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20 確信


「ゼアヒルト様、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが……」


 私は“女神の蹄鉄”の一員として、鉱山で遭難したあるパーティーの救援に向かっていた。


 馬車に揺られてすでに2時間、現地までまだあと4時間以上はかかるという。


「どうした? ジルヴィーナ」


 本を読んでいたゼアヒルト様が顔を上げてこちらを向いた。


 あの有名な“白薔薇”と会話をしている……それだけで緊張して手に汗をかいてしまう。


「ええっと、イオリちゃんのことなんですけど……」


 年齢が2つ上の私は彼のことを“イオリちゃん”と呼んでいる。幼さの残る彼を見ていると、私に宿る母性本能を強く揺さぶられるのだ。


 彼は爵位持ちの貴族らしいが、私がそう呼ぶことを笑って許してくれた。


「私で答えられることであれば聴こう」

「あの……ゼアヒルト様はイオリちゃんとご結婚されるのですか?」


 私がそう訪ねた瞬間、ゼアヒルト様の白く美しい顔が真っ赤に染まった。


「ち、父がイオリのことを気に入ってな……わ、私としてもそれはやぶさかではないというか……なんというか……」


 ゼアヒルト様のあまりの可愛さに私は身悶えしそうだった。普段の彼女が人前でこのような姿をさらすことなど絶対にありえない。


 それだけでゼアヒルト様のイオリちゃんへの強い想いがよく伝わってくる。


「ゼアヒルト様にお願いがあります!!」


 私は床に両膝をついて頭を垂れた。ガタガタと揺れる馬車の振動が私の心臓の音と共鳴する。


 ゼアヒルト様は子爵令嬢であり、とてもではないが平民の私が何かをお願いできる立場にはない。


 しかし、彼女には何としてでも私の要求を受け入れてもらわなければならなかった。


「どうか、どうか私を彼の側に……彼の妾になることをお許しください!!」


 私は全力で床に頭をこすりつけた。許可をもらえるまでは絶対に頭を上げるつもりはない。


「……頭を上げるんだ」

「どうかお願いします……」


 私は彼に命を救われた。そして彼の優しさに触れた。絶対に彼の側を離れたくない。


 確かにパーティーへの加入は認められた。しかし、それだけでは不安なのだ。


 しばらく同じ屋根の下で暮らしてみて、ますますその想いは強くなるばかりだった。


「そこで御者をしているエルドウィンだが……」


 メイドのエルちゃんは幌の外で馬車の御者をしてくれている。


「例えば、私がエルドウィンに対して“イオリに近づくな”と言ったとして、彼女がその命令に従うと思うか?」


 エルちゃんはイオリちゃんに対して絶対的な忠誠を誓っている。


 それは、まるで天空の神々を崇拝する様と遜色ない。


「彼女は死んでもイオリちゃんの側を離れることはないと思います」

「そうだ。だから同じように、イオリに強い想いを寄せるジルヴィーナを妨げることもできない……そうだろう?」


 私がゆっくりと顔を上げると、ゼアヒルト様は優しい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。


「それに、イオリならば必ず皆を幸せにしてくれる」


 そう話すゼアヒルト様の表情は確信に満ちており、彼のことを疑う様子は微塵も感じられなかった。


 私はゼアヒルト様ほどに彼を信頼できているのだろうか?


 私はエルちゃんのように彼に忠誠を尽くすことができるのだろうか?


 なんだかとても悔しくて、私の瞳から次々と涙がこぼれ落ちた。


(誰にも負けないくらい彼のことを愛してみせる。競争相手がゼアヒルト様であっても気後れなんてしていられない!)


