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10 腐敗


「ヴォルフ部隊長っ! 奴はすでに逃げ出したようです!」

「まだこの近くにいるはずだ! 探せっ!!」


 ついに違法取引の証拠が出そろい、ある奴隷商人を逮捕するため、私は部下の騎士10名を率いて目的の商館を早朝に急襲した。


 しかし、私たちの動きを察知していた奴隷商人は、配下の傭兵を引き連れていち早く逃げ出していた。


「いたぞ!!」


 部下の叫ぶ大きな声が聞こえて私がそちらへ向かうと、そこには確かに傭兵に守られながら太った腹を揺らして逃げている奴隷商人の姿があった。


「すぐに確保しろ!!」


 私の命令に従い部下たちが必死に追いかけるが、奴隷商人を守る傭兵たちが邪魔をしてなかなか奴に近づくことができなかった。


「傭兵ごときが騎士に敵うと思うな!!」


 日頃から訓練を積んでいる王都騎士団の刃は、少しずつ傭兵の数を減らすことに成功していた。


 しばらくすると、部下たちの奮闘もあり、何とか奴隷商人を袋小路に追い詰めることができた。


 すでに奴の周囲に護衛の姿はなく、一方で私の背後には4人の部下が控えて万全の体制を敷いていた。


「王都騎士団“王の盾”の部隊長ヴォルフだ。違法取引および公務執行妨害の罪で貴様を逮捕する!!」


 私は罪状を述べて眼前の奴隷商人を捕縛しようとしたが、なぜか奴は余裕の笑みを絶やすことはなかった。


「くっくっく……」

「何が可笑しい? 貴様はもう終わりだ」

「これが笑わずにいられるか。終わりだと? それはお前の方だ!!」


 奴隷商人が大声をあげた次の瞬間、私の後頭部を突然の激痛が襲った。


「――なにっ……!?」


 私が力なく地面に倒れ込みながら後方を振り返ると、背後にいた4人の騎士が酷薄な笑みを浮かべて立っていた。


「ぐうっ……お、お前たち……どういことだ!?」


 私の問いかけに対して、4人の部下たちは口の端を吊り上げたまま何も答えなかった。


「くっくっく、こいつらは私の可愛い子分なのさ。少しばかり給料が高くて困るがな。だが、こんな時には良い保険になる!!」


 そう言いながら奴隷商人は私に近づくと、地面に伏している私の頭を足で強く踏みつけた。


「ぐっ……お前たち……騎士としての誇りはないのか……」


 私は痛みと怒りで頭がおかしくなりそうだった。


 逮捕直前に奴隷商人が逃げ出すことができたのも、きっとこの4人が情報を漏らしていたからに違ない。


(気高き王都騎士団がここまで腐っていたとは……)

 

 そして、彼らの裏切りに気づけなかった自分自身にも腹が立っていた。


「部隊長~、観念した方がいいですよ~」

「よかったら部隊長も我々の仲間になりませんかぁ?」

「もちろん新入り扱いなので雑用係ですけどぉ」

「ぎゃははは!」


 この4人の騎士は名家からは程遠い没落貴族の出身で、しかも嫡男ではなかったため後を継ぐこともできない立場だった。


 しかし、その剣の実力を買われて騎士へと採用された者たちで、それゆえに私は彼らを高く評価していた。


(残念だが、私に人を見る目はなかったようだ。そして、私がここで生かされる理由は何もない……)


「ぐはっ!!」

 

 私の身体が熱を帯びた。どうやら誰かの剣が脇腹を貫いたようだ。


(べルティーナ様をお守りすることは叶わぬのか……誰でもよい……王女殿下を頼む……)


