13 逆鱗
「ご主人様、素晴らしい演技でした」
入学試験が終わり、僕はエルドウィンと一緒に大通りを歩いていた。試験の結果は明日にでも発表されるらしい。
合格できたのかどうか不安に思いながら歩いていると、僕らとすれ違う人々が何人も振り返ってこちらを見ているのに気付いた。
「やっぱりエルが綺麗だから、みんながこっちを見ているよ」
「そんなことはございません。ご主人様の神々しさに皆が振り返っているのです」
エルドウィンは普段はほとんど無表情で淡々と仕事をこなしている。ただし、僕の前では様々な表情を見せてくれて、そのギャップがとても愛らしい。
『ふたりとも、私がいること忘れないでよ』
アリューシャの言葉に僕は苦笑いを浮かべ、エルドウィンは申し訳なさそうな表情をしていた。
『ところで伊織、もちろん気付いているわよね?』
アリューシャの問いかけに僕は無言で頷いた。どうやら何者かが僕らの後をつけているようなのだ。
「グスタフとその一味のようだね」
『懲りない連中よね』
僕たちは仕方なく人気のない路地に入り込み、しばらく歩くと少し開けた場所に出た。
すると予想通り、すぐにグスタフたちがすぐに背後から声をかけてきた。
「おい、待てよ。さっきはよくもこの俺に恥をかかせてくれたな!」
「グスタフ様に逆らうとどうなるか教えてやるぜ」
「お前たち感謝しろ、まとめてグスタフ様の奴隷にしてやる」
醜い笑みを浮かべた彼らは訳の分からないことを言っていた。
「あっ、わざわざ高価なロッドを届けに来てくれたのですか? ありがとうございます!」
「……貴様っ!!」
賭けをしていたことを思いだして僕がグスタフのロッドを要求すると、彼は顔を真っ赤にして怒りの形相を見せた。
「調子に乗るのもいい加減にしろ……ここで殺してやる。次はまぐれはないと思え!」
そう言ってグスタフはロッドを構えて魔法の詠唱を始めた。やはり彼の魔法の実力は相当なもので、流れるように光の矢が形成されていく。
また、取り巻きの2人もそれぞれ火魔法と土魔法を詠唱している。彼らもまた優秀で、魔導学院の入学試験に合格できる程度の能力を持っているようだ。
「ご主人様、ここはエルドウィンにお任せください」
彼女はこちらを向いて静かに言ったつもりなのだろうが……相当に怒りを募らせているのが僕にはよく分かった。
「……じゃあ、エルに任せるよ。ええっと、ほどほどにね」
僕の返答にエルドウィンの氷のような表情が一瞬だけほころんだ。
しかし、すぐに元の厳しい顔に戻ると、彼女はガーターホルスターから短剣を数本抜いて構えた。
「なんだぁ? その女が戦うのか? ははははっ!!」
「ぎゃははっ! 情けねえ男だぜ。メイドに守ってもらうのかよ!?」
「くくくっ、短剣で魔法に勝てるわけがないだろうが」
グスタフたちはエルドウィンを見て大笑いをしていた。その一方で彼女の方は、まるで何か汚いものを見ているかのような表情をしている。
「ふぅ……弱い雑魚ほどよく吠えますね」
「――何だとっ!!」
「ぐっ……お前も殺してやる!!」
「死ねっ!!」
エルドウィンのため息交じりの挑発を受けて、グスタフたちは一斉に魔法を放って攻撃をしかけた。
「≪ホーリーアロー!!≫」
「≪ファイアボール!!≫」
「≪アースバレット!!≫」
光の矢、炎の弾、土の塊がエルドウィンに向けて次々と放たれる。それらは、まだ学院に入学前の者としては申し分ないほどの威力と精度をもっていた。
魔法が使えない者が大半の人間族の中では、この3人は間違いなくすばらしい実力を秘めている。
『彼らが才能に溺れることなく真面目に勉学に励めば、きっと優秀な魔導士に成長するだろうね』
『それはおそらく無理な話よ。伊織と違って彼らには謙虚さが微塵も無いもの』
普通の人間ならばこれらの攻撃魔法を避ける術はなく、重傷か死を覚悟することになるのだろう。
しかし、エルドウィンはそれらの攻撃を全く意に介していなかった。
「風の精霊ジンに命じるわ。ご主人様の名の下に、迅速に私に力を貸しなさい」
エルドウィンが呟いた文言はまるで魔法詠唱の体をなしていないが、彼女の周囲に強力な精霊の力が集まっているのが分かる。
『ジン、何だか喜んでいるみたいね。よっぽど彼女のことが気に入ってるみたいよ』
『精霊ジンって男性なの? 精霊シルフは女性かな?』
『精霊に性別は無いわよ。まぁ、ジンの見た目は男っぽいかなぁ……』
僕らの会話(念話)を他所に、あっという間に3種の魔法はエルドウィンの目前へと迫っていた。
「……つまらない魔法ですね」
そう呟いた彼女は魔力を付与した短剣を投げて炎の弾を相殺した。
そして、土の塊を華麗な足さばきで難なくかわし、最後に光の矢を風の力で受け流して完全に防いだ。
エルドウィンの風魔法は無詠唱に近い素晴らしい出来栄えで、グスタフたちの魔法攻撃は“使徒の加護”を得たエルドウィンの前ではまったくの無力だった。
彼女は何事もなかったかのように涼しい顔をして立っている。
「な、なんだお前は……」
予想だにしていなかったエルドウィンの力に驚いたのだろう。彼女の実力を知り、3人は口を開けたまま完全が動きが止まってしまっていた。
「戦場で呆けていると死にますよ?」
そう告げた次の瞬間、エルドウィンが放った3本のナイフが高速で飛翔し、グスタフら3人の頬を一斉に切り裂いて血飛沫が舞った。
「――ば、化け物かっ!?」
「――ひいいいいっ!!」
「――あわわわわわ……」
グスタフはたち腰を抜かして座り込み、さらに取り巻きの2人は股間を濡らしていた。
「ご主人様は“ほどほどに”と仰いました……」
冷たい目をしながら少しずつエルドウィンが彼らに近づく。
「それは腕を斬っても良いということでしょうか? それとも目を潰して良いということでしょうか? はたまた、足を千切っても良いのかもしれません……」
妖しい笑みを浮かべるエルドウィンの恐ろしい言葉に、3人の身体はガタガタと震え出していた。
「お、覚えてやがれっ!!」
「必ず復讐してやるからな!!」
「絶対に後悔させてやる!!」
そう叫んだグスタフたちは、血の流れる頬を片手で押さえながら地面を這うようにして逃げだした。
「ご主人様……こんな所でよろしかったのでしょうか?」
そして、そんな彼らを一顧だにせず、エルドウィンはこちらを見て可愛らしく首をかしげていたのだった。