 私は涙を拭うとゼアヒルト様に一礼して席に戻り、魔導学院にいる彼に思いを馳せたのだった。 


◇◇◇


「いよいよ夏の昇格試験の時期が近づいてきました」


 担任のイルメラ先生がそう告げると、教室の生徒たちは一斉にざわつき始めた。


「静粛に。これからみなさんに申請書を配りますので、自分が希望するクラスを記入しなさい」


 そう言って先生は1枚の紙を全員に配付した。


「ただし、希望を書いたからと言ってそれが認められるわけではありません。例えば“Sクラス希望”などと書いたとしても、それは私の裁量で却下します。明らかに実力不足の者に無謀な昇格試験を認めることはできません」


 有無を言わさぬ口調でそう告げる先生の目は、明らかに僕たちの方を向いていた。


 一方、隣に座る王女殿下はさっそく申請書にペンを走らせており、先生の忠告にもかかわらず大きな美しい文字で“Sクラス希望”と書いていた。


 そして書き終えるとペンを置き、席を立って先生に申請書を提出してしまった。


 それを見て僕も慌てて申請書を記入し、王女殿下に続いて先生に提出をした。


「あなたたち、私の話を聞いていなかったのですか?」


 僕たちの申請書を握る先生の手はわずかに震えていた。その様子に気付いた他の生徒たちは、口を閉じて事の成り行きを見守っている。


「馬鹿にするのもいい加減にしなさいっ!! あなたたちがSクラスへの昇格などできるはずがないでしょう!!」


 先生が突然大声を出して叫んだ。そして、僕たちがSクラスを希望したことを知ったクラスメイト達は一斉に笑い声をあげていた。


 それも当然だろう。なんせ僕と王女殿下の魔力量はこのクラスでも最低レベルなのだ。


 いや、実際にはそうではないのだが、クラスのみんなはそう思い込んでいる。彼女はまだ自分の真の力をみんなの前で示してはいなかった。


「ということは、私たちのSクラス昇格試験は認められないという事でしょうか?」

「……当然です。恥をかくだけですから」


 イルメラ先生は王女殿下の質問に対して睨みつけるような視線を送りながらそう答えた。


(相手は王女殿下であるにもかかわらず先生のこの対応は……)


 魔導学院が実力主義を採用していることは周知の事実だ。


 しかし、恐れ多くも先生の目の前にいるのは、王位継承順位が第1位のべルティーナ王女殿下なのである。


 王女殿下に対してここまで不遜な対応をとれば、通常は死罪となっても何らおかしくはない。


(彼女に対して何か個人的な遺恨があるのだろうか?)


 ちなみに、先生も王女殿下が魔力量を取り戻したことは知らない。


 王女殿下は毎日のように放課後は僕と一緒に訓練場で魔法の練習を行っている。そして、素晴らしい速度で魔導士としての素質を開花させていた。


 王女という立場にありながら、彼女の努力する姿勢に僕も大きな刺激を受けた。華やかで美しい外見とは違い、彼女の中身はひたむきで泥くさい頑張り屋だった。


 もしも先生がその事実を知っていれば、王女殿下の申請を無下に断れるはずがなかった。


「Sクラスに挑戦するために、私は何をすればよいのでしょうか?」

「……」


 王女殿下の問いに対してイルメラ先生はしばらく考えるような仕草を見せた。


「それでは、1週間後に訓練場で私と模擬戦を行いましょう。あなたたちの能力がどれほど足りていないのかをはっきりと示してあげます」

「ということは、そこでしっかりと実力を証明できれば、Sクラスへ挑戦させてもらえるということでよろしいですね?」


 王女殿下は先生の辛辣な言葉に動じることなく、背筋を真っすぐに伸ばして念押しをした。


「……わかりました。まあ、ありえないことですが」


 王女殿下と先生のやり取りを聞いて、クラスの生徒たちは大いに沸き立っていた。おそらく、彼らは王女殿下の打ちひしがれる姿を期待しているのだろう。


(人間は自分より弱く苦しい立場の者の存在に安堵する……)


 なんだか人間の醜さを突き付けられているようで、僕は少し胸が苦しかった。


 一方、自分の席に戻った王女殿下はそんな生徒たちの様子を一切気にする様子はない。


 まるで自身の勝利を確信しているかのように、前を見据えて静かに微笑みをたたえていたのだった。

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