21 不実と誠実
「レイノルド様、王女殿下の件ですが……誠に申し訳ありません」
私は深々と腰を折って謝罪をしていた。その相手は我が主、レイノルド侯爵閣下である。
昨日、魔導学院に暗殺者を送り込んだのだが不首尾に終わったのだ。
(王女殿下はおそらく“祝福”されているのだろう)
これまでに何度も暗殺が未遂に終わっているのは、彼女が何らかの身を守るスキル(祝福)を持っているとしか考えられなかった。
しかし、スキルの使用には魔力が不可欠であり、今後も執拗に狙い続ければ暗殺に成功する可能性は十分にあった。
王女殿下は学院でEクラスに配属される程度にしか魔力量を有していない。
「ブルーノ伯爵、貴殿はよくやってくれている。あの“赤薔薇”のアレグリアを仕留めたのは実に見事であった」
「ありがとうございます。ですが、肝心の王女殿下は健在でございます」
先日、辺境伯の治める領都オルデンシュタインから王城へ早馬が届き、「オルトヴァルド辺境伯は何者かの手にかかり重体」との報告があった。
虚報ということも考えられたが、わざわざ王女殿下に不利になるような嘘をつく利点はない。
王女殿下は辺境伯という最大の後ろ盾を失うことになるのだ。これで彼女を見限ってこちら側に鞍替えする貴族も多数出るだろう。
辺境伯に危害を加えた“何者か”は、法務卿補佐のルーカス子爵を通じて私が手配した手練れの暗殺者だ。
辺境伯の側には剣聖とも称されるエルガー子爵が控えている。それ故に辺境拍に重傷を負わせたのは奇跡的だと言えた。
その事件以来、オルトヴァルド辺境伯は公の場にまったく姿を見せていない。
「その暗殺者への報酬はどうなっている? 次も使えそうか?」
「残念ですがその場で殺されたようで……現在は連絡が取れません」
「うむ、それは惜しいことをしたな。それほどの手練れ、今後も役に立つかと思ったのだが」
私は慌ててもう一度頭を下げた。実力のある者をもう一度探し出し、何としてでも王女殿下の暗殺を成し遂げなければならない。
「そういえば、人質にしている家族はどうしたのだ?」
「まだ確保していますが……いかがなさいますか?」
私は暗殺者を金貨のみで雇うことは決してしない。奴らがいつ裏切るか知れたものではないからだ。
だから必ず家族を人質にとるようにしている。そうすれば、依頼主を吐くような裏切り行為を防ぐことができ、そして奴らに命がけで仕事をさせることができる。
「うむ……いつものように処せ」
「かしこまりました」
暗殺が成功しようが失敗しようが、暗殺者とその家族は存在を消される。
心苦しいが、王国再興の礎になったと思ってもらうしかないだろう。
「聖女の方はどうなっている? 色良い返事はもらえたのか?」
「ルーカス子爵の話ではやはり厳しいとのことで……」
彼は法務卿補佐であり司教を兼任している優秀な男だ。
司教という立場から聖女ヨゼフィーネの側にいることが多く、聖女の説得工作は彼に一任されていた。
「ルーカス卿がそう言うのであれば聖女を手中に収めるのは難しいか……」
「残念ですが、決断される時期かと思います。万一、敵に回るようなことがあれば厄介です」
レイノルド様はしばらく考えるような素振りを見せていたが、やがて小さく「うむ」と言って頷いた。
「すぐにルーカス卿へ使いを送ります」
聖女とはいえヨゼフィーネは特に大きな力を持っているわけではない。
多少は結界魔法を使えるという話だが、常に護衛されているわけでもなく、暗殺は赤子の首をひねるように成功するだろう。
「兄はじきに死ぬ。それまでに不確定要素はすべて排除せよ」
「ははっ!!」
私は背筋を伸ばして大きな返事をすると、先程と同じように深々と頭を下げたのだった。
◇◇◇
天気は快晴。今日は祝日で魔導学院は休校だった。
ジルヴィーナが買い物に付き合ってほしいというので、僕は快く承諾し、こうして一緒に商店街を散策していた。
彼女は相変わらず派手な格好をしており、行き交う人々の注目を集めていた。
