12 三枚目
「それでは、次は21番! 速やかにこちらへ来なさい!」
番号を呼ばれた僕が試験官のもとに向かうと、目の前に小ぶりの水晶を差し出された。
「対戦の前に魔力の測定を行います。手を開いてこの水晶にかざしなさい」
隣を見ると、僕の対戦相手であるグスタフも同様のことを試験官に指示されていた。
(これはまずいことになったな……)
魔力を測定されるのは何の問題もない。
アイーネさんにお願いしていたアミュレットの改良はすでに済んでおり、僕はそれを受け取って身に着けている。
このアミュレットのおかげで間違いなく魔力の測定値は低い数値になるだろう。
問題なのは、僕の加護を知られる危険性があるということだ。
かつて冒険者ギルドでエミリアが腰を抜かしたように、ここで大騒ぎになってしまえば王女殿下の護衛に支障が出てしまう。
「早くしなさい!」
「くくくっ、測定値に自身がないのか? はははっ、俺の数値は135だ!!」
試験官が僕を急かし、グスタフは馬鹿にしたように笑っている。彼の様子から、おそらく135という数値はこの国では優秀な方なのだろう。
『伊織、気にしなくていいわよ』
僕が逡巡していると、アリューシャが僕の頬をつつきながら話しかけてきた。
『あのハーフエルフ、こうなることもお見通しだったみたいよ。そのアミュレット、認識阻害の機能も付与されているわ』
アリューシャの話によると、このアミュレットは僕の魔力を抑制するだけでなく加護をも隠してくれるらしい。
アミュレットを預けていた間、忙しい中でアイーネさんはどれほどの心血を注いで改良に取り組んでくれたのか……ただただ彼女には感謝するばかりだ。
「ううむ、魔力の数値は27か……特筆すべき加護もなし……」
試験官が呟きながら記録用紙に筆を走らせていた。どうやらアミュレットは完全に機能しているようだ。
「27!? くくくく……くははははは!! そんな魔力で俺に勝負を挑んだのか!? しかも……しかも加護なしだと!? 魔法の詠唱すらおぼつかないのではないのか?」
僕の数値を盗み見たギュスターヴは腹を抱えて笑い、会場にいた他の受検者たちもあきれた表情を浮かべ、多くが失笑を漏らしていた。
「グスタフ様、場をわきまえて下さい。伯爵様のご子息といえども他の受検者を侮辱するなど……」
「いや~、悪い悪い。あまりにも面白かったものでつい。くふふ……」
試験官が彼を注意するがまったく悪びれた様子は全くなかった。そして、試験官も国家の重臣の息子をそれ以上注意することはできないようだった。
「では、障壁を張るのでこちらに来なさい」
僕に対して試験官が魔法を詠唱し、身体を包むように障壁が張られた。
「君、自信がなければ辞退をしても良いのだよ?」
試験官が小さな声で告げるが、もちろん僕はその申し出を断った。
「そうか……それでは、試合を始めます。障壁が割れた時点で決着とする……始めっ!!」
試合が始まるとグスタフはすぐにロッドを構えた。今回の賭けに僕が勝利すれば、その立派なロッドを貰えることになっている。
(別に欲しくないけれど、売ればそこそこの金額になりそうだ。そのお金でみんなにお土産でも買って帰ろう。特にアイーネさんには十分にお礼をしないとね)
僕がみんなのお土産について考えていると、グスタフはすでに魔法の詠唱を始めていて彼の周囲に魔力の奔流が渦巻く。
確かにこの少年の実力はかなりのもので、すぐに立派な光の矢が形成されようとしている。
「くくく……驚いたか? 俺は光の精霊ウィスプの加護持ちだ。加護なしのお前がどんなに努力しても俺に追いつくことは出来ない!」
グスタフが生み出した見事な光の矢に周囲の受験生たちも歓声をあげていた。試験官たちも驚いた表情でひそひそと会話を交わしている。
「どうだ! 俺の光魔法は? まさにグロースエールデン王国の英雄に相応しい実力!!」
グスタフは自分の力に陶酔するかのような表情を浮かべている。
「あの女はこの俺の召使いとなるのだ!! 死ねっ!!」
これは入学試験であって決闘ではない。しかし彼は完全に僕を殺すつもりで魔法を放っていた。
その証拠にすぐに≪絶影≫が発動して世界が白黒に変わる。おそらく僕に張られた障壁では威力を相殺することはできないのだろう。
≪絶影≫は危機を自動的に感知して発動するスキルであり、この世界に来てこれまでに何度も助けられている。
(さて、どうしたものかな……)
アレグリアとの話では、僕の実力は極力隠すようにとのことだった。もちろんそれはレイノルド侯爵を警戒させないためだ。