 薄れゆく意識の中で……私は王女殿下のお姿を思い浮かべていた。


◇◇◇


 田舎の下級貴族の家に生まれた私には妹がいた。しかし、彼女は14歳の時にある犯罪に巻き込まれて亡くなってしまった。


 私は妹の死を防げなかったことを悔やみ、田舎を出て王都で騎士を目指すことにした。


 少しでも犯罪で苦しむ人を救いたいという思いからだったが、実際には妹を守れなかった自責の念を紛らわすためだったのかもしれない。


 自分なりに努力を重ね、18歳の時についに騎士に採用された。私の両親は涙を流しながら喜んでくれて、墓前の妹に嬉しそうに報告をしていた。


 あれから15年、私は王都騎士団の部隊長を任されることになった。そして、昇進したことで王女殿下から直々にお声をかけていただく機会があった。


 恥ずかしい話だが、王女殿下を初めて目の当たりにして私は極度に緊張していた。


 そんな私の下に、王女殿下が自ら近づいてお声をかけて下さったのだ。


「ヴォルフ部隊長、民衆のために役目をしっかりと果たしなさい」


 王女殿下のお言葉に私は衝撃を受けた。なぜなら、王女殿下の声が死んだ妹にそっくりだったからだ。


 不躾ながら王女殿下のお顔をよくよく拝見すると、まるで妹の生まれ変わりのように思えてならなかった。


 王女殿下はこれまでに何度か命の危機に直面したという。


 かつて、私は妹を守ることができなかった。


 手前勝手な考えではあるが、この日から私は王女殿下のお命を守るために残りの人生を捧げると誓ったのだ。


◇◇◇


「じゃあな、部隊長殿。今までありがとよ!!」

「……ぐはっ!!」


 さらにもう1本、私の身体を刃が貫いた。4人の部下たちは笑いながら私に止めを刺そうとしていた。


 私にはもはや抵抗する力は何ら残されていなかった。


 その時、意識が薄れゆく私の耳に少し幼さの残る男性の声が聴こえた。


「あの……何をしているのですか?」


 必死に声のした方に目をやると、そこには黒髪の少年と美しいメイドが立っていた。


「何だこのガキは? 冒険者か?」


 黒髪の少年は4人の騎士に囲まれたが、その表情に全く変化はなく落ち着いたものだった。また、彼のすぐ側に侍るメイドにも何ら慌てた様子はなかった。


「おい、すぐに殺せ」

「女は生かしておいてもいいですか?」


 奴らが雇い主にそう懇願するのも理解できるほど、少年の隣にいるメイドの姿はあまりにも美しかった。


「……だめだ、殺せ」


 奴隷商人の断固とした命令に、4人の騎士たちは渋々ながら頷いて剣と槍を構えた。


「その装備……冒険者ということなら警戒はしておかないとな」

「それにしても、この女を殺すのはもったいねえよなぁ」

「お前ら気を抜くなよ。魔道具でも使われたら厄介だぞ」

「へへっ、そんな暇を与えずに一瞬で殺してやるぜ」


 私は少年たちに「逃げろ!!」と伝えたかったが、もはや声を出そうとしても乾いた音が出るだけだった。


 せめて彼らが逃げる時間だけでも作りたかったが、身体は全く動かず、それどころか気を抜くとあっという間に意識を失いそうだった。


「……に、にげ……ろ……」

「うるせぇ!!」


 奴隷商人が再び私の頭を激しく踏みつけた。しかし、もはや私には苦しみの声すら出すことは出来ない。


 私がそのまま意識を手放そうとしたその時、なぜか私の身体は心地よく暖かい光に包まれた。


「こ、これは……回復魔法!?」


 気付いた時には、私のすぐ側に黒髪の少年がいた。


 そして、私の頭を踏みつけていたはずの奴隷商人は、いつの間にか地面に転がり気を失っていた。


 回復魔法の効果は凄まじく一瞬で傷口は塞がり、私は身体の完全に自由を取り戻していた。


「……これは、君が?」

「無理をせず、休んでいてください」


 私を気遣う少年はとても穏やかな笑みを浮かべていた。


「てめぇ、いつの間に……」


 一方、4人の騎士たちが慌てた表情でこちらに向かってきた。


 そして先ほどと同じように少年を囲み、今度は間髪置かずに武器を振るって攻撃を仕掛けてきた。


「死ねっ!!」


 先ほど奴隷商人を守っていた傭兵がそうだったように、一介の冒険者が騎士に敵うはずがない。しかも、かなりの腕前の4人の騎士が相手なのだ。


 普通ならば少年の死を予感するのが当然だろう。しかし、私はなぜか妙な安心感を覚えていた。


(この少年が負けるとは思えない……)


 勝負は一瞬だった。


 少年は私の想像の遥か上の実力の持ち主であった。


 気付いた時には少年は黒い長剣を振りぬいており、周囲には利き腕を失ってもがく4人の騎士たちが地面に転がっていた。


 この騎士たちは騎士団の中でもかなりの実力者たちだ。部隊長の私でも1対1で勝てるかどうか微妙な所だろう。


 そんな彼らが、まばたきをする程の一瞬の間に戦闘力を失ったのだ。


(この少年の剣捌きは、あのエルガー様に匹敵するのではないだろうか?)


 エルガー様は剣聖に最も近い者と称され、北方の辺境伯領の騎士団長を任されているお方だ。スタンピードでの活躍の様子は王都の人々の間にも広まっている。


「あとの処理は任せてもよろしいですか?」


 少年の問いかけに、私はただただ頷くしかなかった。


「ご主人様、急がねば遅刻してしまいます」


 いつの間にか少年のすぐ側にメイドが立っていた。どうやら彼らはどこかに向かう途中だったようだ。


 少年はメイドの言葉に頷いて長剣を鞘に納めた。


 彼にはたくさん聞きたいことがあった。何よりも、ぜひこの少年に王都騎士団への入団を推薦したかった。彼の実力は必ずや王女殿下の支えになるはずだ。


 しかし、安堵からか急速に眠気が襲ってきて、私は少年に何も伝えられずにそのまま意識を手放したのだった。

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