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18 宝石


 王女殿下の話を聞いたその日の晩、僕はアイーネさんに何か良い解決策がないか相談することにした。


「ほう、そういう事じゃったのか……」


 大きなソファーに小さな身体を沈めたアイーネさんがうんうんと頷いている。


 その姿はどう考えても幼い女の子にしか見えず、初見で彼女がギルドマスターだと即断できる者は皆無だろう。


「それで我に頼みというのは……まあ、予想はつくがのぅ」

「王女殿下のスキルについて協力をお願いできませんか?」


 王女殿下は豊富な魔力量を持ちながら、スキル”絶対防御”を維持するために魔力の大半を割いている。


 そのため、通常の魔法を唱えるための魔力がほとんど残されていない状態にある。


「具体的には何を望む?」

「アイーネさんの創る魔道具で、王女殿下の問題を解決することはできませんか?」


 そう言いながら僕は胸元に輝くアミュレットを指した。


 このアミュレットはアイーネさんによる改造で“魔力量抑制”と”認識阻害”の能力が付与されている。


 これほどの知識と技量を持つアイーネさんならば、何か良い解決策(魔道具)を知っているのではないかと思ったのだ。


「ふむ、簡単なことじゃな」

「――本当ですか!?」


 僕は思わず立ち上がって叫んでしまった。


「おい、落ち着かんか……この場合は、おぬしのアミュレットが最適じゃな」

「このアミュレットですか?」


 僕にはアイーネさんの言葉の意味が分からなかった。


「その貴重なアミュレット、なぜエミリアとニーナはおぬしに渡したと思う?」

「ええっと……誕生日のプレゼントで……お守りだと……」


 僕は彼女たちに開いてもらった誕生日パーティーのことを思い出していた。


「そう、お守りじゃ。そのアミュレットに使われている“宝石レッドベリル”には、魔力を蓄積できるという特殊な効果がある」

「それじゃあこのアミュレットを身に着けていれば……」

「うむ、万一の場合の備えとなる」


 このアミュレットにそんな効果があるとは全く知らなかった。


 この世界では体内の魔力をすべて失うと、何らかの障害を負ったり最悪の場合は死に至るという。


 かつて僕は一度だけ魔力切れになったことがある。しかし、身体に何の障害も残らなかったのはこのアミュレットのおかげなのかもしれない。


 エミリアとニーナの心遣いに深く感謝しなければならない。


「その宝石に魔力を蓄える方法は2つある。1つは普段から身に着けておくこと。そうすれば平時に持ち主から少しずつ魔力を吸い上げて蓄積される」


 アイーネさんの言葉に思い当たる節があり、僕は「なるほど」と言って小さく頷いた。


「そして2つ目は、他者が外から魔力を一気に注ぎ込む方法じゃ」

「――そうか!!」


 アイーネさんが僕に伝えたいことをようやく理解することができた。


 宝石レッドベリルに蓄積された魔力は所有者の魔力切れを防いでくれる。


 そして宝石への魔力充填は、魔力の豊富な僕が行えば何の問題もない。


 この宝石をアイーネさんの技術でうまく加工すれば、スキル“絶対防御”によって失われた王女殿下の魔力を補填することができると考えられた。


 そうすれば、王女殿下の魔力量は本来の数値を取り戻すことができる。


 そして、魔導学院で上位のクラスを目指すことも可能になるというわけだ。


「それじゃあ、さっそくこれと同じアミュレットを準備しないと――」

「まぁ落ち着け。そのアミュレット、あまりにも特殊なものなのじゃ。いや、正確にはその宝石を手に入れるのがちと難しい。この王都にもあるかどうか……」

「ええっ!?」


 この世界でレッドベリルは希少な宝石でなかなか目にする機会はないという。


 死の森(宝の山)が隣接する領都オルデンシュタインだからこそ、エミリアたちは偶然にも手に入れることができたのではないかということだ。


「残念じゃが別の手段を検討するしかないのう。それとも、おぬしのアミュレットを王女殿下に譲るか?」

「……いえ、それはできません」

「うむ、それを聞いて安心した」


 そう言ってアイーネさんは嬉しそうな笑みを浮かべた。


 いくら相手が王女殿下とはいえ、2人の大切な思いの込められたアミュレットを手放すつもりはない。


「やっぱり、このアミュレットは高価なものなのですよね?」

「いや、他の宝石と比べて特別高価なわけではない。そもそも、レッドベリルの特殊性を活かせるのは魔法を使える魔導士だけじゃ。この国には魔法を使える者が少ないから、皆がこぞって欲しがる代物ではない」