僕はフードを被りできるだけ目立たないように努めているが、どうやらそれは無駄な抵抗だったようだった。
「ごめんね~、今デート中だから」
ジルヴィーナが若い男に声をかけられたのはこれで4度目だった。
「……ちっ」
その男はジルヴィーナの隣にいる僕が男性だということを確認すると、軽く舌打ちをして去っていった。
なんとも失礼な行為だが、この男の態度はまだまともな方である。
最初の男は無理やりジルヴィーナを連れ去ろうとしたので、少しきつめにお灸をすえてやった。
「イオリちゃん、ごめんね。さっきから嫌な思いをさせちゃって」
「いや、大丈夫だよ。僕がいけないんだよ。こんなフードを被っているから」
僕は大いに反省して被っていたフードを脱いだ。
(僕が男だとはっきり分かれば、ジルヴィーナに声をかけてくる輩もいなくなるだろう……たぶん)
「さあ、行こうか」
「……うん!」
満面の笑みを浮かべたジルヴィーナは僕と腕を組み、一緒に買い物の続きを楽しんでいたのだが……
「こ、こいつです! いきなり俺に暴力を振るってきました!」
目の前にあらわれたのは、先ほど僕がお灸をすえた男だった。そしてその男の背後には2人の騎士が立っている。
「隊長、とりあえず確保しますか?」
「待て。まずは話を聞こうじゃないか」
2人の騎士が僕たちの目の前にやってきた。
一人は少し背の低いがっしりした体型の男性で、もう一人はさらに背の低い若い女性だった。
(やれやれ、面倒なことになったな)
事情を話せばこちらが正しいことは理解してもらえると思いたいが、残念ながら王都の騎士のすべてが誠実な者だとは限らないのだ。
魔導学院への入学試験の日、悪徳商人と騎士が手を組んでいた現場に僕は遭遇している。
この2人の騎士たちが納得しなければ、最悪の場合冤罪で逮捕される可能性もあった。
(万一そうなればゼアヒルトが王都騎士団に掛け合ってくれるとは思うけれど……)
しかし、ジルヴィーナとの楽しいひと時がここで終わってしまうのを何としてでも避けたかった。
「イオリちゃん……」
ジルヴィーナが心配そうな目で僕を見ていた。
「ジルヴィ、大丈夫だよ」
とにかく僕は何とかして事情を理解してもらおうと、彼らに説明を始めようとしたのだが……
「き、君は!!」
男性騎士が僕を見るなり驚きの声を上げていた。その瞬間、僕はこの男性の顔を思い出していた。
入学試験のあった日、この男性騎士は仲間の騎士に殺されそうになっていた。そこに僕が偶然通りかかり彼を助けたのだ。
「お礼を言いたくて探していたんだよ!! 私の名はヴォルフ、王都騎士団“王の盾”の部隊長を務めている」
そう言ってヴォルフ部隊長は僕の手をがっしりと両手で握り締めた。
「ブリギッテ、この少年が私の命の恩人なのさ」
「この子どもが部隊長を助けた? ……にわかに信じがたいのですが」
ブリギッテと呼ばれた女性騎士は僕のことを胡乱げな表情で見ていた。
「はっきり言おう。彼の実力は私やお前では遠く及ばん。そうだなぁ……騎士団長でも相手になるかどうか……」
「馬鹿なこと言わないでください!!」
部隊長の言葉に女性騎士は大声で反発した。周囲の人たちが何事かとこちらを見ている。
ちなみに、ここに2人の騎士を呼んだ男は、部隊長が嬉しそうな表情で会話しているのに気付くと、あっという間に逃げ出していた。
「そう怒るな。お前が騎士団長を敬愛しているのは知っている。だが、上には上がいるのだ。私はそれを思い知ったよ」
「運良く、偶然、思いがけず彼に命を助けてもらったから、部隊長は大きな勘違いをしているのです!」
女性騎士の怒りと興奮はなかなか収まりそうになかった。
「分かった分かった……とにかく、彼が私の命の恩人であることは間違いない。さしあたりお礼として昼食を御馳走したいのだが……もちろん隣の可愛らしい彼女も一緒にどうかな?」
せっかくの提案を断る理由がなかった。ちょうどお腹を空かせていた僕とジルヴィーナは、ヴォルフ部隊長の厚意に甘えることにしたのだった。