アレグリア辺境伯の手配で王女殿下に凄腕の護衛がついたとなれば、レイノルド伯爵がどのような行動に出るか予測できない。
「イオくんは切り札なんだから♪」
そう言って満面の笑みを浮かべる彼女の得意げな顔を思い出した。
せっかく上手に魔力や加護を誤魔化すことが出来ているのだ。ならば僕の実力は徹底的に隠すべきだろう。
(演技は下手なんだけど、やるしかないよね……)
僕がそう覚悟を決めたとき、美しい光の矢はすでに目前に迫っていた。
◇◇◇
アイーネ様からすでに王都にいるという連絡は受けていたけれど、王女殿下の護衛任務を放り出して“にぃにぃ”に会いに行くことはできなかった。
そして受検者の中に“にぃにぃ”の姿を見つけた時、私は駆けだして抱き着きたい衝動に駆られた。
にぃにぃの風魔法で髪を乾かしてもらったことを思い出すと、なんだかとても幸せな気持ちになる。
(だめ、がまんがまん。今は王女殿下の護衛中だから……)
にぃにぃの対戦相手は王国でも評判の悪い伯爵の息子……なんだっけ? バカでいいや。
そして、バカは本気でにぃにぃを攻撃しようとしているのがよく分かった。
「ユーディット、あの魔法はちょっと危険じゃない?」
私の隣にいる王女殿下も険しい表情をしていた。
確かに普通に考えれば心配するのは当然だ。しかし、対戦相手が“にぃにぃ”であれば何の問題もない。
私を完封した男が、ただのバカに負けるなどありえない。
「あの女はこの俺の召使となるのだ!! 死ねっ!!」
にぃにぃに向けて数本の光の矢が放たれ、高速で勢いよく着弾して周辺に砂ぼこりが舞い上がった。
「……ふんっ、勝負あったな。お前のような下等生物が伯爵家の嫡男に逆らうからこうなるのだ」
「な……ぐ、グスタフ様……これはちょっとやり過ぎでは……」
「ふんっ、不幸な事故として処理しろ。そもそもお前たちの障壁が弱いからこうなったのだ!」
試験官が震えた声で注意するが、バカは当然のようにそれを無視して自分勝手な命令を出していた。
「……ミシ……ミシッ……パリンッ!」
その時、小さな乾いた音が辺りに響いた。
「な、なんだと!?」
いつのまにか、バカの障壁が完全に砕け散っていた。
「ば、ばばば馬鹿な……」
バカが青ざめた表情で声を絞り出し、周りの受検者たちも訳がわからないという表情で戸惑っている。
(にぃにぃ、まるで時間を止めたかのようなもの凄い速さだった……)
私には何とか見えた。
砂埃の中を飛び出したにぃにぃは、瞬時にバカに接近すると障壁に一撃を加えた。
そして、すぐバカから距離をとると、なぜか地面に片膝をついて苦しそうな表情を浮かべていた。
(にぃにぃ、何をしてるの?)
私には意味が分からなかった。でも、にぃにぃの行動に誤りがあるはずがなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い呼吸を吐きながら、にぃにぃが苦悶の表情を浮かべている……いや、そういう演技をしている。
「き、貴様……何をした!? 何をしたんだっ!!」
「な、なんとかギリギリで光の矢を避けることができました……それで攻撃を……でも、もう魔力がありま……せん……」
そう言うと、にぃにぃは地面にばったりと倒れてしまった。
その倒れ方は少し下手くそで、私は吹き出しそうになってしまいあわてて口を手で抑えた。
「ま、まぐれだっ! こんなに簡単に魔力が尽きてしまうような奴にこの俺が負けるはずがない!! やり直しだっ!!」
バカが顔を真っ赤にしながら叫んでいるが、試験官たちはそれを無視してにぃにぃを医務室へ運んでしまった。
こうして、にぃにぃの入学試験は終わったのだった。
おそらく王女殿下も含めて、ここにいるみんなの目には奇跡的ににぃにぃが勝ったように見えただろう。
なぜわざわざそういう演技をしたのか? 私は分からずに首を傾げるだけだった。
そして、にぃにぃがいなくなった後も試験は続き、私にとってとても退屈な時間が流れた。
この日は天気も良く、春の柔らかい日差しが眠気を誘う。
(集中、集中。今は王女殿下の護衛任務中だから。頑張れ、私!)
そんな私の眠気を一気に吹き飛ばしたのが、試験の最後の試合に登場した女の子だった。
ロゼリッタという少女の実力は圧倒的で、彼女は合格間違いなしだった。おそらくAクラス……いや、Sクラスになるかもしれない。
(私も魔法が使えたらなぁ……)
残念ながら私にはほとんど魔力がない。だからこれまでに剣術や体術を徹底的に磨いてきた。
にぃにぃと同じ魔導学院に通える彼女をうらやましく思いながら、私は王女殿下の護衛を続けたのだった。




