11 入学試験
「ふぅ、何とか間に合ったようだね」
『伊織がもたもたしてるからよ』
季節は春を迎え、いよいよ今日は魔導学院への入学試験が行われる日だった。集合時間には余裕をもってアイーネ邸を出たはずだったが、到着の時刻はギリギリになってしまった。
僕たちはまっすぐに魔導学院へ向かわず、先に冒険者ギルドへ顔を出した。いくつかの依頼の報酬を受け取るためだ。
冬の間、王都では冒険者として様々な依頼をこなしてきた。僕が単独で引き受けたものもあれば、ゼアヒルトと一緒に達成した依頼もあった。
実は最近エルドウィンも冒険者登録を行い、“女神の蹄鉄”への加入申請を行った。本人は謙遜していたが、かなりの実力をつけているので僕の一存で加入を決めたのだ。
そして、踊り子のジルヴィーナも“女神の蹄鉄”に加わることになった。彼女もアイーネ邸の一室を与えられ、その代償として冒険者ギルドの雑務を手伝っているようだった。
『それにしても、王都の騎士団があの状況じゃあ先が思いやられるわねぇ……』
今日も僕の右肩に座るアリューシャが、全身の力を抜きながら大きなため息をついた。
冒険者ギルドから魔導学院に向かう途中、僕たちは偶然ある事件に遭遇した。一見すると騎士同士の仲間割れのような状況に見えたが、何かおかしいと感じた僕はそれに介入したのだった。
善悪の判断に少し時間がかかってしまったが、結果として悪を断罪できたので良かったのだろう。
しかしその結果、魔導学院への到着が試験開始ギリギリになってしまった。
「それでは入学者の選抜試験を始めます! 受検者は整列してください!」
「ご主人様、いってらっしゃいませ」
試験官の大きな指示の声が聞こえたので、僕はエルドウィンに見送られて受検者の列に並んだ。
受検者は全員で50名ほどだろうか。僕以外は全員が魔導士風の格好をしており、なんだか自分が場違いのように思えた。
ちなみに僕はいつも通りの冒険者(剣士)の出で立ちである。
「試験は受検者同士による1対1の対戦形式で行います」
試験官の発表に周囲の受検者たちはざわついていた。どうやら例年にはない試験方法のようで、みんなも困惑しているようだった。
「静粛に! 受検者の身の安全は我々が保証します。安心して各々の魔力を競ってください」
そう言って2人の試験官が向き合うと、彼らはお互いに障壁魔法を唱えた。それぞれの試験官の周囲にキラキラと輝く魔法の障壁が見える。
一部の受検者からは「おおっ!」という小さな歓声が沸いていた。人間族で障壁魔法が使えるのはやはり珍しいのだろう。
“女神の蹄鉄”においても、障壁魔法を使えるのは僕を除くとアリューシャだけだ。彼らが優秀な試験官(教師)であることが分かる。
「このように、対戦の直前に我々が受検者に障壁魔法を唱えます。この障壁が先に壊れた方を負けとします。ただし、負けたから即不合格というわけではありません」
試験官の説明に多くの受検者が安堵の息を吐いていた。さらに、ポーションなども大量に準備されていて万全を期しているという。
「それでは、今から皆さんにカードを1枚引いてもらいます。同じカードの数字を引いた者同士で対戦してもらうことになります」
こうして整列した順番にカードを1枚ずつ引いていくことになった。
すでにカードを引いた者は、目を閉じて神に祈りをささげていたり、不安そうな面持ちで周囲を見渡したりしていた。
おそらく対戦相手に恵まれることを祈り、自分の対戦相手が誰なのかをいち早く確認しようとしているのだろう。
やがて僕の順番がきてカードを引くと、そこには“21”という数字が書いてあった。
この受検者の中にもう1人同じ数字を引いた者がいて、“21”という数字は対戦の順番だと想像できた。
「それでは今から20分後に第1試合を行います。その数字の順番に試合を行いますので、数字順に2列に整列して対戦相手を確認しておいてください」
そう言われた受検者たちは、悲喜こもごもの声をあげながら自身の対戦相手を確認していた。彼らは10代の若者がほとんどだが、すでに名の知られている実力者が何人かいるようだ。
「おい、俺の対戦相手はお前か?」