 もしもこの宝石に金貨5枚の価値があるなどと言われたら、エミリアやニーナに金銭面で大きな負担をかけたことになり、本当に申し訳ない気持ちになる。


 アイーネさんの話を聞く限りでは、どうやらそんなに高価なものではないようで安心してよさそうである。


 僕はホッとして紅茶の入ったカップを手に取りそっと口をつけた。


「まあ……金貨10枚というところじゃろうか」

「――ぶっ!! そ、そんなにするのですか!?」


 思わず口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。


 金貨10枚、ということは2人で折半したとしても1人あたり金貨5枚。この国の都市に住む平民の年収のおよそ5年分に相当する金額だ。


「ただの善意でそれはプレゼントできん。そもそも、その宝石を手に入れようと思ったら、金だけでなく根気と伝手が必要じゃ。2人の思いを理解してもらえたかの?」


 アイーネさんの言葉に対して僕は神妙な気持ちで頷いた。


「エミリアとニーナのこと、どうかよしなに頼むぞ……」


 そう言ってアイーネさんが僕に頭を下げたとき、誰かが部屋のドアをノックした。


「アイーネ様、冒険者ギルドよりカミラ様がお見えです。いかがなさいましょうか?」


 王都の冒険者ギルドではギルドマスターが亡くなってしまい、アイーネさんはその処理のために王都に滞在している。


 そのアイーネさんに相談をするために、カミラさんがこの邸宅を訪問するのはよくあることだった。


「構わぬ。すぐにここに通せ」


 アイーネさんがメイドにそう命じてしばらくすると、いつも通り綺麗な水色の髪をポニーテールにしたカミラさんが部屋に入ってきた。


「もう、アイーネ様! もう少しギルドに顔を出してくださいよぉ。あっ、イオリ様、こんばんわ~」


 僕に頭を下げたカミラさんは、鞄から分厚い書類の束を取り出すとアイーネさんに差し出した。


「マルク鉱山に派遣された冒険者4名が行方不明。すぐに捜索隊を編成する必要があります。それと、クライン村より魔物の緊急討伐依頼です。難易度はD級相当ですが報酬が少ないこともあり引き受け手が見つかりません。他には……」


 カミラさんの怒涛の説明にアイーネさんはうんざりした表情を浮かべている。


「先日イオリ様が持ち帰った宝石の処分はいかがなさいましょうか?」


 “翠緑の先導者”との協同依頼で、僕は廃村から魔鉱石の他にたくさんの宝石を持ち帰った。これらの宝石群の回収も依頼に含まれていたので、僕はそのすべてをギルドに引き渡していた。


「宝石じゃと……――!? カミラっ!! その宝石の中にレッドベリルはあるか!?」


 アイーネさんがソファから立ち上がって大きな声を上げた。その剣幕にカミラさんは驚いて目を丸くしている。


「――えええっと……ど、どうだったかな……」


 カミラさんはすぐに鞄から別の資料を取り出すと、急いで紙をめくりながら確認を始めた。


「…………あ、あります!! 1つだけですが宝石レッドベリルに間違いありません」

「本当かっ!?」


 カミラさんの報告にアイーネさんは愁眉を開いて飛び跳ねた。やはりこうしてみると幼い少女にしか見えなかった。


「これで王女殿下の問題はなんとかなりそうじゃな。その宝石、しばらく我が預かるぞ。立派なアミュレットを作ってみせる。その代わりといってはなんじゃが……」

「先ほどの件ですね?」

「話が早くて助かる。両案件とも“女神の蹄鉄”に依頼できぬか?」


 冒険者の行方不明と村からの緊急要請、どちらも放っておけるものではない。


「すみませんが僕は王女殿下の護衛で動けません。ここは、ゼア、エル、ジルヴィの3人に頼んでみます」

「うむ、そうしてくれるとありがたい」


 僕の信頼する彼女たちならば、どちらの依頼もそつなく達成してくれるだろう。


 こうして紆余曲折ありながらも、王女殿下の魔力量の問題は解決の兆しが見えたのだった。

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