19 再燃
美しい炎の矢が放たれ、凄まじい速度で目標物(的)に向かって飛翔し命中した。
「王女殿下、お見事です」
「……わ、私が≪フレイムアロー≫を使えた……」
信じられないという表情をした王女殿下は、少し震えている自身の両手を見つめていた。
(さすがアイーネさん。彼女に相談してよかった)
アイーネさんに依頼をしてから2週間後、無事にネックレス型のアミュレットは完成した。
王女殿下の胸元で煌びやかな宝石レッドベリルが輝いている。
「速度、威力ともに申し分ありません」
このアミュレットの効果は素晴らしく、王女殿下はかつての魔力量を間違いなく取り戻すことができていた。
それで早速その効果を確認するため、放課後に魔導学院の訓練場に行き、彼女にとって久しぶりの魔法を試してみたところだった。
この学院にはいくつかの訓練場がある。王女殿下はそのうちの一つを貸し切っており、現在この訓練場には僕たち2人しかいない。
ちなみに今日はアリューシャは留守番をしている。どうやら学院での授業があまりにも退屈なのだそうだ。
そして結果は見ての通りで、やはり彼女の魔法の能力は学院の生徒の中で……いや、人間族全体でも有数のものだと推察できた。
以前、アリューシャは王女殿下の魔力をエルフ族の平均に匹敵すると言っていた。人智を凌駕するこの才能は、王位後継争いで必ず優位に働くだろう。
「修練を積めば、さらに高位の魔法を使えるようになるはずです」
「ええ、そうね……」
「これで心置きなく上のクラスを目指すことができます」
「まだ……信じられないわ」
これまでスキルの副作用で2年以上も魔力の大半を失っていたのだ。急に魔力量が回復しても実感が沸かないのは当然なのかもしれない。
「今日はこれで終わりにしますか?」
「馬鹿言わないで。どんどん訓練して身体を慣らさないといけないわ」
そう言って王女殿下はすぐにロッドを構えて魔法の詠唱を始めた。
まだ短い付き合いだが、彼女の負けん気の強さと努力を怠らない姿勢はとても好感がもてるものだった。
「今度はちょっと大きいの試してみるわよ…………汝、我が魔素を糧に契りを結び、天焦がす紅蓮の槍を顕現せよ!」
王女殿下が大きく深呼吸をして詠唱を始めると、彼女の周囲に精霊の力が集まり前方に炎の槍が形成されていく。
「……くっ……い、行くわよ……≪フレイムランス!!≫」
次の瞬間、勢いよく放たれた巨大な炎の槍が訓練場の的に命中する。そして、魔物を模したその的は、無残にも原型をとどめていなかった。
「やったわ!」
王女殿下は年頃の女の子らしい歓声を上げて喜んでいた。しかし、彼女の顔色は青く、少し足元がおぼつかないのは一度に大量の魔力を消費したからだろう。
「殿下、今日はここまでにしましょう」
「……そうね……でも、明日も訓練に付き合ってもらうわよ」
「もちろんです」
「それと……」
彼女が何かを言いかけた次の瞬間、何者かの黒い影が素早くこちらに接近する気配に気付いた。
その影の右手には銀色に光るナイフが握られており、明確な殺意を持って王女殿下の方へ狙いを定めていた。
「……死ね」
無表情で静かな声を発した暗殺者が、王女殿下に鋭くナイフを振り下ろす。
それに対して王女殿下は恐怖心からか、身体が強張って身動きできない様子だった。
「王女殿下!!」
彼女は先程あれだけの魔力を一気に消費したのだ。
アミュレットがあるので99%大丈夫だとは思うが、“絶対防御”のスキルが必ず発動するという確証は無かった。
「させるかっ!!」
“絶影”が発動して周囲が一瞬にして灰色に染まる。暗殺者のナイフはすでに王女殿下の寸前に迫っていた。
「たあっ!!」
僕はすぐに長剣(刀)を抜くと、ナイフを握った暗殺者の右腕を斬り飛ばした。
「――ぐがっ!? ……ぬううっ!!」
しかし、暗殺者はすぐに左手でナイフを拾い上げると、右腕から血を流しながら再び王女殿下に向かって攻撃を仕掛ける。
暗殺者のその澱みない動きは、間違いなくこれまでに厳しい修練を重ねて場数を踏んだものに見えた。
「無駄だっ!!」
僕は続け様に暗殺者の左腕をも斬り落とし、さらに鳩尾を突き刺すように強く蹴りつけた。
「ぐはっ!! …………はあっ……はあっ!!」
両腕を失った暗殺者は地面に片膝をついて荒い呼吸をしている。
しかし次の瞬間、突然口から大量の血を吐くと、その場に突っ伏して動かなくなってしまった。
(自殺したか……)
できれば依頼主を確かめたかったが、残念ながらそれは不可能になってしまった。
「王女殿下、大丈夫ですか?」
僕は腰を抜かして座り込んでいる彼女に近づき手を差し出した。
普段から気丈に振舞っているが、王女殿下は僕より1つ年下の女の子なのである。いくら絶対防御のスキルがあるとはいえ、自分の命が狙われて平常心でいられるわけがなかった。
「ええ……あ、ありがとう」
そう言って王女殿下はたどたどしく僕の手を取り立ち上がった。彼女は涙目になっており、その頬は少し赤く染まっていた。
「おそらく大叔父の差し金でしょうね」
「レイノルド侯爵ですか……」
国王の命はあまり長くないという噂だ。国王が崩御すれば、王女殿下と侯爵の対立はこれまで以上のものとなるだろう。
「王女殿下のお命は必ずお守りします」
「ええ、期待しているわ。それと……」
王女殿下はまだ僕の手を握っていた。その手は少し震えているように感じられた。
「さっきも言おうと思っていたんだけど……2人でいる時は“ベル”って呼んでいいわよ」
「いや、しかし……」
さすがに王女殿下を呼び捨てにするわけにはいかない。
「あら、嫌なの?」
「嫌とかそういう問題ではなく……」
僕が返答に困っていると、彼女の美しい顔が僕の顔に急接近した。
「これは命令よ。逆らうことは許さないわ」
そう言って王女殿下が僕の眼前でいたずらっぽくほほ笑んだ。
僕が彼女のそんな表情を見たのはこれが初めてのことで、そのあまりの美しさに一瞬見惚れてしまった。
「それじゃあ帰りましょうか。校門を出るまでしっかり護衛を頼むわよ」
王女殿下は明るい声でそう言うと、ぐいぐいと僕の手を引いて歩き始めたのだった。




