14 王女
翌日の合格発表で僕は無事に魔導学院への入学を認められ、目的通りに王女殿下のいるEクラスへの配属が決まった。
実力者であるグスタフとの対戦(試験)で勝利したものの、やはり僕の魔力量の少なさが低評価となりEクラスになったらしい。
一方、グスタフは魔力量と光魔法の技量を評価され、なんとSクラスへの配属となったようだった。
ところでその魔力量についてだが、この世界にはレベルやステータスという概念がない。
それなのに水晶の魔導具で魔力量を数値化できる。これは一体どういう仕組みなのかをアリューシャに尋ねてみた。
『あれは手をかざした瞬間に対象の魔力を一部吸収し、その人のおおよその魔力量を予測するものなの。だから“魔力量の最大値”を確実に測定できるわけではないのよ』
『……よく分からない』
『例えば、魔力の枯渇した賢者が測定してもまともな数値は出ないってことよ』
やはりこの世界でレベルやステータスを客観的に表示することは難しいようだった。
「Eクラスの担任のイルメラです。これから厳しく指導してきますので覚悟しておいてください」
厳しい言葉を吐くEクラスの担任の先生は、見るからに真面目そうな眼鏡をかけた若い女性だった。
「退学希望ならいつでも受け付けていますので遠慮なく申し出るように」
美しく整った顔立ちをしているが、愛想のなさがそのすべてを打ち消していた。
「最初に自己紹介をしてもらいます」
今回の入学試験でEクラスになったのは僕だけだ。教室に案内されると、Eクラスの生徒は全体で15名ほどで、他のクラスの生徒数と比べるとやや少ないようだった。
「今日からこのクラスでお世話になるイオリです。みんなと一緒にSクラスを目指して一生懸命頑張りたいと思います」
魔導学院では定期的にクラスの入れ替えが行われる。精進すれば上のクラスを目指すことも可能なのである。
だが、僕が自己紹介をするとざわついていた教室が一瞬で静まり返った。
そして次の瞬間、教室中に爆笑の渦が広がった。
「あははは! 私たちがSクラスになんてなれるわけないじゃん!」
「寝ぼけてるのか!? 夢はベッドの中だけで見てろって!」
しばらく教室は生徒の笑い声で騒がしかったが、僕の他に笑っていない生徒が1人だけいた。
(べルティーナ王女殿下……)
王女殿下は黙って前を向いて座っている。ただ、僕にはなんだか彼女が悔しそうな表情をしているように見えた。
「威勢はいいですが、あなたは魔力量を増やす努力をしないといけません。魔力量がたったの27で合格とは奇跡です。先生も驚きました」
先生の遠慮のない辛辣な言葉に、再び生徒たちの笑い声が教室に響いた。どうやら魔力量27での入学は歴代最低ということのようだった。
「なんだか自信が出てきちゃった~。私よりも魔力量が低い子がいるなんて……」
「そうだな。あいつと比べたら俺たちは優等生だぞ!」
生徒たちの様子を見ていたアリューシャが小さくため息をついていた。
『ここにいるみんなは人間族の希望なのにね。その自覚と誇りを持ってくれないかな……』
人間族はその多くが魔力を失っている。Eクラスとはいえども、魔法を使える彼らは己の才を磨いて国家の発展に貢献すべき存在なのだ。
もちろん、人間族が近いうちに滅亡するという現実を知らない彼らにそれを要求するのは酷な話なのだろう。
僕がそんなことを考えている間も、Eクラスの生徒たちは愉快そうに会話を続けていたのだった。
◇◇◇
「あなたが新しい護衛なのね」
「はい、王女殿下」
昼休みの時間、僕は別室でべルティーナ王女殿下と2人っきりで話をしていた。
(僕が暗殺者だとは考えないのだろうか? それとも何か自分の身を守る術があるのだろうか?)
王女殿下の大胆ともいえる行動に僕は少し疑問を感じていた。
「男爵位を授かっておりますイオリ・エクスヴァルドと申します」
改めて自分が王女殿下の新しい護衛であることを告げ、アレグリアから預かっていた紹介状を手渡した。
「……間違いなくお姉さまの直筆の文だわ。それにしても男爵家の当主が自ら護衛なんて……」
椅子に座るべルティーナ王女殿下はローズゴールドのストレートの髪をかき上げた。その仕草はまるでアレグリアのようだが、一方でなんだか虚勢を張っているようにも見えた。
「殿下、私はもともとは平民で冒険者です。それに私の爵位は一代限りのものであり、名誉には思いますが特に固執しているわけではありません」
王女殿下はじっと手紙を見つめており、僕の話を聞いているのかどうか分からなかった。
切り揃えられた前髪は眉毛と平行に整えられ、彼女の美しい顔をより一層際立たせている。
「……もう一度確認するわよ。アリアお姉さまがあなたを護衛として私の下へ派遣した。それで間違っていないわね?」
「はい、アレグリア・オルトヴァルド辺境伯の命を受けて王女殿下の護衛に参りました」
僕の返答を聞いて王女殿下は小さくため息をついた。僕より1つ年下のはずだが、美しい彼女のため息はそれだけで絵になる。
「あなたの入学試験の様子を見ていたわ。間違いなく魔力は27……他に特技は? 冒険者だったのでしょう?」
「剣術と回復魔法には多少の自信があります」
僕の答えが気に入らなかったのだろうか。王女殿下は首を小さく左右に振った。
「これまでに私は3度の襲撃を受け、すでに7人の護衛を失っているわ。そして今では襲撃を恐れて誰も護衛をやりたがらない……」
「命を賭して王女殿下をお守りいたします」
「あなたにそれができるのかどうかが心配なのよ!」
王女殿下がそう思うのも無理はない。なんせ僕は入学者の中で歴代最低の魔力量なのだから。
(さて、どうしよう? 信頼を得るために何らかの実力を示すべきなのかな?)
