16 午睡
昼休みが終わり、午後からはべルティーナ王女殿下の隣の席で授業を受けることになった。
王女殿下の護衛任務が正式に決まり、彼女から学院長へ座席移動の要望が出されたようだ。
「学院長の考えることはよく分かりませんね。まぁ、似た者同士でお似合いですが……」
担任のイルメラ先生は小声でぼやきながら僕に座席変更を命じた。似た者同士とは、おそらく魔力測定値の低さのことを指しているのだろう。
王女殿下の本来の魔力値を知ったら、この先生は一体どんな反応を見せるのだろうか。
『ねぇ、アリューシャ』
『……なによ』
やはりアリューシャのご機嫌が斜めである。「帰ったら説教」の理由はまだ聞けていない。
『僕の本来の魔力値ってどれくらいあるのかな?』
以前に一度だけ僕は魔力切れを起こしたことがある。ゴッドフリートの魔の手からアレグリアを助けに向かった時だ。
あの時は最速で移動するために強化魔法を全力でかけ続け、最後は魔力切れを起こして意識を失ってしまった。
『……そうね……あの水晶の魔導具がどんな設定になっているのかは知らないけれど、平時なら“最低でも3000”くらいは出るんじゃないの?』
虫の居所が悪くても律儀に質問に答えてくれるアリューシャは本当にかわいい。
「それでは教科書の16ページを開いて……」
午後の授業が始まったが、その内容はやはりとても退屈なものだった。
「――つまり、魔法の詠唱には精霊といかに効率よく契約を結ぶかが重要で……イオリさん! 聴いているのですか!?」
「あ、す、すみません……」
「まったく……あなたは誰よりも努力しないといけないんですよ!!」
午後の授業での新しい発見は何もなさそうだった。これならば、アリューシャにもらった魔導書を使っ自習をした方が何倍も有意に思える。
一方で王女殿下は授業内容を丁寧にノートに書き写していた。それは彼女の生来の生真面目さが如実に表れた、整然としてとても美しいものだった。
この性格ゆえに祖父の老衰・王位継承問題・暗殺未遂・国家の展望など、彼女は自身の抱える問題に日々悩まされ心を痛めているのだろう。
普段から気丈に振舞っているようだが、それが逆に痛々しさを感じさせる。
「――魔法の詠唱には当然ながら魔力が必要になります。魔力の量は個々人によって大きな差がありますが、努力を重ねることで増やすことは可能です。かつて賢者ブラームスは……」
さて、僕の周囲にいる女性たちならば、この先生の授業に対してどんな反応を見せるのだろうか?
『ふふん、そういうのは私に任せなさい!』
突然そう言って僕の右肩に座るアリューシャが物まねを始めた。
『う~ん、ダメねぇ♪ 説明があまりにも抽象的で分かり辛いわ。自身の経験値が絶対的に不足しているからそうなるのよ。あなた、明日からしばらく休んで研鑽を積んできなさい♪』
(笑顔で辛辣な言葉を吐くのはアレグリアに違いない)
『ふむ。教科書の理論だけでは分かりにくいので実践を交えてはどうだろう? やはり実際に目にした方が皆の理解も深まると思う。よければ私にも協力させてくれないか?』
(まじめに授業の改善を提案するのはゼアヒルトだね)
『時間の無駄ですので退席させていただきたいのですが……えっ!? ご主人様が代わりに講義を……なんと恐れ多いことでしょう。私の全身全霊をかけて拝聴させていただきますわ』
(これはどう考えてもエルドウィンしかいない)
『まったく、我はおぬしがおむつをしている頃から最前線で戦っておるのじゃ。何が楽しくてこんなにもつまらぬ話を聞かねばならぬのじゃ。それにしても天下の魔導学院も落ちぶれたものよの。昔はもっと……』
(この尊大な物言いはアイーネさん一択だ)
『退屈だねぇ……あ、そうだ! さっき屋台で串焼きを買ってきてたんだ。一緒に食べない? 授業中? 大丈夫だって。バレないように食べようよ。ほら、半分どーぞ♪』
(可愛らしさと天然っぽさの融合はジルヴィーナ)
あまりにもアリューシャの物まねが似ていて思わず吹き出してしまった。その瞬間、イルメラ先生が鋭い目つきでこちらを睨むので、僕は表情を引き締めて背筋を伸ばした。
『どう? なかなかやるでしょ?』
『正直言って驚いたよ。ところで、アリューシャはこの授業をどう思っているの?』
僕に尋ねられたアリューシャは小さく咳ばらいをした。
『……つまらん! おやすみ!』
『――ぷっ!!』
再び僕は吹き出してしまい、イルメラ先生からまたしても注意を受けてしまった。一方で王女殿下も怪訝そうな表情でこちらを見ている。
これではまずいと思い僕が心を無にしていると、すぐに僕の右肩からアリューシャ寝息が聞こえてきたのだった。
◇◇◇
「それでは、今日はここまでです」
魔導学院の初日が終わり、僕は正門前で王女殿下を迎えに来たユーディットと護衛を交代した。
「にぃにぃ……ちがっ……い、イオリ殿、ご苦労様でした。ここからは私にお任せくださりませ」
ぎこちない言葉遣いと表情でユーディットが護衛任務を引き継いだ。
その姿に思わず笑みをこぼすとユーディットが目に涙を浮かべたので、僕は慌てて謝りながら彼女の頭をなでなでした。
「あなたたち、一体どういう関係なの?」
いぶかしげな表情で王女殿下が僕の方を見た。何も事情を知らない彼女からすれば当然の反応だろう。僕が説明しようとすると、先にユーディットが口を開いた。
「にぃにぃはユーディのにぃにぃで……にぃにぃは強くて優しくて魔法がすごくて……にぃにぃに髪を乾かしてもらうととても気持ちいいのです!」
拙い言葉で懸命に説明しようとするユーディット。その様子を王女殿下は目を丸くして見ていた。
「……まぁ、ユーディットが信頼しているというのはよく分かったわ。それじゃあ、明日以降もよろしく頼むわね」
こうして王女殿下と別れ、僕たちはアイーネ邸に戻ったのだが……
「ご主人様、アーシェ様、お帰りなさいませ」
「ちょっとエルちゃん聞いてよ!! 伊織ったら王女殿下にまで甘い言葉を使って……」
どうやらアリューシャの機嫌が悪かったのはこれが原因らしい。しかし、完全に話し相手を間違っていることに彼女は気付いていない。
「流石はご主人様でございます。王国の姫を篭絡するなど……」
「きぃ~っ!! ゼアちゃんどこ!? ゼアちゃん聞いてよ~!!」
こうしてなぜか僕はエルドウィンに褒められ、そしてアリューシャとゼアヒルトから説教をされたのだった。




