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15 信任


「アリアお姉さまが何の考えもなしにあなたを寄越すはずがないのよね……これは一体どういうことなのかしら?」


 紹介状は間違いなくお姉さまの文字だ。私が憧れる彼女の文字を見間違うはずがない。


 私はお姉さまを信じている。


 お姉さまが彼に護衛を依頼したことには必ず何かの理由があるはずだ。


 彼は歴代最低の魔力で魔導学院に入学してきた。それは間違いのない事実で、私も入学試験の現場にいたのだから疑いようもない。


(Eクラスに入るためにあらかじめ魔力量を調整していた? いえ、そんな器用なこと普通の人間には不可能よ)


 彼に期待できることは何もないはずなのだが、“イオリ”と名乗った少年は何だか不思議な……魅力的な雰囲気を持っていた。


(それにしても、嫉妬するほど綺麗な顔立ちをしているわね)


 彼はこの世界では珍しい黒い髪と瞳をしており、冒険者にしてはあまりにも華奢な体つきだ。年齢も私よりわずかに1歳年上だという。


 しかし、アリアお姉さまが爵位を授けるほどに信頼している少年なのだ。


 こちらをじっと見つめる彼の漆黒の瞳に、私はなんだか吸い込まれそうな不思議な感覚を覚えていた。


「殿下のこれまでの測定値で最高の数値を教えていただけませんか?」


 私の魔力量を問う彼に対し、失笑されるの覚悟して正直に数値を答えた。


 しかし私の予想は外れ、“315”という私の返答に対して彼は特に何の反応も見せなかった。


 多くの者は私の話を聞くと、疑いの視線、憐れむような表情、馬鹿にしたような態度を見せる。


 確かにその気持ちも分かる。それほどに私の告げた数値は人間族の常識からかけ離れたものなのだ。


(そういった素振りさえ見せない彼は信頼するに足る人物なのかも……――!?)


 ふと気が付くと、いつの間にか彼が美しいナイフを手にしているのに気付いた。一瞬身体が震えたが、私は決して取り乱すことはなかった。


 その理由は2つある。


 1つは“彼がお姉さまに派遣された護衛である”ということ。そしてもう1つは“彼には私を傷つけることはできない”ということだ。


 私には女神様に授かった特殊なスキル(祝福)がある。


 それが自発型のスキル“絶対防御”だ。


 2年前……お爺様を見舞った帰りに私は人生で初めての襲撃を受けた。


 暗殺者は総勢5名で、私の護衛たちは奮闘して4人を倒したがそこで力尽きた。


 最後に残った暗殺者のリーダーがゆっくりとこちらに近づくが、私の身体は震えるばかりで、魔法で反撃しようとはつゆほども思わなかった。


 私は死を覚悟してうずくまっていた。しかし、そこで信じられないような出来事が起きる。


 暗殺者の剣が私の首筋に迫るその瞬間、唐突に私の身体の周囲に魔法障壁があらわれたのだ。


 半透明の黄金色に輝く障壁は暗殺者の攻撃を完全に防ぎ、さらにはその暗殺者を弾き飛ばしてしまった。


 直後に騎士や衛兵が駆けつけ、気を失っていた暗殺者は捕縛されて私は奇跡的に一命を取り留めた。


 その後も私は2度襲撃されたが、すべて“絶対防御”のスキルによって身を守ることができた。


(もしも彼がナイフで私を攻撃をしてもそれは意味のないこと……)


 そう考えていると、いつの間にか目の前にいた彼の姿が消えていた。そして、気付いた時には私のスキルが発動していたのだった。


◇◇◇


 ――キイィィィィン


 王女殿下の背後に回り込んで振り下ろされた僕の攻撃は、彼女のスキルによって完全に防がれていた。


 ナイフと障壁がぶつかり合う無機質な金属音が響き、こちらに振り向いた王女殿下と目が合う。


「……う、うそっ!?」


 王女殿下の瞳が驚きと恐怖の色に染まっていた。おそらくその理由は“障壁にひびが入り始めていた”からだろう。


 結局、慈愛のナイフでの攻撃は弾き返されたが、一方で彼女の障壁も粉々に砕け散っていた。


 もちろん彼女には傷一つないのだが、大きく目を見開いた彼女は顔を青くして意識を失いそうになっていた。


『伊織、マナポーション!! 早く!!』


 アリューシャの声に反応した僕は≪ストレージ≫からマナポーションを取り出すと、すぐに無理やり王女殿下の口に流し込んだ。


『魔力切れだね』

『ええ、彼女のスキルは膨大な魔力を必要とするわ』


 障壁が砕けるほど強力な攻撃を防ぐため、彼女は持っている魔力のほとんどを使い果たしたのだろう。


 魔力を持つ人間が急速に魔力を失うと、身体に大きな負荷がかかり最悪の場合は死に至る。


『これが王女殿下の魔力量低下の原因?』

『そうよ。スキルを自動的に発動するためには、その分の魔力をあらかじめ担保しておく必要があるの』


 王女殿下のスキルは強力だがその代償も大きいということだ。この特徴はスキル(祝福)にはよく見られるようで、その最たる例がエルガーさんの“閃光”だろう。


『老後のために事前に給料から保険料を支払っておくようなものだね』

『……ぜんぜん意味が分かんないんだけど』


 僕らがそんな会話(念話)をしていると、咳込みながら王女殿下が意識を取り戻した。


「……あなた、とんでもないわね。一流の暗殺者でも攻略できなかった私の障壁を、たったの1撃で砕くなんて……」


 王女殿下はあっけにとられた表情をしていた。それほど自分のスキルに自信があったのだろう。


「これで私のスキルが絶対ではないことが証明されたわね。まあ、薄々分かっていたこと……だからこそ有能な護衛が必要なのよ」


 そう、彼女のスキルは万能ではない。


 問題は耐久性というよりも、発動のために膨大な魔力を必要とする点だ。


 立て続けに襲われれば魔力が尽きて障壁を張ることができなくなってしまう。彼女の魔力量は常人と比べてかなり多いが、それでも数回も発動すれば今回のような結果を招くだろう。


 それを理解していたがゆえに信頼できる護衛を必要としたのだ。彼女のスキルが無敵ならば護衛など一切必要ない。


「殿下、護衛はどうか私にお任せください」

「……そうね、お願いするわ。あなたの本当の実力は十分に分かったから」


 彼女は安心したような微笑を浮かべ、そして納得したように小さく頷いた。


「それと……よかったら一緒に“S卒”を目指しませんか?」


 僕の提案に彼女は目を白黒させ……やがて吹き出して笑い始めた。


「うふふっ……いいわよ。何か秘策があるなら教えてちょうだい。言っておくけれど、今の私は低級魔法で精一杯よ。なんせ普段の魔力量はクラスでも最底辺なんだから」


 そう言いつつも、彼女の瞳は何かを期待しているかのように輝いている。先ほどまでの暗い表情が噓のようだった。


「何か良い解決方法がないか仲間と相談してみます。あと……」

「ん? なあに?」

「王女殿下の笑顔はとても素敵ですね」

「――えっ!? ……あ、ありがとう」


 僕の言葉に王女殿下は恥ずかしそうに頬を赤く染め、一方で僕は頬をアリューシャに引っ張られていた。


『伊織、帰ったら説教だからね』


 こうして僕は無事に(?)王女殿下の護衛の任務に当たることを許されたのだった。

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