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17 布石


「閣下、よろしいでしょうか?」

「どうぞ~♪」


 すでに時刻は午後10時を過ぎているが、アレグリア様はいつも通りに執務室で仕事をされていた。


 私は縄に繋がれた1人の男を引きずりながら部屋の中に入り一礼をした。


「エルガー、お疲れ様。その男は……またなの?」

「はい、閣下のお命を狙った暗殺者に間違いありません」


 私が横目で様子を伺うと、男は観念したように両膝を床について下を向いていた。


 以前から辺境伯を狙う不届き者は存在していたが、ここ最近は殊更にその頻度が増えていた。


「あなたに暗殺を依頼した人物は誰なのかな?」


 美しい笑みを浮かべてアレグリア様が問うが、男は石像のように動かず何も答えなかった。


「教えてくれたら命を助けてあげてもいいんだけどな~♪」


 アレグリア様の懐柔にもその男は何の興味も示さなかった。


 余程の訓練を積んでいるのか、それとも家族など大切な者を人質にとられているのか。もしくは、国家の中枢に携わるほどの大物が依頼主なのかもしれない。


「……」

「もう! 何か答えなさいよ~」


 反応のない態度に業を煮やしたのか、アレグリア様がつかつかと足音を立てて男に近づく。


 一方、私は万一に備えて腰の剣に右手を置き、少しだけ身体の重心を低くしておいた。


 男の眼前で腰を下ろしたアレグリア様は、下を向く男の髪の毛をつかんで引き上げ無理やりその顔を起こした。


「法務卿補佐ルーカス・ヴァグナー子爵」

「――!?」


 唐突にアレグリア様がその名前を告げたその瞬間、ほんのわずかだが一瞬だけ男の身体が震えた。


「そう、ルーカス子爵があなたの依頼主なのね」

「違う!! “司教様”は断じて私に依頼などしていない!!」


 狼狽する男の姿から、ルーカス子爵が暗殺を計画・命令したのは明らかだった。


「ありがと♪ エルガー、もういいわよ」

「……くそっ!! 死ね!!」


 両腕を縛られて自由の利かない男は、最後の抵抗とばかりに大きな口を開けてアレグリア様の喉元に嚙みつこうとした。


「――ふんっ!!」


 その瞬間、私は剣を抜くと男の首を刎ねた。


 斬られた事に気付いていないのか、男は必至の形相で口を動かそうともがいているが、やがて首が胴から離れてポトリと床に落ちる。


「その剣って便利よね~♪」

「はい、重宝しております」


 私が男の首を両断した剣は古代魔道具の一種である。斬ったその瞬間に氷魔法が発動し、切断面が凝固して流血を防ぐ。


 アレグリア様の執務室には血の一滴も流れず、先刻ここで人が斬られたとは誰も思わないだろう。


「それで、今回もまたルーカス卿の仕業らしいわよ」

「ということはバルザック伯爵も承知の上での蛮行ということでしょうか?」

「う~ん、それはどうかなぁ……」


 ルーカス・ヴァグナー子爵は法務卿補佐の地位にあり、直属の上司は法務卿バルザック伯爵である。


 また、ヴァグナー家は代々教会の司教を輩出する家柄でもあるため、ルーカス子爵は法務卿補佐と司教を兼任する若きエリートだ。


(ルーカス子爵が法務卿の命令で動いていると考えるのが自然なのだが……)


 しかし、アレグリア様はこれまでに一度としてバルザック伯爵を疑っておらず、そして教会の長たる聖女ヨゼフィーネ様を疑う様子も一切なかった。


「閣下のお考えが正解なのでしょうな」

「あら、私だって間違うことはあるわよ」


 そう言いながら、少しだけ寂しそうに笑みを浮かべたアレグリア様はソファに腰かけた。


「ねぇ、そろそろ怒ってもいいかしら?」

「ええ、良い頃合いかと存じます」


 私がそう返答するとアレグリア様は満面の笑みを浮かべ、何事かを思案しながら目を閉じて鼻歌を歌い始めた。


 その思考を邪魔しないよう、私は静かにアレグリア様のお言葉を待ち続けた。


「……それじゃあ、ハイデマリーを至急ここに呼んでくれる?」

「ハイデマリーですか? こんな夜更けにエクスヴァルド家のメイド長をなぜ? ……いや、失礼しました。すぐに使いの者を送ります」


 グリゴアとゴッドフリート父子の反乱で命の危機に瀕して以降、アレグリア様はこれまで以上に自分に厳しくなった。


 おそらく、奴らの計画を未然に防ぐことができなかったことを後悔しているのだろう。


 しかし、あれを失敗と呼ぶのはあまりにも酷な話だ。


 グリゴアの反乱とスタンピードの発生に加え、獣人国の国境侵攻も重なった。そこにゴッドフリートの謀反とくれば、こうしてアレグリア様が生きていること自体が奇跡なのだ。


「難しい顔をして、どうしたの? ハイデマリーをここに呼ぶ理由が知りたい?」


 アレグリア様が心配そうな顔をしてこちらを見ている。しかし、我々家臣団としてはアレグリア様にこそ御自愛いただきたい所だ。


(イオリ殿がここにいてくれたらどれ程心強いことか……)


 彼が娘と一緒に王都へ発ったのが肌寒い冬の季節だった。しかし、今はすでに“水の月”も月末を迎え、もうすぐ暑い夏の季節がやってくる。


 報告では無事に魔導学院への入学を果たし、王女殿下の護衛任務に就いていると聞いた。


(不出来な娘がイオリ殿の足を引っ張っていないとよいが……)


 そう、明日は婚儀の式場の下見に行く予定だ。


 イオリ殿は初代エクスヴァルド家の当主である。彼の家格に見合う立派で盛大なものを計画しなければならない。


「……分かったわよ! 説明するから!」

「――はっ!? も、申し訳ありません」


 アレグリア様の大きな声でようやく私は我に返った。


「いい? まずは今回の暗殺について……」


 どうも最近はこういうことが多い。娘が女性としての幸せをつかんで安心したせいか、私は急に老け込んでしまったのかもしれない。


 できれば私が衰える前に早く孫の顔を見たいものである。


 イオリ殿の息子であれば謙虚さと意志の強さを兼ね備えた立派な男子となるであろう。そして、イオリ殿の娘であれば優しさと美しさを兼ね備えた才色兼備の女子となるであろう。


「……エルガー!? ちょっと、エルガーってば!!」

「――はっ!? も、申し訳ありません!」

「まぁ、あなたが驚いて声を失うのも無理ないわよね」


 どうやら大事な話を私は聞き漏らしていたらしい。


「閣下、もう一度ご教授願えますかな?」

「だから、誰もいないときは敬語はいらないってば……」


 そう言うとアレグリア様は一度小さく咳払いをした。


「今回の暗殺事件によりオルトヴァルド辺境伯は重体、世間にはこう発表しましょう。それと、ハイデマリーには手紙を……」


 アレグリア様が実に楽しそうに自分の暗殺について話をされている。


(ということは、この策の成功は間違いないということだな……)


 アレグリア様の話を聞き終え、私は執務室を出ると急いでエクスヴァルド家へ使いを走らせたのだった。

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