金髪を肩まで伸ばした少年が僕に話しかけてきた。身長は僕と同じ160cmくらいだろうか。明らかに上質なローブを身にまとい、右手にはいかにも高価そうなロッドを持っている。
「お前、ついてねえなぁ。グスタフ様と戦わなくちゃいけないなんてなぁ」
「この会場で一番不運な男だな。もうあきらめて家に帰った方がいいぞ」
金髪の少年の背後には2人の取り巻きらしき少年たちがいた。
「よろしくお願いします」
僕は笑顔で金髪の少年に右手を差し出したが、彼が僕の手を握り返してくることはなかった。
「お前、魔導士を舐めているのか。どこの田舎の出身かは知らんが、そんなみすぼらしい身なりでまともに魔法が使えるはずがない。恥をかく前にとっとと田舎に帰れ」
「いや、そういうわけには……」
僕が返答をしようとしたその時、エルドウィンが珍しく慌てた様子で側にやってきた。
「エル、どうしたの?」
「ご主人様、お耳を拝借いたします」
そう言って僕の耳元でエルドウィンが囁いた。エルドウィンの吐く息が耳に当たりくすぐったい。
「――ご主人様、この入学試験の様子をべルティーナ王女殿下がご覧になられています」
エルドウィンの報告に驚いて周囲を見渡すと、ローズゴールド色の髪をした女性がこちらを見ているのに気付いた。
(なるほど、彼女が王女殿下に違いない)
なぜそう判断できたかというと、学院の制服を着た彼女のすぐ側にユーディットの姿があったからだ。おそらくエルドウィンもそれで気付いたのだろう。
ユーディットは王女殿下の護衛を務める凄腕の少女だ。ただし、魔法が得意なわけではないので魔導学院へ入学はできない。おそらく今は王女殿下の通学の護衛で学院にいるのだろう。
エルドウィンが頭を下げて僕の側を離れると、対戦相手である金髪の少年が唾を飛ばしながら話しかけてきた。
「お、おい! 今のはお前のメイドか!? ……よし、あの女は俺が貰ってやろう。お前なんかにはもったいねぇ。きっと泣いて喜ぶだろうよ」
「お断りします」
エルドウィンは元々綺麗な顔立ちをしていたが、最近は殊更に美しさに磨きがかかっている。ちょうど今、少女から大人へと成長する年齢を迎え、その美しさはゼアヒルトやアレグリアと比べても遜色ないほどだ。
(エルドウィンを手放すなんて死んでもありえない)
僕が少年の要求をにべもなく断ると、取り巻きの2人が目を吊り上げひどい剣幕で話し始めた。
「なんだとっ!? お前、このお方がどなたか分かっているのか? この王国の法務卿バルザック伯爵のご子息であるグスタフ様だぞ!」
「お前のような田舎の凡夫とはわけが違うんだ。大人しく言う事を聞いた方が身のためだぞ!」
何とこの少年は法務卿の子息だという。法の番人である法務卿の息子がその権威を使って人を脅している……これがこの王国の現実の姿である。
「金が欲しいのか? 金なら欲しいだけくれてやるから、代わりに市場で好きな奴隷を買えばいい」
「……代わりの奴隷?」
「どうせあのメイドも性奴隷なのだろう? ハハハっ! 下級貴族の庶子にしてはなかなか良い買い物をするではないか」
一瞬だが頭に血が上り、危うく剣を抜きそうになった。この少年たちはエルドウィンを人間として見ていない。
『怒っちゃダメでちゅよ~。相手はまだ子どもだし、王女殿下の護衛任務もあるのよ~』
そう言いながらアリューシャが僕の頬をつつく。おかげで多少は冷静さを取り戻すことができた。
「よし、じゃあ俺と賭けをしよう。この入学試験で俺を相手に1分間だけ障壁を守り抜くことができたらお前の勝ちとする。ただし、それができなければ俺の勝ちだ。あの女は貰っていく」
グスタフは自分勝手に話を進めている。きっとこれまでもこうやって好き勝手に生きてきたのだろう。
「もしもお前が勝ったら、俺のこのロッドをくれてやろう。これは王国一の職人と謳われる……」
こいつの話はもはやどうでもよかった。ただ、エルドウィンを侮辱した罪を償ってもらわなければならない。
『ふ~ん……エルちゃんがうらやましいわねぇ』
アリューシャが小声で何か言っているが、怒り心頭の僕にはよく聞こえなかった。
「わかりました。その賭けに乗りましょう」
僕がそう返事をすると、グスタフとその取り巻きたちはそろって醜悪な笑みを浮かべたのだった。