僕の使命は王女殿下の護衛依頼をしっかりと果たすこと。そして、王女殿下を少しでも上のクラスで卒業させることだ。
王位継承争いでの王女殿下を勝利のため、なんとしてでも彼女を“Sクラス卒業”に導きたい。
“S卒”はこの王国の魔導士にとって最高の名誉であり、王者として相応しい才能の持ち主であるという証拠となる。
「アリアお姉さまが何の考えもなしにあなたを寄越すはずがないのよね……これは一体どういうことなのかしら?」
王女殿下は何やら考え込んでいるが、僕はそんな彼女の姿を見ていて違和感を持った。
『ねぇ、アリューシャ。王女殿下の魔力だけど……なんだか変じゃない?』
『さっそく気付いたわね。彼女に聞いてみたら?』
アリューシャが答えを教えてくれないので、僕は直に王女殿下に尋ねてみることにした。
「殿下、失礼ながら魔力量を教えていただけませんか?」
「…………入学試験での測定値は48よ。まぁ、あなたより多少は上ね」
王女殿下の返答はなんだか歯切れの悪いものだった。そこで、僕は続けて質問を投げかけた。
「これまでの測定値での最高の数値を教えていただけませんか?」
「それは……ええっと……」
彼女は言葉を濁し、明らかに返答をためらっていた。
「殿下?」
「…………315…………う、嘘じゃないから!!」
長い沈黙ののち、王女殿下は顔を真っ赤にしてとんでもない数値を告げた。
『315ってどれくらいすごいの?』
『想像でしかないけれど、エルフ族の平均値くらいじゃないの』
ということで、かつての王女殿下はそれほどの魔力量を誇っていたという。
まだ若い彼女ならば、その数値は修練を積めばさらに伸びると想像できた。
(それがどうして48にまで落ちてしまったのだろうか?)
おそらく何かきっかけがあったのではないかと思い、いつ頃から魔力量が減ったのかを尋ねてみた。
「はっきりとは覚えていないけれど、お爺様が倒れられた頃かしら? ……そう、間違いないわね。ちょうどその頃に初めて命を狙われたから……」
王女殿下の話によると、国王(祖父)を見舞った帰りに彼女は襲撃にあったのだという。
奇跡的に身を守ることに成功したが、後日いつものように魔法を練習しようとして自身の魔力が大きく減っていることに気付いたのだそうだ。
「以前は高度な魔法が使えていたの。でも、今の魔力では単純な火魔法で精一杯よ」
王女殿下は悲しそうな顔をしているが、一方で僕は希望の灯を目にした気持ちになった。
2年前、つまり若干13歳にして魔力量は300を超え、高度な魔法を詠唱することができた。
彼女がかつての魔力を取り戻しさえすれば“S卒”も夢ではない。原因さえはっきりすれば、解決の糸口はきっと見つかるだろう。
『アリューシャには原因が分かるの?』
『当然でしょ。でも、あまり言いたくないわね……』
なぜかアリューシャが答えを教えてくれない。そして、なぜか少し不機嫌そうに見える。
『あれ? ご機嫌斜めなの?』
『――そ、そんなことないわよ! わ、分かったわよ。教えればいいんでしょ!』
アリューシャが怒っている理由が僕には全く思い当たらなかった。
『“慈愛のナイフ”を準備しなさい』
『ナイフ?』
アリューシャの言葉の意味が全く分からないが、僕は言われた通りに≪ストレージ≫からナイフを取り出した。
『それで彼女を攻撃しなさい』
『え? ええっ!?』
『ほらほら、早くしなさいよ!』
突然の提案に戸惑うが、アリューシャがそう言うのだからきっと大丈夫なのだろう。
僕はアリューシャを信じているし、一蓮托生・運命共同体のパートナーだと思っている。
『わかったよ……“絶影”』
覚悟を決めた僕は王女殿下の背後に回り込み、ナイフを彼女の背中めがけて振り下ろした。
――キイィィィィン!!
その瞬間、辺りに無機質な金属音が響いて僕のナイフは弾き返された。
「なっ!?」
一方、王女殿下の身体には傷一つとしてついた様子はない。
『これは!?』
『……祝福ね。“絶対防御”のスキルよ。この能力で彼女は命を繋いできたのでしょうね』
王女殿下の魔力量減少と自己防衛のスキル……僕の頭の中で、ある1つの仮説が思い浮かんだのだった。




