけれど、それでこの国が救われるかもしれない。でも……」

「でも?」

「私を一番大切にしなさいっ!!」

「……」

「いいわね、伊織!!」

「は、はい……」


 こうして言いたいことを言ってスッキリした表情のアリューシャは、再びご機嫌モードで鼻歌を歌い出すのだった。

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